ホグワーツは今日も非合理である   作:汐川

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一年生
北へ行くために南へ


 九月一日の朝、水城家はエディンバラから南へ向かっていた。

 

 目的地は、スコットランドにある学校である。

 

 真司は、これはやはり何かおかしいと思った。

 

「もう一回確認していい?」

 

 後部座席から身を乗り出すと、運転している父さんがバックミラー越しに目を向けた。

 

「何を?」

 

「ホグワーツって、スコットランドにあるんだよね」

 

「そう聞いてる」

 

「僕らもスコットランドに住んでる」

 

「住んでるな」

 

「なのに、ロンドンまで行く」

 

「今まさに南へ向かっている」

 

 父さんも、この道順にはいくらか思うところがあるらしい。

 

 助手席では、母さんが膝の上の案内書をめくっていた。

 

「でも、キングズ・クロスからホグワーツ特急に乗るって書いてあるわよ」

 

「書いてあることと、便利なことは別じゃない?」

 

 真司が言うと、父さんが笑った。

 

「母さんの仕事場で覚えたな」

 

「そういう意味じゃない」

 

「じゃあ、どういう意味だ?」

 

「北に行くために南へ行くの、遠回りじゃない?」

 

「かなりな」

 

 父さんは即答した。

 

「直接行く方法はないのかな」

 

「あるかもしれないわね」

 

 母さんは案内書を閉じた。

 

「でも今日は、書いてある通りに行きましょう」

 

「うん」

 

 真司も、それ以上は言わなかった。

 

 魔法界には魔法界なりの理由があるのかもしれない。それに今は、遠回りより気になるものが膝の上にあった。

 

 細長い箱である。

 

 開けなくても、中身は分かっている。

 

 クリの木。一角獣の尾毛。十一インチ半。

 

 自分の杖だ。

 

 三日前から何度も確かめているので、急に別の杖へ変わっているはずはない。それでも真司は、箱の端を指でなぞった。

 

「増えてないぞ」

 

 父さんが言った。

 

「開けてないよ」

 

「考えてることは同じだろ」

 

     *

 

 キングズ・クロス駅は、人でいっぱいだった。

 

 大きなトランクを引く人、スーツ姿で足早に行き交う人、泣いている幼い子を抱えた人。頭上の案内表示は次々と切り替わり、そのどれを見ても、ごく普通の駅にしか見えない。

 

 問題は、真司たちが探している列車が普通ではないことだった。

 

「九番線と十番線の間」

 

 父さんが切符を見た。

 

「そこまでは分かる」

 

「九と四分の三番線」

 

 真司が言った。

 

「そこが分からない」

 

 三人で九番線と十番線の間まで来て、足を止めた。

 

 そこには壁があった。

 

 かなり立派な壁である。少なくとも、この向こうに列車が停まっているようには見えなかった。

 

「……これ?」

 

 母さんが壁を指した。

 

「たぶん」

 

「フィンチ先生は?」

 

「ここからは大丈夫でしょう、って」

 

 フィンチはエディンバラを発つ前に、たしかにそう言っていた。そのときは真司も大丈夫な気がしていたが、実物の壁を前にすると、あまり大丈夫そうには見えない。

 

「壁に向かって走るんだったか?」

 

 父さんが尋ねた。

 

「歩いてもいいって言ってた」

 

「じゃあ歩こう」

 

「父さんが先に行く?」

 

「どうして?」

 

「もし普通の壁だったら痛いから」

 

「息子を先に行かせる理由にもならないだろ」

 

 父さんが真面目な顔で言った。

 

 その横を、大きな籠を載せたカートを押す家族が通り過ぎていった。

 

 赤毛の少年が一人、そのまま壁へ向かって歩いていく。

 

 真司は思わず目で追った。

 

 少年は消えた。

 

「……今、消えた」

 

「消えたな」

 

 父さんも見ていた。

 

「じゃあ、あれで合ってるのね」

 

 母さんは、二人よりずっと平然としていた。

 

 真司はトランクの取っ手を握った。

 

「行ってみる」

 

 壁へ向かって歩く。

 

 三歩。

 

 二歩。

 

 一歩。

 

 ぶつかると思って肩に力が入ったが、何も触れなかった。

 

