どうせ死ぬなら、こんな風に   作:ヒンリギに惨殺されてえよなぁ!

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#1「ニコロ=カステッリ」

 

 

 雨が降っていた。

 濡れたシャツが身体に張り付く感覚にげんなりするが、どうせこの後も血で汚れるんだから関係ないと自分を慰めてみる。

 カタギの人間が足早に家路を行く大通りにも、俺達が今殺したり殺されたりしている路地裏にも、平等に雨は降る。

 

「な、なんで殺した……!」

 

 俺の足元に転がっている遺体を見て、男は涙を浮かべていた。

 ついさっきまで苦楽を共にし、ろくでもない薬物をガキにばら撒いていた相棒の見るも無惨な姿に悲しくてたまらないらしい。

 

「そりゃお前らがカステッリのお膝元でD²なんて流すからだよ、バカじゃねえの。マフィアのシマでお薬売り捌くなよ」

 

 本当にバカバカしい。

 お陰で俺は無駄な仕事をする羽目になるし、こいつらは意味もなく死ぬ事になる。

 

「一応聞いとくんだけどさ、これ見えるか?」

 

 そう言いながら人差し指を立てる。その先にはオーラで象られた犬の顔を浮かばせていた。これに何か反応するんなら、つまりこいつは念を使えるって事になるが……しかしまあ駄目らしい。

 

「頼む、頼むよ……死にたくない……」

 

 出会い頭の右ストレートで首の骨をへし折られた相棒の姿を見て戦意喪失したのか、へたり込んだまま男がそう呟く。

 

「誇りとかねえのかよ。なるべくサクッとやってやるから気合い入れろ、な? 俺ステゴロだから頑張りゃいけるって」

 

 分かってはいた、親父が俺を念能力者が関わってる案件に入れた事はないし。

 覚悟を決めたのか、男が震える手でバタフライナイフの切先を俺に向ける。数瞬の後、獣のような叫び声と共に殺意を帯びてそれは突き出された。

 

「天地がひっくり返っても勝てそうにない奴ってのは、残念ながら存在するんだよな」

 

 突き出したナイフが刺さるよりも早く、外からその手首を掴む。

 

「そして何が何でも勝たなきゃいけない奴ってのも、この世にはいる訳だ」

 

 軽く引っ張って体勢を崩した所を足で払うと、半回転して丁度良い位置に頭が来る。

 

「俺は思うんだよ。人生における不幸の大半は、大体それが同一人物って事が原因なんじゃないかって」

 

 そのまま空中で男の顔を蹴り飛ばすと、出来の悪い玩具のように吹っ飛んで壁にぶち当たった。ぴくりとも動かなくなったのを確認すると、その場を後にする。

 

「まあ、つまり。お前らにとってそれは俺だった、ってだけ」

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 読み終えたばかりの漫画を閉じて、大きな欠伸を一つした。

 人を待つ時間は嫌いじゃなかった。待たれるよりは全然マシだ。

 

 それにしたっていつ見ても趣味の悪い部屋だ、と一周回って感心する。

 なんかよく分からない獣の頭の剥製だとか、やたら装飾がごたついた額の中に飾られている肖像画だとか。

 どう考えてもこんな部屋の中で寛げる訳がないのに、幹部連中を始めとしてマフィアの偉い人間ってのはどうしてこうなのか。やっぱ見栄ってやつなのか。

 そんなつまらない事ばかり考えていると、どうにも眠たくて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

「悪いな、遅れた。警備の打ち合わせが長引いてな」

 

 少し掠れた聞き馴染みのある声で目が覚めた。

 部屋の主のお帰りに一応立って出迎える、なんせ大手マフィアの組長様だ。

 

「あんたと俺は名目上ボスと構成員なんだからさ、軽率に謝らない方がいいんじゃないの。下の者に示しがつかないだろ」

「そう言うならな、もう少し敬った話し方を心掛けろ」

 

 返事の代わりに首を竦めてみせた。尊敬語だのケンジョー語だの、肩が凝るような事はごめんだ。

 

