世界が、まだ不安定だったころ。
静かで小さな旅の、はじまりの物語。

どうぞ、ゆっくりとお楽しみください。

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第1話

 暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年と少女が隣り合って座っている。

 

「ねえ、もう一回お話して! あのお話」

「またか。……本当に好きだね、あの二人の旅人の話」

「へへ、大好き! 胸がぽかぽかするの」

 

 物語をねだる少女は、ばふっと擬音の付きそうな勢いで、少年の膝に寝転がる。

 そんな少女の柔らかな髪の毛を、少年はゆっくりと手ぐしで梳きほぐす。

 

「それじゃあ、そうだね。あれはまだ、世界の形が今より不安定だった頃のお話」

 

□□□□□□□□□

 

 鬱蒼と茂る深い森の中、群青色のコートを羽織った青年が静かに疾走する。

 枝の上を跳び、跳び、軽やかな身のこなしだ。

 

 見つけたのは、正方形の構造物。木々の切れ間にあり、遠目からでは視認は難しそうだ。

 

「――見つけた。…ここが、実験場か」

 

 一部屋分の幅しかない構造物には、鉄の扉。

 見つめた後、背嚢(はいのう)から革の袋を取り出す。袋の中から出てきたのは手のひらの長さほどの、針。

 針を扉の隙間に差し込み、上から下へそっとなぞると、扉が開いた。

 

 扉の先には、石造りの階段。息をひそめ、足音を立てぬように、地下へ向かって慎重に進む。

 

「人の気配が…、七、八…九人だな」

 

 小さく呟き、更に降りていく。降りた先には、また扉。

 薄暗い通路で、松明の明かりが揺らめいていた。

 

 

 ここは、施設の最奥部。

 いくつもの卵状のガラスの中には、半透明のグリーンの液体が満たされている。

 中央の卵の中にも、グリーンの液体。そして、液体にたゆたう一人の少女。

 瞳を閉じて、ただゆるりと浮いている。

 

 扉が、開いた。部屋に入ってきたのは、群青色のコートを羽織った青年。

 部屋を見渡し、中央に在る少女の入った卵に目線を戻す。

 

「ちっ」

 

 青年の口から洩れる舌打ち。

 徐にガラスの卵に近づき、手に握る刀で――一閃。そして、納刀。

 ガラスが砕け、液体が床に広がる。

 

 浮遊から解き放たれ崩れ落ちる少女を、青年は抱きとめる。

 ぱちくりと、瞼を開け閉めする少女に、群青のコートを羽織らせた。

 

「……来るか?」 

 

 短く問う青年を、碧い瞳で見つめる少女。小さく頷いた。

 

「そうだな。まずは脱出しようか」

 

 少女を抱え上げ、そのまま振り返らずに卵の部屋を後にする。

 通路の道。足元に転がる障害物を飛び越え、一直線に施設の出口へ向かった。

 

 

 施設を脱出し森の中を疾走する。

 そして、森を抜けた先。視界が開け、草原に辿り着く。

 草原は明るく、光が満ちていた。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 これまでずっと背負っていた少女を、静かに地面へ降ろす。

 少女は変わらず、ただジっと青年を見つめていた。

 

「さて、あそこから連れ出したわけだが」

 

 青年は、手のひらで数度だけ少女の頭を撫でて口を開く。

 

「君は、あの場所へ戻りたいか?」

 

 たっぷり数秒の間を置いて、それから首を振る少女。

 

「……そうか。では、この先なんだが。君には二つの道がある」

 

 指を一本立てて青年は続ける。

 

「一つ目は、これから近くの安全な村へ向かうが、そこで平穏に暮らすこと。きっと、暖かく迎え入れてくれるだろう。僕がしっかりと送り届けよう」

 

 青年の指先を、ぼんやりと見る少女。青年は、二本目の指を立てる。

 

「二つ目は、僕の旅に付いてくるか、だ。……旅は、未知との出会いだ。苦労もあるし、良いことばかりじゃない。だが、旅でしか味わえないものも、確かにある。――どちらを選んでも、君の自由だ。」

 

 少女は小さく首を傾げ、青年を見つめたまま。青年と目と指先で、何度か視線が行き来する。

 

 溶けだすように、その言葉は世界に漏れた。

 

「…旅。――旅がいい」

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 ここは、草原の村。草原を通る大河の支流からほど近い、豊かな穀倉(こくそう)の村。

