春の風がグラウンドを吹き抜ける。
新しい体操服へ着替えた一年A組の生徒たちは、それぞれ緊張した面持ちで整列していた。
前に立つのは、担任・相澤消太。
「これから個性把握テストを始める。」
淡々とした声が響く。
「入学時の体力テスト八種目を、個性を使って測定する。」
「ヒーローに必要なのは、自分を正しく知ることだ。」
生徒たちは静かに聞き入る。
相澤は名簿へ目を落とした。
「まずはボール投げ。」
「一人ずつ前へ。」
---
最初の数人が個性を使い、それぞれの記録を出していく。
歓声が上がるたび、グラウンドは少しずつ熱を帯びていった。
やがて。
「緑谷。」
相澤が名を呼ぶ。
「はい。」
出久が一歩前へ出る。
相澤は名簿を見ながら確認した。
「個性は。」
出久は真っすぐ答えた。
「ありません。」
一瞬。
空気が止まった。
「……え?」
「あれ?」
「無個性?」
周囲がざわめく。
芦戸も思わず目を丸くした。
「えっ、本当に?」
耳郎も驚きを隠せない。
「雄英に無個性で?」
その時だった。
「だから何だ。」
短く響いた声。
勝己だった。
周囲が一斉に振り向く。
勝己は表情一つ変えない。
「ここにいるってことは。」
「受かったってことだ。」
それだけ言って視線を前へ戻した。
出久も少し照れくさそうに笑う。
「三年間。」
「自分にできることを、一つずつ積み重ねてきたんだ。」
「だから今日も、できることをやるだけ。」
その言葉に、ざわめきは少しずつ静まっていった。
相澤は何も言わない。
ただ静かにボールを差し出す。
「始めろ。」
「はい!」
---
出久はボールを握る。
大きく息を吸う。
助走。
踏み込み。
身体全体を使って腕を振り抜く。
ボールは高く弧を描き、グラウンドの向こうへ飛んでいった。
ピッ。
表示された記録に、数人が目を見開く。
「普通に飛んでる……。」
「無個性なのに?」
「いや。」
耳郎が首を振る。
「無個性とか関係なく、普通にすごくない?」
出久は小さく息を吐いた。
「よかった。」
勝己はそれを見て、小さく鼻を鳴らす。
---
テストは続く。
五十メートル走。
反復横跳び。
握力。
立ち幅跳び。
長座体前屈。
持久走。
一種目終わるたびに、周囲の反応は少しずつ変わっていった。
「また上位だ。」
「運動神経いいな。」
「ずっと鍛えてきたのかな。」
麗日は笑顔でつぶやく。
「いっぱい努力してきたんやね。」
切島は思わず拳を握る。
「すげぇ!」
「そういうの、かっけぇ!」
出久は照れくさそうに笑うだけだった。
特別なことをしたつもりはない。
今日の結果は、昨日まで積み重ねてきた毎日の延長だった。
---
すべての測定が終わる。
相澤は結果表へ目を通した。
「順位を発表する。」
生徒たちが息をのむ。
一人ずつ順位が読み上げられていく。
やがて。
「緑谷。」
相澤は結果表から視線を上げる。
順位を告げる。
一瞬。
数秒の沈黙が流れた。
「えっ?」
「本当に?」
「無個性で?」
「上位じゃん!」
驚きの声が広がる。
しかし今度は、否定する者はいなかった。
今日一日、その実力を全員が見ていたからだ。
相澤は騒ぎが落ち着くのを待ってから、静かに結果表を閉じた。
「悪くない。」
出久はほっと胸をなで下ろした。
だが、次の瞬間。
「満足するな。」
相澤の視線が真っすぐ向けられる。
「お前には、まだ伸びる余地がある。」
出久は姿勢を正した。
「はい!」
その返事に、相澤は小さくうなずく。
「それでいい。」
---
教室へ戻る帰り道。
生徒たちは思い思いに今日の結果を話している。
勝己と出久も並んで歩いていた。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
勝己が前を向いたまま口を開いた。
「悪くねぇ。」
短い一言。
それだけだった。
出久は思わず笑みをこぼす。
「えへへ。」
「ありがとう。」
春風が二人の間を吹き抜ける。
無個性という言葉は、もう誰も口にしなかった。
それだけで、十分だった。