ウチの山に異世界の騎士が落ちてきた話   作:道造

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第5話 魔法なんて使えねえよ

 

 自宅に辿り着き、ホームヘルパーさんに挨拶。

 お婆ちゃんの介護を引き継ぎして、さようならと手を振る。

 

「さて、お爺ちゃん。悪いけれど、クレメンスさんを庵まで案内してあげて? 私は食事の用意をするから」

「うむ。その前に――ちょっとだけな」

 

 うん?

 何か用事でもあるのか、お爺ちゃんはクレメンスさんを連れて行く。

 行き先は、お婆ちゃんの部屋であった。

 

「どうしたの?」

「妻に挨拶をな。お前も来なさい」

 

 食事の席でもいいんじゃないの?

 私はそう思うが、一緒にお婆ちゃんの寝室まで付いていくことにした。

 

「さて、クレメンスさん。儂の妻を紹介しよう。志乃だ」

「おや、外国人のお客さんですか? 珍しいですねえ」

 

 お婆ちゃんは腰を痛めている。

 交通事故に遭って、信号無視のバイクに轢かれたのだ。

 長く歩くこともできなければ、足を大きく上げて階段を上ることさえできない。

 命に関わる症状では無いというのが、かろうじての幸いだろうが。 

 間違いなく寿命は少しずつ削れている。

 

「腰が悪くてね……。お客様に、ちゃんと立ってのご挨拶もできなくて、ごめんなさいね」

「いえ、お気持ちはありがたく。身体を労ってください」

 

 頭を下げるお婆ちゃんを、クレメンスさんが気遣う。

 あくまで彼は紳士であった。

 心の底から、初めて会ったばかりの老人に敬意をもって接している。

 長生きの老人であるならば、それだけで誠意を込めて心配するのが当然とばかりの態度である。

 

「医者には診せているのですか? ここの医師は技量に優れているようですが」

「うむ。ちゃんとお医者様には見せているが、なかなかのう。どうにもならんのです」

 

 お爺ちゃんが困り顔を見せる。

 

「こんな田舎では、まあ治療に限界もあっての。せめて痛みだけでも消せればよいのだが」

「はて?」

 

 クレメンスさんが首を捻った。

 不思議なことを口にするな、とでも言いたげに。

 

「えーと、出来ないのですか?」

 

 何故、そんなことも出来ないのかと。

 本当に不思議そうに口にした。

 

「?」

 

 クレメンスさんが、私の方を見る。

 いや、私を見られても困るのだが。

 あれだ、何を言いたいのか。

 貴女の家はお金持ちだから、腰の痛みを消すぐらいなんとでもなるだろうと?

 そりゃあ無理というものだ。

 西洋医学がいくら発達しても限界はある。

 東洋医学に基づいて、鍼灸師さんを家に呼んだこともあるし。

 もちろんマッサージなども試みているが、まあそれでも限界というものはある。

 事故による後遺症を完全に治すことは不可能だ。

 痛みとて、それこそ麻酔でも使わない限りはどうにもならないだろう。

 

「おお、そういえばクレメンスさん。治癒魔法が使えるかね? ここは田舎で、残念ながらそういった人はおらんでの」

 

 くい、とお爺ちゃんがクレメンスさんにヘンテコな事を口走った。

 出来るわけねえだろ。

 ファンタジーじゃねえんだぞ。

 田舎とか都会だかの問題では無いのだ。

 

「おや、お気づきでしたか?」

 

 クレメンスさんが、首を傾げて言葉を返す。

 気を遣ってくれたのだろう。

 ボケ老人の戯言に乗っかってくれたのだ。

 

「うん。お医者様には聞いたがの。確かに酷い怪我をしていたが、すでに止血は完璧だったと言っていた」

 

 私は溜め息を吐く。

 何を二人して戯れ言で遊んでいるんだか、と。

 そう笑って口にしようとして。

 

「もしや、使い手なんじゃないかと思うての」

 

 お爺ちゃんが、私を睨んだ。

 とても肉親にするとは思えない目つきで。

 クレメンスさんにも気付かれないほんの一瞬だけ、ぎろりと、お前は黙っていろと言わんばかりに。

 

「……」

 

 私は沈黙した。

 え、何を考えてるの、お爺ちゃん。

 

「きちんと謝礼は払うので、お願いできんかの」

「承知しました。私程度の技量では限界があるでしょうが……治せる範囲内でしたら」

 

 クレメンスさんが、お婆ちゃんに近寄って。

 目を薄く細め、両手をかざして。

 何やら瞑想じみた集中状態に入り始めた。

 まるで、損傷した器官を見極めようとしていると言わんばかりに。

 