 芽吹く草花が風に揺られ、雪解け水が流れ込む河はまだ冷たい。

 河に沿って下り、村に辿り着いた二人の男女。

 

「着いたぞ。ここの村で、旅の支度をしようか」

「……うん」

 

 眼前には、木材で造られた家々。

 青年は再び少女を地面に降ろし、村に入る。

 

「おう! アラタ。戻ってきたのかい? んん?めんこい嬢ちゃんを連れてんな」

「ああ、マーニー。この子は、ここに来るまでに出会ったんだ。僕の同行者だ、よろしくな」

 

 青年、アラタに豪放(ごうほう)さを感じさせる声で近寄ってきた男、マーニー。

 筋骨隆々な身体を揺らし、少女に目を向ける。

 少女は、少しずつアラタの背ににじり寄った。

 

「そうかそうか! アラタは俺より(つえ)ぇ奴だからな! 嬢ちゃんもこいつと一緒にいりゃあ大丈夫だろ」

「買いかぶりだ。君の筋肉で殴られたらたまったものじゃないぞ」

 

 豪快に笑うマーニー。そのまま、村の外へ向かっていった。

 残された、二人。

 

「すまない。怖かったか?…悪いやつじゃないんだ。子どもに怖がられやすいだけで」

「――名前」

「ん?」

 

 アラタへ、ぶつ切りの言葉を投げかける少女。その表情は、動かない。

 

「名前、アラタ?」

「…すまない。まだ名乗っていなかったな」

「アラタ、わたし、名前、ない」

 

 平坦な言葉の羅列を聞き取り、アラタは僅かに目を細めて、小さく頷いた。

 そっと、少女の頭へ向けて手を伸ばす。

 

「…そうか。そうだな。君の名前は、――アイというのはどうだ?」

「――アイ。……うん。いい名前。言いやすい」

 

 少女、アイを撫でるアラタの手を、少女は動かず受け入れる。

 

「うん。わたしは、アイ。アラタ、わたし、アイ」

 

 そのまま、アイ、アイと口の中で転がすように呟く少女。その表情は、動かない。

 

 

 村にある一軒の建屋に立ち寄ったアラタとアイ。木製の扉を開くと、ギイ、ときしむ音がした。

 

「邪魔するぞ」

「――らっしゃいー。好きに見てってくんな」

 

 足を踏み入れる二人を見ることもなく、気だるげな男が声を飛ばした。

 カウンターの裏の椅子に座ったまま、ナイフを眺めている。

 

「アイ、ここは雑貨屋だ。ここで、旅の支度をするぞ。身の回りのものや、保存食、簡易寝具も必要だな。あとは、そうだな……ん?」

 

 アラタがふと気づいて振り返ると、アイは、棚の前で立ち止まっていた。

 ナイフの柄を、しげしげと眺めていた。

 

「どうした?」

「……これ、刃がない」

 

 向き直り、小首を傾げるアイ。アラタはふっと笑みをこぼす。

 

「ああ、これはな。不注意でのケガ防止のための仕込みナイフで、ここをこうすると」

 

 柄をいじると、飛び出してくるナイフの刃。

 アイの瞼が、わずかに大きく開く。

 

「――これ、ほしい」

「ナイフか? そうだな。一本あると何かと便利だからな。ただし、刃は触るとケガするから気をつけるんだぞ」

「うん。ありがとう」

 

 大切そうに、懐に抱え込むアイ。

 それを視界に入れつつも、アラタが物資を選んでいった。

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 ジリジリと、強い日差しが一団を照らす。炎天の空に、生ぬるい風が吹く。

 

「ちっ。アイ! いけるか?」

「――いける。…と思う」

 

 一団に囲まれるのはアラタとアイ。扇状に広がる一団に対して、アイを背にして構える。

 

「ッシ!」

 

 素早く飛びかかってきた男の剣閃を、弾き、いなすアラタ。

 背にいるアイは、胸の前で両手を組み瞳を閉じる。

 

 何度か、男たちの剣を防いでいると、アイから発する「――来た」との宣言。

 アイを中心として、白い球状の光が広がる。

 

「ぐおっ」「なんだこれは…体が、重い」

 

 一団を、丸ごと飲み込む大きさまで広がった、光の球。

 それに取り込まれた男たちは、目に見えて動きが鈍った。

 

