赤黒い塊が濁流のように押し寄せてくる。
地面に転がる
何十人もの集団が通れるほど広く、そして高い洞穴内に、どう猛な雄叫びが
『──ヴヴオオオオオオオオオオッッ!!』
『ヴオオオオオオオオンッッ!!』
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ────ッッ!』
17階層最奥の大広間、『嘆きの
『ヴオオオオオオオオオオン!!』
「参ったなこれは。何匹いるんだこいつら」
フェアは刀を
まとめてずれ落ちる赤黒い上体。暗い赤の刀身が猛牛の血液を吸い上げ、とくんとくんと発光する。階層主はいないものの、現在進行形で冒険者達は足止めを食らっていた。
「あーもー、なんなのこいつら! 倒しても倒してもキリがない! こんなのほっといたら死人が出るじゃん! めんどくさいなぁ、もう!」
ミノタウロスの
「ていうか魔法で吹っ飛ばしてよ! フィルヴィース! よわよわアポロの火力じゃ時間かかるから、フィルたーん! 全滅するまで魔法でぼかんばかん焼いちゃってよー!」
「誰がフィルたんだッ。私はそのような無様な名前ではない!」
「誰がよわよわアポロだ! 私はヒュアキントス・クリッッ!! ええいっ、なんだこの夥しい数のミノタウロス共はっ!」
「クリ? クリって言った!? うわぁやらしー!」
「意味がわからんぞ少しは静かに出来んのかッ!」
開戦から五分程度。
飽きっぽいリディスは早くも飽きてきたので、一番頼りになる攻撃魔法持ちを催促する。言いつつもワイシャツのネクタイをひらひらさせながら、ミノタウロスを四体連続で瞬殺した。
真っ赤に染まった銀剣が、猛牛の首をすぱんはすぱぁんと跳ね飛ばしていく。
「殺傷力高いですね、相変わらず!」
「君もね! そうやって血だらけになってると、まんま妖刀だねふふふっ!」
リディスの背中の後ろで煌めく一刀。
赤褐色の刀の銘は《
極東由来の
リディスの言う通り妖刀そのものだ。
ちなみに
『ヴオオッ!?』
「しつこいオスは嫌いだよ! せいやッッ!」
断末魔にかき消される軽快な音。
高速で飛んでいった頭部は白髪の男の後頭部へと一直線。フェアは即座に危機を察知すると、振り向きざまに回転蹴り。ミノタウロスの顔面ごと、周囲の猛牛達を吹き飛ばした。
「──リディスさん、何するんだ! ミノタウロスの顔面とか汚いでしょうが!」
「ひひっ、それじゃ私の顔ならどーかな?」
「美人ですね78点をあげましょう!」
「うわぁなにそれ、ちょっと微妙な気持ちになったなぁ! せめて80点にしなさいよ!」
ギャーギャー騒ぎながら背中をくっつけ、猛牛大行進のど真ん中で暴れまくる。
呼吸を合わせることは考えない。刀と短剣は出鱈目な軌道を描き続けているが、事故が起こることはない。それぞれの刀身はうまいことお互いの体を
「あ、そうだ! どさくさに紛れておっぱい触らないでね! パイタッチは禁止!」
「しませんよこんなとこで! んなことはどうでも良いからさっさと離脱しません? 俺達がど真ん中にいるせいで、フィルヴィスさん魔法撃てないから」
フェアの白い髪から汗が飛ぶ。
右側面の方向にいるのはフィルヴィスである。体術でミノタウロスをぼっこぼこにしつつ
このまま撃つと群れの中央にいる二人を巻き込んでしまう。なお、フィルヴィス・シャリアは気が長い方ではないので、あまり遊んでいると焼いてくる可能性は大である。
「はいはいわかりましたよ
「二十匹くらい逃げてったミノタウロスを追っかけていきました。見てなかったんですか?」
「君の視線が気になってさぁ。そんなに私のおちちが気になるのかな〜? たしかに、男が好きな体型はしてるって自覚はあるけど〜」
フェアは『このクソメスガキが□※**ぞ!』、とかは言わなかった。七割くらいの確率で罵倒してくるかと思ったが、意外と冷静な対応をみせる。
戦いながらリディスの後頭部を軽く小突くと、「さっさとしろ」と冷たく一言。リディスは
「あんまりふざけてると、本当に揉みしだきますよ。俺がランクアップしたら」
