「ナルサス卿。じつは、ヒルメス……いや、クシャーフル卿から報せがありまして」
「よいところにきた、リョーツーン卿。おぬしに相談したいことができてな」
ナルサスのもとを訪れた角刈りの郵政官は、自分の用件よりもさきに副宰相の話をきくことになった。
「おぬしは黄金仮面という人物を知っているか?」
「ミスルのヒルメス王子のことですか。そのうち青銅仮面もでてくるかも知れませんな」
「さすがに耳ざといな」
「ヒルメス王子がミスルの客将となっている、との噂を流しているのは、他ならぬミスル自身のようです。と、なれば、その魂胆も見え透いてますな」
「アルスラーン陛下を廃して、かわりに自称ヒルメス王子をパルス国王に即位させる。そうしてパルスをミスルの傀儡国家にしてしまう。……底の浅い野心家がよろこびそうな策だ」
「穴だらけもいいところですな。せめて、真物のヒルメス王子の消息を掴んでから動けばいいものを」
「なんにせよ、ミスルのヒルメス王子が贋物であることがわかっている以上、手の打ちようはいくらでもある」
トゥラーン王宮警護隊長クシャーフルの正体がヒルメスであるという物証はない。
だが、リョーツーンはその風貌に似合わず器用な男で、記憶をたよりにクシャーフルの似顔絵を手早く描きあげていたのだ。
「なるほど、これはヒルメス殿下でまちがいないな」
それを一目見たナルサスは確信した。
「上手いものだな、リョーツーン卿。おぬし、ナルサスのかわりに宮廷画家になる気はないか? 泣いてよろこぶ者がおおぜい出るのだがな……」
ダリューンなどは大真面目な顔で言い、ナルサスを渋面にしたものである。
「……それで、クシャーフル卿はなんといってきたのだ?」
ナルサスは話題をリョーツーンの用件にふった。
「チュルクに不穏な動きがあります」
リョーツーンはしかめっ面で報告をはじめた。
衰退し、大規模な略奪が難しくなったトゥラーンに残された生命線は、豊かとはいいがたい放牧だけとなっていた。
あとは餓死者を大量に出すだけなのか、と絶望していたトゥラーンに「儲け話」をもちかけたのがリョーツーンである。
王立手紙配達人として雇用されることで、トゥラーン人の男たちが家族が食いつなげるだけの俸給を得られる道筋をつけたのである。
むろん、全てのトゥラーン人がそれをよろこんだわけではない。
「敵国の使いっぱしりなど、誇りたかきトゥラーン人にできるか」
そう公言する者もめずらしくはなかった。
「そういう連中を、チュルクがかたっぱしから引き抜いているようなのです」
いったん角刈りの郵政官が言葉を切ると、ナルサスはしばらくの沈思のあとで口を開いた。
「……吉報とは、とうてい思えぬな。チュルクがトゥラーン人の傭兵団をつくって何をしようというのか」
「少なくとも、国境の護りを増強しようとしているわけではないでしょうな」
「チュルクが集めたトゥラーン人の数はわかるか?」
「正確なところはわかりかねますが、トゥラーンの現状に不満をいっていた男連中の数から考えると、五千を超えても不思議はないかと」
「数は少ないが、これにトゥラーンの機動力が加わると厄介だな。……早めに手を打っておいたほうがよさそうだ。リョーツーン、おぬしにトゥラーンへ赴いてもらいたい。クシャーフル卿と腹を割った話ができるのは、パルス広しといえどもおぬしだけのようだ」
ジムサとトゥース、それとわずかな手勢を率いてリョーツーンはトゥラーンへ向けて出立した。
できればトゥラーンとの国境手前にあるダイラムの町で宿をとりたかったが、日が暮れるまでにダイラムに到着できそうになかった。
「大所帯だと、旅程のカンがくるうな……」
ぼやきながら、リョーツーンは近くの村に宿を求めようとした。
「近頃、山賊の類にしばしば村が襲われるようになりまして……」
村長が涙ながらに訴えてきたが、リョーツーン一行は副宰相じきじきに密命を受けた身である。王宮なり領主なり、しかるべき筋に話をつけることを約束するだけですませても非難されるいわれはなかった。郵政官としての事業が拡大すれば、この村からエクバターナへの嘆願書も届きやすくなるのであろうが……。
それが、急遽、山賊の根城へ向かうことを決断したのは、村長がこんなことを言い出したからだ。
「じつは、さきほど村を訪れた騎士様が『それはすてておけぬ』とおっしゃって、単身、山賊退治に向かわれまして……」
これを見殺しにするのは、さすがに目覚めが悪すぎる。
リョーツーン一行は、根城になっているという廃山荘へと向かった……。
廃山荘に着いたときには、剣戟の響きと怒号が巻き起こっていた。
「なんて気の短いやつだ。もうはじめてやがる」
悪態をつきながらリョーツーンたちが根城に突入すると、山賊たちは床にのびてしまっていた。
「なんてやつだ。もう終わってやがる」
「なんだ、貴様ら。見たところパルス騎士のようだが、もう獲物は残ってないぞ」
けろりとした顔で、巨漢のパルス騎士が、巨大な棍棒を肩に担いだ。