マルヤム王国では、パルスから追い返されたボダンとギスカールが覇権を巡って争っていた。
過去形なのは、ギスカールがボダンの身柄を捕らえて虜囚としたからである。
「ほっとけば、口実をつけてボダンは処刑されるだろうな。だが、それじゃあ面白くねえ」
街道沿いの宿場町をハシゴして情報を集めていたリョーツーンは意地の悪い笑顔を浮かべる。
「ボダンをルシタニアに逃がしちまえば、マルヤムのギスカールとルシタニアのボダンでにらみ合いが始まるな。そうなりゃパルスにちょっかい出すどころじゃなくなるだろ」
ザッハークの相手をする羽目になりかねないパルスとしては、ギスカールにはおとなしくしていて欲しいところである。
「まずは情報を集めるか。場合によっちゃあ、ワシが直接ボダンを救出してもいいが、ガンコジジイの相手は苦手なんだよなあ……」
ボダンもギスカールも生粋のルシタニア人であるはずだが、どちらもルシタニアに帰国しようとせず、マルヤムを奪い合ったのは、よほどにルシタニアが貧しく、支配する旨味に欠けることをしめしているのだろうか。
「マルヤムも豊かな土地とはいえないが、ルシタニアよりはマシらしい。そうは言っても、虜囚の身から解放されれば、自由の身を満喫し続けるためにはルシタニアに逃げ込むよりないだろうな」
ルシタニアでは諸侯がいつ果てるとも知れぬ共食いを続けていると聞く。ボダンが帰国すれば、共倒れを危惧する者たちが担ぎあげるだろう。
「不倶戴天の敵同士、末永くやっていってほしいものさ……」
その思惑に変化が生じたのは、マルヤムのとある港町に宿泊したときのことである。
酒場で情報収集につとめていたリョーツーンの耳が「パラフーダ」という単語をとらえたのだ。パラフーダとは、「白鬼」を意味するパルス語である。さらに、「エステル」という名前まで聞こえてきた。
まさかコイツは。
探りを入れてみるか。
短い思案の結果が角刈りの郵政官を行動させた。
「盛り上がってるじゃないか。ワシも仲間にいれてくれよ」
陽気で人懐っこい笑顔を浮かべながら、リョーツーンは酔漢たちの会話に当たり前のように加わっていったのである……。
「おいおい、パラフーダという名の白髪の男を従えた女騎士エステルだと。こいつを聞き流すわけにはいかないぞ」
翌日、リョーツーンはマルヤム王国の王都イラクリオンに向けて馬を走らせた。エステルの一行、といっても二人連れなのだが、ルシタニアの女騎士はそこに向かっているというのである。
「アルスラーン陛下と親しくしていたという女性に違いねえ」
パルス国王アルスラーンを名君と評する者は、そうでない者に比して圧倒的多数であったが、それでも欠点から全くの無縁ではなかった。人間であれば当然のことである。
その数少ない欠点のひとつに、女遊びに無縁である、というものがあげられる。肉欲に溺れられても困るのだが、まったく見せない、というのもこれはこれで困るのである。
「立場上、陛下に望まれれば、人妻とかでもなければパルスの女性としては断るわけにもいかない。それを気にしてるんじゃねえのか。相手の気持ちってのを無視できない御仁だからなあ……」
リョーツーンなどは、そうにらんでいるのだが、真実は霧の中である。
「だからこそ、エステルどのだ。対等な人間同士として女性と接する経験を積めば、女心ってやつに物怖じすることもなくなるだろうよ」
エステルは王都イラクリオンに、というより王都イラクリオンにいるギスカールに用事があるらしい。
「用事ってのが何なのかまではわからなかったが、アルスラーン陛下のおちからでどうにかなる事なら、エクバターナにご招待することもできるはずさ」
そうなれば。
「そのうちパルスの民の冷やかす先が、副宰相どのから国王陛下になるって寸法よ! これで大手を振ってエクバターナに帰れるぜ、わはははは」
陽気な笑い声がマルヤムの空に響き渡った。