「なんだその弱気。強気に見せかけて弱腰! そんなにLv.6が怖いのかね。嘆かわしいなぁ〜、君の性欲はそんなものか!」
「うるさいよ! 大声で性欲とか言うな!」
あーほんと面白い。楽しい。
かつては見ているだけで気が滅入るほど暗かった時期もあったが、気長に観察してきて本当に良かった。
昔からフェアはリディス・カヴェルナのお気に入りである。初対面で嫌われてしまったからムキになって交流を続けていたら、いつの間にか最も息の合うパーティメンバーになっていた。人生わからないもんだ。
「それにしてもっ、いつもより頑張ってるみたいだね〜? 動きが気合入ってるよ。でも、多く倒したからって私のおちちは揉めないぞ?」
『ヴオッ!?』
「戦いながら寄せて上げるな! サラシでも巻いてくれませんか集中できないから!」
『ヴオオオッ!?』
いやー、愉快愉快。
どさくさに紛れて何度かパイタッチされたことに、リディス・カヴェルナは気づいている。戦闘中に痴漢されるなんて中々できない経験だ。ぞくぞくして愉快だったから咎めるのは勘弁しておいてやろう。
お返しにパンチラでもしてやるか、と次なる動きを考えていると
「【ディオ・テュルソス】!」
「えっ、嘘だろフィルヴィスさ」
「あれっ」
凄まじい雷鳴と燃焼音が発生し、目の前が真っ白に染まった。痺れを切らせたフィルヴィスが魔法を発動させたのである。リディスは猫型の目をあらんばかりに見開き、焼かれた。同じく目をかっ開いているフェアも、一緒に焼かれた。
「──あきゃぁぁぁぁああああっ!」
「──うおぉぁぁぁぁああああっっ!」
『『『──ヴモオオオオオオオオオオッッ!?』』』
ミノタウロスは次々と命を散らせて灰と化し、二人は感電したまま埋められた。酷いエルフである。
◆
「なんだったんだ……五十匹を超えるミノタウロスが同時出現とか、見たことない。おかしいですって流石に」
「なんなんだろーね。この
無事にミノタウロス大軍団を殲滅した後、フェア達は後始末に追われていた。
モンスターというのは魔石が消失すると灰になる。
抜き取るか完全に砕くか、どちらかすれば完全消滅ということになるのだが、二十匹そこそこの死骸が残ってしまっていた。どれもこれも魔石がひび割れてはいるが、粉砕とまではいかなかったのだ。フィルヴィスの魔法に
「ほんとなにこれ、こいつの魔石だけ
「そんな祈りの言葉はない。……うーん、気持ち悪い色ですね。こんな魔石は見たことない」
しゃがみ込んでいるリディスの後ろで、膝に手をついて中腰の格好。金の髪の上に体を寄せて覗き込むと、零れ落ちそうな双丘──ではなく、綺麗な手の中で魔石が光を放っていた。
通常の魔石は紫の光を色を帯びているが、リディスが手にしているのは極彩色。どう考えても異常だ。
「その魔石が出てきたミノタウロス、やけに臭くなかったですか?」
「それと脂ギッシュだったね。ダラダラ汗かいてて、放置したヘルメス様のパンツみたいな匂いがしてた」
「嘘だろ……なんか嫌なんですけど」
「嘘だよ。だから、ヘルメス様を嫌いにならないであげて……おねえちゃんのお願い♡ 一週間分のおねがい♡」
そこは一生じゃないのか。一週間分ってそこまで大したことないだろう。
フェアはヘルメスに祈りを捧げると、更に身を乗り出した。ぐぐっと手を伸ばして、幼顔に合わせちゃいけない大きなマシュマロ──ではなく、手の中の魔石を取り上げる。
「びっくりした〜、お
「揉んでますけど硬いですね。ゴツゴツしてる。触り心地は最悪だ。手が痛くなる」
「ひっでぇ、女の子に向かってなんてこと言うんだ! この人でなしめぇ!」
「フィルヴィスさん、この魔石……ちょっと気持ち悪い。大丈夫ですか?」
「うわぁすっばらしいスルースキル。私じゃなきゃキレてたわ。ぶっとばすぞ貴様」
「キレてるじゃないですか先輩」
「塩対応だー、うわーん」
顔を手で覆って嘘泣きを始めたリディスを放置し、近付いてきたエルフの娘に魔石を見せる。
フィルヴィスは露骨に顔をしかめた。寒いかけあいに気分を害したわけではなく、汚物を見るような瞳は魔石だけに注がれている。
