フリーザ、ヒーローになる ~宇宙の帝王がワンパンマン世界に墜ちた結果~ 作:&劉
星間旅行、四日目。第七宇宙の地球に降り立った一行が最初に訪れた場所は、都市でも観光地でもなく、見渡す限り岩山が続く荒野だった。
そこには巨大なクレーターが二つ並んでいる。正確には、数秒前まで一つしかなかった。 轟音とともに大地が爆ぜ、岩盤がめくれ上がる。土煙の中心から銀色の光が飛び出し、地面を何度も跳ねながら数百メートル先まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
空中で身体を捻った孫悟空が、どうにか姿勢を立て直す。銀色の髪と瞳。身体が意識を置き去りにして動く、身勝手の極意だった。
だが、着地するより早く黒い影が正面へ現れた。
「な――」
ブラックフリーザの拳が悟空の腹へ突き刺さる。 鈍い衝撃が荒野を揺らし、銀色の光が一瞬乱れた。悟空の身体がくの字に折れ、息がまとめて吐き出される。
「が……っ!」
「ほっほっほ! どうしました、孫悟空さん。ずいぶん静かではありませんか」
フリーザは楽しそうに笑いながら悟空の襟元を掴んだ。その背後で紫色の気が爆発する。
「フリーザァァァァァ!」
我儘の極意へ変身したベジータが、地面を砕いて突進してきた。紫の炎を纏った拳がフリーザの側頭部へ迫る。
フリーザは悟空を手放し、首をわずかに傾けただけでかわした。 続けて左拳、右拳、膝、肘。ベジータの攻撃はどれも山を一つ消し飛ばしかねない威力だったが、フリーザは半歩、一歩と最小限に身体を動かし、紙一重で外していく。
「相変わらず短気ですね、ベジータさん」
「貴様――!」
ベジータの拳を片手で受け止めると、フリーザは腕を引いて体勢を崩した。膝を腹へ叩き込み、さらに背中へ肘を落とす。
「ぐあっ!」
ベジータが地面へ落ちる。 追撃しようとしたフリーザの横から、悟空が割り込んだ。
「させっか!」
銀色の拳が顔面へ伸びる。
フリーザが初めて大きく上体を反らした。悟空の拳が鼻先をかすめる。 その直後、フリーザの右拳が返る。 悟空は反応した。両腕を上げて受け止める。
衝突した瞬間、荒野の端まで衝撃波が走り、遠くの岩山が一斉に崩れた。悟空は数十メートル押されたものの、今度は吹き飛ばされずに踏みとどまる。
「おっ」
悟空が少し笑った。
「前より、見えるようになってきたぞ」
少し離れた岩山の上で戦いを眺めていたサイタマが、その言葉に反応した。
「あ。俺も」
「先生もですか?」
「うん。前にブラックになった時は、ほとんど消えてる感じだったけどさ。今は何となく輪郭が追える」
ジェノスは即座にサイタマへ顔を向けた。
「わずか数日で、ブラックフリーザの速度へ適応し始めている……」
「慣れてきたな」
「慣れるな」
隣で腕を組んでいたタツマキが呆れたように言う。
「そっちも普通に分析してる場合じゃないでしょ。あの三人、戦うたびにおかしくなってない?」
「先生の適応速度が最も異常だ」
「お前まで真顔で言うな」
荒野ではベジータが再び地面を爆発させて飛び出していた。
「まだだァァァァ!」
我儘の極意の気がさらに膨れ上がる。悟空も同時に動き、長年競い続けてきた二人が言葉もなくフリーザを左右から挟んだ。
悟空が上。ベジータが下。 二人の拳が同時に迫る。 フリーザの赤い瞳が右と左へ一度ずつ動いた。 次の瞬間、その姿が消えた。
「!」
「どこだ!」
「ここですよ」
声は背後から聞こえた。 二人が振り向いた時には、ブラックフリーザはすでに両腕を交差させている。 右拳が悟空の腹へ、左拳がベジータの胸へ同時に突き刺さった。
爆音は一つだった。 銀と紫、二つの光が一瞬激しく揺れ、そのまま急速に弱まっていく。
「……ぐ」 「き……貴様……」
悟空とベジータはほぼ同時に膝をつき、そのまま前へ倒れた。 身勝手の極意と我儘の極意。第七宇宙を代表する二人のサイヤ人が、たった二発で戦闘不能になる。
フリーザは両拳を軽く振った。
「ふう。こんなところでしょうか」
観戦していた三人は数秒黙っていた。 最初にため息をついたのはタツマキだった。
「……もう、ここまで来ると呆れるわね」
「同感だ」
「こいつの強さ、青天井じゃない」
サイタマはブラックフリーザを見たまま顎へ手を当てた。
「でも、さっきより結構見えるようになってきた」
