夕暮れの河川敷を、心地よい風が吹き抜けていた。
「はぁっ……!」
出久は額の汗を拭いながら、ゆっくりと呼吸を整える。
その少し前では、勝己が黙々と柔軟をしていた。
「今日はここまで。」
勝己が短く言う。
「うん!」
出久は笑顔でうなずいた。
放課後。
図書館で学び。
河川敷で身体を鍛える。
そんな毎日が、少しずつ日常になっていた。
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帰り道。
夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。
勝己が前を向いたまま口を開く。
「今日は何読んだ。」
出久は嬉しそうに笑う。
「今日はね、火事のときの避難方法!」
「煙は上にたまるから、逃げるときは姿勢を低くした方がいいんだって。」
「ふーん。」
少し歩く。
勝己がまた聞いた。
「昨日は。」
「けがをした人の運び方!」
「一人で無理に抱えちゃダメな場合もあるんだって。」
「その前。」
「建物が壊れそうなときの逃げ方!」
勝己は少しだけ呆れたように笑う。
「よく毎日違う本見つけられるな。」
出久は照れくさそうに笑った。
「図書館ってね。」
「思ってたより、すごいんだよ。」
「ヒーローの本だけじゃなくて、人を助けるための本がいっぱいあるの。」
勝己は小さく鼻を鳴らす。
「……お前にぴったりだ。」
その一言が、出久には何より嬉しかった。
「えへへ。」
二人はまた並んで歩き始める。
努力の仕方は違う。
けれど。
目指している未来は同じだった。
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家へ帰ると、出久は汗を流し、夕食を終えてから自分の部屋へ向かった。
机の上には、一冊のノートが置かれている。
表紙には、大きな文字。
『ヒーローノート』
椅子へ座り、静かにページを開く。
今日学んだことを、一つずつ書いていく。
『火災時の避難』
『煙は上へたまる』
『けが人の搬送方法』
『建物の安全確認』
『ランニング』
『筋力トレーニング』
そしてページの端には、小さく書き添える。
『勝己 着地がさらに安定してきた。』
書き終えると、自然とページをめくる手が止まった。
そこには、小学生の頃の文字が残っている。
『たすける。』
『えがお。』
まだ幼かった字。
少し曲がった線。
そのページを見つめながら、出久は小さく笑った。
「懐かしいなぁ。」
あの頃は、何を書けばいいのかも分からなかった。
それでも、一ページだけ書いてみようと思った。
その小さな一歩が、今へつながっている。
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コンコン。
部屋の扉が優しく叩かれた。
「出久。」
引子だった。
「まだ起きてる?」
「うん。」
出久は笑顔で振り返る。
「ちょうどノート書いてたの。」
引子は部屋へ入り、机の上をのぞき込む。
「わぁ……。」
思わず声が漏れた。
ページいっぱいに並ぶ文字。
本で学んだこと。
身体を鍛えた記録。
小さな気付き。
どのページにも、出久の努力が詰まっていた。
「いっぱい書いたね。」
出久は少し照れくさそうに笑う。
「うん。」
「忘れないように。」
「それに……。」
ノートへ優しく手を添える。
「ヒーローになるために覚えたことだから。」
引子は静かにうなずいた。
「ヒーローノート……。」
その名前を口の中で繰り返す。
「素敵な名前ね。」
「ありがとう。」
出久は嬉しそうに笑った。
「ヒーローになるためのこと、全部ここへ書くって決めたんだ。」
引子は娘の頭を優しく撫でる。
「きっと、世界に一冊だけの宝物になるね。」
その言葉に、出久はゆっくりとうなずいた。
「うん。」
「大事にする。」
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引子が部屋を出たあと。
出久は新しいページを開いた。
今日最後の一行を書く。
『知ることは、人を助ける力になる。』
書き終えた文字を、しばらく見つめる。
それから静かにノートを閉じた。
厚みが少しだけ増したノートを両手で持ち上げる。
「まだまだ書くこと、いっぱいあるな。」
窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へ変わり始めていた。
夢は、一日で叶うものではない。
学び。
鍛え。
考え。
積み重ねる。
その一日一日が、未来の誰かを助ける力になる。
出久は静かに明かりを消した。
ヒーローノートは今日も、新しい一ページを刻んだ。