「……かなり気持ち悪いな。あまり近づけないでくれ。それは多分、よくないものだ」
「そうですか。なら仕方ないな……俺が持ちます。そんなもん、リディスさんに持たせるわけにはいかないし、ヒュアキントスさん達にも持たせたくない。かといって破壊する気にもなれませんし」
座り込んでいるヒュアキントスのもとへ向かい、彼が持っている
ややあって小さな皮袋を取り出すと、その中に魔石を突っ込む。ゴソゴソと音を立てて、
その様子については他の面々も見ていたが、魔石について心当たりのある者はいなかった。
「シャクティさん達は、何か思い当たることあります? 極彩色の魔石について」
「すまん。私は見当もつかない」
「右に同じだ。【ガネーシャ・ファミリア】の一員として多くのモンスターと触れ合ってはきたが、今みたいな魔石の色は見たことがない」
シャクティもハシャーナも厳しい表情。前代未聞の謎の魔石、そして通常ありえない規模のミノタウロスの大量発生。深刻な反応になるのも当然だろう。
「爺さんは?」
「何かあれば、既に口に出しているわ。全く……始まって早々に
ノアールは白い髭の上に指を滑らせ、懐から
「とりあえず──ミノタウロスの大量発生は止まったようだ。フェア、いつまでもここにいても仕方がないぞ。【ロキ・ファミリア】に追いつく必要はないが、あまり離されるのも宜しくない」
「ですね。せっかくモンスターを減らしてくれてるんだから、ある程度はついていかないと」
超爺さんの声に頷き、最奥の闇を睨みつける。
この大広間──『嘆き大壁』を抜ければ、安全階層の18階層。リヴィラの街だ。
アレン・フローメルはどこまで進んだのかは知らないが、とりあえずリヴィラに立ち寄ってみることにする。アレンを探すついでに、ミノタウロスの件も伝えておいた方がいいだろう。
「フィルヴィスさん、大丈夫ですか」
「ああ。袋に入れたら大分マシになった。隣を歩いてもらっても問題ない」
フィルヴィスは涼しい顔でうなずいた。
フェアは彼女の様子を確認してから皆を見渡し、連絡通路に向かって歩みを進める。
顔には出さないが、心が一気に重くなった。
フィルヴィスが拒否反応を示すということは、極彩色の魔石は精霊絡みの可能性が大。この後、ろくでもないものが出てこないことを祈るばかりだ。
◆
史上最短でLv.2への
彼はサポーターの少女を救ったらしい。
リディスの調べによると既に二度。
彼は
一度目はキラーアントの群れに食い殺されかけていたところを。その直前、ベル・クラネルはリリルカに
(【ソーマ・ファミリア】。あそこは酷いからな。肥溜めどころじゃない。生まれた瞬間から搾取され続ける牢獄。あんなところに生まれた時点で人生ハズレ。真っ当に生きるなんてまず不可能。だからってそんなこと、他の人にはなんの関係もないわけだけど……)
このオラリオでは騙された方が悪い。だから当人達が納得しているなら、リディスはなんとも思わない。
ただ、皮肉な話だとは思った。
ベル・クラネル共々ミノタウロスに襲われた時、リリルカ・アーデはまたしても死にかけるも、奇跡を起こした少年によって救われた。それが二度目だ。
対して八年前のフェア・アージュ、いや、ここでは
フェア・クラネルは一度目で終わった。あの時は13階層にゴライアスが出現して、同行していたサポーターの女は
「そういえば、【リトル・ルーキー】。
「でしょうね。英雄好きだし新しいものにも目がないですから、あの神様。まあいいんじゃないですか。スケベではあっても邪神ではないし、社会勉強させてもらうには丁度いい」
「そいつぁ褒めてるのか貶してるのか……リディスおねえちゃんにはわからないなぁ! アハハ! 貶すなら付き合うよ。ガンガン悪口を言い合おうぜ☆」
「チクられそうだから嫌です」
当時、リディスは運悪く乱戦に巻き込まれ、守れなかった側となった少年のことはどうにか守った。
しかし結局ゴライアスは倒せなかったし、その件でものっすごい八つ当たりをされることになってしまい……お姉さんは少しばかり傷つく羽目に。
クソ野郎共から悪口を言われるのは慣れっこだが、年の離れた少年から
