とある麗華様ファンの憂鬱 作:panic! core Dump
麗華専用控室
九校戦七日目。
新人戦ミラージ・バット当日。仁科麗華は控室の姿見の前で固まっていた。
鏡の中に映っているのは、第一高校の一年生ではない。
純白のドレス。
妖精の羽を思わせる繊細なレース。
銀糸で彩られた刺繍。
幾重にも重なるフリルとリボン。
そして、正気を疑う量の装飾品。
どう見ても競技選手ではなく、どこかの妖精王国の女王陛下だった。
(これ、本当にスポーツ大会の衣装かしら……)
麗華が遠い目をした、その時だった。
「姫様……」
背後から震える声が響く。
振り返ると、氷室が両手を胸の前で組み、感極まった表情で立っていた。
「なんと神々しい……」目には涙。
「まさしく妖精女王……」
一歩後ずさる。
「私は幸せです……」
そのまま倒れた。
「氷室様ーっ!」 「医務班!」 「いつものです!」
慌ただしく回収されていく氷室を見送りながら、麗華は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いつもご迷惑をお掛けします……」
もはや誰も驚かなかった。
そんな中、控室の扉が開く。鈴音とあずさだった。
二人は麗華の姿を見るなり足を止めた。
「……」「……」
数秒の沈黙。
「どうでしょう?」麗華がおそるおそる尋ねる。
「前回よりはましね」鈴音が言った。
「前回よりはましだと思います」あずさも頷く。
麗華は少し安心した。
だが次の瞬間、「ただ」
鈴音の追撃が来た。「相変わらず何を目指してるのか分からない」
「私も同感です」
(ですよね……)本人もそう思った。
開幕
会場は満員だった。観客の視線は一人の少女に集中している。
月面に『一校優勝』を刻んだ少女。
因果律超越お嬢様。
九校戦最大の話題人物。
仁科麗華。
一方、その本人は。
(帰りたい……)緊張していた。
(怖い……)
(なんでこんな見られているの……)
(失敗したらどうしよう……)
外見だけなら妖精女王。中身はどこまでも庶民だった。
開始音が鳴る。
ピッ!
(舐められたらハメ殺されるぅぅぅ!!)
意味不明な危機感だった。
そして。魔法が暴発した。
「きゃっ!?」
三人になった。
「分身だ!?」 「実体があるぞ!」 「何が起きた!?」会場がどよめく。
一方。
『ちょっと待ってぇぇぇ!?』三人の麗華はパニックだった。
『バットが!』 『髪に!』 『絡まりましたぁぁぁ!!』
縦ロールにバットが巻き付いている。
『痛いです!』 『引っ張らないでください!』 『氷室お姉さまが二時間掛けた髪型がぁぁぁ!!』
三人で必死に髪を救出する。
しかし観客席では。
「見ろ……」
「どうした?」
「あの配置だ」
三人の麗華が、完璧な正三角形を描いていた。
「開幕と同時に防御陣形を完成させたのか……」
「死角が存在しない……」
「化物だ……」
本人たちは髪の毛を守っているだけだった。
そこへ第一波光球群が出現する。
『取れたぁぁぁ!!』三人同時に歓声を上げた。
その勢いで三人が三方位へ飛ぶ。
第一波。全滅。
「完璧だ……」 「芸術だ……」
一方の麗華は。
(助かった……) 髪の無事を喜んでいた。
準決勝
(怖い怖い怖い怖い!!)さらに緊張した結果。
今度は四人になった。
「増えた!?」 「また増えたぞ!」
一方。
『ああああああ!!』
ドレスのフリルが三秒前の自分のベルトに引っ掛かっていた。
『動けません!!』 『誰ですかこの衣装作ったの!!』 『私に言わないでください!!』
四人で責任の押し付け合いが始まる。そして。
『ぶつかりますぅぅぅ!!』
ゴツン。四人同時に正面衝突。
「おーっほっほっほっほっほ!」会場には高笑いが響く。
実際には、「フギャァァァァ!!」だった。
そこへ第二波光球群。
『今私を蹴ったのは誰!?』 『私です!!』 『謝ってください!!』 『嫌です!!』
もみ合った勢いで四人が回転する。
風車だった。
第二波。全滅。
「何という連携だ……」 「死角がない……」
一方。
『酔いました……』麗華は泣きそうだった。
決勝戦
三高代表は青い顔をしていた。
「あの人の戦法が分かったわ……!」
「自分自身を衝突させて因果エネルギーを発生させているのよ!」
「な、なんだって……!」「命懸けの戦法だったのか……!」
観客席がどよめく。
一方。
(違います)(本当に違います)麗華の心の叫びは届かない。
開始音。
ピッ!