「いいぞ! よくやった」

 

 瞬間。アラタが飛びかかり、男たちを一刀の元に切り伏せていく。

 最後の一人になった時、ふいに、光の球は消えた。

 

「――ヒッ」

 

 残った一人は、地面を蹴り振り返ることもなく逃げ出していった。

 後に残ったアラタとアイ。生ぬるい風が、二人を撫でる。

 

「…ごめんなさい。まだ持続性に問題あり」

「いいさ。ここまで持つだけでも十分だ。――それより」

 

 アラタは背嚢から水筒を二本取り出し、アイへ渡す。

 

「水分補給は忘れるなよ。この暑さだと、命取りだぞ」

「ん。ありがとう」

 

 コクコクと喉を鳴らし、水を飲む。

 

「さて、もうすぐ次の村だ。今日は野宿は避けたいからな」

 

 何度か頷くアイ。普段よりも、少し大き目な首肯だった。

 

 

 夕暮れが景色を茜色に染める頃。二人の旅人が村に着いた。

 森林に囲まれひっそりと築かれた村は、自然と調和している。

 

「ここは、水源も材木も豊富だからな。風呂にも入れるぞ」

 

 コクリと、首を縦にするアイ。

 そのまま二人は宿屋に入り、夜を明かした。

 

 朝。今日も、晴天で日差しが強い。

 二人は並び立って、雑貨屋に入る。

 

「いらっしゃい。あら、凛々しい旦那さんと可愛いお嬢さんだね」

 

 室内に立っていたのは、恰幅の良い中年の女性。棚の拭き掃除をしているところのようだ。

 

「ああ、邪魔するぞ。初めまして、旅人だ。見てもいいか?」

「…こんにちは」

「ええ、勿論。好きに見てってくれよ」

 

 早速、アイが棚に近寄りいくつかの品物に目を移す。手に取ったのは、何枚かの布と保存食。

 

「今日の買い物は、これで、いい?」

「うん、問題ないぞ。身についてきたな。あとは、そうだな」

 

 背嚢を背から降ろし、中を漁る。取り出したのはいくつかの、草の束とキノコ。

 

「これの買取りもお願いしたいのだが、頼めるか?」

「問題ない」

 

 受け取った草の束とキノコを抱え、中年の女性へ歩み寄るアイ。

 少しの逡巡の後、それらを差し出す。

 

「――これ、買い取ってほしい」

「お利口さんだね! 可愛い娘さんに免じて、ここは割高で買い取らせてもらおうかな」

 

 無事に、中年の女性に渡せたアイ。小さく息をつく。

 いそいそとカウンターに戻った女性は、草の束を数え始めた。

 

 アイが、静かにそれを見守っていると。

 

「わあー! 女の子!どこから来たの? この村の子じゃないよね!」

 

 突然に、室内に響いた少女の声。アイの肩が、跳ねる。

 アイと同じくらいの背丈の少女が、カウンターの奥から出てきた。

 

「こら!ユノ! お転婆(てんば)も収まってきたと思ったら、まったくだったね!」

 

 ユノと呼ばれた少女は、中年の女性に振り返らず「ごめんなさーい」とだけ返事をし、アイに詰め寄る。

 

「蒼い髪の子! こんにちは!私はユノ。あなたのお名前は?」

 

 ぱちくりと、何度か瞬きをするアイ。そっと、アラタが背中を押す。

 一度、唾を飲みこみ、口を開いた。

 

「……わたしは、アイ。旅人だ、よ?」

「旅人さんなんだ! じゃあ、あそぼ!この村は綺麗な湖があるんだ!」

 

 詰め寄られたアイは、振り向きアラタを見る。

 口角を上げて頷くアラタを見て、ユノに向き直る。

 

「いいよ。いこう」

「やったあ! あそぼ!」

「旅人のお二人、ごめんなさいね。 ユノったら、ほんとにもう」

 

 アイは、ユノに手を引かれ、店の外へ連れ出された。

 

 

 村からほど近い、広い湖。日差しを乱反射して、水面がいくつもの光の粒を生む。

 

「アイちゃん! 泳ぐのはこうやるんだよ!」

「こう?…難しい」

 

 シャツと短パンに着替えた少女二人は、湖面の水を散らし、泳ぎ、遊ぶ。

 湖畔の木陰に座り、アラタが見守る。

 