ジェノスの顔がもう一度勢いよくサイタマへ向く。
「先生。あの動きをですか?」
「うん」
タツマキはサイタマを見て、それから遠くのフリーザを見る。
「……こっちも大概だったわ」
◇
倒れたベジータが片腕を地面につき、苦しそうに顔を上げた。
「フ……フリーザ……。何だ、その姿は……」
「これですか?」
フリーザは自分の腕へ視線を落とした。磨き上げた黒い金属のような身体が陽光を鈍く返している。
「ブラックフリーザです」
「ブラック……」
横で倒れていた悟空も目を瞬いた。
「ええ。この姿を体得するには、なかなか苦労しましたよ」
「あ。また言ってる」
サイタマの声が遠くから飛んでくる。 フリーザが即座に振り返った。
「事実でしょう!」
「まあ、言ってること同じだなって」
「今回は本当に苦労したでしょ」
意外にもタツマキが真面目な顔で頷いた。ジェノスも同意するように腕を組む。
「ブラックフリーザへ至るためには、自らの気の残量を極限まで正確に管理し、その状態で強敵との長時間戦闘を続け、さらに限界直前まで自らを追い込む必要があった」
「最後はヒット相手に時とばし、殺しの技、時間の牢獄まで全部食らいながらでしょ。普通なら途中で死ぬわよ」
「あー。確かに結構面倒だったな」
「面倒というレベルではありません、先生」
フリーザは満足そうに目を閉じた。
「分かっていただけましたか」
「でも楽しそうだったぞ」
「それと苦労したかどうかは別問題です」
悟空は地面に倒れたまま、その会話を聞いていた。
「なんか……フリーザ、変な仲間増えたなあ」
「カカロット。今はそんな話をしている場合か……!」
ベジータの抗議を無視して、フリーザが突然ぱんと手を打った。
「ああ、そういえば」
全員の視線が集まる。
フリーザは少し胸を張った。
「わたくしには、非常に優秀な修行相手がいましてね」
サイタマの顔が露骨に嫌そうな形になる。
「……言うと思った」
「この姿を手に入れられたのも、その方のおかげと言ってよいでしょう」
ジェノスが大きく頷いた。
「当然です。先生の存在なくして、ブラックフリーザへの到達はあり得なかった」
「そこまで?」
「はい」
「その代わり、月が犠牲になってるけどね」
「あ」
サイタマが思い出したように空を見る。 フリーザの眉が跳ねた。
「またその話をしますか?」
「事実でしょ」
「タツマキさん。最近はあなたも壊したでしょう!」
「私は超能力で少し削っただけ」
「少し? あなた、山を何個飛ばしたと思っているのです?」
悟空は口論する三人を眺め、少し首を傾げた。
「なあ、フリーザ」
「何です?」
「その、修行相手って誰だ?」
悟空の視線がジェノス、タツマキ、サイタマの順に動く。 ジェノスからは強い気をほとんど感じない。タツマキには独特の力があるが、フリーザの言う修行相手という印象とは少し違う。そしてサイタマに至っては、見た目だけなら近所を歩いていそうな禿頭の男だった。
「誰だ?」
フリーザが止まった。 そしてゆっくり悟空へ顔を向ける。 口元に、昔から悟空が何度も見てきた非常に底意地の悪い笑みが浮かんだ。
「教えません♡」
「ええ!?」
「くだらん!」
ベジータが地面へ拳を落とした。 サイタマは頭を掻く。
「あー。絶対教えないやつだ」
「先生の情報は機密事項ということですね」
「そういうことにしておきましょう」
「単に嫌がらせしたいだけでしょ」
タツマキの指摘に、フリーザは笑うだけで否定しなかった。
◇
同じ頃、第七宇宙の別の場所でも、星間旅行の余波が広がっていた。 カプセルコーポレーションの巨大な研究施設では、ブルマが腕を組みながら、目の前に浮かぶ見慣れない球形ドローンを睨んでいる。モニターの向こうから聞こえるのは、メタルナイトの無機質な声だった。
『あなたがカプセルコーポレーションの責任者か』
「そうよ。で? わざわざ別の宇宙から何の用?」
『技術交換だ』
ブルマは一瞬だけ黙り、次には目を輝かせた。
「へえ。面白そうじゃない」
『同感だ』
二人の科学者が出会った。 それだけで、少なくとも周囲の研究員にとっては嫌な予感しかしなかった。
一方、テレビ局ではミスター・サタンがいつもの調子で胸を張っていた。
「さあ! 本日の特別ゲストは――!」
紹介されるより先に、スタジオの女性客から悲鳴に近い歓声が上がる。
「アマイマスク様ー!」
「こっち見てー!」
