無個性の私と、幼馴染のかっちゃん   作:千遇万歩

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第六章 連なる意志

 

静まり返った控室に、紙をめくる音だけが響いていた。

 

演習棟――ヴィランチーム控室。

 

部屋の中央に置かれた机には、今回の戦闘訓練で使用される建物の見取り図が広げられている。

 

飯田天哉は眼鏡を静かに押し上げた。

 

「では、作戦を確認しましょう。」

 

向かいに立つ八百万百も静かに頷く。

 

「はい。」

 

二人は図面へ視線を落とした。

 

やがて、八百万が口を開く。

 

「今回のヒーローチームは、爆豪さんと緑谷さんです。」

 

「個性、そしてこれまでの授業内容から考えれば、ある程度行動は予測できます。」

 

飯田は腕を組み、小さく頷く。

 

「爆豪君は突破役ですね。」

 

「ええ。」

 

八百万は建物中央を指差した。

 

「爆豪さんの個性は爆発。」

 

「機動力、突破力ともに非常に高く、一度勢いに乗れば止めることは容易ではありません。」

 

指先が建物中央の通路をなぞる。

 

「ですから、正面から突破を試みる可能性が高いでしょう。」

 

続いて、別ルートへ指を滑らせた。

 

「一方、緑谷さんには個性がありません。」

 

「考えられる行動は二つ。」

 

「爆豪さんへ随伴する。」

 

「あるいは、別ルートから爆弾の確保へ向かう。」

 

飯田は静かに目を閉じる。

 

「現実のヴィラン事件なら……。」

 

八百万は迷いなく頷いた。

 

「後者です。」

 

「敵を引き付ける役と、目的を達成する役。」

 

「役割を分けた方が合理的です。」

 

少しだけ間を置き、続ける。

 

「そして、個性の相性だけで考えれば、こちらが有利です。」

 

「飯田さんなら爆豪さんの突破を止められる。」

 

「私は距離を保ちながら生成を続ければ、緑谷さんを爆弾へ近付けさせずに済みます。」

 

飯田は力強く頷いた。

 

「では、私が爆豪君を抑えます。」

 

「彼の突破を許せば、一気に戦況を崩されますからね。」

 

八百万も静かに応える。

 

「私は緑谷さんを担当します。」

 

「近付かず、生成した装備で牽制を続けます。」

 

「時間はこちらの味方になります。」

 

飯田は小さく笑みを浮かべた。

 

「奇策は必要ありません。」

 

「基本に忠実に。」

 

「互いの役割を全うしましょう。」

 

「はい。」

 

二人はもう一度図面へ視線を落とす。

 

勝機は十分にある。

 

そう信じられるだけの根拠が、二人にはあった。

 

一方、その頃。

 

ヒーローチーム控室。

 

建物の図面を前に、勝己と出久が並んで立っていた。

 

「……」

 

「……」

 

短い言葉を交わす。

 

出久が一度だけ頷く。

 

勝己も短く返事をする。

 

それだけだった。

 

長年積み重ねてきた二人には、それだけで十分だった。

 

コンコン。

 

「時間だ。」

 

オールマイトが扉を開ける。

 

勝己は静かに立ち上がる。

 

出久も図面から目を離した。

 

「準備はいいかい?」

 

「おう。」

 

「はい。」

 

二人は並んで控室を後にした。

 

その背中を見送りながら、オールマイトは小さく笑う。

 

「さて。」

 

「どんなヒーロー像を見せてくれるかな。」

 

観戦スペース。

 

1年A組の生徒たちが大型モニターの前へ集まっていた。

 

「いきなり爆豪たちか。」

 

切島が腕を組む。

 

「相手も飯田と八百万だ。」

 

「見応えありそうだな!」

 

耳郎がモニターへ目を向ける。

 

「八百万なら、ちゃんと作戦立ててそう。」

 

麗日も小さく笑った。

 

「どっちも負けへん気がする。」

 

オールマイトは中央へ立ち、大きく右手を振り上げる。

 

「それでは!」

 

「第一試合!」

 

「開始!!」

 

ブザーが演習棟へ鳴り響いた。

 

建物内。

 

ヴィランチーム。

 

飯田は中央通路で静かに構える。

 

「来ます。」

 

その瞬間。

 

ドォン!!