「……」

 

 だがまあ、数秒待っても何も起きやしない。

 当たり前である。

 これは――ひょっとして。

 お爺ちゃんはボケてきていて、クレメンスさんのことをファンタジー世界の騎士だと思っているし。

 クレメンスさんもちょっとヒグマに敗れた際の衝撃で、頭か何処かを打ったのかもしれない。

 ひょっとしたら、現状は本気で自認ファンタジー騎士なのかもしれない。

 そう思う。

 この不自然な状況を、私は本気で心配し始めた。

 

「その――」

 

 二人とも正気に返れと、私は泣き言を漏らしそうになって。

 声が止まった。

 クレメンスさんの両手が光り始めたのだ。

 

「ええ!?」

 

 私は戸惑いと驚愕の感情を綯い交ぜにして、声を漏らした。

 クレメンスさんは極端な集中状態に入っているのか、それに気付かないでいる。

 お爺ちゃんだけが、真剣な表情で――

 

「やはりか」

 

 一言、声を漏らした。

 数秒して、両手の発光が収まって。

 ふう、とクレメンスさんが額を拭った。

 私とお爺ちゃんの反応には気付かず。

 

「終わりました。志乃さん、調子はどうですか?」

 

 どこまでも紳士に、様子を尋ねる。

 お婆ちゃんは、本当に不思議そうに、自分の腰を一撫でしたあとに。

 

「……ええ? 痛くないわ」

 

 私と似たように、戸惑いと驚愕の感情を綯い交ぜにして声を上げた。

 

「というか、歩けるんですが。ええ!?」

「身体を労ってください。損傷した組織は治ったと思いますが、若返ったわけではないので」

 

 椅子から立ちあがり、持っていた杖など投げ捨てて。

 お婆ちゃんは介助が必要な状態から回復を遂げた。

 

「……」

 

 私はドン引きしている。

 ハッキリ言えば、お婆ちゃんが治った喜びよりも、怖かった。

 何してんの、クレメンスさん。

 いや、本当に何をやったの!?

 魔法!?

 

「……」

 

 そのクレメンスさんも、私の顔を見て停止した。

 気付いたのだ。

 『そんなことは普通出来ない』という私の顔に気付いたのだ。

 常識外の、それこそ通常の理解範疇から外れた行動であることに。

 彼が、お爺ちゃんに視線を移す。

 

「まずは礼を言おう、クレメンスさん。儂の愛妻を治療してくれたことに感謝をしなければならない」

 

 お爺ちゃんはあくまで好々爺とした態度で。

 声色も優しいものであったが。

 確かに、権力者としての気迫と威圧が込められていた。

 

「そして騙して申し訳ないが、この世界に魔法なんて無いんじゃよ。魔法の代わりに発展した科学があるだけでの。いや――厳密には魔法はあるが、この世界の人間には使えないんじゃ」

 

 クレメンスさんを諭すように、そして怒りを覚えさせぬよう。

 誠意を込めた視線を送り、そして口にした。

 

「だから――ちょっと、話をしようか。色々と役人にも会ってもらわねばならん。何、安心してくれ。我が孫娘を救い、そして妻を治してくれた御方を。決して悪いようにはせんでの。この爺は善意で行動していることを分かって欲しい。別に、異世界からの来訪者は貴方が初めてというわけでは無いのだから」

 

 クレメンスさんが異世界人であること。

 そして、別に彼が初めてではなくて。

 ――お爺ちゃんは、それを理解していて、クレメンスさんを罠にはめた。

 

「ええ……クズすぎない、お爺ちゃん。あのね、人にはやっていいことと悪いことがあってね。他にも方法が」

 

 私はお爺ちゃんの、伊藤清十郎の卑劣さにドン引きした。

 そして真顔で非難した。

 孫娘として、本日この場でクレメンスさんを騙したことを詫びねばならぬのだ。

 

「やめて!? 儂は儂なりに、考えて行動してるからね? 真偽を見分けるためには、他には方法がなかったからね!?」

 

 お爺ちゃんは、儂とてこんなことしたいわけじゃないと、言い訳じみて否定する。

 クレメンスさんは、その、そんな私たちのやりとりを見ながら。

 

「……委細承知しました。何、おそらく、清十郎さんには怪しまれていると思ってはいたのです。大人しくしていることにしましょう。貴方を信用します」

 

 最後の最後まで紳士的に、そして観念したように笑った。

 このイケオジは、その観念した笑顔までもがチャーミングであった。

 

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