郵便。
それが、リョーツーンが公共事業化を推し進めてきた手紙配達機構の総称となった。
名づけたのは宰相ルーシャンである。
郵政官長の官職に就いたリョーツーンのもと、郵便の配達網は広く、細かくなっていく。
それはパルス国内の情報をも王都エクバターナに迅速にもたらすようになっていたし、エクバターナからの指示を国内各地に届けられるようにもなった。
そうなると、周辺諸国への諜報活動もやりやすくなる。
ミスル国の政変がナルサスのいち早く知るところとなったのも、そういった事情によるものが大きい。
「ミスルのほうのヒルメス殿下も、なかなかの働き者のようでござる」
宮廷画家は、そのような表現で主君への報告をはじめた。
ミスル国王ホサイン三世はミスル軍の将軍マニシッサに弑逆された。そのマニシッサを誅したのが、ヒルメスを自称する黄金仮面である。ホサイン三世の息子のひとりである八歳のサーリフ王子が国王に即位し、宮廷書記官長グーリィが摂政となって、その後ろ盾となった。
「……と、いうのが表向きの話でござるが」
「裏向きの話もあるのだな」
「はい、陛下。摂政グーリィの後ろには黄金仮面卿がひかえているようです。この男がホサイン三世弑逆の真犯人で、マニシッサは濡れ衣を着せられただけだとしても驚きませんな」
すました顔でナルサスは言った。真物のヒルメス王子はクシャースフと名を変えトゥラーンの重鎮となっているのを知っているのだから、ナルサスとしては、いっそ面白がる余裕すら出てくるのである。
「しかし、いつまでもヒルメス王子の名をつかわせておくわけにもゆくまい。パルス王家を僭称するような不届きものなど、おれがミスルに乗りこんでいって、その舌と首を斬り飛ばしてやりたいぐらいだ」
同席していたダリューンが苛立ちを隠そうともせずに声をあらげた。
「ミスルに乗りこまずとも、近いうちに向こうがディジレ河を渡ってこちらに来るであろうよ。パルスに侵攻する大義名分をでっちあげるために、ヒルメス王子の名を騙ったのであろうからな」
「……わかった。そのときは、偽りの正義を偽りと知っていながら掲げた代償を払わせてやるとしよう」
ダリューンの怒気をなだめたナルサスは、別の議題を出した。
「陛下。実はもうひとつ、軽視できぬことがございます。ここ四、五年、地方の小さな村が皆殺しにされる事件が多発しております」
「それは、おれも知っている。ルシタニア軍や山賊野盗のたぐいによるものだろう」
「わたしも、そう思い込んでいたのですが……」
「違うのか」
「ジムサ将軍からの報告では、鳥面人妖や有翼猿鬼の群れにデマヴァント山周辺の村がいくつも滅ぼされています。そして、そのかわりのように、山賊野盗によるものと思われる村落の滅亡がぴたりとやんだのです」
「山賊どもも有翼猿鬼の群れの餌食になったのではないか」
「……以前、とある村で、わたしは魔道士と戦ったことがあります。その村にわたしが着いたとき、魔道士の手によるものでしょう、村人はすでに皆殺しになっておりました。殺すために殺した、と言えばよいのでしょうか。まるで殺すことそのものが目的であるようなありさまだったのです」
「おい、ナルサス、なにが言いたい」
「エクバターナの地下神殿についての報告を思い出していただきたい。ザッハークの一党は生贄を捧げます。やつらは殺すために殺すのです」
「……まさか……」
アルスラーンの顔から血の気が引いた。
「パルスの大地を祭壇に見立て、おびただしい数の人々の血を吸わせ、蛇王ザッハークに捧げる。それがザッハークの魔道士どもの行動原理です。ルシタニア軍の蛮行に見せかけ、盗賊の仕業に見せかけ、そして今は偽装することもなくザッハークの眷属の手によって、パルスを流血に染めてきたのです」
「いくらなんでも、そんな、そんなことが。なにかの間違いではないのか、ナルサス?」
宮廷画家は静かに頭を横に振った。
「残念ながら。郵便の発達によって、地方のさまざまな記録を取り寄せやすくなりました。ルシタニア戦役におけるルシタニア軍の動向。滅ぼされた村々。盗賊の目撃と被害と捕縛。それらの情報を精査した結果です。何者かがパルスの村々を滅ぼすために滅ぼしてきたのは間違いありませぬ。そして今、ザッハークの眷属が隠そうともせずにパルスの村々を滅ぼすために滅ぼしているのです」