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打ち合わせが終わり、皆がテントに引き上げたあと。
智子は、なんとなく格納庫へ足を向けた。
理由は自分でも説明できない。無線機の確認、と言い訳を用意してみたが、無線機のことは何も分からない。
「……別に、寝てるか見に行くだけよ」
誰にともなく言い訳をして、梯子に手をかけた。
——この梯子を登ることは、たぶん一生ないだろう。
そう高を括っていた。
だが、自分が想定していたことがそのまますんなり終わった試しなど、この二年間、めっきり減ってしまっている。
そのことに、ふと気づいた。
気づいたが、登った。
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二重天井の上は、暖かかった。
薄い灯りが一つ。無線機の予備と、予備部品の木箱。そして、その脇に敷かれた寝床。
尚樹は、毛布の上で完全に眠りこけていた。
外套をかけただけの姿で、片腕を投げ出して、口を半分開けている。
「…………」
——夜が更けた寝床で二人きり。
しかも、これが二回目である。
一回目は、二年前。手錠で繋がれて、逃げ場のない部屋で一晩。
あのときは動けなかった。文字通り、物理的に。
今回は違う。今回は自由に動ける。
そのことが、大抵腹立たしい。
自由に動けるのに、降りていないのは自分の意思だからだ。
智子は木箱に腰を下ろした。
そして、なんとなく、ぼそぼそと喋り出した。
「……あんたさ」
返事はない。
「あの日、覚えてる?」
返事はない。
「大陸の基地で。手錠のやつ」
寝息だけがする。
「私が「どっかいかないでしょうね」って適当に聞いた時。あんた、あのときなんて言ったか覚えてないでしょ」
——「どこに行くんだよ」
暗闇の中で、諦めきったような声で。
あれを聞いたときのことを、智子はいまだに正確に思い出せる。
「私、あれ以来、あんたのこと少し分かった気になってたのよ」
彼女は膝を抱えた。
「武子も、圭子も、坂本も、誰も知らないでしょ。あんたのあの声。私だけが知ってる」
そのことが、少しだけ誇らしかった。
十六の女が持つには、随分と歪な誇りである。
「……でも、二年よね」
十三と、十五。
十代前半で二年も時が過ぎれば、成長しているのが当たり前だ。
背が伸びた。声が低くなった。肩幅が広くなった。手が大きくなった。
そういうものは、放っておいても変わる。
「なのに」
智子は、寝ている男の顔を見た。
成長なんて、全くしていない。
嫌味の量も、くだらない煽りの語彙も。
コーヒーの濃さも、料理の手際も、機体を見る目も、人の懐に入り込む速さも。
少しだって変わっていない。
なぜなら——二年前の時点で、既に仕上がっていたからである。
十三歳のときには、もう全部持っていた。だから伸びしろがない。
そういう男だ。
「ずるいのよ、あんた」
彼女は呟いた。
「私は毎日必死に上手くなろうとしてるのに」
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そして、そこで。
智子は、今日の今日まで気づいていなかったことに、気づいた。
眠っている顔である。
口が半分開いている。眉に力が入っていない。まつ毛が長い。頬の輪郭に、まだ少年の丸みが残っている
幼い。
というより——甘い。
起きている間は、絶対に見えない部分だ。
いつも一歩下がった位置に立ち、誰の懐にも入り、全部を見透かして、こちらの怒りを的確に煽り、そして誰かのために黙って射線に立つ男。
その顔から、初めて。
弱さを感じてしまっていた。
「…………」
智子は、しばらく動けなかった。
——この男は、案外弱い。
そんな当たり前のことに、二年かかった。
魔力を持たない。使い魔もいない。年齢は十五。飯を食わなければ動けないし、煙を吸えばむせるし、寝なければ倒れる。
背負う荷物ばかり増えて、下ろし方を知らない。
そして、たぶん——
誰かに「下ろせ」と言われるまで、下ろさない。
「……馬鹿」
智子は小さく言った。
「一人でなんでもできる顔して」
眠っている男は、何も答えない。
彼女は外套の襟を、指先で少しだけ引き上げてやった。
それだけして、立ち上がった。
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彼女は梯子を降りた。
降りきったところで、暗がりに人影があった。
「……ビューリング」
「……なんであんたがここにいるのよ」
「煙草だ」
「格納庫は火気厳禁でしょ」
「だから吸っていない。持っているだけだ」
「……」
ビューリングは梯子を見上げた。
「……で。どうだった」
「なにが」
「あれの寝顔だ」
智子は少し黙って、それから答えた。
「……ガキだった」
「そうだろう」
ビューリングは、実に穏やかに言った。
「私も一度見た。あれは、ただのガキだ」
「……何処で見たのよ」
「さあな」「………………」
彼女は煙草を指で回した。
「ところで智子」
「なによ」
「夜中に寝床に忍び込んだんだ」
「……?」
「キス位はしてきたか」
「——はあ!!!!!????」
智子の声が格納庫に響き渡り、寝ていた整備兵が三人ほど跳ね起きた。
「な、な、なに言ってんのあんた!!」
「静かにしろ。人が寝ている」
「あんたのせいでしょうが!!」
「しなかったのか」
「するわけないでしょ!!」
「もったいない」
「もったいなくない!!」
「向こうは寝ている。証拠は残らん」
「証拠の問題じゃない!!」
「なら何の問題だ」
「全部の問題よ!!」
ビューリングは肩を揺らして笑った。
——この女は、自分のことを完全に棚に上げていた。
床板が軋んで正気に戻された夜のことなど、記憶から抹消済みである。
「……あんたね」
智子は肩で息をしながら言った。
「もし、あんたが同じ立場だったら、どうすんのよ」
「私か」
「そう」
ビューリングは、実に真剣な顔で少し考えた。
そして答えた。
「——しない」
「え」
「寝ている相手にするのは、私の趣味ではない」
「……意外とまともなこと言うのね」
「起きているときにやる」
「まともじゃなかった!!」
「静かにしろ」
「あんたのせいだって言ってるでしょ!!」
二重天井の上で、寝返りを打つ音がした。
二人は同時に黙った。
しばらくして、智子が小声で言った。
「……行くわよ」
「ああ」
暗い格納庫を、二人は並んで歩いた。
「……ビューリング」
「なんだ」
「明日、ハルカ助けるわよ」
「そのつもりだ」
「あいつに背負わせないから」
ビューリングは前を向いたまま、短く答えた。
「——それでいい」
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