Fallout:GODDESS ―灰の世界から女神たちへ―   作:記録官

27 / 62
第26話 二つの器

 Vault-Nの医療区画に新しい設備が運び込まれたのは、リリスの身体に半年という目安が示されてから一週間ほど経った頃だった。外見だけなら、人一人が横になれるほどの細長い金属容器にしか見えないが、蓋を開けば内部には温度管理、循環、電源、神経活動の監視に使うための接続部が並んでいる。完成品には程遠く、今は人間にもニケにも使用できない試験機だったが、何を作ろうとしているのかだけは一目で分かった。

 

「思ってたより小さいね」

 

 リリスは開かれた容器を覗き込みながら言った。

 

「大きくしたら運べない」

 

 反対側で配線を確認していたエイブが答える。

 

「でも、私の身体は入らないよ?」

 

「身体を入れる物じゃない」

 

「分かってるけど」

 

 リリスは笑ったものの、もう一度内部へ目を向けた時には少しだけ表情が変わっていた。自分の脳を生きたまま維持するために作られている設備だと知っている以上、ただの医療機器として眺めることは難しいのだろう。

 

 ネイトも横から中を確認したが、自分が知っているブレイン・ボットやロボブレインの構造とはかなり違っていた。用途そのものが異なるうえ、エイブは最初から脳を機械の制御装置として使うことを考えておらず、本人を生かしたまま次へ繋ぐことだけを目的にしている。

 

「これ、自力でどのくらい持つ?」

 

「今の試算だと短い」

 

 エイブは側面の電源区画を開いた。

 

「外部電源が切れてから、最低限の維持だけなら数時間。予備電源を増やせば延ばせるが、その分だけ重くなる」

 

「輸送中に数時間あれば十分?」

 

「何が起きるかによる。勝利の翼号からVault-Nまでなら余裕がある。でも、前線で回収することまで考えたら足りない可能性がある」

 

「なら、外から電源を取れるようにもしておいた方がいいな」

 

「当然そのつもりだ」

 

 エイブの返事を聞きながら、スノーホワイトは別の端末で内部温度の推移を確認していた。主電源、予備電源、外部接続のどれか一つが失われても即座に維持が止まらないよう、それぞれを独立させる必要がある。

 

「循環系も二つ欲しいです」

 

「容器が大きくなる」

 

「片方が壊れたらどうするんですか」

 

「だから今考えてる」

 

「二つにしましょう」

 

「勝手に決めるな」

 

「でも二つです」

 

 エイブとスノーホワイトの間で早くも設計上の争いが始まり、リリスが思わず笑った。ネイトも口元を緩めたが、二人が本気で揉めているのではなく、どこまで故障を許容できるかを詰めているだけだと分かっていた。

 

「参考にしたのは、マレーンの時の設備?」

 

 リリスが尋ねると、エイブの手が止まった。

 

「一部は」

 

「本人には?」

 

「これから聞く」

 

「まだ使ってない?」

 

「身体の記録と、脳の維持記録は別だ。前に許可されたからって、全部使っていいことにはならない」

 

 その答えに、リリスは静かに頷いた。エイブは少し前なら、研究に必要だからという理由だけで自分が持つ記録を開いていたかもしれない。しかし今は、マレーン本人がすでに自分の意思を持って生活している以上、過去の身体や脳についての情報も本人のものとして扱っている。

 

「じゃあ、聞こう」

 

「今から?」

 

「いるんでしょ?」

 

「食堂に」

 

「なら行こうよ」

 

 リリスが先に扉へ向かい、エイブも仕方なさそうに端末を持って後を追った。

 

◇

 

 マレーンは説明を最後まで聞いてから、すぐには答えなかった。

 

 食堂の隅に置かれた端末には、彼女がモデルナンバー1だった頃に使用されていた大型生命維持設備の概要が表示されている。ただし詳細な記録はまだ開いておらず、エイブが使いたい情報の範囲だけを先に説明していた。

 

「私の脳が入ってたやつ?」

 

「そう」

 

「どのくらい?」

 

「維持期間、温度、循環、神経活動、電源が途切れた場合の変化。それと、新しい身体へ移すまでに何を確認したか」

 

「全部、私の?」

 

「お前の記録だ」

 

 マレーンは画面を見つめた。本人には設備の中で過ごしていた時の記憶がなく、自分が生きていたと知ったのも救出された後だった。それでも、記録の中に残っている脳が他人のものではないことだけは分かっている。

 

「リリスに使うの?」

 

