ヨキですが、静かに生きたいだけなんです。   作:千遇万歩

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第四章 東方司令部

 

 リゼンブールを発った列車は、ゆっくりと東へ向かっていた。

 

 車窓の向こうでは、青々とした草原が流れていく。

 

 その景色を眺めながら、ヨキは静かに息を吐いた。

 

 少し前まで。

 

 自分は「未来を知っている」ことしか取り柄のない人間だと思っていた。

 

 けれど今は違う。

 

 ニーナを救えた。

 

 エドワードたちへ、未来へ繋がる言葉を託すこともできた。

 

 小さなことかもしれない。

 

 それでも。

 

 確かに未来は変わり始めている。

 

(……まだ終わりじゃない。)

 

(ここからだ。)

 

 ヨキは窓へ映る自分の姿を見つめ、小さく頷いた。

 

◇

 

 翌日。

 

 東方司令部。

 

 見慣れた建物が視界へ飛び込んでくる。

 

 思わず頬が緩んだ。

 

「戻ってきたか。」

 

 玄関をくぐると、受付の者が笑顔で敬礼する。

 

「ヨキ中尉、お帰りなさい。」

 

「ただいま戻りました。」

 

 その言葉を返した瞬間、自分でも少し驚いた。

 

 "帰ってきた"。

 

 自然とそう思えたのだ。

 

◇

 

「おっ!」

 

 廊下の向こうから聞き慣れた声が響く。

 

「ヨキ中尉!」

 

 ハボックだった。

 

「無事だったんですね。」

 

「心配したんですよ。」

 

「ありがとう。」

 

「何とか帰ってこられたよ。」

 

 ハボックはヨキの姿をじっと見つめる。

 

「……あれ?」

 

「どうかしたかい?」

 

「いや。」

 

「少し身体、締まりました?」

 

「そう言われるのは、少し照れるね。」

 

「褒めてるんですよ。」

 

「ははは。」

 

「ありがとうございます。」

 

 その何気ない会話が、どこか心地よかった。

 

◇

 

 執務室へ入る。

 

「お帰りなさい。」

 

 最初に声を掛けたのはフューリーだった。

 

「お疲れ様でした。」

 

 続いてファルマンが立ち上がる。

 

「ご無事で何よりです。」

 

 ブレダは椅子へもたれたまま笑った。

 

「イーストシティの空気、忘れてませんでしたか?」

 

「忘れる訳ないよ。」

 

 ヨキも笑い返す。

 

 そのやり取りだけで、肩の力が抜けていく。

 

「ヨキ中尉。」

 

 静かな声がした。

 

 リザ・ホークアイだった。

 

「任務、ご苦労様でした。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨキは姿勢を正し、一礼する。

 

「ニーナちゃんは。」

 

「無事に預けられましたか?」

 

「はい。」

 

「とても良い人たちに。」

 

 ホークアイは小さく微笑んだ。

 

「それは良かった。」

 

 その一言だけだった。

 

 だが、その優しさが嬉しかった。

 

◇

 

「中尉。」

 

 奥から聞こえた低い声。

 

 マスタングだった。

 

「戻ったか。」

 

「ただいま戻りました。」

 

「報告書は。」

 

「すでにまとめてあります。」

 

 ヨキは鞄から書類を差し出す。

 

 マスタングは受け取ると、軽く目を通し、小さく笑った。

 

「相変わらず仕事が早い。」

 

「性分ですので。」

 

「その性分は助かる。」

 

 マスタングは書類を閉じた。

 

「ご苦労だった。」

 

「少し休め。」

 

「……ありがとうございます。」

 

 その一言だけで十分だった。

 

◇

 

 それから、しばらくの日々が過ぎた。

 

 ヨキは東方司令部での生活を再び送り始めていた。

 

 朝は書類整理から始まり。

 

 巡回。

 

 情報共有。

 

 小さな事件の対応。

 

 そして、時間を見つけては訓練場へ向かう。

 

 派手さはない。

 

 それでも、一つひとつが人々の暮らしを守るための立派な仕事だった。

 

◇

 

「少尉。」

 

「今日もお願いします。」

 

 ヨキはハボックに声を掛ける。

 

「もちろんですよ。」

 

 二人は向かい合う。

 

 訓練は以前より長く続くようになっていた。

 

 訓練を終えたハボックは、額の汗を拭いながら笑った。

 

「やっぱり変わりましたね。」

 

「そうかな。」

 

「ええ。」

 

「身体も締まりましたし。」

 

「それだけじゃない。」

 

「顔つきまで変わりました。」

 

「初めて会った頃より、ずっと武人らしくなりましたよ。」

 

 ヨキは照れくさそうに笑う。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」

 

「まだまだだけどね。」

 

「その『まだまだ』って思える人ほど伸びるんですよ。」

 

 二人は笑い合った。

 

◇

 

 司令部へ戻ると、いつもの仲間たちがいた。

 

「ヨキ中尉!」

 

 フューリーが通信機材を抱えながら駆け寄ってくる。

 

「新しい通信装置が届いたんです!」

 

「前より性能が良くなったんですよ!」

 

「そうなのか。」

 

「今度見せてくれるかい?」

 

「もちろんです!」

 

 その横で、ブレダが笑い掛ける。

 

「中尉。」

 

「今日も訓練だったんですか?」

 

「ええ。」

 

「まだまだ鍛え足りなくてね。」

 

「はは。」

 