「もうどうにでもなれーーーっ!!」
七人になった。
「七人!?」 「まだ増えるのか!?」観客総立ち。
第一波
『押さないでください!』
『押していません!』
『髪踏みましたね!?』
『私じゃありません! 三秒前の私です!』
『意味が分かりません!!』
空中で大乱闘。そして全員転ぶ。
偶然放たれた七方向攻撃。
第一波。全滅。
「完璧な全周囲迎撃……」
第二波
大量の光球。
『羽が!』 『フリルが!』 『引っ張らないでください!』 『そっちこそです!』
七人がぐるぐる回る。
七本のバットも回る。
第二波。全滅。
「神業だ……」
一方。
『気持ち悪いです……』
第三波
さらに大量の光球群。
「迎撃不能だ!」誰もがそう思った。
一方。『帰りたい……』 『帰りたいです……』 『もう帰りましょう……』
七人同時のため息。
その瞬間。空間が歪んだ。
全光球。一斉吸引。
一斉消滅。
会場は静まり返る。
「空間を書き換えた……」
違う。疲れただけだった。
最終波
試合終了直前。最大規模の光球群。
「最後だ!」
『もうヤダァァァァ!!』七人が中央で衝突する。
ゴン。
ガン。
ドカ。
バキ。
『痛いぃぃぃ!!』
七本のバットが激突した。
その瞬間。空間がぐにゃりと歪む。
全光球吸引。
全消滅。
パーフェクトスコア。
完全優勝。
一瞬の静寂。
そして。大歓声。
「妖精女王だ!」 「神話を見た!」 「因果律超越お嬢様!」
麗華はふらふらと着地した。
髪はボサボサ。
衣装はボロボロ。
目には涙。
しかし観客には。死闘を制した女王にしか見えなかった。
試合後
「麗華ちゃん!」麗華のやらかしに慣れ始めた真由美は最近「麗華ちゃん」呼びだ。
真由美が飛びつく。「最高だったわ!」
ぎゅう。「気高くて、美しくて、しかも滅茶苦茶だったもの!」
「褒められている気がしません……」
「感動したぞ!」摩利が肩を叩く。
バシッ!「痛いです!」
バシッ!「本当に痛いです!」(一般庶民の肩が壊れますぅぅぅ!!)
控室に戻ると、鈴音とあずさが待っていた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
そして。「何をやったの?」
「え?」
鈴音が額を押さえる。
「七人になったところまでは分かった」
あずさも頷いた。「私もそれを伺いたいです」「最後の現象は何だったんですか?」
麗華は困った顔になる。「私も知りたいです」
沈黙。
「え?」
「途中から七人の私が喧嘩を始めまして」
「誰とですか?」
「私同士で」
再び沈黙。
「なるほど」鈴音が頷く。「全然分からない」
「私もです……」
その時。「姫様ぁぁぁぁぁ!!」
氷室が飛び込んできた。
「七人の妖精女王!!」
「やめてください」
「映像は永久保存しました!!」
「消してください!!」
「不可能です」即答だった。
「ファイル名は」氷室は誇らしげに宣言する。
『姫様ご武勇伝その48 妖精女王降臨』
「やめてぇぇぇぇぇ!!」
終章 平穏な高校生活計画
その夜。
世界は熱狂していた。
妖精女王。
因果律超越お嬢様。
七人の魔女。
九校戦の伝説。
様々な異名が飛び交っている。
一方。当の本人はベッドに突っ伏していた。
(終わった……)半泣きだった。
(全国放送で自分自身と喧嘩した……)
(もうお嫁に行けない……)
しかし。もっと深刻な問題を思い出す。
(来年……)司馬達也。司馬深雪。
麗華の顔から血の気が引いた。
(本編が来る……)
あの兄妹には近付いてはいけない。
事件。
陰謀。
テロ。
国家規模の騒動。ろくなことにならない。
(よし)麗華は決意した。
(絶対に目立たない)
(平穏な高校生活を送る)
(司馬兄妹とは適切な距離を保つ)
(関わらない)
(巻き込まれない)
完璧な計画だった。※あくまで麗華視点
(これで安心ね)
国防軍情報部。
九校戦期間中のため、多数の競技映像が解析用サーバーへ送られていた。
その一室。藤林響子は無言でモニターを見つめていた。
「ふぅん……」映像が停止する。
空中に浮かぶ七人の少女。
仁科麗華。
再生。
七人同時行動。
空間歪曲。
光球群の同時消滅。
再び停止。
藤林は小さく息を吐いた。
「これはまた……」誰にともなく呟く。
「随分と面白い子が出てきたわね」
机の上には、既に複数の資料が並んでいる。
仁科麗華。
第一高校一年。九校戦新人戦優勝者。
そして。
月面事件関係参考資料。
藤林は一枚の画像を手に取った。
月面に刻まれた巨大な文字。
『一校優勝』
数秒眺める。
映像を再生する。
空中で暴れる七人の麗華。周囲から見れば神話。
解析担当から見れば異常現象。
藤林の目には。別の何かに見えていた。
「少なくとも」
端末を操作する。「話を聞く価値はありそうね」
新規メッセージ作成。
宛先入力。数秒考える。
そして。本文へ短く打ち込んだ。
『月面の件について確認したい』
送信。メッセージ送信完了。
藤林は椅子へ深くもたれ掛かった。
「さて」
口元に笑みが浮かぶ。「どんな反応をするのかしら」
その視線の先では。七人の妖精が踊る映像が繰り返し再生されていた。