マルコムは、二つ目の質問を読んだまま、しばらく何も言わなかった。
真司も待った。
昨日までなら、マルコムがこうして黙るのは珍しくなかった。本を読んでいるときも、何か訊かれたときも、すぐに答えず一度考えることがある。
けれど今は、手元にあるのは本ではない。
真司が作った質問だった。
「……何か変?」
マルコムは質問のページをもう一度見て、それから九人分の回答へ目を移した。
「変というか。一人目に聞かれたときは、僕もそこまで思わなかったんだけど」
指先が二つ目の問いへ戻る。
今のスリザリンでは、血統はあまり重要ではないと思いますか?
「これ、最初はどういう答えが返ってくると思ってた?」
「……あまり重要じゃない、かな」
「三つ目は?」
マグル生まれでも、スリザリンで普通に過ごせると思いますか?
「過ごせる」
「最後も、昔のイメージだと思ってた?」
真司が頷くと、マルコムは質問の頁を机へ戻した。
「一個ずつ聞かれたときは、『普通って何だ』とか、『昔っていつだ』とか、そっちが気になった。でも、こうして全部見ると、君が最初に思ってた方へ答えやすくなってない?」
真司は眉を寄せた。
「そうじゃないと思えば、そう答えればいいだろ」
「もちろん。じゃあ、『今のスリザリンでは、血統はとても重要だと思いますか』なら?」
「それだと……重要だって答えてほしいみたいじゃない?」
マルコムの片方の眉が上がった。
それで真司にも分かった。
もう一度読むと、さっきまで気にも留めなかった「あまり」という二文字が、妙に目についた。
真司は九人分の回答へ戻った。
気にしない。
同じ寮なら同じ寮。
普通に過ごせると思う。
純血の家が続くことと、マグル生まれがいることは別。
大きく外れた答えは、ほとんどない。
そのことを、真司は少し嬉しく思っていた。半年以上ここで暮らしてきて、自分が感じていたスリザリンと、外から見られているスリザリンは違う。その証拠が集まり始めたような気がしていたのだ。
けれど、証拠だと思っていたものの横には、質問を作った自分の言葉がある。
マルコムはすでに別の頁を見ていた。
「この九人は?」
「会った人に聞いた」
真司も名前を追った。
カラム。同じ学年でよく話す生徒。談話室で声をかけやすい上級生。
知らない相手は一人もいなかった。
回答の中には、真司自身を例にしたものもいくつかある。
――過ごしてるだろ。
――君はもうスリザリンだろ。
――シンジは頑張ってる方だと思うよ。
真司は羽ペンを取り、質問の余白へ書いた。
話したことのある人にかたよっている。
少し下へ、
一年生が多い。
「……あんまり話したことのない人にも聞く」
「その方がいいだろうね」
マルコムはそれだけ言うと、自分の本へ戻った。
向かいから覗いていたエイダが、新しく増えた二行を見て口元をゆるめた。
「順調だね」
「問題が増えてるんだけど」
「だから順調なんじゃない?」
真司には、まだその違いがよく分からなかった。
*
午後には、質問そのものも作り直した。
最初の羊皮紙を左へ、新しい一枚を右へ置き、余計な言葉を抜いていく。
今のスリザリンで、血統はどのくらい大切だと思いますか。
マグル生まれがスリザリンにいることについて、どう思いますか。
「スリザリンは純血の寮」という言い方について、どう思いますか。
声に出してみると、前より答えにくそうだった。
「戻す?」
横からエイダが訊いた。
「戻さない。何て返ってくるか分からないから」
言ってから、真司は無意識にマルコムの方を見た。
マルコムは本を読んでいた。
目も上げない。
真司はそのまま新しい質問を残した。
血統を書く欄には、純血、半純血、マグル生まれ、答えたくない。その上へ、小さく「本人の回答」と書き加えた。
家系図を見たわけではない。純血だと書いているのは、その生徒が純血だと答えたからだった。
新しく聞く相手については、「あまり話したことのない人」「上級生」と書いた。その下に、少し迷ってから「答えなかった人」の欄も作った。
最初の用紙より、ずいぶん書くところが増えた。
調査というものは、直すたびに短くなる種類の宿題ではないらしかった。
*
最初に聞き直したのはカラムだった。
寝室で手帳を出した途端、カラムは眉間に皺を寄せた。
「また?」
「質問を変えたから」
「僕の血統、昨日から変わってないよ」
それでもベッドへ腰を下ろしたので、真司は構わず新しい質問を始めた。
「今のスリザリンで、血統はどのくらい大切だと思う?」
「人による」
「マルコムもそれ言った」