「読書か、良い事だ。バカよりは賢い奴の方が可愛げがある。何を読んでるんだ?」

 

 手に持ったままにしていた漫画を指差してそう訊ねてくる親父へ、軽く笑いながら投げ渡す。

 

「ああ、これね。今流行りの少女漫画でさ。態度だけは俺様って感じのしょうもない男が自分に全然靡かない主人公に一目惚れ、みたいな」

 

 ブックカバーを取って表紙を見ると、親父は溜息を吐いた。マフィアの息子に学を求めないでほしいよな。

 内容は好みじゃなかったが、世間にウケてるんなら頭に入れておいて損はない。世の中、何が役に立つかは分からないもんだ。

 

「でもこの男の気持ち、分からなくはないんだよな。俺らにしてみりゃ女って大体、商品とか献上物な訳じゃん? 正面切って逆らってくる奴がいたら確かに『おもしれー』って思うかも」

 

 

 生まれて17年、大抵の事は上手くいく。

 気に入らない奴は殴ればいいし、欲しい物は奪えばいい。

 まあ、そんな事をする必要もないと言った方が正しい。

 そもそも俺が気に入らないような振る舞いを目の前でやってのける度胸がある奴はいないし、欲しい物は黙ってても転がり込んでくる。

 生まれた時から大手マフィアの息子ってのは、つまりそういう事を意味する訳だ。

 

「ところでさあ、親父。マジで言ってんの? カステッリを抜けて、えーと……なんだっけか」

 

 "親子"としての雑談を終え、一人の"構成員"としての本題に入る。

 革張りのソファに腰掛けると、親父──ダンテ=カステッリは葉巻に火を点けた。

 

「ロッソ(ファミリー)だ」

「そうそう、それそれ。そのロッソに入れって?」

 

 溜息を吐きながら気怠げに顎を撫でる仕草は、傍目から見るとマフィアのボスたる威厳が漂っているらしい。

 実の息子である俺からすれば、疲れ切ったおっさんにしか見えないが。

 

「抜けろと言っている訳じゃない。分かりやすく言えば"実地研修"だ」

 

 その洒落臭い言葉を鼻で笑い飛ばす。

 

「なーにが実地研修だよ、カタギの会社かよ。マフィアが聞いて呆れるぜ」

 

 カステッリ(ファミリー)の名を聞いて平然としてるんなら、そいつは裏社会の事を何も知らないバカだ。

 十老頭に最も近い大手マフィア、このヨルビアン大陸でも名うての武闘派。数ヶ月後にヨークシンで開かれる非合法の地下競売、その警備の大半を任されるほど上からの信頼も厚い。

 

 それでも組長である親父は、現状に満足していないらしい。

 今より多くの金を、今より高い地位を、今より強い力を。

 

 ただ求める物が多ければ、一人の手で掴むには余り過ぎる。

 そして本質的に他人ってのは信用ならない。

 

 そうなると唯一信じられるのは金や義理よりも強い結び付き、つまり"血"だ。

 そう考えた親父は五人いる子供達に"念"を仕込み、それぞれ仕事だの何だのに使っている。ゆくゆくは陰獣超えを目指すんだとか。

 そこまでして偉くなりたいもんかね、とも思うが正しいマフィアの在り方ってのはそんなもんなのかもしれない。

 

 

 

 兎にも角にもその末弟が俺、ニコロ・カステッリ。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 俺の仕事は単純だ。

 カステッリに楯突くアホを殴る。

 カステッリに服従した振りをして、下らない真似してるバカを殴る。

 これだけだとマフィアってよりはチンピラの方がそれっぽいか。

 

 まあそんな事はどうでも良くて、大事なのは親父(ボス)から「クソ田舎の弱小マフィアで勉強してこい」とある日いきなり突き付けられた事だ。

 そりゃ俺は大した仕事はしてないが、それでも思う所はある。

 

「兄貴達はもう仕事任されて、家を抜きにしても名前売ってるだろ。なのに俺は聞いた事もない弱小マフィアで実地研修、冗談キツいって」

 