「同じ設備を使うわけじゃない。お前の時に何が必要だったのかを参考にしたい」

 

「私みたいにする?」

 

「身体が使えなくなった時の話だ」

 

 リリスが横から答えた。

 

「そうならないように身体も作ってる。でも、間に合わなかった時に、終わりにしたくないんだ」

 

 マレーンはリリスを見たあと、自分の胸へ手を当てた。そこには今の身体の動力があり、かつて失われた身体とは違う規則正しい振動が続いている。

 

「私、あの中にいた時のこと覚えてない」

 

「うん」

 

「でも、あれがなかったら今ここにいなかったんだよね」

 

 ネイトが頷く。

 

「少なくとも、脳が維持されてなかったら俺たちには何もできなかった」

 

「じゃあ使っていいよ」

 

 マレーンは端末をエイブの方へ押し戻した。

 

「必要なところは全部見ていい」

 

「本当に?」

 

「うん。でも私も見たい」

 

 エイブが僅かに眉を上げる。

 

「維持記録を?」

 

「私のだから」

 

「気分が悪くなる内容もあるかもしれない」

 

「その時は止める」

 

「無理して最後まで見る必要はないぞ」

 

「分かってる」

 

 マレーンは自分で答えたあと、少し考えてからリリスを見た。

 

「もしリリスもああいうのに入ることになったら、今度は外で待ってる」

 

「外で?」

 

「私が起きた時、みんないたから」

 

 リリスの表情が柔らかくなる。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

 

「うん」

 

「長く待たせるかもしれないよ?」

 

「私も待ってもらったから大丈夫」

 

 その言葉を聞いたエイブは何も挟まず、マレーン本人の同意を記録した。そこで初めて古い維持設備の詳細が開かれ、現在の試作機との比較が始まった。

 

 大型設備だったからこそ確保できた余裕は多かった。電源も循環も複数系統を持ち、脳組織の状態を監視する機器も容器の外に大量に置かれている。それを前線から持ち運べる大きさまで縮めるには、何を残し、何をVault-N側へ任せるかを分けなければならなかった。

 

「全部入れようとすると棺桶くらいになるな」

 

 ネイトが二つの設計を比べる。

 

「その言い方やめてよ」

 

 リリスが苦笑した。

 

「悪い」

 

「まだ死ぬ予定ないからね」

 

「知ってる。だから作ってる」

 

 ネイトがすぐ返したため、リリスもそれ以上は言わなかった。

 

◇

 

 問題が一つ増えたのは、その日の夜だった。

 

 試作機の設計を確認するため、アンダーソンを加えた四人が小会議室へ集まっていた。携行型の維持設備を作ること自体については全員の合意が取れているが、アンダーソンが気にしたのは装置の性能ではなく、それを実際に使った後のことだった。

 

「仮に成功したとする」

 

 机上には、身体を失ったリリスの脳を回収し、維持容器へ移した場合の手順が表示されている。

 

「リリス本人は生きている。しかし身体は使えない。そこで何が起きる?」

 

「次の身体が完成するまで維持する」

 

 エイブが答えた。

 

「技術的にはそうだ」

 

 アンダーソンは首を横へ振った。

 

「俺が聞いているのは、外に何と説明するかだ」

 

 ネイトもそこで意味を理解した。ゴッデスの隊長であり、人類最強のニケであるリリスが戦場で身体を失えば、それを完全に隠すことは難しい。仲間だけでなく、軍の兵士、整備担当、指揮系統まで、多くの人間が彼女の状態を知ろうとする。

 

「脳を保存したって言えば?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「どこへ保存したのかを聞かれる」

 

「答えなければ?」

 

「人類最強のニケを再建できる可能性があると知れば、探そうとする者は出る」

 

 アンダーソンは言葉を選んだ。

 

「全員が敵意を持つとは言わない。善意で治療へ参加しようとする者もいるだろう。しかし、その情報がどこまで広がるかを制御できなくなる」

 

「研究対象にもなり得る」

 

 エイブが低い声で付け加えた。

 

「リリーバイスの脳そのものを調べたい奴は絶対に出る」

 

「それに、ラプチャー側へ情報が漏れる可能性もある」

 

 ネイトは腕を組んだ。

 

「つまり、生きてること自体を隠さなきゃならない場合がある?」

 

「可能性としては考えておくべきだ」

 

 アンダーソンが頷いた。

 

 リリスは少しの間、何も言わなかった。自分が生き残ったのに、それを仲間以外へ言えないという状況を想像しているのかもしれない。

 