「じゃあ二票」
「そういう数え方じゃないって」
カラムは笑ってから、少し考えた。
「僕は家のことは好きだよ。母さんが魔女で、父さんがマグルなのも別に嫌じゃない。でも、それと誰と同じ寮になるかは関係ないだろ」
真司は、
家の血統や家族は大切。同じ寮に誰がいるかとは別。
と書いた。
その横には、昨日の記録が残っている。
僕は気にしない。
二つを並べて見せると、カラムの視線が昨日の一行で止まった。
「それだけだと、僕が家のこと何にも気にしてないみたいだな」
真司は古い方へ線を引いた。
答えを短くすることと、相手の答えを変えてしまうことは、どうも境目が近い。
それからは、長い回答を短くしたとき、できるだけ本人に読み返した。
もっとも、毎回そうできたわけではない。次の授業へ急ぐ生徒もいれば、「そこまで時間ない」と手を振る上級生もいた。そういうときは、あとから記憶で足さず、その場で書けたところまでにした。
*
話したことのない寮生へ声をかける方は、さらに手間がかかった。
毎日同じ談話室にいるのに、名前を知らない生徒がいる。名前は知っていても、今まで話しかける理由のなかった相手もいる。
「あの、ちょっといいですか」
何度か繰り返すうちに慣れたが、最初は質問よりこの一言の方が難しかった。
当然、全員が答えてくれるわけでもなかった。
「家のことを学校の課題に書かれたくない」
三年生の一人にそう言われ、真司は名前を書かなくてもよいと説明しかけた。
「そういう問題じゃない」
「……分かりました」
そこでやめた。
手帳には「回答せず」とだけ残した。理由を書こうとして、羽ペンを止める。
書かれたくないと言った人について、どこまで書いてよいのか分からなかった。
空欄のままにした。
血統だけは答えたくない、という生徒もいた。
けれど残りの質問には普通に付き合ってくれた。
「スリザリンと血統に何の関係もないとは思わないよ。家族がずっとスリザリンって家は多いでしょう。そういう家は純血のところも多いし、昔からのやり方だって、そういう家から来た子が持ってくるんだから」
「じゃあ、マグル生まれがいることには反対ですか?」
「別に。関係があることと、ここにいちゃいけないことは別でしょ」
真司は、今回は一行に縮めなかった。
*
さらに何人かあとで、五年生の男子にも声をかけた。
同じ談話室では何度も見かけている。名前も知っていたが、まともに話すのは初めてだった。
研究の題を伝えると、上級生は「へえ」とだけ言って、手にしていた本を閉じた。
「マグル生まれでも、スリザリンで普通に過ごせると思いますか?」
上級生は真司を見た。
答える前に、ほんの少しだけ目が細くなった。
「過ごせてはいるだろ」
「じゃあ、問題ない?」
「問題がないかどうかは別だな」
真司は羽ペンを止めた。
「どういう意味ですか?」
「昔なら、君みたいなのがスリザリンに来るなんて考えもしなかったってことだよ」
声は穏やかだった。
だから、余計に嫌だった。
「今は違う?」
「組み分け帽子も、そう決めたんだろ」
上級生は肩をすくめた。
「仕方ないさ」
羽ペンの先に、インクが小さく膨らんだ。
「……仕方ない?」
「別に追い出せって言ってるわけじゃない。もうここにいるんだから」
真司はすぐには書かなかった。
「来ない方がよかったとは思ってる?」
上級生は少しだけ考えた。
「昔のスリザリンの方が分かりやすかったとは思うよ」
「何が?」
「どういう家の人間がいる寮なのか」
真司は手帳へ目を落とした。
マグル生まれに反対。
そこまで書いて、線を引いた。
相手の言ったことより強い。
かといって、問題ない、と書けば明らかに違う。
「今の、少し長く書いてもいいですか?」
「好きにすれば」
できるだけ言われた順に残し、最後に読んでもらった。
「まあ、そんなところ」
上級生はまた本を開いた。
真司は礼を言い、談話室の反対側へ戻った。
手帳を閉じようとして、もう一度開く。
怒鳴られたわけではなかった。
嫌な呼び名を使われたわけでもなかった。
それでも、「仕方ない」のところで、指が一度止まった。
*
翌日には、別の上級生から似ているようで違う答えが返ってきた。
四年生の男子だった。
「今のスリザリンで、血統はどのくらい大切だと思いますか?」
「大切だと思うよ。スリザリンは昔から、魔法使いの古い家とつながりが深い寮だから」
「それを残した方がいい?」
「僕はね。全部が昔のままでいいとは思わないけど、ずっと残ってきたものを何でも変えなくてもいいだろ」
