黒い霧に包まれた瞬間。
出久の視界が、一気に暗くなった。
「かっちゃん!」
伸ばした手。
けれど。
その手は届かなかった。
次に視界が開けた時。
「……ここは?」
出久は周囲を見渡す。
瓦礫。
崩れた建物。
そして。
こちらへ向かってくる複数のヴィラン。
「緑谷ちゃん!」
声に振り向く。
そこにいたのは、蛙吹梅雨。
そして。
「麗日さん!」
「出久ちゃん!」
麗日お茶子もいた。
「二人とも、無事だったんだね!」
「うん!」
麗日が頷く。
「ケロ」
蛙吹も頷いた。
出久は二人の姿を確認する。
怪我はない。
なら。
次に考えるべきことは――。
「……ここから、どうするかだね」
出久は周囲を見渡した。
ヴィランは多い。
正面に三人。
右に二人。
さらに後方にも気配がある。
逃げ道は――。
「左は?」
麗日が尋ねる。
「……塞がってる」
出久は即座に答えた。
「でも、向こうに少し開けた場所がある」
「じゃあ、そこまで行けば――」
「待って」
出久が手を上げる。
「右の二人が動いた」
「え?」
「こっちに来る」
出久はヴィランの動きを見る。
そして。
二人を見る。
蛙吹。
麗日。
蛙吹は舌を使える。
機動力も高い。
麗日は、触れたものを無重力にできる。
自分には、救助用の装備がある。
捕縛用のロープ。
伸縮式の警棒。
簡単な応急処置道具。
戦うこともできる。
「……三人なら」
出久が呟く。
「やれる」
そう判断する。
ヴィランが迫ってくる。
出久は一歩前へ出た。
「蛙吹さん」
「ケロ」
「右のヴィランを――」
そこで。
言葉が止まった。
右。
その先には別のヴィランもいる。
蛙吹が動けば。
その隙に後ろから来るかもしれない。
もし。
自分の指示で。
怪我をしたら。
「出久ちゃん?」
麗日が出久を見る。
「……」
ヴィランが近づいてくる。
「緑谷ちゃん」
蛙吹が声をかける。
「どうする?」
出久は考える。
考えて。
考えて。
そして。
「……」
分かる。
何をすればいいのか。
どこに動けばいいのか。
どうすれば三人で戦えるのか。
全部。
頭の中にはある。
ただ。
自分が指示を出したことで。
二人が傷つくかもしれない。
その可能性が頭から離れない。
「……私が」
出久が小さく呟く。
「緑谷ちゃん」
蛙吹の声が、もう一度響く。
「緑谷ちゃんの指示に合わせるわ」
「え?」
「私は、緑谷ちゃんが見ているものを全部は見られない」
蛙吹は周囲を見る。
「だから、教えてほしい」
麗日も頷く。
「私も」
そして。
「出久ちゃんを信じるよ」
その言葉に。
出久は二人を見る。
信じる。
そう言ってくれた。
だったら。
自分も。
二人を信じなければならない。
「……分かった」
出久が立ち上がる。
一度だけ、深く息を吸う。
そして。
「蛙吹さん!」
「ケロ!」
「前の二人を止めて!」
「分かったわ!」
蛙吹が飛び出す。
舌が伸びる。
「捕まえた!」
二人の動きが止まる。
「麗日さん!」
「はい!」
「今!」
麗日が走る。
「二人に触れて!」
「分かった!」
麗日がヴィランに触れる。
「無重力化!」
二人の身体が浮き上がる。
「そのまま、あっちへ!」
「任せて!」
麗日がヴィランを運ぶ。
出久はロープを取り出す。
「麗日さん、そこで止めて!」
「うん!」
出久がロープを固定する。
「これで大丈夫」
宙に浮いたまま。
ロープでしっかり拘束されている。
「動けないわね」
蛙吹が確認する。
「うん!」
出久が頷く。
だが。
「まだ来る!」
出久が叫ぶ。
後方から、別のヴィランが迫っていた。
---
出久が指示を出す。
蛙吹が飛び出す。
麗日が触れる。
ヴィランの身体が浮く。
麗日が運ぶ。
出久がロープで拘束する。
一人。
二人。
三人。
確実にヴィランを無力化していく。
だが。
「出久ちゃん!」
麗日の声。
「上!」
出久が顔を上げる。
天井。
そこから別のヴィランが飛び降りてくる。
「――っ!」
出久が前へ出る。
警棒で攻撃を受け止める。
重い。
「緑谷さん!」
「大丈夫!」
踏ん張る。
押される。
けれど。
出久が身を引く。
ヴィランの体勢が崩れる。
「麗日さん!」
「うん!」
麗日が駆ける。
「触れた!」
ヴィランの身体が浮く。
「そのまま!」
出久がロープで拘束する。
「……これで」
「……終わった?」
麗日が周囲を見る。
「うん」
出久が答える。
蛙吹も確認する。
「もういないわ」
「……よかった」
出久が息を吐く。
「出久ちゃん」
麗日が笑う。
「すごかったね!」
「え?」
「すごく動きやすかった」
蛙吹も頷く。
「分かりやすかったわ」
「……本当?」
「うん!」
麗日が笑う。
「最初は少し迷ってたけど」
「……」
出久は苦笑する。
「やっぱり、分かっちゃった?」
「分かるよ」
「ケロ」
蛙吹も頷く。
「でも」
麗日が続ける。
「私たちに任せてくれたから、ちゃんと動けたんだと思う」
「……」
任せる。
出久は、その言葉を噛みしめる。
仲間がいるなら。
その仲間を信じる。
そして。
自分が見えているものを伝える。
それも。
ヒーローとして必要なことなのだ。
「……ありがとう」
出久が笑う。
「私も、もっと上手くできるようになるね」
「私たちも!」
麗日が答える。
「ケロ」
蛙吹も頷いた。
その時。
――ドンッ!!
遠くで大きな音が響いた。
三人が振り向く。
「今の……」
「向こうからね」
蛙吹が言う。
出久は耳を澄ます。
まだ戦っている。
誰かが。
「……行こう!」
出久が立ち上がる。
麗日が頷く。
「うん!」
蛙吹も続く。
「ケロ」
三人は走り出した。
USJの奥へ。
その先で。
何が待っているのか。
まだ知らない。
ただ。
出久は走りながら思っていた。
仲間を信じて。
仲間に任せる。
そして。
自分も。
仲間から任せてもらえる人間になる。
「……勝己」
小さく呟く。
きっと。
あの人も。
どこかで戦っている。
だったら。
自分も負けていられない。
三人の足音が。
USJの奥へと響いていった。