サタンの笑顔が一瞬だけ引きつった。 その隣でアマイマスクは、完璧な営業用の微笑みを浮かべている。
「最近交流が始まった第六宇宙のイケメンヒーロー!!第六宇宙では大変な戦いを経験されたそうですね!」
「ええ。ですが、ヒーローとして当然のことをしただけです」
再び歓声が爆発した。 サタンが誰にも聞こえない声で呟く。
「俺の番組なんだけどな……」
アマイマスクには聞こえていたが、聞こえないふりをした。
◇
荒野では、フリーザがブラック形態を解除していた。 黒い光が収まり、白と紫のいつもの最終形態へ戻る。
「もう終わり?」
サイタマが近づく。
「ええ。目的は達成しました」
「目的……?」
ベジータが顔を上げる。 フリーザは満足そうに笑った。
「新しい力が、あなた方へどの程度通用するのか確認したかったのですよ」
「オラたち、試されたのか?」
「その通りです」
「貴様……!」
「まあまあ。お二人とも以前より強くなっていましたよ」
「くそったれ……!」
ベジータの怒声に、サイタマが少し笑った。
「でも二人とも強かったな」
悟空がその言葉に反応する。
「おめえ、戦いてえのか?」
サイタマは少しだけ考えた。
「まあ、そのうち」
「お!」
悟空の目が一気に輝く。 次の瞬間、フリーザが二人の間へ割って入った。
「ダメです」
「何でだよ!」
「わたくしの修行相手です」
「所有物みたいに言うな」
サイタマが呆れる。 タツマキも眉を上げた。
「何、独占欲出してんの?」
「先生のスケジュールは、まず俺との修行が優先です」
「ジェノスまで勝手に決めるな」
「あなたはまだ、わたくしとの修行内容を終えていませんよ」
「私もまだあるんだけど!」
タツマキが割り込む。 悟空は状況を理解したような、していないような顔で首を傾げた。
「じゃあ順番?」
「違う!」
三人分の声が同時に荒野へ響いた。 地面へ倒れたままのベジータが目を閉じる。
「……くだらん」
◇
第七宇宙へ到着して早々、孫悟空とベジータを撃破し、ブラックフリーザの性能確認は完了した。メタルナイトはカプセルコーポレーションとの接触を始め、アマイマスクはテレビ局で第七宇宙にまで顔を売り始めている。
旅行として正しいのかは怪しい。 フリーザ・コーポレーションとしては、たぶん正しかった。 フリーザは荒野の先へ目を向けた。
長年の目的の一つは、確かに果たした。 昔なら、悟空とベジータを圧倒した瞬間、もっと復讐の快感に酔っていたはずだった。何度も邪魔され、何度も計画を狂わされた相手を、自分の力だけで完全に上回ったのだから当然である。
今も愉快ではある。 非常に愉快だ。 だが、それだけではなかった。 次にサイタマと戦った時、自分の新しい力はどこまで通じるのか。
タツマキは次にどこまで成長するのか。 ジェノスはどんな新兵器を装備するのか。 メタルナイトはこの宇宙から何を持ち帰るのか。
アマイマスクはまた勝手に会社の知名度を上げるのか。 そして、この宇宙には他にどれほど強い者がいるのか。 考えることが増えた。
以前なら煩わしいと切り捨てていたはずのものが、今は不思議と悪くない。
「ほっほっほ」
「また笑ってる」
サイタマが横から言った。
「気分がよいのですよ」
「なあ」
悟空がまだ地面に寝転びながら声を上げる。
「やっぱり、あいつ誰?」
フリーザの笑顔が最大になる。
「教えません♡」
「ケチ!」
「ほーっほっほっほっほ!」
宇宙の帝王と、趣味でヒーローをしている男。そして、どうしようもなく騒がしい仲間たち。 彼らの星間旅行は、まだ始まったばかりだった。
この先に何が待っているのかは、まだ誰も知らない。 強敵かもしれない。 新しい星かもしれない。 厄介な事件かもしれないし、単にサイタマが宇宙船の食堂で値段に文句を言うだけかもしれない。 少なくとも、退屈だけはしそうになかった。 そして、その先の話は――また別の物語である。
◇
「…フリーザ様は変わられた」
地球のどこか。そのどこかで、一人の名もなき兵士が悲嘆にくれたまま呟いた。
「嘆かわしい…あんなお姿…とても以前からは考えられぬ。もっと…もっとこの宇宙にはふさわしきお方がいるはず…」
そう思ったとき、その男の脳裏に煌めく存在が浮かんだ。帝王によく似たあのお姿…この宇宙を統べるに相応しき覇王の姿…
「この世を統べる最凶の一族…その長兄ならばこの宇宙を…」