 単純な殴り合いなら上の四人に負けるつもりはなかった。

 人間にはそれぞれ役割って物がある。俺達兄弟もそれは同じだ。

 長男は跡継ぎだから人前に出るだとか、跡目を残すだとか。次男はそれを支える為に学をつけるだとか。

 そういう意味で末弟、みそっかすの俺の役割はシンプルだ。

 一言で表すならこうだろう、高級鉄砲玉。

 

「仕方ないだろう。"発"が使えないんだからな」

 

 あんたがそれを言うのかよ、と頭を抱えたくなる。

 

「あのな、そりゃ親父が禁止したからだろうが。『お前バカだし絶対下らない能力にするから今は考えるのやめとけ』っつってさ。言っとくけど、俺にだってちゃんと考えはあるんだぜ」

 

 嘘である。負け惜しみ、と言い換えてもいい。

 そりゃ念を覚えたての頃は自分だけの必殺技ってのに憧れもした。

 ただ俺は幸か不幸か、強化系としての才能があったらしい。つまり気付いてしまった訳だ。

 小手先で手品みたいな能力を考えるよりも、シンプルに殴る蹴るを極めた方が強いんだと。

 

「念を覚えてからどれくらい経つ?」

「確か14歳の時だろ……この間の誕生日で3年かな」

 

 3年、という数字にどこか引っかかりを覚えた。その直後、ふっと記憶が蘇る。

 

「親父さ、やめとけっつった後に確か『だから発を作るのは3年待て』って言ってたよな」

「ああ、お前は約束を守った。だから褒美をやらなくちゃならない」

 

 その言葉で、何か自分の身体を縛り付けていた枷が外れたような気がして首を傾げる。

 

「作っていいぞ、発。ただお前には致命的に経験が足りてないからな」

 

 危ない橋なら何度も渡ってきた。ガキの頃から死ぬほど殴られてしばらく血尿が止まらなくなった事も、銃撃された事もある。

 ただそれはあくまで"非"念能力者とのいざこざだ。

 流石にバカでも気付くが、親父は多分意図的に俺をそういう案件にしか突っ込んでこなかった。

 恐らく俺が変な影響を受けて"発"を作らないようにするのと、後は単純に死なせない為だろう。

 念能力って物が殴り合いの強さなんて全く無意味の初見殺しに溢れている事くらい、知識としては頭の中に入っている。

 

「なるほどな、それで実地研修って訳かよ。ったく、行きゃいいんだろ」

 

 アホらしいと思えど、逆らうつもりはない。

 何故なら俺もマフィアで親父もマフィア。

 血縁関係ではあるが、ファミリーの構成員とボスでもある。"親"の言う事に逆らう子供がどこにいる? 

 

 

 渋々承諾した俺に渡されたのは"ロッカーノ行き"と印字された船のチケットだった。

 日付を見れば数日後、急過ぎるだろ。

 不満を顔に浮かべながら部屋を後にしようとする俺の肩を、親父がとんとんと叩いた。

 

「ニコ。楽しめよ」

「……はいはい」

 

 なんだか少し照れ臭くて、親父の顔を見もしないまま部屋の外へ足早に出て行った。

 別に愛されてる、なんて思ってない。愛されたいとも思わない。

 俺達はあくまで親父の手駒だ。別にそれで文句もなかった。

 

 けれど、ニコという愛称で呼ばれる事は嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

 





血の掟(オー!ファーザー)
能力者:ダンテ=カステッリ

特質系念能力。
その性質は他者に課す制約に近い。
自分の血を分けた子供と約束事を交わし達成する事で、その難度に応じた相手の潜在能力を引き出す事ができる。
代償として約束を破れば軽い物で念能力剥奪、最悪は死に至る罰が相手に課せられる。

この能力を成立させるためにダンテはいくつかの制約を課している。
一つは対象を自身の血を分けた子供に限定する事、そしてもう一つはこの能力の存在を使用対象に知られない事である。
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