無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第三章 ヒーローノート

 

夕暮れの河川敷を、心地よい風が吹き抜けていた。

 

「はぁっ……!」

 

出久は額の汗を拭いながら、ゆっくりと呼吸を整える。

 

その少し前では、勝己が黙々と柔軟をしていた。

 

「今日はここまで。」

 

勝己が短く言う。

 

「うん!」

 

出久は笑顔でうなずいた。

 

放課後。

 

図書館で学び。

 

河川敷で身体を鍛える。

 

そんな毎日が、少しずつ日常になっていた。

 

---

 

帰り道。

 

夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。

 

勝己が前を向いたまま口を開く。

 

「今日は何読んだ。」

 

出久は嬉しそうに笑う。

 

「今日はね、火事のときの避難方法!」

 

「煙は上にたまるから、逃げるときは姿勢を低くした方がいいんだって。」

 

「ふーん。」

 

少し歩く。

 

勝己がまた聞いた。

 

「昨日は。」

 

「けがをした人の運び方!」

 

「一人で無理に抱えちゃダメな場合もあるんだって。」

 

「その前。」

 

「建物が壊れそうなときの逃げ方!」

 

勝己は少しだけ呆れたように笑う。

 

「よく毎日違う本見つけられるな。」

 

出久は照れくさそうに笑った。

 

「図書館ってね。」

 

「思ってたより、すごいんだよ。」

 

「ヒーローの本だけじゃなくて、人を助けるための本がいっぱいあるの。」

 

勝己は小さく鼻を鳴らす。

 

「……お前にぴったりだ。」

 

その一言が、出久には何より嬉しかった。

 

「えへへ。」

 

二人はまた並んで歩き始める。

 

努力の仕方は違う。

 

けれど。

 

目指している未来は同じだった。

 

---

 

家へ帰ると、出久は汗を流し、夕食を終えてから自分の部屋へ向かった。

 

机の上には、一冊のノートが置かれている。

 

表紙には、大きな文字。

 

『ヒーローノート』

 

椅子へ座り、静かにページを開く。

 

今日学んだことを、一つずつ書いていく。

 

『火災時の避難』

 

『煙は上へたまる』

 

『けが人の搬送方法』

 

『建物の安全確認』

 

『ランニング』

 

『筋力トレーニング』

 

そしてページの端には、小さく書き添える。

 

『勝己 着地がさらに安定してきた。』

 

書き終えると、自然とページをめくる手が止まった。

 

そこには、小学生の頃の文字が残っている。

 

『たすける。』

 

『えがお。』

 

まだ幼かった字。

 

少し曲がった線。

 

そのページを見つめながら、出久は小さく笑った。

 

「懐かしいなぁ。」

 

あの頃は、何を書けばいいのかも分からなかった。

 

それでも、一ページだけ書いてみようと思った。

 

その小さな一歩が、今へつながっている。

 

---

 

コンコン。

 

部屋の扉が優しく叩かれた。

 

「出久。」

 

引子だった。

 

「まだ起きてる?」

 

「うん。」

 

出久は笑顔で振り返る。

 

「ちょうどノート書いてたの。」

 

引子は部屋へ入り、机の上をのぞき込む。

 

「わぁ……。」

 

思わず声が漏れた。

 

ページいっぱいに並ぶ文字。

 

本で学んだこと。

 

身体を鍛えた記録。

 

小さな気付き。

 

どのページにも、出久の努力が詰まっていた。

 

「いっぱい書いたね。」

 

出久は少し照れくさそうに笑う。

 

「うん。」

 

「忘れないように。」

 

「それに……。」

 

ノートへ優しく手を添える。

 

「ヒーローになるために覚えたことだから。」

 

引子は静かにうなずいた。

 

「ヒーローノート……。」

 

その名前を口の中で繰り返す。

 

「素敵な名前ね。」

 

「ありがとう。」

 

出久は嬉しそうに笑った。

 

「ヒーローになるためのこと、全部ここへ書くって決めたんだ。」

 

引子は娘の頭を優しく撫でる。

 

「きっと、世界に一冊だけの宝物になるね。」

 

その言葉に、出久はゆっくりとうなずいた。

 

「うん。」

 

「大事にする。」

 

---

 

引子が部屋を出たあと。

 

出久は新しいページを開いた。

 

今日最後の一行を書く。

 

『知ることは、人を助ける力になる。』

 

書き終えた文字を、しばらく見つめる。

 

それから静かにノートを閉じた。

 

厚みが少しだけ増したノートを両手で持ち上げる。

 

「まだまだ書くこと、いっぱいあるな。」

 

窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へ変わり始めていた。

 

夢は、一日で叶うものではない。

 

学び。

 

鍛え。

 

考え。

 

積み重ねる。

 

その一日一日が、未来の誰かを助ける力になる。

 

出久は静かに明かりを消した。

 

ヒーローノートは今日も、新しい一ページを刻んだ。

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