Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

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第21話 記憶を預ける場所

 Vault-Nの候補地が見つかったのは、翼会議から五日後だった。アンダーソンが後方支援施設の候補として軍の古い調査記録を洗い直し、そこへエイブとスノーホワイトが地盤、電力、水源、ラプチャーの活動経路を重ねた結果、現在の主要撤退路から外れた岩盤地帯が残った。地表には放棄された小規模な補給設備しかなく、遠目には長期滞在に使える場所には見えないが、その地下にはかつて物資保管用として掘られた空間があり、拡張できるだけの余地も残されている。

 

 ネイトが最初に気に入ったのは、地図上で目立たないことだった。巨大な地下施設を一から掘るなら、工事そのものが所在を宣伝することになりかねないが、既存空間を利用すれば必要な掘削量を抑えられる。さらに古い送電線の一部が近くを通っており、地下水へ到達できる深さも現実的だった。

 

「入口はここだけ?」

 

「現在使えるのは一つです」

 

 スノーホワイトが地形図を拡大し、補給設備跡から地下へ伸びる通路を示した。そこから少し離れた斜面にも古い作業坑道があるものの、途中で崩落しており、そのままでは人を通せない。

 

「なら二本目にできるな」

 

「直せればです」

 

「直す」

 

「ネイトさんは何でも簡単に言いますね」

 

「直せないって決まってるよりはいいだろ」

 

 スノーホワイトは呆れたように息を吐いたが、端末にはすでに復旧候補として印を付けていた。さらにエイブが地盤図を確認すると、反対側にも非常用縦坑を新設できそうな場所があり、正面搬入口、旧作業坑道、緊急脱出用縦坑の三系統を確保できる可能性が出てきた。

 

「三つ」

 

 ネイトが満足そうに言う。

 

「まだ一本しかありません」

 

「完成した時の話」

 

「完成する前から完成扱いするな」

 

 エイブの指摘はもっともだった。ネイトの世界で長年使ってきたWorkshopの感覚なら、必要な材料を集めて設計を決めれば建物は次々と形になったが、この世界で同じ速度を期待することはできない。資材は運ばなければならず、岩盤を抜くには機械が要り、電力や換気を通すにも専門的な計算が必要になる。

 

「俺が知ってるのは、何を置けば長く住めるかって方だ」

 

 ネイトは地下空間の壁を軽く叩きながら言った。

 

「この岩が何トンまで耐えるかはエイブたちに任せる。俺が勝手に柱を抜いたら止めてくれ」

 

「当然止める」

 

「場合によっては殴ります」

 

「スノーまで?」

 

「倒壊したら全員困りますから」

 

 三人の会話を聞きながら、リリスは少し先の空間を歩いていた。まだ照明も仮設のものしかなく、むき出しの壁には古い配管跡が残っているが、彼女の頭の中ではすでに部屋の配置が始まっているらしい。

 

「食堂、どこにする?」

 

「まだ掘ってもいないぞ」

 

「だから今決めるんでしょ?」

 

「正論なのが腹立つな」

 

「ネイトが言い始めたんだよ?」

 

 リリスは楽しそうに笑い、そのまま広い区画の中央へ立った。勝利の翼号の作戦室で描いた図面では、居住区と医療区画の間に共用空間を置く予定だったが、実際の地形へ当てはめると少し配置を変えた方が使いやすい。紙の上ではただの四角だった場所が、ここでは天井の高さや通路の幅を持った空間として見えてくる。

 

 ネイトはPip-Boyの地図機能へ測定結果を記録しながら、必要な距離を一つずつ確認していった。入口から最初に検査と除染を行う区画を置き、その奥で医療と居住へ分岐させれば、帰還者がそのまま生活区域へ入り込むことを防げる。侵食や未知の汚染が疑われる場合だけは、通常の医療区画を経由せず隔離室へ直接送れるよう、別の通路も必要だった。

 

「患者を運ぶ時に、ここで曲がるのは狭いな」

 

「壁を削れます」

 

「どれくらい?」

 

「構造計算してから」

 

「じゃあ保留」

 

 ネイトが印だけ残すと、スノーホワイトは少し意外そうに彼を見た。

 

「何だ?」

 

