ペシャワールに着くと、そこは戦場だった。
何万もの有翼猿鬼の大軍が、ペシャワールの空を覆っている。
魔物たちは、空を飛んでいる利点を存分に活用していた。
パルス人たちの頭上から石を投げつけてきたのである。
屋内に逃げ込めば、屋根に穴が開けられる。
人々の悲鳴が落日のペシャワールに響いていた。
「とんだところに出くわしちまったな」
リョーツーンはぼやき、そして、にやりとわらった。
「まあ、ぎりぎりで間に合ったとも言えるかな。ホンダード、あそこへ向かってくれ」
「了解だぜ、ダンナ!」
リョーツーンが指さす先ではペシャワール城塞の門が固く閉ざされ、場内への避難が間に合わずに締め出されたパルス人たちが必死に扉を叩いている。
「おーい、お前ら。こいつを使うんだ。まずはワシが手本を見せてやる。よく見ておけよ」
こんなときでも陽気さを失わぬ声に、人々がすがるようなまなざしを向けた……。
有翼猿鬼は人語をしゃべらぬ。だが、その表情と鳴き声で、この魔物たちが人々を襲うのを心から楽しんでいることは充分に察せられた。
その中の一匹が毛色の違う鳴き声をあげた。警戒をうながす鳴き声であった。
石がひとつ、有翼猿鬼の群れに向かって投げつけられた。石には長いロープが結ばれており、まるで尻尾をたなびかせるように宙を飛んだ。
奇妙な飛び道具であったが、たかがひとつである。
有翼猿鬼どもは、馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、石もロープもたやすく避けた。
間もなく、またも石が飛んできた。
芸がない事だ、と嘲笑おうとした有翼猿鬼が、その表情を凍らせた。
それは、今度はひとつではなかった。
十をこえる石が、十をこえるロープをたなびかせながら飛んできて、その軌跡は交差し、即席の網と化したのである。
有翼猿鬼はロープをかわそうとしたが、そうすると、別のロープに、大きく広げた自身の翼がぶつかった。
ロープには間隔を開けてかぎ爪が仕込まれていて、蝙蝠のような翼にたやすく喰い込んだ。
いかに魔物といえども、羽ばたくことができねば飛び続けることはできぬ。
有翼猿鬼は次々と姿勢を崩しながらロープとともに落下していった。
地面に叩きつけられると、そのほとんどは翼が折れており、ふたたび飛び立つことができぬ。なかには即死したものも少なくなかった。
こうして、百を超える有翼猿鬼が一網打尽にされ、戦闘不能に追い込まれたのである。
「よおっし! 大成功だ! 次だ、次! 一気に畳みかけるぞ! 投げたロープを回収するのを忘れるな!」
リョーツーンの号令にともない、ペシャワールの住民たちはロープを手にした。ロープの一端には石が括りつけられている。ロープを握って石を振り回して勢いをつける。
「さあ、投げるぞ! 呼吸を合わせろ! 三、二、一、それ投げろ!」
ロープが宙を舞い、網となって有翼猿鬼どもに向かって襲い掛かった……。
「へへへ、ここまで効果があるとは思ってなかったぜ。こいつを売りさばけば大儲け間違いなしだ。エクバターナに御殿を建ててやるぞ」
リョーツーンはひそかにほくそ笑んだ。
「すごいな、これは!」
民衆たちが賞賛の声をあげる。
「そうだろう、そうだろう!」
リョーツーンは上機嫌である。
「さっそく、おれたちも作ろうぜ!」
「え?」
「それはいい! ロープを集めるんだ!」
「……あの……」
「このかぎ爪はどうしよう」
「……その……」
「棘のある草木の枝で代用すればいいんじゃないか。とにかく数を集めるんだ」
「……ええと……」
「急ごう! ぐずぐずしていると、次の奴らがくるぞ!」
この新兵器をリョーツーンが売りつけるまでもなく、庶民は自作しはじめていた。
「ええい、こうなったらペシャワール城塞のパルス兵に、この試作品だけでも売りつけてやる。せめて開発費ぐらいは回収しないと!」
そう考えたリョーツーンの耳が、ペシャワール城塞の城壁上にいた兵士たちの会話をとらえた。
「見たか?」
「ああ、見た」
「クバード卿に報告せねば」
「ああ、われわれもあの新兵器を作ろう!」
「急がねば!」
「いくぞ!」
かくして。
「ちくしょう! 大損だあ!」
誰のものともわからぬ絶叫がペシャワールの夜空に、それはそれは悲し気に響き渡ったそうな。