 代わりに、音がいっぺんに増えた。

 

 蒸気を吐く機関車の音。大勢の話し声。どこかで梟まで鳴いている。

 

 真司は思わず足を止めた。

 

 目の前には、真紅の蒸気機関車が停まっていた。頭上の札には、ちゃんと九と四分の三番線と書かれている。

 

「……本当にあった」

 

 思わず口からこぼれた。

 

 振り返ると、少し遅れて父さんと母さんも壁を抜けてきた。

 

 父さんは機関車より先に、今しがた通り抜けた壁を振り返り、一度手で触った。

 

「駅の図面、どうなってるんだろうな」

 

「父さんも気になる?」

 

「少しな」

 

 真司は笑った。

 

 ホームには、ローブ姿の家族が大勢いた。肩に梟を乗せた子どももいれば、猫を籠へ押し戻そうと苦労している人もいる。古びたトランクの隣には、真司の家のものと大して変わらない旅行鞄も置かれていた。

 

 ダイアゴン横丁を初めて見たときとは、また違った不思議さだった。

 

 あそこでは、誰もが魔法使いらしいものを売ったり買ったりしていた。けれどここでは、魔法使いたちは子どもの襟を直し、忘れ物を確かめ、別れ際に抱きしめている。

 

 思っていたより、ずっと普通だった。

 

「着いたら手紙ね」

 

 母さんが真司のローブの肩を直した。

 

「梟で?」

 

「そういうことになるでしょうね」

 

「電話は?」

 

 父さんが聞いた。

 

「学校じゃ使えないって」

 

「やっぱり?」

 

「たぶん」

 

「その『たぶん』、この一か月で増えたな」

 

 母さんが笑った。

 

 やがて発車を知らせる声が響いた。

 

 その声を聞いた途端、真司の胸の奥が少しだけ重くなった。

 

 学校へ行くために、何か月も家を離れたことなどない。楽しみなのは間違いなかったが、楽しみなら家を離れるのが何ともない、というわけでもなかった。

 

「じゃあ」

 

 真司は二人を見た。

 

「行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 母さんが抱きしめた。

 

 父さんも真司の肩を抱き、それから少し離れて顔を見た。

 

「何かあったら先生に相談しろよ」

 

「うん」

 

「分からないことは勝手に試す前に聞け」

 

「うん」

 

「危ない魔法は――」

 

「父さん」

 

「なんだ」

 

「列車出る」

 

「……分かった」

 

 最後にもう一度手を振って、真司は列車へ乗り込んだ。

 

     *

 

 空いているコンパートメントを探すのは、思ったより難しかった。

 

 覗く部屋にはどこにも先客がいる。真司がトランクを引いて通路を歩いていると、半分ほど開いた扉の向こうから声がした。

 

「そこ、空いているよ」

 

 同じくらいの年の少年が、一人で座っていた。

 

 暗い栗色の髪はきれいに整えられ、白いシャツの襟もネクタイも、まだ列車に乗ったばかりとは思えないほどきちんとしている。窓側には革張りの小さな鞄と、本が一冊置かれていた。

 

「いいの?」

 

「僕一人で六席使う予定はない」

 

 真司はトランクを入れようとして、荷物棚を見上げた。

 

 少し高い。

 

「持とうか?」

 

「大丈夫」

 

 持ち上げてみたが、途中で傾いた。

 

「……やっぱりちょっと」

 

「そうだと思った」

 

 二人で押し上げ、どうにか棚へ収めた。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 少年は向かい側の席へ戻った。

 

「マルコム・グラント」

 

「水城真司」

 

「ミズキ?」

 

「水城が名字」

 

「ああ」

 

 マルコムは、口の中で確かめるように一度繰り返した。

 

「シンジ・ミズキ」

 

「うん」

 

「日本の名前?」

 

「そう。生まれたのは日本。でも今はエディンバラ」

 

 マルコムが窓の外へ目をやった。

 

「それでロンドンまで来たの?」

 

「そう。それなんだけど」

 

 真司は少し身を乗り出した。

 

「ホグワーツってスコットランドにあるんだよね?」

 

「ある」

 