「じゃあ、私はどうなったことにするの?」

 

 その問いには、誰もすぐ答えなかった。

 

 戦場で身体を失い、頭部まで回収されたことを隠すなら、行方不明という扱いにする方法もある。しかし人類最強のニケが行方不明になれば、大規模な捜索が始まる可能性が高く、秘密を守るという目的には向かない。

 

「死亡」

 

 エイブが最初に言った。

 

 リリスが彼女を見る。

 

「一番追われにくい」

 

「私が死んだことにする?」

 

「必要になった場合だけだ」

 

「だったら、身体は?」

 

 今度はエイブが黙った。

 

 死亡を公表するなら、遺体を確認しようとする者が出ても不思議ではない。戦場で完全に消滅したと説明することもできるが、状況によっては無理が生じる。

 

「……偽物を作るか」

 

 ネイトが言った。

 

 エイブがゆっくり彼へ顔を向ける。

 

「何を?」

 

「リリスの身体」

 

「新しい身体を作ってる」

 

「そっちじゃない」

 

 ネイトは空いている画面を自分の方へ引き寄せた。

 

「生きるための身体じゃなくて、置いていくための身体」

 

 部屋が静かになった。

 

「顔と外見、識別情報はリリス。でも中身は別物。脳も記憶も入れないし、強くする必要もない」

 

「遺体を偽装するため?」

 

 アンダーソンが尋ねる。

 

「最悪の場合にな」

 

 ネイトは表示されたリリスの現行ボディの構造を見た。

 

「本物の脳を持って逃げるなら、外には何か残した方が追われにくい。全身が必要とは限らないけど、用意できるなら選択肢にはなる」

 

 エイブの顔には明らかな嫌悪が浮かんでいた。

 

「気に入らない」

 

「俺も好きで言ってない」

 

「本人の偽物を作って、本人の死体にする?」

 

「だから本人が嫌ならやらない」

 

 二人の視線がリリスへ向いた。

 

 リリスは自分の顔へ触れ、それから端末に表示された身体の構造を見る。自分と同じ顔を持ちながら、自分ではない身体を作り、それをいつか自分の遺体として残すかもしれない。軽い気持ちで決められる話ではなかった。

 

「それに脳はない?」

 

 リリスが確認する。

 

「ない」

 

 エイブが答えた。

 

「NIMPHも人格情報も入れない。意識を持たせる理由もない」

 

「じゃあ私のコピーじゃない?」

 

「絶対に違う」

 

「身体だけ」

 

「そうだ」

 

 リリスはしばらく考えた。

 

「動くの?」

 

「必要なら動かせる身体にはできる」

 

 エイブは技術者として考え始めたらしく、嫌そうな表情のまま説明を続ける。

 

「ニケの身体として最低限の駆動系を持たせて、外部から検査された時にリリーバイスと同じ識別情報を返す。ただし、本物と同じ出力は要らないし、武装も要らない」

 

「誰かが頭を付けたら?」

 

 ネイトが尋ねる。

 

「構造上は動かせるようにできる」

 

「それなら、あまり強くするな」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 リリスが二人を交互に見る。

 

「私の身体を作る時は、強くするために困ってるのに?」

 

「こっちは逆だ」

 

 ネイトが答えた。

 

「見た目だけお前に追いつけばいい」

 

 その言葉に、リリスが少しだけ笑った。

 

「変なの」

 

「かなりな」

 

「でも、それならいいと思う」

 

 アンダーソンが慎重に確認する。

 

「本当に?」

 

「私が生きてることを守るためなんでしょ?」

 

「そういう使い方を想定している」

 

「だったら作って」

 

 リリスは一度そこで言葉を止めた。

 

「ただし、私の代わりにはしないで」

 

「しない」

 

 エイブの返事は早かった。

 

「私の記憶を入れない。私みたいに喋らせない。誰かに『これもリリスだから大事にして』って言わない」

 

「その条件は入れる」

 

「あと、本当に必要になるまでは使わない」

 

「当然だ」

 

 リリスはようやく頷いた。

 

「ならいいよ。私が生きて逃げるために、死んだ私を一人置いていくくらいなら」

 

 明るく言ったわけではなかったが、その言葉には自分で選んだ者の意志があった。

 

◇

 

 翌日から、新しい身体の設計画面は二つに増えた。

 

 一方は、リリスがいつか使うことを前提にしたものだった。現在の身体より安全に力を分散し、外部補助構造も含めて強大な出力を受け止める。まだ基本構造すら固まっておらず、スノーホワイトとエイブが毎日のように新しい線を引いては消している。

