とある麗華様ファンの憂鬱 作:panic! core Dump
目覚め
柔らかな感触だった。
温かい。
ふかふかしている。
まるで雲の上に寝ているようだった。
麗華はゆっくりと目を開く。
視界に飛び込んできたのは純白の天蓋だった。
(あれ……?)
眩しい。
白い。
とにかく白い。
(ここどこだろう……。)
しばらくして記憶が繋がる。
前夜祭。
挨拶攻勢。
帰室。
発熱。
氷室。
(ああ……。)
(倒れたんだった……。)
ようやく思い出した。
そして。
ベッドの横に座る人物へ気付く。
「姫様!」嬉しそうな声だった。
氷室である。
仁科家私設情報工作部隊指揮官。
そして。麗華にとっては幼い頃から傍にいてくれた人だった。
「お加減はいかがでしょうか!」目が少し潤んでいる。
本気で心配していたらしい。
「大丈夫です。」
麗華は苦笑する。「ご心配をおかけしました。」
「姫様!」氷室の声が少し強くなった。
「もっとご自身を大切になさってください!」
珍しかった。普段の氷室は何があっても冷静だ。
情報工作部隊指揮官として数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女が、感情を露わにすることは滅多にない。
だが。今回は違った。
「姫様は仁科の至宝です!」氷室は珍しく声を荒げた。
「以前から申し上げているではありませんか!」
「は、はい……。」麗華は思わず姿勢を正した。
「姫様がわざわざ、仁科家に媚びる事しか能のない者達のお相手をなさる必要などございません!」
「氷室さん……。」
「そのような方々のために姫様がお身体を壊されるなど、あってはならない事です!」
「姫様に何かあれば。」氷室は俯いた。
「旦那様も、仁科家の皆様も悲しまれます。」
少し間を置いて。小さく続ける。
「……私も悲しいのです。」その声はかすかに震えていた。
麗華は目を見開く。
「ありがとうございます。」麗華は小さく微笑んだ。
「姫様?」氷室が固まる。数秒後。ふいっと顔を逸らした。耳が少し赤い。
「ご心配をおかけしました。」
麗華は素直に頭を下げた。「申し訳ございません。」
氷室は深くため息を吐いた。怒っているわけではない。
ただ。本当に心配だったのだ。
「姫様がご理解くださったのであれば、それで十分です。」
その声は先程までよりずっと柔らかかった。
「今何時でしょうか。」
氷室は時計を確認する。「翌日の夕方でございます。」
麗華は固まった。「え?」
「昨日から丸一日以上お休みになられていました。」
(そんなに!?)本気で驚いた。
そこからしばらく。二人はゆっくり話をした。
九校戦の事。
体調の事。
仁科家の事。
そして。麗華は気付いた。
(氷室さん……。)(疲れてる。)
目の下に薄い隈。
姿勢も少し固い。
「氷室さん。」
「はい。」
「休んでください。」
氷室が首を振る。「大丈夫です。」
即答だった。
「姫様が心配ですので。」
「でも。」
「ここに居させてください。」 本気だった。
麗華は困る。本当に困る。
「氷室さん。」
「はい。」
「命令です。」
氷室が固まった。
「休んでください。」
「……。」
「今の氷室さんの方が心配です。」
沈黙。
そして。ようやく氷室が立ち上がった。
「承知しました……。」その表情は少し不満そうだった。
だが。どこか嬉しそうでもあった。
部屋に一人になる。
改めて周囲を見渡す。
白い。本当に白い。
壁。
家具。
調度品。
カーテン。
照明。
全て高級品だった。
今世の麗華にとっては見慣れた物ばかりである。
だが。ふと前世の価値観で考えてみる。
(すごいな……。)
(悪の秘密結社の首領の部屋みたい……。)
思わずそんな感想が出た。
(ラスボスが住んでそう。)
その時。インターホンが鳴った。
「姫様。」
氷室の部下からだった。「市原様、中条様がお見えです。」
麗華の顔が少し明るくなる。
「お願いします。」
「かしこまりました。」
数分後。
鈴音とあずさが入室した。
「麗華!」「大丈夫ですか!?」二人同時だった。
麗華は少し笑う。「もう大丈夫です。」
「本当?」鈴音が麗華の額に手を当てる。
「熱は?下がっているみたいね。」
あずさも安心したような表情になる。
麗華は「多分明日には起きられそうです。」
鈴音が「無理しないこと。」
あずさが「絶対ですよ。」
二人とも真剣だった。
麗華は少し嬉しそうに「はい」と答えた後、申し訳なさそうに
「お二人とも忙しいのに大丈夫ですか?」と言った。
九校戦期間中だ。技術スタッフは忙しい。
鈴音が笑った。「大丈夫よ。」「今日の競技は全部終わったもの。」
あずさも頷く。「明日の準備も終わっています。」
その言葉で麗華は安心した。
「そういえば。」
「?」
「今の状況はどうなんでしょう?」
鈴音が答える。「順調。」とても短かった。
「予想通りです。」あずさも補足する。
「第一高校はかなり優勢です。」
「それは良かった……。」本当に嬉しかった。
その後。三人で他愛のない話をする。
研究の話。
生徒会の話。
摩利の話。
真由美の話。
気付けば一時間近く過ぎていた。
鈴音が立ち上がる。「そろそろ帰りましょう。」
「え?」
「麗華が疲れる。」
あずさも頷いた。「また明日来ます。」
「はい。」
二人は部屋を後にした。
一人になった麗華。
まだ少し疲れが残っていた。
(眠い……。)目を閉じる。
そして。すぐに眠った。
数分後。
静かに扉が開く。
氷室だった。
実は休んでいない。別室でずっとバイタルモニターを見ていたのである。
ベッドへ近付く。麗華は静かな寝息を立てていた。
穏やかな表情。苦しそうではない。
それを確認して。氷室はようやく安堵した。
「神様。」小さく呟く。
「どうか姫様をお守りください。」
その声は祈りそのものだった。
翌朝
朝日が差し込む。
麗華はゆっくり目を開いた。
そして気付く。
氷室がいた。
ベッドの横。椅子に座ったまま。ベッドの縁へ頭を預けて。うたた寝している。
麗華は静かに見つめる。
思い出す。
母は自分が生まれて間もなく亡くなった。
父は忙しかった。
だから。
辛い時。
寂しい時。
熱を出した時。
泣いた時。
いつも傍にいてくれた人がいた。
氷室だった。
幼い頃。何度も呼んだ。
自然に。
無意識に。
「氷室お姉さま……。」
小さく呟く。
「ありがとう……。」
眠る氷室は気付かない。
だが。
麗華の表情はとても穏やかだった。
窓の外では。九校戦三日目の朝が始まろうとしていた。
そして。まもなく。仁科麗華が競技の舞台へ立つ時がやって来る。