 

建物内へ爆発音が響いた。

 

煙の中から飛び出してきたのは――

 

爆豪勝己。

 

一人。

 

飯田は小さく拳を握る。

 

「読みは当たりました。」

 

一方。

 

別ルート。

 

八百万も足音へ耳を澄ませる。

 

現れたのは。

 

緑谷出久。

 

こちらも一人。

 

八百万は静かに息を吐いた。

 

「予定通りです。」

 

飯田と八百万。

 

二人の予測は、見事に的中した。

 

互いの姿は見えない。

 

二人は同じ確信を抱いていた。

 

――勝機は十分にある。

 

飯田は拳を構える。

 

「ここから先へは通しません。」

 

爆豪は口元を吊り上げた。

 

「やってみろ。」

 

別ルート。

 

八百万は静かに両手を前へ出す。

 

「申し訳ありません。」

 

「ここで止めさせていただきます。」

 

出久はホルスターから伸縮警棒を取り出した。

 

ゆっくりとロックを解除する。

 

「うん。」

 

「よろしくね。」

 

静まり返った建物の中で。

 

二つの戦いが、静かに幕を開けた。

 

---

 

「はぁっ!」

 

試合開始と同時に、飯田が床を蹴った。

 

鋭い踏み込み。

 

一直線に爆豪へ距離を詰める。

 

回し蹴り。

 

勝己は身体をわずかに捻り、その蹴りを紙一重でかわした。

 

間髪入れず、飯田の拳が飛ぶ。

 

勝己は腕で受け流し、距離を取る。

 

再び踏み込む。

 

一瞬で間合いが詰まり、攻防が繰り返される。

 

「さすがですね、爆豪君。」

 

飯田は僅かに息を整えながら言う。

 

「近接戦闘も非常に上手い。」

 

勝己は口元を吊り上げた。

 

「褒めても何も出ねぇぞ。」

 

再び激突する。

 

拳。

 

肘。

 

膝。

 

足運び。

 

互いに一歩も譲らない。

 

飯田は確信していた。

 

(これでいい。)

 

(爆豪君をここへ留めておけばいい。)

 

(このままなら、勝機は我々にある。)

 

(時間はこちらにある。)

 

その頃。

 

別ルート。

 

八百万は右腕を前へ出した。

 

白い光。

 

腕から一本の刺股が生成される。

 

「ここから先へは進ませません。」

 

踏み込む。

 

刺股が一直線に出久を狙う。

 

しかし。

 

出久は半歩だけ身体をずらした。

 

刺股は空を切る。

 

そのまま懐へ入る。

 

「!」

 

近い。

 

八百万は咄嗟に刺股を引き戻そうとする。

 

その瞬間。

 

カンッ!

 

乾いた音が建物内へ響く。

 

出久の伸縮警棒。

 

刺股だけが弾き飛ばされた。

 

「……!」

 

八百万は距離を取る。

 

(近接……。)

 

すぐに次の生成へ移る。

 

今度は警棒。

 

しかし。

 

完成するより早く。

 

カンッ!

 

生成途中で弾き落とされる。

 

「え……?」

 

もう一度。

 

生成。

 

カンッ!

 

また落ちる。

 

三度目。

 

カンッ!

 

四度目。

 

カンッ!

 

出久は一歩も引かない。

 

決して殴らない。

 

蹴らない。

 

ただ。

 

生成される武器だけを、正確に警棒で叩き落としていく。

 

初めて経験する戦い方が、少しずつ八百万の心身を追い詰めていく。

 

八百万は息が少しずつ上がり始めた。

 

(どうして……。)

 

(生成の瞬間だけ……。)

 

距離を取ろうとする。

 

しかし。

 

出久はそれを許さない。

 

一歩。

 

また一歩。

 

決して詰め過ぎない。

 

しかし離れもしない。

 

生成を妨害できる絶妙な距離を保ち続ける。

 

(分析されている……。)

 

その考えが頭をよぎった。

 

観戦スペース。

 

「緑谷ちゃん、攻撃しないね。」

 

麗日が首を傾げた。

 

耳郎もモニターを見つめる。

 

「でも。」

 

「あれ、全部生成だけ狙ってる。」

 

切島も腕を組んだ。

 