「勝手に掘り始めると思いました」

 

「俺を何だと思ってる?」

 

「壁を見ると壊して通路を作る人」

 

「否定しづらいな……」

 

 ウェイストランドでは、崩れかけた家を直すために一度全部壊した方が早いことも珍しくなかった。それでも、ここは自分一人の拠点ではなく、いずれ多くの人間とニケが使う場所になる以上、勢いだけで工事するわけにはいかない。

 

◇

 

 建設が正式に始まると、Vault-Nは急速に「ただの穴」ではなくなっていった。アンダーソンが表向きの後方支援施設として最低限の資材搬入を通し、不足分については使われなくなった地上施設や放棄倉庫から回収する。ネイトは使えるものを見つけるたびに分解して持ち帰ろうとし、その選別基準があまりに広いため、三日目にはスノーホワイトから専用の回収一覧を渡されることになった。

 

「この一覧にない物は持って帰らないでください」

 

「壊れた扇風機は?」

 

「いりません」

 

「モーター使えるぞ」

 

「動きますか?」

 

「半分くらい」

 

「いりません」

 

「ケーブルは?」

 

「状態を見てから」

 

「金属板」

 

「厚さを測ってから」

 

「古い椅子」

 

「それは好きにしてください」

 

 最後だけ許可が出たので、ネイトは本当に椅子を持ち帰った。座面に少し傷はあったものの脚はしっかりしており、清掃すれば十分使える品だったため、数日後には建設中の休憩区画へ並べられている。

 

「新品を買うより早いだろ」

 

「そこは否定しません」

 

「じゃあ扇風機も」

 

「それは別です」

 

 ネイトとスノーホワイトがそんなやり取りを続ける一方で、エイブは地下設備そのものを担当していた。既存の支柱へ追加補強を入れ、新たに掘る区画では一箇所へ負担が集まらないよう構造を組み直す。リリスの身体を調べていた時と同じく、強い部分を一つ作るだけでは別の場所が先に壊れるため、施設全体で荷重を逃がす設計が必要だった。

 

「最近そればっかりだな」

 

 ネイトが施工図を見て言う。

 

「何が?」

 

「力をどこへ逃がすか」

 

 エイブは一度だけ手を止め、図面とネイトを見比べた。

 

「身体でも建物でも同じだ。消えるわけじゃない」

 

「そう考えると分かりやすい」

 

「お前は何でも建物か車にするな」

 

「専門用語より頭に入るんだよ」

 

 そこへスノーホワイトも加わり、電源と通信の経路を分け始めた。主電源が止まった場合に予備系統へ自動移行し、それも失われた時には最低限の生命維持と医療設備だけを非常電源で動かす。通信も通常系と緊急系を分け、さらに最深部に置く予定の機密保管区画だけは、外部ネットワークから物理的に切り離せるよう設計された。

 

「本当に線を抜くの?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「抜けるようにします」

 

「端末で接続を切るんじゃなくて?」

 

「物理的に繋がってなければ、外から侵入できません」

 

 スノーホワイトは当然のように答えた。

 

「必要な時だけ決められた端末を持ち込んで、そこで移します。手間は掛かりますけど、その方が安全です」

 

「面倒なのは安全の値段だな」

 

 ネイトが言うと、エイブも珍しく同意するように頷いた。押収したレッドシューズの侵食研究、クイーン戦の記録、リリスの身体検査、エブラ粒子との相関記録を扱う以上、利便性を理由に常時接続する必要はない。

 

 最深部の区画は、まだ壁と扉しか完成していなかった。それでも何を保存するかについては翼会議で区分が始まっており、一つの記録媒体へ全てをまとめないこと、侵食関連とニケの身体設計を別系統にすること、閲覧した人物と理由を記録することまでは決まっている。誰かが勝手に持ち出した時に「知らなかった」で終わらせないための仕組みだった。

 

「データはこれでいいとして」

 

 ある日の作業終わり、ネイトは空の保管室を見ながら言った。

 

「人の中身はどうする?」

 

 リリスが振り向く。

 

「中身?」

 

「記憶」

 

 その一言で、エイブの手が止まった。

 

◇

 