「だったら、なんで僕はスコットランドからロンドンまで来て、それからまたスコットランドへ戻るの?」

 

 マルコムは真司を見た。

 

 少し間があった。

 

「決まりだから」

 

「それは理由?」

 

「……君、初対面で面倒なことを聞くね」

 

「ごめん」

 

「謝るほどじゃない」

 

 マルコムは腕を組んだ。

 

「ホグワーツ特急で行くことになっているから、だと思う」

 

「いつから?」

 

「そこまでは知らない」

 

「直接行く人はいないの?」

 

「少なくとも僕の家では聞いたことがない」

 

「じゃあ――」

 

「待って」

 

 マルコムが片手を上げた。

 

「僕は鉄道史の本じゃない」

 

 真司は口を閉じ、それから笑った。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「今日は」

 

「信用しづらいな」

 

 そのころ、列車がゆっくり動き始めた。

 

 ホームが窓の外を流れていく。真司は父さんと母さんを見つけて手を振り、二人もこちらへ大きく振り返した。

 

 やがてホームが途切れ、列車は暗いトンネルへ入った。

 

 窓には真司の顔が映り、その向こうでマルコムが早くも本を開いている。

 

「何読んでるの?」

 

「『英国魔法史概説』」

 

「入学前から?」

 

「入学したから読むんだろ」

 

「まだ着いてないよ」

 

 マルコムは本から顔を上げた。

 

「君は、着くまで何をするつもりだった?」

 

 真司は少し考えた。

 

「窓を見る」

 

「そう」

 

「あと、魔法界のお菓子を買う」

 

「……それは僕も買う」

 

     *

 

 昼を過ぎたころ、菓子を載せたワゴンが通った。

 

 真司は見慣れない包みを前に、しばらく迷った。

 

「おすすめは?」

 

「何が好き?」

 

「チョコ」

 

「なら蛙チョコ」

 

「蛙味?」

 

「違う」

 

「動く?」

 

「動く」

 

「じゃあそれ」

 

 自分でも、ずいぶん魔法界に慣れてきたような気がした。

 

 箱を開けると、チョコレートの蛙が跳ねた。

 

「わっ」

 

 真司が取り落としかけたところを、マルコムが片手で捕まえた。

 

「食べ物を逃がすな」

 

「食べ物が逃げると思わなかった」

 

「魔法界では時々ある」

 

「そういうの、先に言ってよ」

 

 マルコムは蛙を返した。

 

 真司は今度こそ逃がさないように持ち、一口かじった。

 

 味は、普通のチョコレートだった。

 

「味は普通なんだ」

 

「何を期待していたんだ」

 

「飛ぶ味」

 

「どういう味だよ」

 

 初めて、マルコムの口調が少しだけ崩れた。

 

 真司はそれに気づいたが、何も言わなかった。

 

 箱の底にはカードが一枚入っていた。

 

 真司が眺めていると、マルコムが言った。

 

「集める人もいる」

 

「全部で何枚?」

 

「知らない」

 

「増えたりする?」

 

「知らない」

 

「同じ人が何種類も――」

 

「僕は蛙チョコの本でもない」

 

「分かったって」

 

 今度は二人とも笑った。

 

     *

 

 午後になると、窓の外から次第に街が消え、緑の丘や小さな湖が増えていった。

 

 真司は途中でローブに着替えた。

 

 マルコムはすでに着替えていたが、朝と変わらずきちんとしている。ネクタイまで真っ直ぐだった。

 

「ネクタイ苦しくない?」

 

「別に」

 

「僕、曲がってる?」

 

「かなり」

 

 マルコムは指を伸ばしかけ、途中で止めた。

 

「自分で直せる?」

 

「たぶん」

 

「その答えを聞くと不安になるな」

 

 結局、真司は窓を鏡代わりにして直した。

 

 少しして、何人かの一年生が通路を通り過ぎていった。

 

 その中の一人、赤みがかった茶色い髪の小柄な女の子が、閉まりかけた扉の向こうからこちらを覗いた。

 

「ここ空いてる?」

 

 真司が答えるより早く、後ろから別の声が飛んだ。

 

「エイダ、こっち一つ空いた!」

 

「今行く!」

 

 女の子はすぐに走っていき、扉が閉まった。

 