「俺も負けてられませんね。」

 

 ヨキも笑って頷いた。

 

「お互い、頑張ろう。」

 

 さらに奥では、ファルマンが本を閉じる。

 

「そういえば中尉。」

 

「東方の古戦場について、新しい資料が見つかったんです。」

 

「また興味深い内容でして……。」

 

 その話は十分以上続いた。

 

 ヨキは最後まで笑顔で聞いていた。

 

◇

 

 夕方。

 

 執務室を出ると、マスタングとホークアイの姿があった。

 

「訓練帰りか。」

 

 マスタングが声を掛ける。

 

「はい。」

 

「ハボック少尉に、毎日のように鍛えていただいております。」

 

「そうか。」

 

 マスタングは小さく頷いた。

 

「いい顔だな。」

 

 短い一言だった。

 

 だが、その言葉が何より嬉しかった。

 

「ありがとうございます。」

 

 ヨキは自然と背筋を伸ばしていた。

 

◇

 

 一方、その頃――。

 

 薄暗い部屋。

 

 ラストは静かに紅茶を口へ運んでいた。

 

 傍らではグラトニーが退屈そうに椅子へ座っている。

 

「ラスト。」

 

「マルコーは?」

 

「まだ。」

 

「放っておくわ。」

 

 ラストは穏やかに答える。

 

「人柱になり得る存在だもの。」

 

「今、消す理由はない。」

 

 その時だった。

 

 部屋へ低い声が響く。

 

「その判断で構わん。」

 

 姿は見えない。

 

 だが、その声だけで十分だった。

 

 大総統――ブラッドレイ。

 

「監視を継続しろ。」

 

「エルリック兄弟。」

 

「そして。」

 

「ヨキ中尉もだ。」

 

 ラストは静かに微笑む。

 

「ええ。」

 

「彼は。」

 

「思っていたより、ずっと面白い人だったわ。」

 

 グラトニーが首を傾げる。

 

「食べちゃだめ?」

 

「まだ駄目。」

 

 ラストは小さく笑う。

 

「もう少し。」

 

「彼を見ていたいもの。」

 

 部屋は再び静寂へ包まれた。

 

◇

 

 数日後。

 

 東方司令部。

 

 一通の封筒がヨキの机へ置かれた。

 

 見慣れた軍の封印。

 

 ヨキは静かに封を切る。

 

 書かれていたのは、たった数行。

 

 ――中央司令部勤務を命ずる。

 

 その文字を見つめたまま、ヨキは静かに目を閉じた。

 

(……来たか。)

 

 覚悟はしていた。

 

 だから驚きはしない。

 

 だが。

 

 胸の奥が少しだけ締め付けられた。

 

◇

 

 辞令を手に、マスタングの執務室を訪れる。

 

「失礼します。」

 

「入りたまえ。」

 

 マスタングは辞令を見ると、小さく頷いた。

 

「……そうか。」

 

「届いたか。」

 

「はい。」

 

 短い沈黙。

 

 やがてマスタングは静かに笑った。

 

「おめでとう。」

 

 ヨキも微笑む。

 

「ありがとうございます。」

 

◇

 

 荷物は多くなかった。

 

 もともと必要以上の物を持つ性格ではない。

 

「行っちゃうんですね。」

 

 フューリーが寂しそうに笑う。

 

「また通信してください。」

 

「ああ。」

 

「必ず。」

 

 ブレダが笑顔で右手を差し出した。

 

「中央でも頑張ってください。」

 

「応援してますよ。」

 

 ヨキはその手をしっかりと握る。

 

「ありがとうございます。」

 

「頑張ってきます。」

 

 ファルマンは本を胸に抱え、一礼した。

 

「歴史の続きは、また今度お話ししましょう。」

 

「楽しみにしています。」

 

 最後にハボックが右手を差し出した。

 

「中尉。」

 

「向こうでも訓練、頑張って下さい。」

 

 ヨキは力強く握手を返す。

 

「ああ。」

 

「今まで、本当にありがとう。」

 

「君のおかげで。」

 

「少しだけ、自分に自信が持てるようになった。」

 

 ハボックは少し照れくさそうに笑った。

 

「そんなこと言われると照れますよ。」

 

「でも。」

 

「次に会う時は。」

 

「もっと強くなった中尉を楽しみにしてます。」

 

「私も。」

 

「その日を楽しみにしているよ。」

 

◇

 

 最後に。

 

 ホークアイが静かに敬礼した。

 

「ご武運を。」

 

 ヨキも真っ直ぐ敬礼を返す。

 

「ありがとうございます。」

 

◇

 

 司令部の玄関。

 

 マスタングが最後に声を掛ける。

 

「中尉。」

 

 ヨキは振り返る。

 

「中央でも。」

 

「君らしくあれ。」

 

 その言葉に。

 

 ヨキは真っ直ぐ敬礼した。

 

「はい。」

 

「行ってまいります。」

 

◇

 

 列車が静かに動き出す。

 

 東方司令部が少しずつ遠ざかっていく。

 

 ヨキは窓越しに、その景色をいつまでも見つめていた。

 

(ありがとう。)

 

(いい仲間に出会えた。)

 

(だからこそ。)

 

(次も。)

 

(必ず守り抜いてみせる。)

 

 列車は速度を上げる。

 

 その先に待つのは――中央。

 

 アメストリスの中心。

 

 そして。

 

 すべての運命が交わる場所だった。

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