 話をするために使ったのは、まだ正式な会議室になっていない工事用の休憩室だった。机はネイトが持ち帰った中古品で、椅子も半分は別々の施設から回収したものだったが、翼会議の四人が座る程度なら十分である。アンダーソンだけは前線から戻れなかったため、暗号化した通信越しで参加していた。

 

「先に確認する」

 

 エイブがネイトを見る。

 

「何を考えてる?」

 

「記憶を保存できないかって話」

 

「誰の?」

 

「希望する奴」

 

「全員?」

 

「そこまで決めてない」

 

 ネイトは両手を机へ置き、自分の世界で見た技術について説明し始めた。人間の記憶を機械へ映し出し、本人が過去の体験を追体験する装置が存在したこと。死者の脳から直接記憶を読む特殊な処置まで目にしたことがあるが、それはかなり危険で、一般的な方法として扱えるものではなかったことも隠さない。

 

「映像みたいに保存するの?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「俺が見たものは、本人が覚えてる世界の中へ入る感じだった。完全な録画じゃない」

 

「記憶をそのまま?」

 

「そのままかどうかも怪しい。思い出ってのは、覚えてる奴がどう見てたかで変わるだろ」

 

 ネイト自身、ケロッグの記憶へ入った時に見たものが客観的な記録だとは考えていなかった。そこにあったのは彼の人生であり、彼が見て、聞いて、覚えていた形で残された断片である。

 

「ニケなら、人間よりやりやすいんじゃないかと思った」

 

 その言葉に、エイブはすぐ答えなかった。代わりに端末へ何かを書き込み、しばらく考えてから口を開く。

 

「半分正しい」

 

「半分?」

 

「ニケにはNIMPHがある。記憶や認識へ干渉できるし、一部の情報を読み取ることもできる。でも、頭の中にあるものが全部きれいにファイルになってるわけじゃない」

 

「取り出せるけど、コピーを押せば終わりじゃない?」

 

「そう」

 

 エイブは簡単な図を描き始めた。

 

「記憶は複数の情報と結び付いてる。いつ起きたか、誰がいたか、その時どう感じたか、後からどう理解したか。そこから何を切り出せるかは別問題だ」

 

「でも保存自体は?」

 

「方法は考えられる」

 

 その答えを聞いたネイトは、少しだけ姿勢を前へ寄せた。完全に無理だと言われる可能性も考えていたため、可能性が残っただけでも十分だった。

 

「何で急に記憶なんだ?」

 

 通信越しにアンダーソンが尋ねる。

 

「侵食」

 

 ネイトはまず一つ答えた。

 

「頭の中を書き換えられるなら、書き換えられる前が残ってた方がいい。それに、頭をやられることもあるだろ」

 

 ニケにとって頭部の損傷は、人間と同じく重大な意味を持つ。身体を交換できるからといって、記憶や人格まで無傷でいられる保証はなく、深刻な損傷や精神的な負荷が認識へ影響する可能性もある。

 

「思考転換も?」

 

 リリスが静かに尋ねた。

 

「それも」

 

 ネイトは頷いた。

 

「何かあって自分が変わった時、前の自分が何を考えてたか残ってたら、少なくとも手掛かりにはなる」

 

 エイブはその表現を聞いて、すぐに釘を刺した。

 

「元に戻せるとは言わない」

 

「そこは大事だな」

 

「記憶データがあっても、書き戻せば同じ人間になるとは限らない。全部入れ直したら何が起こるか分からないし、現在の記憶と衝突する可能性もある」

 

「思い出せれば治る、じゃない?」

 

「そんな簡単じゃない」

 

 リリスも真剣な表情で聞いていた。過去の記憶を保存することと、失われた人格を復元することは同じではなく、機械的に記録を戻す行為には別の危険がある。

 

「保存する技術と、書き戻す技術は分ける」

 

 ネイトが言った。

 

「最初は読むだけでいい。戻す方は、できるかどうかも含めて後」

 

「それなら研究できる」

 

 エイブはようやく頷いた。

 

「読み出した側が安全なら」

 

「本人も?」

 

「両方」

 

