エステルは国王の友人として、パルス王宮に滞在することとなった。
敵国であるルシタニアの女騎士がパルス王宮の客人となることを問題視する者がいないわけではなかったが、そうでない者の方がはるかに多かった。
「エステルどのさえよければ、何年でも御滞在いただきたい」
宰相ルーシャンなどは、上機嫌でそう言ったものである。
ドン・リカルドは、ギスカールの追及の手を逃れるためであろう、パラフーダと正式に改名し、当面はジムサ邸に居候することになった。近いうちに、パルス騎士に叙勲される見通しである。
「みんな、収まるところに収まった、て感じだな。そしてワシにはカリヤーン砦が待っている、と」
満面の笑顔でリョーツーンはカリヤーンの石切り場へと向かった。
そこには普請が終わったばかりの砦が鎮座している。
「おおっ、ワシが提案した模型の通りに築城されてるじゃないか! よしよし、ちゃーんと平時は手紙仕分所になるようになっているな」
弾むような足取りでリョーツーンは砦のなかを見て回る。
「そして、いよいよお待ちかね! ワシの新居だ! じゃん! …………あれ………物置になってる………?」
喜び勇んで入った部屋には、いろいろな物が雑多に積まれていた。とても人が住めるような空間ではない。
「えっ? 郵政官の住居? 初耳ですよ、そんな話」
砦の誰にきいてもそんな返答しか返ってこない。
「なにを言っているんだ。砦に勝手に住居をつくるなんて出来るわけがないだろう」
築城を監督したザラーヴァントに直談判しても、手ごたえはない。
「ちくしょー。根回しが足りなかったか。王都の模型ができるなり逃げ出す羽目になっちまったからな」
しかたなくジムサ邸にもどろうとすると、そこにはパラフーダがいた。
「おぬしの荷物は手紙集積所総本部に送っておいたが、なにか手抜かりがあったか?」
悪意もなく、そんなことを言い出されると、ごねるのも大人げなく思えてくる。
「いや、様子を見に来ただけだよ」
適当にごまかして、ジムサ邸を後にした。
「……それで、結局それが新居になったのかい」
テライスは呆れかえった。
手紙集積所総本部の庭先に荷馬車が停められている。その荷台の上に天幕が張られているのだ。
「まあ、これはこれで新鮮な住み心地だぞ」
中からリョーツーンの声がする。テライスがのぞきこむと、官狩りの郵政官が小さな焚火台で炊き込みご飯をつくっていた。
「器用なもんだね。でも、大変じゃないの?」
「野宿よりはましだ!」
「へこたれないなあ……」
「せっかく移動式住居をつくったんだ、ちょっと遠出をしてみたいな……」
まったくもって、リョーツーンはへこたれない。
「どうせ遠出するなら、ついでになにか仕事をするか」
角刈りは王宮へ向かった。
「ちわーす、リョーツーンでーす。なにか御用の向きはありませんかー」
「面の皮の厚い男だ……」
ナルサスは渋い顔をした。
「以前はデマヴァント山の封鎖を考えていたのだがな。王都の地下にすら有翼猿鬼の群れが潜んでいたのがわかった以上、デマヴァント山だけを封鎖しても意味はない。どこから蛇王の眷属があらわれるかわからぬのだからな。今はジムサ率いるトゥラーン傭兵団にデマヴァント山周辺を哨戒させて、異変がないか監視させている。この件におぬしの出番はあるまい」
それでも新婚の副宰相は、リョーツーンに直近の政務について説明してくれた。
「ミスルも気になるな。ヒルメス王子を自称する黄金仮面だが、ミスル国内に逃げ込んだ反アルスラーン派パルス人とでもいうべき連中を、ようやく糾合することができたようだ。パルス国内に潜む反アルスラーン派と呼応しようしてなにかたくらんでいるらしい」
そこまで言って、ナルサスは一息入れた。
「あとは、オクサス地方のアシ神殿だな。調査以来が来ている」
「オクサスですか。ザラーヴァント卿の実家ですな。パルス王家に直接依頼するとは、オクサス領主はそんなに頼りないのでしょうか」
「オクサス領主の連盟での依頼だ。後ろ暗いところはないと示したがっている、とみるべきだろうな。ファランギースとアルフリードが既に向かっている」
「ご自分の新婦を向かわせたんですか?」
「……オクサスのアシ神殿は男子禁制だ。調査に向かわせるなら、その二人が適任なのだ」
これ以上つつくと、藪蛇になるな。ナルサスの仏頂面を見たリョーツーンは、そう判断して退散した。
行先は、ミスルとオクサスのどちらにするか。
「荷馬車で向かうには、ミスルは遠いな。オクサスへ行くか」