翌日。
雄英高校、ヒーロー科1年A組。
「今日は救助訓練を行う」
相澤の言葉に、教室の空気が少し変わった。
「救助訓練かぁ」
芦戸が机に頬杖をつく。
「戦闘訓練とは、また違う感じだね」
「当然だろう!」
すぐに飯田が反応した。
「ヒーローの活動は、ヴィランとの戦闘だけではない! 災害現場での救助も重要な任務だ!」
「朝から元気だなぁ、飯田」
瀬呂が苦笑する。
「当然だ!」
「まだ訓練も始まってないけどね」
耳郎が小さく笑った。
そんなやり取りを聞きながら、出久は窓の外を眺めていた。
救助訓練。
昨日、相澤からそう聞いた時から楽しみにしていた。
人を助ける。
それは、出久がヒーローを目指す理由の一つだった。
「USJって、どんなところなんだろうね」
出久が隣の勝己へ話しかける。
「災害救助訓練施設だろ」
「うん。火災とか、水難とか。いろんな状況を想定してるんだって」
「だったら、場所ごとにやることも違うだろ」
「そうだね」
出久は頷いた。
「楽しみだなぁ」
「出久、そういうの好きだよな」
「うん!」
迷いのない返事だった。
その声を聞いていた瀬呂が、ふと出久を見る。
「緑谷って、救助なら何が得意そう?」
「私?」
出久は少し考えた。
「……何でもできるようになりたいかな」
「何でも?」
「うん」
出久は自分の手を見る。
「私は個性がないから、これが得意っていうのはないんだけど」
そこで言葉を切る。
「だから、応急手当とか。避難誘導とか。道具の使い方とか。できることは全部覚えたい」
「なるほどな」
耳郎が頷く。
「救助って、個性だけでやるもんじゃないしね」
「うん」
出久が笑う。
「個性がなくても、人を助けられることはあるから」
その言葉に、周囲から驚くような反応はなかった。
入学してから。
まだそれほど日は経っていない。
それでも、出久が無個性であることを、クラスのみんなは少しずつ受け入れていた。
「じゃあ、爆豪は?」
上鳴が勝己へ話を振る。
「俺?」
「爆破って、救助にも使えそうじゃん」
「使い方次第だな」
勝己は窓の外を見ながら答えた。
「瓦礫をどかしたり、道を作ったりはできる」
「おお」
「ただ、下に人が埋まってんなら、好きに吹っ飛ばせねぇだろ」
「そりゃそうか」
「二次崩落もあるしね」
出久が続ける。
「だから、壊す場所は選ぶ」
勝己が頷いた。
「爆豪、ちゃんと考えてんだな」
瀬呂が感心したように言う。
「何だその言い方」
「いや、もっとこう……」
「どういう意味だ」
「何でもないです」
バスの中に笑いが起こった。
出久も笑う。
勝己も、少しだけ口元を緩めた。
そんな時間を過ごしながら。
バスは、目的地へ向かって進んでいった。
やがて。
「見えてきたぞ!」
飯田の声に、生徒たちが窓の外を見る。
巨大な施設。
その姿に、出久も思わず身を乗り出した。
「すごい……」
「これがUSJか」
「広っ!」
芦戸が声を上げる。
「本当にいろんな災害を再現できそうだね」
出久の目が輝く。
「うん」
その時。
施設の中から、一人のヒーローが歩いてきた。
「皆さん、ようこそUSJへ」
スペースヒーロー・13号。
生徒たちがざわめく。
「13号だ!」
「テレビで見たことある!」
13号は穏やかな声で、生徒たちを迎えた。
「今日は皆さんに、救助について学んでもらいます」
生徒たちが静かになる。
「災害現場では、皆さんの個性が大きな力になるでしょう」
13号はゆっくりと話す。
「火災を消す。瓦礫を取り除く。人を運ぶ。水の中から救い出す」
それぞれの生徒を見渡す。
「皆さんの個性には、それぞれ違った可能性があります」
出久は黙って聞いていた。
「ですが――」
13号の声が少しだけ低くなる。
「個性は、人を救うためだけの力ではありません」
空気が静まった。
「使い方を間違えれば、人を傷つけることもできる」
勝己の視線が、わずかに動く。
「強い力ほど、扱う人間には責任が伴います」
13号は続ける。
「だからこそ、自分の個性で何ができるのか」
「何をしてはいけないのか」
「そして、その力をどう使えば人を救えるのか」
一人ひとりに語りかけるような言葉だった。
出久は、静かにその言葉を受け止める。
個性がある。
個性がない。
それだけではない。
持っているものを、どう使うのか。
それを学ぶ場所なのだ。
出久は周囲を見る。
自分とは違う力を持つ仲間たち。
そして、その中にいる勝己。
強力な爆破の個性を持つ彼も。
その力を、どう使うのかを考えている。
「では、これから――」
13号が説明を続けようとした。
その時だった。
「……あれ?」
誰かが呟いた。
USJの中央。
何もなかったはずの場所に。
黒い霧が現れていた。
「何だ、あれ?」
「煙?」
黒い霧が、ゆっくりと広がっていく。
一人。
また一人。
霧の中に、人影が浮かび始めた。
「これも訓練なのか?」
誰かが口にする。
しかし。
出久は違和感を覚えた。
多すぎる。
訓練にしては、人数が多すぎる。
そして。
出久は相澤を見る。
いつもの気だるそうな表情が消えていた。
「……」
相澤が一歩前へ出る。
「動くな」
低い声。
空気が変わった。
「全員、一かたまりになれ」
生徒たちが戸惑いながら集まる。
「相澤先生……?」
「13号」
相澤が前を向いたまま告げる。
「生徒を守れ」
「分かりました」
13号が生徒たちの前へ出る。
その直後。
黒い霧が大きく膨らんだ。
――ドッ。
霧の中から。
次々と人影が現れる。
一人。
二人。
十人。
それどころではない。
あっという間に、USJの中央が人で埋め尽くされていく。
「……!」
出久が息を呑む。
「ヴィラン……?」
誰かが震えた声を漏らした。
その中から。
身体中に手を貼り付けた男が歩いてくる。
その隣には。
黒い霧そのもののような姿をした男。
「13号に……イレイザーヘッドですか」
黒い霧が静かに口を開く。
「先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」
出久の表情が変わる。
オールマイト。
その名前が出た。
ヴィランたちは、雄英の情報を知っている。
つまり。
これは偶然ではない。
身体中に手を貼り付けた男が呟く。
「せっかく大衆を引き連れてきたのにさ……」
その視線が、USJを見渡す。
「オールマイト……平和の象徴……」
そして。
「いないなんて……」
「子どもを殺せば来るのかな?」
出久の背筋を、冷たいものが走った。
これは訓練じゃない。
本物のヴィランだ。
相澤がゴーグルを下ろす。
「13号」
「はい」
「ここは任せる」
相澤が一歩前へ出た。
その姿を見て。
出久は息を呑む。
勝己も拳を握る。
「相澤先生!」
誰かが叫んだ。
だが。
すでに遅かった。
黒い霧が、一気に広がる。
「出久!」
勝己の声が響いた。
「かっちゃん!」
出久も手を伸ばす。
「大丈夫だ!」
勝己が叫ぶ。
「かっちゃん!」
あと少し。
届きそうだった。
けれど。
二人の間へ、黒い霧が入り込む。
「出久!」
「かっちゃん!」
伸ばした手は――。
届かない。
黒い霧が、二人の姿を包み込む。
「かっちゃん――!」
その声だけを残して。
二人の姿は――消えた。