 NIMPHへアクセスする以上、対象側だけでなく接続する装置にも安全対策が必要になる。侵食データを保管する施設で作るならなおさらで、保存装置と危険な研究系統を同じネットワークへ置く選択肢は最初から除外された。

 

◇

 

 技術的な可能性が見えたことで、今度は別の問題が出てきた。

 

「記憶って、誰が見るの?」

 

 リリスの問いに、三人が黙った。

 

 戦闘記録なら軍が利用する。研究データなら技術者が読む。しかし、本人の記憶には作戦とは関係のない生活や会話、知られたくない感情まで含まれる可能性がある。

 

「本人」

 

 ネイトが先に言った。

 

「まず本人」

 

「本人が見られない時は?」

 

「それを決める必要がある」

 

 エイブは端末に新しい項目を作った。保存された記憶を軍事情報と同じように扱えば、いずれ「役に立つから」という理由だけで本人の許可なく開かれる可能性がある。侵食対策として作ったものが、別の意味で人間やニケの頭の中を覗く道具になれば、Vault-Tecと同じ方向へ進みかねない。

 

「これ、保険として作るんだよな」

 

 ネイトが言う。

 

「そうだね」

 

「だったら軍の倉庫にはしない」

 

 リリスはその言葉に頷いた。

 

「ゴッデスの記憶を作戦資料として勝手に読むのもなし」

 

「必要な戦闘情報は、今まで通り戦闘記録で出せばいい」

 

 アンダーソンも異論を挟まなかった。指揮官として有用な情報が欲しい立場ではあるが、それと個人の記憶そのものを所有することは別だと理解している。

 

「じゃあルール作ろう」

 

 ネイトが端末を引き寄せた。

 

「またお前が書くのか」

 

「字は読めるぞ」

 

「そこは心配してない」

 

 エイブが呆れながらも、四人で項目を詰め始めた。最初に決まったのは、記憶保存を本人の希望なしに実施しないことだった。軍命令や部隊命令で強制することも認めず、拒否しても不利益を与えない。

 

 次に、保存した記憶への第一アクセス権は本人へ置いた。本人が閲覧できる状態なら、本人の許可なしに他人が内容を見ることはできず、作戦上必要な情報がある場合も、通常の報告手段を優先することになった。

 

「本人が死んだ場合は?」

 

 アンダーソンが尋ねる。

 

「そこ、難しいね」

 

 リリスが腕を組む。

 

 本人が死亡した後も永久に封印するなら、そもそも保険として役に立たない場面が出る。一方で、死亡した瞬間に軍の所有物になる仕組みにすれば、生前の同意が意味を失う。

 

「保存する時に決めてもらう」

 

 ネイトが提案した。

 

「自分が判断できなくなった時、誰なら開けていいか」

 

「指定者?」

 

「一人だけじゃ危ない」

 

「複数」

 

 エイブが引き継いだ。

 

「本人が指定した人物と、翼会議側の承認。両方が必要」

 

「本人が誰も指定しなかったら?」

 

「開かない」

 

「たとえ役に立つ情報があっても?」

 

 アンダーソンが確認する。

 

 少しの沈黙の後、リリスが答えた。

 

「その人が残したくないって決めたなら、そうした方がいいと思う」

 

 アンダーソンは画面越しに彼女を見つめ、やがて頷いた。

 

「了解した」

 

 さらに、誰がいつ何の理由でアクセスしたかを必ず記録し、その履歴自体は消去できないようにすることも決まった。閲覧した本人であっても記録は残るが、内容ではなくアクセスの事実だけを保存する形にすれば、秘密を暴かずに不正利用だけを追跡できる。

 

「全部厳しくすると、使いづらくない?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「使いやすい方が怖いだろ」

 

 ネイトはそう返した。

 

「誰かの頭の中を見る装置だぞ。扉を開けるより面倒なくらいでちょうどいい」

 

 その言葉に、エイブも反論しなかった。

 

◇

 

 会議が終わる頃には、記憶保存設備のための区画がVault-Nの図面へ新しく追加されていた。機密保管室と同じ最深部ではあるが、侵食研究とは壁も電源も分け、独立した通信系統を持たせる。外部ネットワークへ常時接続せず、読み出し装置と保存媒体の間にも複数の隔離層を設ける方針になった。