 

 もう一方は、その逆だった。

 

「弱すぎない?」

 

 リリスが試算された出力を見て尋ねる。

 

「強い必要がない」

 

 エイブは平然と答えた。

 

「でも私の身体なんでしょ?」

 

「お前に見える身体だ」

 

「言い方がひどい」

 

「事実だ」

 

 外見寸法、骨格形状、外装、識別系統については現行ボディを可能な限り再現する一方、内部の高出力機構は大幅に簡略化されていた。戦闘用の武装は持たせず、身体そのものの出力も一般的なニケから大きく外れない範囲へ落とし、実際のリリスが持つ特殊な負荷経路についても再現しない。

 

「検査されたら弱いって分からない?」

 

 ネイトが尋ねる。

 

「詳しく調べられたら分かる」

 

「駄目じゃないか」

 

「死体を全力運転させて性能確認する奴を想定するのか?」

 

「ウェイストランドにいたらやりかねない」

 

「ここを基準にするな」

 

 エイブは少し考え、識別回路の設計へ追加項目を書き込んだ。

 

「通常の個体照合で見る情報は合わせる。外装材も現行ボディに近づける。ただし、本物の身体設計やエブラ粒子の研究結果は絶対に入れない」

 

「奪われても、敵に本物の技術は渡らないように?」

 

「そうだ」

 

 ネイトが頷く。

 

「それなら、むしろ弱い方がいい」

 

「最初からそう言ってる」

 

「人類最強のニケの偽物が、意図的に弱く作られるのか」

 

「何か不満?」

 

 リリスが尋ねると、ネイトは設計図を眺めたまま笑った。

 

「いや。俺の世界らしいなと思って」

 

「どういう意味?」

 

「外見だけ最高級品で、中を開けたら安い部品ばっかり」

 

「それ、私の顔でやるんだよね?」

 

「怒るなよ」

 

「ちょっと複雑」

 

 リリスは頬を膨らませたが、作るなとは言わなかった。

 

 問題は、偽装身体をどこまで本物らしくするかだった。あまりに精巧に作れば、敵や味方に有用な技術を渡すことになる。一方で外から見ただけで偽物と分かれば、本人の生存を隠す役にも立たない。

 

「最低限、軍の通常検査は通したい」

 

 アンダーソンが通信越しに条件を示す。

 

「深部検査まで誤魔化す必要はない。そこまで調べさせる状況になった時点で、別の対応が必要になる」

 

「識別番号だけじゃ足りない?」

 

 ネイトが尋ねる。

 

「外装の材質、内部配置、基本的な反応まで見る場合がある」

 

「そこは合わせる」

 

 エイブが必要な項目を並べていく。

 

「ただし、脳がないことは隠せない」

 

「頭部まで必要になったら?」

 

「別に考える」

 

 ネイトはその言葉を聞いて、無理に答えを出さなかった。今作っているのは、あらゆる状況を欺く万能な偽物ではない。本物のリリスを生かしたまま隠さなければならない事態が起きた時、使える選択肢を一つ増やすためのものだった。

 

◇

 

 偽装身体へ何を載せないかを決める作業は、何を載せるかを決めるより早く進んだ。

 

 記憶は入れない。

 

 人格情報も入れない。

 

 実際の戦闘記録も不要。

 

 エブラ粒子との相関データも載せない。

 

 リリスの身体へ使う予定の新しい負荷分散構造も使用しない。

 

 外部から重要領域を書き換えられるような常時接続機能も持たせない。

 

 エイブが項目を一つずつ消していく横で、ネイトは別の欄を追加した。

 

「開けられたことくらいは分かるようにできる?」

 

「誰に?」

 

「こっちに」

 

「通信させるのか?」

 

「常時じゃなくていい。誰かが内部へ接続した時に、それが後で分かる記録だけ残せないか」

 

 エイブは少し考えた。

 

「内部に独立した記録器を置くことはできる」

 

「外へ信号を送る?」

 

「送らない方がいい。発信すれば見つかる」

 

「なら記録だけでいい」

 

 ネイトの考えは単純だった。もし何者かが遺体として残された身体を持ち去り、内部へ手を加えたとしても、その事実だけでも後から確認できれば価値がある。

 

「誰かが持っていった場合は?」

 

 リリスが尋ねる。

 

「回収できなければ読めない」

 

「じゃあ役に立たないこともある?」

 