だが、罵られるのも当然。彼が仲の良かったサポーターを
防御が間に合わなかったから、助けに入ろうとした彼を止めた。共倒れになると思ったし、止めなければ間違いなく死体が一つ増えていただろう。
その後はしばらく接点がなかったが、半年後くらいに急に謝罪されて、そこからは何かと気にかけるようになっていった。かなり苦い思い出である。
『あなたは悪くない、助けてもらったのに酷い態度を取って申し訳なかった、ありがとう』──十歳そこそこの少年が理不尽を受け止め、そんな言葉を口にしたのだから、中々にクルものがあった。
だから、次に同じようなことがあった時は、同じ轍は踏むものかと決意して。おかげで死に物狂いで強くなることができたが、どれだけ自分を磨いても過去は戻ってこない。
皮肉な現実は何も変わらないのだ。
「18階層リヴィラ……特に変わった様子はないな。私は少し街を回ってこようと思うが、お前達はどうする?」
辿り着いたリヴィラの街。
一番先に入口──アーチ門の下に辿り着いたエルフの娘が、濡れ羽色の髪を揺らして振り返る。
「アレンさんがいるかもしれないから、俺も街をグルっと回るよ。後はボールスさんにも会っておきたい。ミノタウロスのことは伝えないとだし。できれば地上に伝令を走らせて貰いたいところだけど、そこはリヴィラの主次第。ボールスさんがどう判断するかだな」
ボールス・エルダー。
無法者が集まるリヴィラの顔役の男で、腕っ節に自信のあるLv.3。ミノタウロス大量発生についてはひとまずボールスに伝えておけば、後は
「ボールスか。そうだな。ミノタウロスの件については、あいつに押し付けておけばいいだろう」
「ですね。ついでに極彩色の魔石も渡しちゃうかな。もしギルドに使いを出してくれるなら、一緒に持って行ってくれると助かる。なるべく早く、神ウラノスに確認してもらった方がいいですからね」
フェアの言葉に異論を唱える者はおらず、一行はリヴィラに入った。
「それなら、私は街をぶらつきがてら
リヴィラの街の入口付近。
出店風の多くの商店が連なる手前で、フィルヴィスがヒュアキントスをじろりと見る。口から出てきたのはごく普通の提案だったが、ヒュアキントスは不機嫌な声を発した。
「ふん……勝手に持っていけばいいだろう」
「ぶんどっていいと言うことか? ならば力づくで剥ぎ取るぞ貴様」
態度の悪い太陽の眷族に、白い妖精は右手の指をポキポキと鳴らす。
「ちょっとちょっと、やめなって。乱闘とか勘弁してよねメンドクサイ」
「ヒュアキントスさん、喧嘩を売る相手は選んだ方がいいよ……まじで」
放っておけば戦闘でも始まりそうな雰囲気だったが、フェアとリディスが即座に制止。ヒュアキントスは肩をすくめ、持っていたバックパックを投げ捨てた。
「なんて態度の悪い奴だ……リディス、お前が少し煽りすぎたのもあるんじゃないか?」
「てへぺろ」
「おい」
リディスは素知らぬ顔で舌を出し、フェアにくっついてボールスに会いに行くことに決める。
「それじゃ、用事が済んだらアーチ門の前に集合で。行動開始といきますか。ああ、ノアール爺さんは飲み過ぎないように」
「わかっとるわ。無用な心配だ、フェア。俺は時と場合を考えられる男だぞ」
そんなわけで行動開始。
しかし、歩き出してすぐに衝撃の事実が発覚する。
街の冒険者の話によると、アレン・フローメルは、どうやら先に進んでしまったらしい。
あの猫さんはいる意味あるのかとリディスは思った。メンバー表の『にゃーお』は塗り潰すべきかもしれないとも。
◆
筋骨隆々の巨漢が眉間に
凶悪な人相に黒い眼帯をつけた、いかにもな風貌の男、ボールス・エルダー。袖無しの
「ミノタウロス大行進……ったく、五十匹以上の同時発生なんざ前代未聞だぞ。どうなってやがる」
そのように吐き捨てる彼は、この『リヴィラの街』の顔役であり事実上の
「あぁ、面倒くせえ。昨日あたりから妙なことばかり起こりやがる……」
「昨日? ボールスさん、なんかあったんですか?」
「ああ、あった。どうせすぐにわかることだから言っちまうが、