 

「名前は?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「まだ施設もない」

 

「翼会議の時もそう言ってたよ」

 

「嫌な予感するな」

 

「記憶庫」

 

「そのまま過ぎる」

 

 ネイトが却下すると、今度はエイブが珍しく口を挟んだ。

 

「名称は後でいい」

 

「エイブが一番まともなこと言った」

 

「いつもまともだ」

 

「そこは議論になるな」

 

 通信を切る直前のアンダーソンまで小さく笑っていた。正式名称はともかく、何をする場所なのかについては四人の認識が揃っている。

 

 その日の作業が終わった後、リリスとネイトは新しく記憶保存区画に指定された場所まで歩いた。まだ扉すらなく、床には建設資材が積まれ、天井には仮設照明が一本通っているだけだった。

 

「ここに、みんなの記憶を置くの?」

 

「希望する奴のな」

 

「ネイトも?」

 

「俺はNIMPHないぞ」

 

「そっちの世界のやり方ならできるかもしれないでしょ?」

 

「設備一式から作ることになるな」

 

「じゃあ後で」

 

「勝手に予定へ入れるなよ」

 

 軽口を交わしながらも、リリスは空の区画をゆっくり見回した。武器を置く場所でも、敵の情報を集める場所でもなく、本人が失いたくないものを一時的に預けるための場所になる。

 

「私、最初にやるよ」

 

 リリスが不意に言った。

 

「何を?」

 

「記憶の保存」

 

 ネイトは横を向いた。

 

「まだ機械もないぞ」

 

「できたら」

 

「怖くない?」

 

「ちょっとはね」

 

 リリスは素直に答えた。自分の頭の中を機械へ読み出すことに抵抗がないわけではなく、それがどのような形で保存されるのかもまだ分からない。

 

「でも、私の身体を調べる時も、最初に誰かがやらないと分からなかったでしょ?」

 

「今回はお前の身体のためだけじゃない」

 

「だからだよ」

 

 リリスは壁へ手を当てた。

 

「みんなに『安全だから使って』って言うなら、最初は私がやりたい」

 

「隊長だから?」

 

「それもあるかな」

 

 少しだけ間を置き、彼女は自分の手を見た。

 

「それに、もし私が何か忘れた時、今の私が何を考えてたか残ってたら、ちょっと安心する」

 

 ネイトは返事を急がなかった。記憶を保存しても、失ったものが完全に戻る保証はない。今のリリスと、将来その記録を見るリリスが同じ考えを持つ保証もなかった。

 

「同じお前を保存する機械じゃないぞ」

 

「分かってる」

 

「過去のお前が正しいって証明する物でもない」

 

「それも分かってるよ」

 

 リリスは笑った。

 

「未来の私が見た時に、『昔はこんなこと考えてたんだ』って分かればいい」

 

 その答えなら、ネイトにも理解できた。

 

 記憶は墓に入れるためのものではなく、今を固定して未来へ押し付けるためのものでもない。何かを失った時、自分がどこから来たのか確かめるための痕跡として残すなら、それは武器庫に積むデータとは違う意味を持つ。

 

「じゃあ、ちゃんと作らないとな」

 

「うん」

 

「覗かれないやつ」

 

「そこ大事」

 

「俺の恥ずかしい記憶も安全に――」

 

「ネイトもやる気じゃない」

 

「いや、できるようになったらの話」

 

 リリスが楽しそうに笑いながら通路へ戻っていく。ネイトもその後を追い、最後に一度だけ何もない区画を振り返った。

 

 まだそこには、誰の記憶もない。

 

 空の部屋と、図面と、これから運び込まれる機械しかない。それでもVault-Nには、眠る場所や治療を受ける場所だけではなく、失いたくないものを預けるための場所まで作られようとしていた。

 

 身体を修理しても戻らないものがあるなら、壊れる前に残せるものを残しておけばいい。ただし、それを誰かの所有物にはせず、本人が望んだ時に本人へ返せる形で。

 

 Vault-Nという地下施設は、少しずつただの避難所ではなくなっていた。

 

 そこへ帰ってくる者が、身体だけではなく、自分が歩いてきた道まで持ち帰れるようにするための場所へ。

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