「ある」

 

 ネイトは隠さなかった。

 

「でも、何でもできる装置にすると、今度はこっちの情報を持っていかれる。欲張らない方がいい」

 

「ネイトが欲張るなって言うの、珍しいね」

 

「罠と爆発物では慎重なんだよ」

 

「爆発物?」

 

「例えだ」

 

「本当?」

 

「本当だって」

 

 疑わしそうなリリスの横で、エイブは独立記録器の案を保存した。外部へ何も送らず、接続や分解、制御系への介入があった時刻だけを残す。用途が変われば後から削除できる程度の、小さな保険だった。

 

◇

 

 数日後、二つの設計は明確に別の名前で管理されることになった。

 

 本当にリリスが使うための身体は、まだ正式名称を持っていない。性能目標すら決まらず、現行ボディの問題を解消できる構造を探している段階で、設計画面には試作番号しか表示されていなかった。

 

 それに対し、偽装身体の方には機密管理のための名称が必要になった。

 

「『リリーバイス偽装身体計画』」

 

 エイブが入力する。

 

「長くない?」

 

 ネイトが横から覗き込む。

 

「意味は分かる」

 

「毎回言うの面倒だろ」

 

「端末で読むだけだ」

 

「会話する時は?」

 

「偽装身体」

 

「味気ないな」

 

 エイブが嫌そうな顔をする。

 

「お前、また名前を付ける気か」

 

「そんな警戒する?」

 

「翼の時も安直だった」

 

「覚えやすかっただろ」

 

「安直だった」

 

 リリスが二人の間へ顔を出した。

 

「何にするの?」

 

 ネイトは表示された「LILIWEISS」の文字を見ながら、少し考えた。

 

「PROJECT LILY」

 

 エイブの顔がさらに嫌そうになる。

 

「安直」

 

「三回目だぞ!」

 

「でも私は好き」

 

 リリスが笑う。

 

「ほら!」

 

「本人が気に入ったなら、もうそれでいい」

 

 エイブは諦めたように名称欄を書き換えた。

 

 画面の上部に、新しい文字が表示される。

 

PROJECT LILY

 

 その下には、現時点での目的が簡潔に記されていた。

 

本人の生存秘匿が必要となった場合に使用する、意識・人格情報を持たないリリーバイス偽装ボディ。

 

 リリスはその文章をしばらく読んでいた。

 

「これだけ見ると、すごく変な計画だね」

 

「実際変だろ」

 

 ネイトが答える。

 

「でも、必要にならないのが一番いい」

 

「うん」

 

「本物の身体が先に完成して、こっちは一度も使わない。それが一番だ」

 

「じゃあ頑張らないとね」

 

 リリスは隣に開かれた、もう一つの設計画面へ目を向けた。

 

 一方には、本人がいつか生きるための身体がある。まだ形も定まらず、リリスの力へどう追いつくかを探している途中だった。

 

 もう一方には、本人が生き延びるために残していくかもしれない身体がある。こちらは強さを求めず、本人らしく振る舞うことすら求められず、必要になった時にただ「そこにリリスがいた」と思わせるためだけに作られる。

 

「変だね」

 

 リリスがもう一度言った。

 

「何が?」

 

「どっちも、私が生きるための身体なんだ」

 

 ネイトは二つの設計図を見比べた。

 

「片方は入るため。片方は置いていくため、か」

 

「うん」

 

 エイブはその会話を聞きながら、PROJECT LILY側の設計を保存した。まだ実際の身体は一つも製造されておらず、使用条件も詳しく決まっていない。本人の生存を隠す必要が生まれなければ、設計図のまま終わる可能性すらある。

 

 それでも、選択肢は一つ増えた。

 

 現在の身体が限界を迎えた時、そこで全てを終わらせないための選択肢が。

 

 リリスは真っ白なままの次期ボディ設計へ手を伸ばし、画面上の負荷経路を指でなぞった。自分を死んだことにする準備よりも、今の彼女が見ているのはこちらだった。

 

「こっちを先に完成させよう」

 

「当然です」

 

 スノーホワイトがすぐに答える。

 

「PROJECT LILYを使わなくて済むくらい、ちゃんとした身体を作ります」

 

「頼んだよ、スノー」

 

「はい」

 

 エイブも何も言わず、本物のための設計画面を中央へ戻した。

 

 二つ目の器は、あくまで備えだった。

 

 今作るべきなのは、リリスが死んだと思わせる身体ではなく、本人が生き続けられる身体なのだから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。