季節は巡り、街には冷たい風が吹き始めていた。
校庭の木々は葉を落とし、中学校生活も残りわずか。
教室には、どこか受験を意識した空気が流れ始めていた。
---
ホームルーム。
担任教師が一枚の用紙を配っていく。
「進路希望調査票です。」
「現時点での希望を書いてください。」
教室が少しだけざわついた。
「もうそんな時期か。」
「受験生って実感するな。」
「進路、まだ迷うなぁ。」
それぞれが将来について話し始める。
「俺は普通科かな。」
「私はサポート科も気になってる。」
「親と相談しないと。」
そんな会話の中、一人の男子生徒が勝己へ声を掛けた。
「爆豪は決まってるよな。」
「もちろん雄英だろ?」
勝己は迷いなく答える。
「当たり前だ。」
その一言に、誰も驚かない。
「だよな。」
「爆豪なら当然だ。」
教室に笑いが広がる。
すると今度は、一人の女子生徒が出久を見た。
「緑谷さんも雄英なんだよね?」
教室の視線が自然と集まる。
出久は優しく微笑んだ。
「うん。」
「雄英を目指してるよ。」
少しの沈黙。
けれど、その空気は中学へ入学した頃とは違っていた。
「あの事件見て思ったよ。」
一人の男子生徒が言う。
「緑谷ならいけるって。」
別の生徒もうなずく。
「ニュースでも避難誘導してたって紹介されてたし。」
「冷静だったよね。」
「無個性とか関係なく、すごいと思った。」
教室のあちこちから、自然とうなずく声が聞こえた。
出久は少しだけ目を丸くする。
中学へ入学したばかりの頃。
「無個性で雄英って大変じゃない?」
そう言われた教室。
今は違う。
周りの目は、確かに変わっていた。
「ありがとう。」
出久は少し照れながら笑った。
その笑顔は、以前よりずっと自信に満ちていた。
---
放課後。
いつもの帰り道。
吐く息が白く染まる。
二人は並んで歩いていた。
勝己が前を向いたまま口を開く。
「書いたか。」
「雄英。」
出久は笑顔でうなずく。
「うん。」
「迷わなかったよ。」
勝己は小さく鼻を鳴らした。
「そうか。」
少しだけ沈黙が流れる。
やがて勝己は静かに言った。
「だったら受かる。」
短い一言。
けれど、その言葉には幼い頃から積み重ねてきた信頼が込められていた。
出久は嬉しそうに笑う。
「うん。」
「絶対受かろう。」
「当たり前だ。」
二人はまた歩き始める。
歩幅は自然と揃っていた。
---
その夜。
机の上には、一冊のノート。
『雄英高校合格作戦』
出久はゆっくりとページをめくった。
幼い頃に書いた夢。
小学生の頃に始めた努力。
中学生になって書き加えた知識や経験。
一ページ、一ページに、自分が歩んできた時間が詰まっていた。
静かに最後のページを開く。
鉛筆を握る。
そして、ゆっくりと書き始めた。
『ここまで来た。』
少しだけ考える。
そして、もう一行。
『あとは、受かるだけ。』
書き終えると、そっとノートを閉じた。
幼い日に交わした約束。
小学生の頃から積み重ねた努力。
中学生になって学んだ知識。
人を助けた経験。
そのすべてが、この一冊に詰まっていた。
出久は静かに微笑む。
「頑張ろう。」
窓の外では、冬の夜風が静かに木々を揺らしていた。
---
やがて季節は巡り――。
春。
桜が咲き始めた朝。
出久は制服へ袖を通し、玄関で靴紐を結ぶ。
引子が優しく微笑んだ。
「行ってらっしゃい。」
出久も笑顔で振り返る。
「行ってきます!」
家を飛び出す。
待ち合わせ場所には、もう勝己が立っていた。
「遅ぇ。」
「ごめん、ごめん!」
「まだ約束の時間前だよ?」
「なら走れ。」
「もう!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして並んで歩き始める。
向かう先は、一つ。
雄英高校。
幼い日に交わした約束。
小学生の頃から積み重ねた努力。
中学生になって学んだ知識。
人を助けた経験。
そのすべてを胸に。
二人は、試験会場へ向かって歩いていく。
夢は、もう憧れではない。
ここからは、自分たちの力でつかみ取る未来。
春風が二人の背中を優しく押していた。