「知り合い?」

 

 真司が聞いた。

 

「いや」

 

 マルコムは本へ視線を戻した。

 

「君は?」

 

「知らない」

 

「なら、どうして聞いた」

 

「なんとなく」

 

「君は『なんとなく』でも質問するんだね」

 

「するかも」

 

 マルコムは小さく息をついた。

 

 けれど、その顔はもうそれほど嫌そうではなかった。

 

     *

 

 夕方近くになると列車は速度を落とし、窓の外はすっかり山の景色になっていた。

 

 やがて小さな駅へ着き、一年生だけが上級生とは別に集められた。

 

 外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。

 

「いっち年生、こっちだ!」

 

 人の頭越しに、大きな声が響いた。

 

 真司はその声の主を見つけ、思わず立ち止まった。

 

 大きかった。

 

 本当に大きい。

 

 人間として数えてよいのか、一瞬迷うくらいである。

 

 もじゃもじゃの髪と髭に覆われた男が、高くランタンを掲げていた。

 

「すごい」

 

 真司が呟く。

 

「ハグリッドだ」

 

 マルコムが言った。

 

「知ってるの?」

 

「名前だけ。学校の森番」

 

 先生ではないらしい。

 

 真司たちはほかの一年生と一緒に、暗い坂道を下っていった。足元はでこぼこしていて、気を抜くとすぐにつまずきそうになる。

 

 しばらくすると木々が途切れた。

 

 前の方で、誰かが息を呑んだ。

 

 真司も足を止めた。

 

 黒い湖の向こうに、城があった。

 

 崖の上からいくつもの塔が夜空へ伸び、無数の窓から漏れる明かりが、暗い水面にも揺れている。

 

 ダイアゴン横丁を初めて見たときとも、杖から火花が出たときとも違った。

 

 あまりに大きくて、どこから驚けばよいのか分からなかった。

 

「あれが……」

 

「ホグワーツ」

 

 マルコムも城を見ていた。

 

 その声は、列車の中にいたときより少し小さかった。

 

 真司は横顔を見て笑った。

 

「マルコムも初めて見るんだ」

 

「当たり前だろ」

 

「知ってること多いから」

 

「知ってるのと、見たことがあるのは違う」

 

 それはそうだった。

 

 一年生は四人ずつ小舟へ乗せられた。

 

 真司とマルコムの舟には、ほかに二人の男子が乗った。四人が腰を下ろすと、誰も漕いでいないのに舟は静かに岸を離れた。

 

「これ、誰が動かしてるの?」

 

「知らない」

 

 マルコムはすぐに答えた。

 

「まだ何も聞いてない」

 

「どうせ聞く」

 

 真司は少し考え、黙って湖へ手を伸ばした。

 

「触るなよ」

 

「分かってる」

 

「今、触ろうとしただろ」

 

「水温を確かめ――」

 

「触るな」

 

 後ろの二人が笑った。

 

 舟は湖の上を滑るように進み、城が少しずつ近づいてきた。

 

 やがて崖の下へ入り、石造りの船着場へ着いた。

 

     *

 

 ホグワーツの中は、外から見た以上に大きかった。

 

 石造りの壁が高く伸び、その間を階段がいくつも走っている。壁に並んだ肖像画のうち何人かは平然と動き、こちらへ目を向けている者までいた。

 

 真司は、一枚の絵の前で足を止めかけた。

 

「あとにして」

 

 マルコムに袖を引かれた。

 

「だって今、絵の人が隣の額へ行った」

 

「見れば分かる」

 

「どうやって?」

 

「知らない」

 

 マルコムの「知らない」が、だんだん早くなっていた。

 

 一年生たちは大きな扉の前で待たされ、四つの寮について説明を受けた。

 

 グリフィンドール。

 

 ハッフルパフ。

 

 レイブンクロー。

 

 スリザリン。

 

 名前だけなら、真司もフィンチから聞いている。ただ、自分がどこへ入るのかはまだ分からない。

 

「希望ある?」

 

 真司が小声で尋ねた。

 

「スリザリン」

 

 マルコムは迷わなかった。

 

「家族が?」

 

「ほとんど」

 

「じゃあ決まり?」

 