「水、冷たくて気持ちいいねえ! お兄さんも、ほらっ」

 

 ユノが、手のひらで救った水をアラタにかけた。

 水が、顔に直撃する。

 

「ぶっ」

「あははー!」

 

 近寄るアイ。その口角は、わずかに上がっていた。

 

「大丈夫?――アラタも、遊ばない?」

「まったく。……思いっきりかけてやるぞ!」

 

 強い日差しが、水辺で遊ぶ三人を照らす。

 飛沫(しぶき)が跳ね、湖面から一羽の水鳥が飛び立った。

 

 

 翌朝。

 出立するアラタとアイに、ユノが駆け寄る。

 とめどない涙を流しながら、アイの手を握るユノ。

 

「……また、来てね。また遊ぼうね。…ぜったい!」

「うん。楽しかった。ありがとう」

「ぜったいだよ! 私たち、親友だよ」

 

 何度も頷くアイ。

 その双眸は揺れ、うるんでいた。

 

 村に背を向け、歩く二人。

 アラタが、アイの頭をゆっくりと撫でる。

 

△▼△▼△▼△▼△

 

「大丈夫か? アイ」

「うん。…でもちょっと、寒いかも」

 

 白く吹雪く丘陵で、雪道を踏みしめる二人の旅人。

 その後ろには、二人分の寄り添う足跡。

 

「そろそろ着くぞ。――着いたら、温かいものでも食べようか」

「お腹空いたね。…楽しみ」

 

 

 ここは、雪が降り積もる街。

 石造りの住居に入ると、床は一段下がり、暖炉ではパチパチと炎のはぜる音がする。

 

 テーブルに座った旅人二人の前に、シチューの器。

 

「――おいしい」

「ああ。体が芯から温まるな」

「うん。野菜もたっぷりで――」

 

 アイは、言葉とともにシチューを飲みこんだ。

 黙々と、スプーンを動かす二人。

 

 二人のテーブルに、痩せた男が近づいてきた。

 

「おう、あんちゃん。旅人かい? 珍しい剣を持ってんな」

 

 立てかけていた刀に、真っ直ぐな眼差しを向ける。

 

「僕の出身国の武器だ。――刀と言って、斬る為の道具だぞ」

「そうだろうよ。その鞘からも、造り手の技量が見える。…少し抜いてみてもらえるかい?」

 

 一度首肯したアラタは、鞘から半身だけ抜き見せた。

 

「やはりな。これが、俺の造りたかった剣だ。――いや、カタナ、か」

 

 納刀したアラタと、腕を組みしきりに頷く男。

 「だが、」と続けて口を開く。

 

「気づいているか? そのカタナはもう…」

「ああ。役割を果たしつつある」

「――すまんな。分かっているなら、いいんだ。ありがとう。……早速、鉄と向き合ってみるよ」

 

 いそいそと、男はその場を離れていった。

 

「…刀、大丈夫なの?」

「ああ。まだ、大丈夫だよ」

 

 伺うような視線を向ける、アイの頭を撫でる。

 それから、しばらくの間無言が続いた。

 テーブルには、空の食器。

 

「それじゃあ、今日は保存食と…鍋も買わないとだな」

「うん。保存食は私が集める」

「あとは…そうだな。アイ、蔵書院にでも行こうか。…本、好きだろ?」

「行く。好き」

 

 間髪入れずに答えたアイと、微笑むアラタ。

 二人は揃って、席を後にした。

 

 

 しんしんと、雪が降る。山の中腹の大雪原。

 そこには、明かりが灯るかまくらがあった。

 中では、アラタとアイが鍋を囲む。

 

「さっきは何を読んでいたんだ?」

「アラタの出身国の本。…カタナのこと、書いてあった」

「そうか――」

 

 鍋が、コトコトと煮えている。

 濃厚な肉とキノコの香りが漂っていた。

 

「今日の連携、良かったぞ。お陰で、ユキオロチも狩れた」

「うん。私の、場の力を泳げるアラタのお陰」

「ああ、上手く噛み合うようになった。オロチの肉、旨いだろ」

「うん」

 

 かまくらの外から鳴る、風の音。

 

「…そうだな。雪の溶ける頃になったら、僕の出身国にも向かおうか。桜も、綺麗なんだ」

「行く。…約束っ」

 

 目を開き、大きめに頷くアイ。

 小指を伸ばして、約束の合図をした。

 