「地味だけど……。」

 

「嫌だな、あれ。」

 

建物内。

 

飯田は爆豪と拳を交え続ける。

 

爆豪も爆発は最小限。

 

建物を傷付けないよう、近接主体で応戦している。

 

飯田は徐々に確信を深めていた。

 

(十分だ。)

 

(爆豪君はここを突破できない。)

 

(このままなら、勝機は我々にある。)

 

(時間切れまで――)

 

八百万も同じだった。

 

生成。

 

妨害。

 

生成。

 

妨害。

 

息が上がる。

 

額へ汗が浮かぶ。

 

それでも。

 

(このままなら。)

 

(時間はこちらにあります。)

 

(緑谷さんは爆弾へ近付けない。)

 

(勝機は十分にある。)

 

「五分。」

 

勝己の表情が変わった。

 

飯田はその変化に気付く。

 

「?」

 

爆豪の動きが変わる。

 

今まで互角だった攻防。

 

その均衡が、一瞬で崩れた。

 

飯田の拳を外側へ流す。

 

足払い。

 

肩で押す。

 

飯田の体勢が初めて崩れる。

 

「!」

 

(速い……!)

 

違う。

 

今までとは明らかに違う。

 

(今まで……。)

 

(本気ではなかった……!)

 

勝己は振り返ることなく走り出した。

 

飯田も慌てて追う。

 

「待ってください!」

 

勝己は壁へ視線を走らせる。

 

柱。

 

梁。

 

影響範囲。

 

一瞬で確認する。

 

口元が僅かに上がった。

 

「ここなら問題ねぇ。」

 

右腕を振り抜く。

 

ドォンッ!!

 

爆音。

 

壁だけが綺麗に吹き飛ぶ。

 

その他は無傷。

 

爆弾にも影響はない。

 

一直線の最短ルートが現れた。

 

飯田は足を止める。

 

「壁だけを……。」

 

爆豪は最初から。

 

建物全体ではなく。

 

必要な壁だけを壊すつもりだった。

 

飯田は初めて理解する。

 

(倒すことが目的ではなかった。)

 

(最初から……。)

 

(突破だけを考えていたのか。)

 

壁の向こう。

 

爆音に八百万が顔を上げる。

 

(まさか……。)

 

八百万は咄嗟に新たな武器を生成しようとする。

 

しかし。

 

警棒が振られる。

 

カンッ!

 

未完成の武器が床へ転がった。

 

八百万は息を切らしながら、初めて悟る。

 

(違う。)

 

(私は……。)

 

(戦っているんじゃない。)

 

(戦わされている……。)

 

その瞬間。

 

八百万の背筋を、冷たいものが走った。

 

壁の向こうから足音が響く。

 

現れた勝己が、短く口を開く。

 

---

 

「右。」

 

その一言だけだった。

 

返事はない。

 

出久は、すでに飯田の進路へ静かに立っていた。

 

一方。

 

「爆豪君!」

 

飯田はエンジンを全開に吹かし、一直線に駆ける。

 

突破だけは許さない。

 

その思いだけで前を見据えていた。

 

その視界へ、一人の少女が映る。

 

「緑谷さん……!」

 

ロープが静かに放たれる。

 

飯田は咄嗟に体勢を変えようとする。

 

しかし。

 

最高速度で駆ける身体は、急には止まれない。

 

闘牛が闘牛士の布一枚に翻弄されるように。

 

速さとは、ときに最大の弱点となる。

 

ロープが両脚へ絡み付く。

 

「しまっ――!」

 

勢いそのままに体勢が崩れる。

 

床を滑る。

 

その隙を逃さない。

 

出久は一気に踏み込んだ。

 

カチリ。

 

手錠が飯田の両手首を静かに閉じる。

 

飯田は歯を食いしばる。

 

立ち上がろうとする。

 

しかし、もう遅い。

 

「八百万さん!」

 

叫び声だけが建物内へ響いた。

 

その頃。

 

八百万は飯田の声に振り返った。

 

「!」

 

飯田が捕縛されている。

 

(そんな……。)

 

助けなければ。

 

一歩踏み出す。

 

しかし。

 

脚が重い。

 

呼吸が乱れる。

 

短時間に生成を繰り返した疲労が、全身へ重くのしかかっていた。

 

