フェア・クラネルの嫁作り   作:パーンダ

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誤字報告などありがとうございます。



フェア√①リヴィラへ

 赤黒い塊が濁流のように押し寄せてくる。

 地面に転がる怪物(モンスター)の死骸など意に介さず、ぐちゃりと踏み砕きながら驀進(ばくしん)してくる猛牛(ミノタウロス)の群れ。

 何十人もの集団が通れるほど広く、そして高い洞穴内に、どう猛な雄叫びが(とどろ)いた。

 

『──ヴヴオオオオオオオオオオッッ!!』

『ヴオオオオオオオオンッッ!!』

『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ────ッッ!』

 

 

 17階層最奥の大広間、『嘆きの大壁(たいへき)』。

 階層主(ゴライアス)の出現地点だが、フェア達の予想通り【ロキ・ファミリア】が討伐済み。通常、階層主の再出現(リポップ)には一ヶ月の間隔(インターバル)が必要だ。そういうわけなので今回は悠々と通過できるかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。  

 

『ヴオオオオオオオオオオン!!』

「参ったなこれは。何匹いるんだこいつら」

 

 フェアは刀を()いで、ぼやいた。

 まとめてずれ落ちる赤黒い上体。暗い赤の刀身が猛牛の血液を吸い上げ、とくんとくんと発光する。階層主はいないものの、現在進行形で冒険者達は足止めを食らっていた。

 

「あーもー、なんなのこいつら! 倒しても倒してもキリがない! こんなのほっといたら死人が出るじゃん! めんどくさいなぁ、もう!」

 

 ミノタウロスの()()()()で、リディスが唇を尖らせる。くるくると回転しながら目に入った敵を切りまくる、その姿は渦巻きのようであった。津波の中に生まれた不自然な渦。ミノタウロス程度ならいくらだって倒せるので、彼女は適当な惨殺を続けていた。

 

「ていうか魔法で吹っ飛ばしてよ! フィルヴィース! よわよわアポロの火力じゃ時間かかるから、フィルたーん! 全滅するまで魔法でぼかんばかん焼いちゃってよー!」

「誰がフィルたんだッ。私はそのような無様な名前ではない!」

「誰がよわよわアポロだ! 私はヒュアキントス・クリッッ!! ええいっ、なんだこの夥しい数のミノタウロス共はっ!」

「クリ? クリって言った!‍? うわぁやらしー!」

「意味がわからんぞ少しは静かに出来んのかッ!」

 

 開戦から五分程度。

 飽きっぽいリディスは早くも飽きてきたので、一番頼りになる攻撃魔法持ちを催促する。言いつつもワイシャツのネクタイをひらひらさせながら、ミノタウロスを四体連続で瞬殺した。

 真っ赤に染まった銀剣が、猛牛の首をすぱんはすぱぁんと跳ね飛ばしていく。

 

「殺傷力高いですね、相変わらず!」

「君もね! そうやって血だらけになってると、まんま妖刀だねふふふっ!」

 

 リディスの背中の後ろで煌めく一刀。

 赤褐色の刀の銘は《燈籠枝垂(とうろうしだれ)》。

 極東由来の()()()()が素材として大量に練り込まれており、敵を殺すほどに自分の出血が抑えられる特殊効果を持っている。

 リディスの言う通り妖刀そのものだ。

 ちなみに特殊武装(スペリオルズ)不壊属性(デュランダル)。何回か魔法で砕けたことがあって、その度に莫大な金を払って打ち直してきた歴史がある。

 

『ヴオオッ!‍?』

「しつこいオスは嫌いだよ! せいやッッ!」

 

 断末魔にかき消される軽快な音。

 高速で飛んでいった頭部は白髪の男の後頭部へと一直線。フェアは即座に危機を察知すると、振り向きざまに回転蹴り。ミノタウロスの顔面ごと、周囲の猛牛達を吹き飛ばした。

 