「殺し? 抗争でもあったんですか? それともタダの喧嘩?」
「知らん。とりあえず冒険者が三人死んだ」
フェアの濁った赤い瞳の先で、
殺し。モンスターによる被害ではなく、人間が人間を殺したということだろう。
この
ただし、殺人に関しては別。ボールス側としても
「三人か。犯人は?」
「その三人全員だ」
「は?」
「人気のねえところで三つ巴の殺し合い。んで仲良く天に召されたってわけだ。おかげで腐った死体が三つも増えやがった。迷惑な話だぜ」
ヤレヤレと手を広げるボールスの前で、フェアは
「愚かなゴロツキ共が勝手に喧嘩を始めていつの間にか死んでいた。そういう、救いようのない話ということか?」
「ま、そういうこったな【
「フン……余計な詮索をするな」
ヒュアキントスがそっぽを向く中、口を開くのはリディスである。
「こいつはほっといていいよ。で、続きを話してよボールス。妙なことって言ってたんだし、ありふれた殺しじゃないってことでしょ? たとえば死体とか。どこか気になるところでもあったわけ」
「いや、死体は別に普通だった。傷も普通に刺し合っただけ。最後にそいつらを見た奴らに話を聞いたんだが、かなり飲んでたみたいだ。多分、酔っぱらい同士のイザコザがヒートアップしちまったんだろ」
だったら何が妙だと言うんだろうか。
リディスが新たな質問をする前に、今度はフェアが先に口を開く。
「妙なこと
ボールスは「ああ……」と苦い顔で、右の手首から乾いた音を鳴らす。自分のこめかみを二度ほど、トントンと叩いて首も鳴らした。
「まだ断言はできねえが、どっかの神が潜り込んでるかもしれねえ。森の中で見たやつがいた。まあ、殺人事件とは関係ないだろうが……」
ボールスの声がトーンダウンする。表情はかなりしょっぱいものになっているが、それはそうだろう。
ダンジョン内に神がいるかもしれない。それだけで
ダンジョンは神を憎んでおり、侵入したことがバレると抹殺しにかかってくる。神威を発散したりしたら最悪だ。八年前の13階層のゴライアスがそうだったが、ああいった
「おいおい……物騒な話になってきましたね。たしかなんですか、それ」
「多分だ。雰囲気でそう見えたってだけで、単なる勘違いかもしれねえが」
「ボールス、そいつは一人でいたの? 森の中に?」
リディスの質問を受けて、ボールスはため息を漏らした。少しの沈黙の後、重々しい声を発する。
「いいや、
人数にして十人程度。神とみられる男を囲んで森の中を進んでいき、19階層方面に向かったとのこと。
目撃者はとある冒険者パーティで、リヴィラの住人ではない少女達。本日未明、ギルドに報告するため地上に向かったので、今はもうここにはいない。
「白装束……まさか残党ですか? 闇派閥の」
フェアは低い声を発する。
闇派閥。イヴィルス。それぞれが崇める邪神のもと、混沌を望んでいた破壊者共。
気味の悪い白装束は奴らの
「残党が闇派閥の復興を目論んでるとか、ですかね?」
「多分そうだとは思うが、新しい狂信者集団って線もある。闇派閥なんざ、今はもう幹部は全員死んでるはずだからな」
ボールスは長い溜め息を吐いた。
四年前の時点で幹部クラスは全滅したはずだが、遺志は生き続けているということだろうか。
正義が巡るように、悪意もまた継承されていくもの。そういう話をアストレアから聞いたことがあるが、もしそうだったとしたら頭の痛い話だ。そうでないとしても憂鬱なことに変わりはない。どう考えてもろくな連中ではないだろうから。
「──まあ、話はわかりました。こちらでも気をつけておきます。50階層への道すがら、怪しい奴らがいたら捕縛するか、その場でカタをつけますよ。そういうわけなんで、よろしくリディスさん」
「あはははは、おねえちゃんに丸投げはやめてね」
「何言ってんだ妹」
「私のお兄ちゃんはヘルメスさまだけ♡」
小さな手でハートを作るリディスの顔には、ニタニタと下品な笑みが浮かんでいた。よく分からない反応だが、元気そうでなによりだ。
「ボールスさん、耳寄りな話はそんなところですか?」
「ああ。そうだ。それと、ミノタウロスの件はギルドに使いを走らせる」