それでも前へ出ようとした、その瞬間。

 

目の前へ勝己が立つ。

 

右手が静かに伸びる。

 

寸前で止まる。

 

「現場なら。」

 

静かな声だった。

 

「もう終わってる。」

 

八百万はゆっくりと目を閉じる。

 

そして勝己から視線を外した。

 

その先にいたのは、爆弾へ向かって歩いていく出久だった。

 

乱れない呼吸。

 

静かな表情。

 

最後まで自分を傷付けることなく、個性だけを封じ続けた少女。

 

八百万は小さく息を吐く。

 

(無個性だから弱い……。)

 

(誰が、そんなことを決めたのでしょう。)

 

静かに微笑む。

 

「……完敗です。」

 

勝己は静かに手を下ろした。

 

出久は爆弾の前へ歩み寄る。

 

右手をそっと添える。

 

静寂。

 

『――ピピーッ!!』

 

ブザーが演習棟へ響き渡る。

 

『勝者!

 

ヒーローチーム!!』

 

観戦スペース。

 

一瞬。

 

誰も言葉を失った。

 

「え……。」

 

上鳴が呟く。

 

「終わった?」

 

切島も苦笑する。

 

「最後、何が起きたんだ?」

 

耳郎はモニターを見つめたまま笑う。

 

「二人とも……。」

 

「息が合い過ぎ。」

 

麗日は胸へ手を当てる。

 

「出久ちゃんらしい戦い方やね。」

 

相澤は静かにモニターを見つめたまま、小さく呟いた。

 

「……無駄がない。」

 

演習場。

 

四人がオールマイトの前へ並ぶ。

 

オールマイトは満面の笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい戦いだった!」

 

そして勝己を見る。

 

「爆豪少年。」

 

「飯田少年を倒し切らなかった理由は何だい?」

 

勝己は短く答える。

 

「爆弾を壊すわけにはいかなかった。」

 

「それに。」

 

「俺の役目は突破だ。」

 

オールマイトは満足そうに頷いた。

 

「なるほど!」

 

続いて出久へ視線を向ける。

 

「緑谷少女。」

 

「武器だけを狙っていたね。」

 

出久は静かに頷いた。

 

「八百万さんの個性は、とても強力です。」

 

「だから。」

 

「本人ではなく、個性を封じることを優先しました。」

 

「それが一番被害が少ないと思ったので。」

 

オールマイトは思わず笑みを浮かべた。

 

「なるほど!」

 

「君らしい答えだ!」

 

そして、二人を見渡しながら、優しく笑った。

 

「二人とも、よく考えて戦っていた。」

 

その時だった。

 

「判断は悪くない。」

 

相澤が静かに口を開く。

 

演習場の空気が引き締まる。

 

「だが。」

 

静まり返る。

 

「爆豪。」

 

「緑谷がいなかったら、お前は同じように動けるか。」

 

勝己は黙る。

 

「緑谷。」

 

「爆豪以外と組んでも、同じように連携できるか。」

 

出久も静かに俯いた。

 

「プロは。」

 

「誰とでも組む。」

 

「考えておけ。」

 

二人は小さく頷く。

 

「はい。」

 

「……おう。」

 

放課後。

 

雄英高校からの帰り道。

 

並んで歩く二人。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて出久が小さく笑った。

 

「今日も助けてもらったね。」

 

勝己は前を向いたまま答える。

 

「役割だ。」

 

少し歩く。

 

出久が空を見上げた。

 

「でも。」

 

「相澤先生の言う通りだった。」

 

「ああ。」

 

勝己も短く返す。

 

また少し歩く。

 

勝己が静かに口を開いた。

 

「俺らなら勝てる。」

 

「うん。」

 

「けど。」

 

「俺らだけじゃ駄目だ。」

 

出久は静かに頷く。

 

「次の課題だね。」

 

勝己は鼻で笑う。

 

「潰すぞ。」

 

「うん。」

 

春の風が優しく吹き抜ける。

 

少し照れくさそうに、出久が笑った。

 

「……ありがとう。」

 

勝己は少しだけ耳を赤くしながら、ぶっきらぼうに前を向く。

 

「うるせぇ。」

 

二人は自然と歩幅を揃え、夕焼けの道を歩いていった。

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