真司はそこまで書き、次の質問へ進んだ。
「マグル生まれがスリザリンにいることについては?」
少し間があった。
「僕は、あまり増えてほしくない」
羽ペンが止まる。
「ほかの寮でもやっていけるだろ」
「僕は?」
「君はもうここにいる」
相手は真司を見た。
「だから君個人をどうこう言うつもりはないよ。ただ、スリザリンまでほかの寮と同じになったら、四つに分かれている意味が薄くなると思ってる」
「血統が違うと、寮も違うんですか?」
「血統だけじゃない。家の考え方とか、育ち方とか、昔から知ってることとか。そういうものも含めてだよ」
真司は少し考えた。
「でも、それを組み分け帽子が見てるかは分からないですよね」
「それは帽子に聞いてくれ」
上級生の口元が少しだけ曲がった。
「僕が言ってるのは、僕ならそういうスリザリンの方がいいってこと」
真司は今度も長めに書いた。
読み返してもらうと、一か所で指が止まった。
「ここ。『純血の寮を残したい』とは言ってない」
「でも、今の話って――」
「『昔からの魔法使いの家が多いスリザリンの方がいい』とは言った。僕には同じじゃない」
真司は自分の書いた一行を見てから、線を引いた。
*
その日の図書館では、すぐに結論を書かなかった。
真司は集めた回答を机いっぱいに並べ、最初から読み直した。前から知っている生徒、あまり話したことのなかった生徒、上級生。血統だけ答えなかった者。何も答えなかった者。
五年生の頁を読んだエイダは、「これ、嫌だね」とだけ言った。
「うん」
それ以上は話さなかった。
真司は四年生の回答を隣へ置いた。
どちらも、マグル生まれが増えることを歓迎してはいない。
けれど、一人は「仕方ない」と言った。
もう一人は、昔からの魔法使いの家が多いスリザリンの方がよいと言った。
似ているからといって、一つにしてしまえば、また何かを落とす。
次の頁には「本人の回答」と書き足した血統欄がある。その下には「回答せず」の文字も残っていた。
答えてくれた人については数えられる。
答えなかった人が何を考えていたのかは、数えられない。
真司はさらに頁をめくった。
談話室。寝室。廊下。
聞いた場所も同じではなかった。誰かが近くにいたときもあれば、二人だけのときもある。
「マルコム。この人のとき、近くに何人かいたよね」
「いたと思うけど」
「こっちは一人だった」
マルコムは本から目を上げた。
「それで答えが変わった?」
「分からない」
「なら、分からないんだろ」
真司は別の羊皮紙を引き寄せた。
聞いた場所は同じではなく、近くにほかの生徒がいた場合もあった。そのため、答え方が変わった可能性はあるが、今回は確かめていない。
横から読んだエイダが「長い」と言いかけるのが見えたので、真司は先に羊皮紙を自分の方へ引いた。
「これは削らないよ」
「まだ何も言ってない」
言おうとはしていた顔だった。
*
最初に書いた結論は、もうそのままでは使えなかった。
今回聞いた生徒では、血統をあまり重視しないという回答が多かった。
それは間違いではない。
ただ、それだけを書けば落ちてしまう答えが増えすぎていた。
真司は書きかけの羊皮紙を前に、しばらく羽ペンを動かさなかった。
向かいで本を閉じたベアトリスが、紙の上を見た。
「最初は何て書くつもりだったの?」
「スリザリンは、もう『純血の寮』じゃないって」
「今は?」
真司は並べた回答へ目を落とした。
「……そこまでは言えない」
何日も調べたのだから、前よりはっきりすると思っていた。
真司は古い結論へ一本線を引いた。
その下へ、新しく書く。
今回の調査だけでは、スリザリンが「純血の寮」ではないとは言い切れなかった。
少し間を空け、
ただし、今回回答した生徒の考え方は同じではなかった。
と続けた。
そこで羽ペンが止まる。
この問いを最初に投げてきたのは、トーマスだった。
「……トーマスにも聞けばよかった」
エイダが顔を上げた。
「今から行く?」
「行かない。それ始めたら、ほかの寮にも聞きたくなる」
「なるね」
「終わらないだろ」
真司は羊皮紙の最後に書き足した。
今回はスリザリンの生徒にしか聞いていない。ほかの寮の生徒が、なぜ「スリザリンは純血の寮」だと思うのかは調べていない。
その紙を脇へ置き、新しい羊皮紙を一番上へ重ねた。
『スリザリンは本当に「純血の寮」なのか
――寮生の血統意識とスリザリン像に関する調査』
水城真司。
そこまで書いて、インクをつけ直す。
最初の見出しは、さっきより少し時間がかかった。