 雪は止み、雲の切れ間からはわずかに陽が差していた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

「ハアッ…ハアッ…!」

 

 残雪の残る平地を、駆ける男。

 蹴られた地面から跳んだ泥が、芽吹く草花にかかった。

 

「――アイッ!!」

 

 アラタが、吠える。

 眼前には、甲冑を着た数百人の兵士。

 刀を、振り上げた。

 

 

 荒野には、馬車で進む数名の一団。

 馬に乗る益荒男(ますらお)が、先頭を征く。

 

「…来たのか。異国の戦士よ」

 

 あぜ道の中央に、男が一人立っていた。

 

「ああ。…アイを、助けに来た」

「ふん。既に満身創痍のようだが、どうする気だ」

 

 アラタの身体は、あちこちが傷だらけ。――刀は、根元から折れていた。

 しかしアラタは、揺るぎない足取りで一歩、前に進む。

 益荒男の前に陣取る、統率の取れた男たち。

 

「そうだな。武器は折れた。だが、それだけだ。――アイッ!」

 

 叫んだ途端。一団の後方にある馬車から、煌めくものが飛んできた。アラタは、躊躇いなく掴む。

 右手に握ったのは、仕込みナイフ。

 同時に、場を包む光の球が広がった。

 

「君たちは、アイを舐めすぎたな」

 

 にやりと笑むアラタ。

 戦いは、長くは続かなかった。

 

 

 荒野に立つアラタとアイ。そして、地面には転がる一団。

 益荒男が、口を開く。

 

「……お前は、その量産品が気に入ったのか? それなら二~三体くらい用意してやる。世界には、ソレが必要だ」

「君は――」

 

 アラタの袖を、アイが引いた。

 隣に立ち、微笑んだ。

 

「私は、アイ。――旅人だよ」

 

 その言葉を聞いた益荒男。目を、口を丸くする。

 

「だ、そうだ。生憎だが、僕には無二のパートナーが既にいるからな。お断り、だ」

「…だっはっは! そうか。つまんねえな。――だが、おい。どうする? アイと言ったか。分かってんだろ?」

 

 尚も、言葉を止めない益荒男。震える足で、大地に立つ。

 

「世界は、常にズレ続けている。そいつは、その緩衝材だ。…今日だ。今日、そいつが命を燃やさなければ、世界は滅ぶ」

 

 アラタは、アイを見た。

 アイは、頷く。

 

「うん。…そうみたい。私の場の力は、世界を整えるのに、最適」

「……人を犠牲に、世界は続くのか…?」

「そうだ。ずっと、そうしてきたんだ」

 

 益荒男は言い切って、大地に倒れ伏した。

 荒野に立つ、アイとアラタ。

 風が、二人を撫ぜる。

 

「…アイ。僕は、君がどんな――」

「アラタ」

 

 アイはそっと、アラタの手を握った。

 揺るぎない瞳で、アラタの瞳を見つめる。

 

「私は――ユノが、ユナさんが、コラルじいが、レミノさんが、好き。それに、アラタが大好き。……だから私は、みんなが明日も生きる世界を、守る」

 

 アイが、微笑んだ。

 二人は、互いに視線を逸らさず、見つめ合う。

 握る手は、強く握りしめられた。

 

「――分かった。…僕も、行こう。君の力は、僕が泳ぐことで方向を変えられる。世界を、安定させられるかもしれない」

「……それは、でも、私は」

「大丈夫だ。二人なら、結果だって変わるかもしれない」

 

 恐る恐ると、アラタを見るアイの瞳が、揺れる。

 アラタは、強く頷いた。

 

 

 ――その日。世界を、大きな光の球が覆った。

 光に包まれた人々はほんの一瞬、暖かな感覚を覚えた。

 

 

□□□□□□□□□

 

 暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年の膝に頭を乗せた少女が、静かに涙を流す。

 

「また、泣いちゃったね」

「むー。でもね、やっぱり好きだな」

 

 少女は目をこすり、にこりと笑った。

 少年は、その髪を手ぐしで梳きほぐす。

 

「ねえ、また今度…今度はゆっくり、この旅のあいだのいろんなお話を、してね…」

 

 そのまま寝入ってしまった少女の、涙をぬぐい薄布を掛ける少年。

 

 木陰の下で、少年は柔らかく微笑んだ。


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