とある麗華様ファンの憂鬱 作:panic! core Dump
午後十一時。
九校戦会場内に仁科家が建設したウォーターゲートホテル。
藤林響子は端末を見ながらフロントへ歩いていた。
『今晩二十三時以降でよろしければ』『ウォーターゲートホテル二階フロントへお越しください』
『お名前を告げていただければ係の者がご案内いたします』
『仁科麗華』
(高校一年生のメッセージじゃないわよね)
少し笑う。
だが月面事件の関係者候補だ。警戒は必要だった。
「藤林響子と申します」
「お待ちしておりました」
即答。
(早い)
すると黒服の女性が現れた。
「藤林様ですね」
「はい」
「ご案内いたします」
(本当に映画みたいね)
エレベーターへ乗る。
上がる。
まだ上がる。
さらに上がる。
(どこまで行くの?)
ようやく停止。最上階だった。
廊下へ出る。
豪華。
とにかく豪華。
絨毯。
絵画。
花瓶。
照明。
全部高そう。
(高校生の宿泊フロアじゃないわね)
不安になった。
廊下の最奥。巨大な扉。
「藤林様をお連れいたしました」
扉が開く。
「どうぞ」
響子は入室した。
そして固まった。
(何これ)
広い。
異常に広い。
スイートルームではない。
謁見の間だった。
部屋の奥。一段高い場所。
そこに玉座があった。
いや。どう見ても玉座だった。
そして。
そこへ腰掛ける少女。
仁科麗華。
純白のドレス。
優雅な微笑。
膝の上には白猫。ゆっくりと猫を撫でている。
(悪の組織の首領かしら)響子は思った。
(月面に『一校優勝』って刻みそうな雰囲気ではあるわね)
一方。
(藤林響子さんだ……)麗華は感動していた。
(本物だ……)
(電子の魔女だ……)
(綺麗……)
(すごい……)
原作イメージ通りだった。
ちなみに。なぜ玉座なのか。知らない。
なぜ座ったままなのか。知らない。
なぜ猫を抱いているのか。もっと知らない。
全部氷室の指示だった。
『姫様は微笑んでいてください』
『会話は氷室が担当いたします』
『姫様は何もなさらなくて結構です』
言われた通りにしているだけである。
一方。
麗華の斜め後ろ。
氷室。
無表情。
非常に無表情。
そして。非常に機嫌が悪い。
(軍の少尉)
(姫様へ不躾な連絡)
(不敬です)
腹を立てていた。かなり。
そんなこととは知らず。
響子は一礼する。
「お時間をいただきありがとうございます」
「陸軍一〇一旅団・独立魔装大隊所属」
「少尉、藤林響子と申します」
礼儀正しい。
(本物だ……)
(礼儀正しい……)
麗華は感動した。
しかし。
「軍の少尉ごときが」氷室が口を開く。
「姫様にどのようなご用件で?」
響子が固まる。
(怖い)率直な感想だった。
「月面の件についてお話を伺いたく」
「ほう?」
氷室が微笑む。
全く安心できない笑顔だった。
「姫様が関与していると?」
「可能性の確認です」
「証拠は?」
「ありません」
「推測ですか」
「はい」
「なるほど」
一方。(仕事モードだ……)(格好良い……)麗華は感動していた。
その時。
「姫様」
「はい?」
「この者へお言葉を」
(私!?)麗華が固まる。
(何を!?)(何を言えばいいの!?)
全員が見ている。
響子。
氷室。
猫。
結果。
「いつも応援しています」と言った。
沈黙。
長い沈黙。
「……はい?」響子が固まる。
「それは軍をですか?」
「いえ」
麗華は笑顔で答えた。「藤林少尉をです」
沈黙。
再び沈黙。
猫は寝ている。
最初に復活したのは氷室だった。
(なるほど)(全て理解いたしました。)(姫様はこの女の身辺を既に把握なさっていた)
(流石です)感動した。
一方。
(私を知っている!?)響子の警戒レベルが急上昇した。
「どこで私のことを?」
麗華が固まる。
(原作です)言える訳がない。
「昔から」言ってしまった。
響子硬直。
氷室感動。
麗華後悔。
三者三様である。
「私が軍へ入る前からですか?」
「はい」即答だった。
響子硬直。
氷室さらに感動。
麗華さらに後悔。
さらに三者三様だった。
その時。
「姫様」
「はい?」
「藤林少尉へご褒美のお言葉を」
(何それぇぇぇ!?)
思わずテンパり。「頑張ってください?」と言った。
沈黙。
響子戦慄。
氷室感涙。
麗華絶望。
三者三様だった。
さらに。沈黙。
麗華も黙る。
響子も黙る。
何を言えばいいか分からない。
しかし。氷室だけは違った。
(なるほど)
理解した。
(言葉は不要)
(姫様は全てを伝えた)
(藤林少尉も全てを理解した)
(だから沈黙)
(なんと高度な会談……)
感動した。
「お見事でございました」
「え?」
麗華が固まる。
「言葉を超えた相互理解」
「え?」
響子も固まる。
「実に有意義な会談でした」
何も分かっていない。その沈黙を見て。
氷室は目を潤ませた。
(なんと美しい信頼関係……)誤解が確定した。
翌日
九島家本邸。
九島烈は報告書を読んでいた。
提出者。
藤林響子。
読み進める。
『玉座状の椅子』
『白猫』
『終始余裕』
『以前から当方を認識』
『高い情報収集能力』
『危険性不明』
『単独接触は推奨しない』
九島烈の肩が震えた。
麗華を知っている。よく知っている。だから分かる。
真相が。脳裏に浮かぶ。
玉座に座らされた麗華。
勝手に感動する氷室。
勝手に警戒する響子。
必死に取り繕う麗華。
『藤林少尉をです』
『昔から知っている』
『頑張ってください』
限界だった。
「ぶっ」吹き出した。
さらに。「くっ……」肩が震える。
そして。「はっはっはっはっはっはっはっ!!」大爆笑。
執務室中に響き渡る豪快な笑い声。
秘書が凍り付く。人生で初めて見た。九島烈が腹を抱えて笑っている。
「老師!?」
「はっはっはっ!」笑いが止まらない。
「響子は危険人物と誤解し麗華君を訪問した」
「はい……?」
「氷室君は姫様への不敬を糾弾した」
「はあ……」
「おそらく麗華君は響子の事を光宣から聞いて知っていたのだろう」
誰一人同じ前提で会話をしていない。皆、勘違いだった。
「はっはっはっはっ!」九島烈は涙を拭う。
「君が警戒している相手はな、響子」
「気弱で内気でお人好しな少女だぞ」
そして再び。「はっはっはっはっはっはっ!!」爆笑が執務室に響く。
一方その頃。第一高校女子寮。
仁科麗華はベッドの上で名刺を見つめていた。
「藤林響子さん綺麗だったなぁ……」とても幸せそうだった。
もちろん。
響子が無駄に警戒レベルを引き上げていることも。
氷室がさらに忠誠を深めていることも。
本人はまったく知らなかったのである。