「組分け帽子が決める」

 

「帽子?」

 

「聞いてないの?」

 

「寮を決めるものがあるとは聞いた。でも帽子とは聞いてない」

 

「そこを省いたのか」

 

 マルコムは何とも言えない顔になった。

 

 やがて扉が開いた。

 

 その先の光景を見た瞬間、真司は帽子のことをいったん忘れた。

 

 何百人もの生徒が、四本の長いテーブルに座っている。頭上には無数の蝋燭が宙に浮かび、そのさらに上には夜空が広がっていた。

 

 天井がないように見える。

 

「外?」

 

「違うと思う」

 

 マルコムも上を見た。

 

「思う?」

 

「僕だって初めてなんだ」

 

 一年生たちは広間の前方へ並ばされた。

 

 そこには椅子が一脚あり、その上に古びた尖り帽子が置かれている。どうやら、あれが組分け帽子らしい。

 

 真司はしばらく眺めた。

 

 少なくとも見た目だけなら、人の行き先を決めるような立派な帽子には見えなかった。

 

 一人ずつ名前が呼ばれていく。

 

 椅子へ座って帽子をかぶり、少し待つ。やがて寮の名前が叫ばれると、四つのテーブルのどこかから歓声が上がった。

 

 さらに何人か進む。

 

「グラント、マルコム!」

 

 マルコムが前へ出た。

 

 いつも通りの顔をしているように見えたが、歩き方がほんの少し硬かった。

 

 帽子が頭へかぶせられる。ほとんど間を置かず、

 

「スリザリン!」

 

 左端のテーブルから歓声が上がった。

 

 マルコムは帽子を戻し、一度だけ真司の方を見てから歩いていった。

 

 そのあと、列車で見かけた赤茶色の髪の女の子が呼ばれた。

 

「ラブレス、エイダ!」

 

 彼女は椅子へ座り、帽子をかぶった。少しして、

 

「レイブンクロー!」

 

 右手側のテーブルから拍手が起こる。

 エイダは帽子を取ると、嬉しそうにそちらへ駆けていった。

 

 さらに何人かの組分けが続いた。

 

「ミズキ、シンジ!」

 

 真司は前へ出た。

 

 何百人もの視線がいっせいに向いたような気がした。

 

 椅子へ腰を下ろす。

 

 帽子が目の上まで落ちてきて、大広間が見えなくなった。

 

『ほう』

 

 耳のすぐそばで声がした。

 

 真司はびくりとした。

 

『そんなに驚かなくてもよい』

 

 声は帽子の中から聞こえている。

 

『君がしゃべってるの?』

 

『ほかに誰がいる』

 

『帽子が』

 

『その確認から始めるのかね』

 

 少し呆れられたようだった。

 

 真司は黙った。

 

『さて。好奇心が強い。これは分かりやすい。知りたがりで、疑問をそのままにはしておかない』

 

『レイブンクロー?』

 

『だが、それだけならそうだったかもしれない』

 

 帽子の声が少し低くなった。

 

『君は、知って終わりではないね』

 

 真司は意味が分からず、眉を寄せた。

 

『何かがおかしいと思えば、理由を知りたがる。理由が分かっても納得できなければ、今度はどうしたらよいか考える』

 

『それって駄目なの?』

 

『誰も駄目とは言っていない』

 

 帽子は少し笑ったようだった。

 

『ただ、知りたいという気持ちと、何かを動かしたいという気持ちは、似ているようで少し違う』

 

 真司は暗闇の中で考えた。

 

『よく分からない』

 

『十一歳なら、それで結構』

 

 しばらく沈黙があった。

 

『それに、少々しつこい』

 

『それ、寮と関係ある?』

 

『大いに』

 

『どこ?』

 

『もう少し待てないのかね』

 

『みんな待ってるし』

 

 帽子はとうとう笑った。

 

『そうだな。では――』

 

 次の瞬間、その声が大広間いっぱいに響いた。

 

「スリザリン!」

 

 帽子を外すと、左側のテーブルから歓声が上がっていた。

 

 その中でマルコムが拍手をしている。

 

 隣には、一つ空いた席があった。

 

 真司は帽子を椅子へ戻すと、そちらへ向かって歩き出した。

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