「おぉ、素直じゃんボーちゃん。珍しいなぁ水晶の雨でも降ってくるかな?」
「うるせえぞ純情雌猫ビッチ野郎」
「そうだ、黙っていろ薄汚い売女が」
「誰がビッチかぶっ殺すよー?」
「お前らが感じる違和感は大体ロクな事にならねえからな。念には念をってことだ」
「聞けよ見掛け倒しの腹筋野郎」
フェアは両手を上げてヤレヤレの構え。
凄むリディスを「まあまあまあ」と宥める。
どさくさにまぎれて膝で臀をキックしながら、出口の方へと移動させていく。
「あぁん! って鳴けばいい?」
「品がないから興奮しない。以上」
「またまたぁ。そんなこと言って、顔が盛ってるぞ☆」
ボールスもこちらの話をわかってくれたところで、挨拶を済ませて部屋を出た。リディスは全くわかってくれていなかったが、いつものことなので軽く流してハイ終了。
本音を言うと品がないとは思わないが、彼女に真面目に接してもからかわれるだけだ。雑にあしらっているくらいで丁度いい。本人もそういうのを喜んでいる節があるし、ウィンウィンの関係である──とフェアは考えている。
◆
「すまん、少し酔っ払った。しばらく後衛で休ませてくれ」
超爺さんは、真っ赤な顔で頭を下げた。
なぜか細剣を抜刀しており、足取りはなんと千鳥足。一歩踏み出せばグラリと揺れるその姿は、さながら酔拳の使い手である。
どうやら小休止の間に強い酒を飲んだらしく、酔っ払ってしまったようだ。引退済みの爺さんとはいえ、どうしようもない行動と言わざるを得ない。
「ハシャーナさん、おんぶできる? このお爺さんを運搬してあげて欲しいんだけど……」
「フェア、おんぶするなら美女がいい。だが、このパーティーにいる奴らはダメだ。【
フェアは即座に運搬係にハシャーナを指名。しかし、ハシャーナは声を大にして主張した。
男はおんぶするつもりはない。しかし、パーティにいる女性ではダメだと、悲しそうに唇を噛み締め
「──ハシャーナ、貴様、
「ギャアアアアアアアすまんっ! 悪かった団長! だから槍で刺すのをやめっ、うぎゃああああッッ」
シャクティの槍に貫かれた。股間を。
とても痛そうだったから、フェアは目を逸らしてフィルヴィスの脚を見た。少しして視線を戻すと、
◆
順調だ。
【ロキ・ファミリア】の
18階層までは部隊を二つに分けて進行。これは前回までの流れと同じで、主に上層で動きにくくなるのを防ぐため。上層──中層の前半もそうだが、あまり多くの人数で進むと
また、主力以外に経験を積ませるため、という目的もある。そのため幹部をはじめとした主戦力は先行部隊に集中しており、後発部隊の第一級冒険者はガレス一人だけであった。
「結構順調ね。前回よりもちょっとだけペースが早い。この調子で一気に進んでいきたいけど、絶対なにか起こるんだろうなぁ……」
「不吉なこと言わないで欲しいっす、アキ……」
団員達は緊張感を保ちつつも、良い意味で肩の力が抜けている。特に派閥の中堅どころ、次期幹部と期待されている者達は遠征慣れしてきたのも大きい。
アリシアもその一人だ。
何度も経験してきたおかげで、昨年あたりから
だから、細かいことにも気が回るようになった。
「うーん……」
「レフィーヤ、どうかしましたか?」
「いえ、気のせいだと思うんですけど、普段よりもモンスターが少ないような……?」
隣を歩く後輩エルフ。レフィーヤ・ウィリディスに言われて、ぐるりと周りを見渡してみる。
やはりモンスターが少ない。前回の半分とは言わないが、七割程度だろうか。しかも大群との
スイスイ進めて楽なのはたしかだが、普段と違うというのはあまり宜しいことではない。
ダンジョンというのは
そういう時は決まって
警戒しておくに越したことはない。
「レフィーヤ、敵が少なかろうが多かろうが、やるべきことは変わりませんよ。常に万全を。日頃からリヴェリア様も仰っておられるでしょう?」
「はい。わかってます」
首を縦に振った後輩に頷き返す。
現在地24階層。間もなく『大樹の迷宮』を抜けて、下層域へと突入する。
光の先に見えているのは大瀑布。
涼やかな