諸将を集め、パルス王宮にて会合が開かれた。
「貯水池がひとつ失われたのは痛うございますが、ザッハークの一党を王都から追い出せたのは大きゅうございます」
「それに、ひとりの犠牲者も出さずに済んだのがなによりだ」
ダリューンたちの報告を聞き、ナルサスが総括すると、アルスラーンは笑顔でそう言った。
「しかし、失われた貯水池を補うための水路の工事に、ザラーヴァント卿がつきっきりになってしまっては、カリヤーンの石切り場に砦を築城するのはいったん白紙になりますな」
残念そうにリョーツーンが言うと、即座に副宰相は首を横に振った。
「いや、カリヤーン砦の築城もできるだけ急ぎたい」
「へ?」
「有翼猿鬼が復活したとなれば、王都の防備りを城壁や壕に頼りきりにはできぬ。宙を飛んで越えられてはそれまでだからな」
「空を飛ぶ兵か。たしかに厄介だが、言葉も知らず、武器を扱う知恵もろくになさそうだったぞ。おぬしなら、どうとでもあしらえるのではないか?」
ダリューンが親友の智謀への信頼を露わにした。
「伝承によれば、ザッハークの眷属には鳥面人妖とやらも居るのだ。空を飛び、人語をあやつり、人間に化けることもできるという。そやつらが言わば百猿長、千猿長となって有翼猿鬼を率いてくれば侮れぬ強敵となろう」
「うむ、それは確かに……」
「カリヤーンに砦を築けば、エクバターナのデマヴァント山の方角への備えになるからな。今のままでは、ザッハークの眷属に対して、あまりに無防備なのだ」
「そうか……。ザラーヴァント、おぬしひとりに重責を負わせるようで心苦しいが、引き受けてくれるか」
「わが国王、水臭い事をおっしゃいますな。お命じくだされ。このザラーヴァント、一命にかえてでも成し遂げてみせます」
ザラーヴァントは胸を張り、笑顔で宣言してみせるのだった。
「おれとしては、骨の棺のなかに寝そべっていたというアンドラゴラス三世が気になるのだがな」
そんなことを言い出したのはギーヴである。
「うむ。とうてい吉事に類することとは思えぬ。先王の御遺体で、魔道士ども、なにをたくらんでいるのか」
「おお、麗しのファランギースどのも、おれと意見を同じくするか。やはり、魂で結ばれた者同士、気が合うのだな」
「…………」
黒髪の女神官が流浪の楽士の言葉を黙殺したので、議題を進めるためにキシュワードが意見を述べた。
「先王陛下の御遺体がザッハークの一党に辱められるとあれば、パルスの武人として、とうてい看過できぬ。一刻も早く取り戻すべきだ」
「この件に関して、わたしがもっともおそれているのは……」
そこで、ナルサスは言葉を切った。
「どうした、ナルサス。おぬしらしくもない」
ダリューンにうながされて、ナルサスはアルスラーンに向き直り、口をひらいた。
「わが国王、わたしがおそれているのは、アンドラゴラス先王の遺骸を依り代として、蛇王ザッハークが復活することです」
口の端にのぼせるもおぞましいとは、まさにこのことである。
満座が慄然とした。
「そのようなことがありうるのか」
キシュワードがふるえる声で問いかける。
「わからぬ。わからぬが、やつらがここまでしてアンドラゴラス先王の御遺体を手中にし続けようとしているとなると、その目的は、蛇王復活の依り代にするためぐらいしか考えられぬのだ。先王を辱めるだけならば、それこそ地下神殿と共に泥沼の底に沈めてしまうだけでも充分であろうからな。すくなくとも、単なるいやがらせではあるまいよ」
「しかし、まさか、いくらなんでも……」
不敵と不遜の権化のようなギーヴでさえ、舌を凍てつかせてしまい、うまく言葉をつむげずにいた。
「仮に、蛇王の依り代にならずとも、死体をあやつることはできるらしいのだ。もしも『生きていたアンドラゴラス』がアルスラーン陛下を簒奪者と糾弾すれば、天下は麻の如く乱れる……」
「で、では、その旨をあらかじめパルス全土に布告すれば……」
青ざめながらイスファーンが提案する。
「蘇ったアンドラゴラス三世はこう言うだろうな。『アルスラーンは余が生きているのを知っていたからこそ、そのような布告をしたのだ』と」
ナルサスがこう言い、口を閉ざすと一座を重苦しい沈黙が支配するのだった……。