「──リディスさん、何するんだ! ミノタウロスの顔面とか汚いでしょうが!」

「ひひっ、それじゃ私の顔ならどーかな?」

「美人ですね78点をあげましょう!」

「うわぁなにそれ、ちょっと微妙な気持ちになったなぁ! せめて80点にしなさいよ!」

 

 ギャーギャー騒ぎながら背中をくっつけ、猛牛大行進のど真ん中で暴れまくる。

 呼吸を合わせることは考えない。刀と短剣は出鱈目な軌道を描き続けているが、事故が起こることはない。それぞれの刀身はうまいことお互いの体を(かわ)しながら、周囲の怪物だけを捉えていた。

 

「あ、そうだ! どさくさに紛れておっぱい触らないでね! パイタッチは禁止!」

「しませんよこんなとこで! んなことはどうでも良いからさっさと離脱しません? 俺達がど真ん中にいるせいで、フィルヴィスさん魔法撃てないから」

 

 フェアの白い髪から汗が飛ぶ。

 右側面の方向にいるのはフィルヴィスである。体術でミノタウロスをぼっこぼこにしつつ短杖(ワンド)を握り、攻撃の時機(タイミング)をはかっていだ。

 このまま撃つと群れの中央にいる二人を巻き込んでしまう。なお、フィルヴィス・シャリアは気が長い方ではないので、あまり遊んでいると焼いてくる可能性は大である。

 

「はいはいわかりましたよ退()きますよ〜。あれっ、そういやノアールさんとシャクティ達は?」

「二十匹くらい逃げてったミノタウロスを追っかけていきました。見てなかったんですか?」

「君の視線が気になってさぁ。そんなに私のおちちが気になるのかな〜? たしかに、男が好きな体型はしてるって自覚はあるけど〜」

 

 フェアは『このクソメスガキが□※**ぞ!』、とかは言わなかった。七割くらいの確率で罵倒してくるかと思ったが、意外と冷静な対応をみせる。

 戦いながらリディスの後頭部を軽く小突くと、「さっさとしろ」と冷たく一言。リディスは()()()()()と思った。たまにオラついたタメ口になるのは新鮮でとても面白い。リディスは他人の色んな顔を見るのが趣味のひとつである。

 

「あんまりふざけてると、本当に揉みしだきますよ。俺がランクアップしたら」

「なんだその弱気。強気に見せかけて弱腰! そんなにLv.6が怖いのかね。嘆かわしいなぁ〜、君の性欲はそんなものか!」

「うるさいよ! 大声で性欲とか言うな!」 

 

 あーほんと面白い。楽しい。

 かつては見ているだけで気が滅入るほど暗かった時期もあったが、気長に観察してきて本当に良かった。

 昔からフェアはリディス・カヴェルナのお気に入りである。初対面で嫌われてしまったからムキになって交流を続けていたら、いつの間にか最も息の合うパーティメンバーになっていた。人生わからないもんだ。

 

「それにしてもっ、いつもより頑張ってるみたいだね〜? 動きが気合入ってるよ。でも、多く倒したからって私のおちちは揉めないぞ?」

『ヴオッ!‍?』

「戦いながら寄せて上げるな! サラシでも巻いてくれませんか集中できないから!」

『ヴオオオッ!‍?』

 

 いやー、愉快愉快。

 どさくさに紛れて何度かパイタッチされたことに、リディス・カヴェルナは気づいている。戦闘中に痴漢されるなんて中々できない経験だ。ぞくぞくして愉快だったから咎めるのは勘弁しておいてやろう。

 お返しにパンチラでもしてやるか、と次なる動きを考えていると

 

「【ディオ・テュルソス】!」

「えっ、嘘だろフィルヴィスさ」

「あれっ」

 

 凄まじい雷鳴と燃焼音が発生し、目の前が真っ白に染まった。痺れを切らせたフィルヴィスが魔法を発動させたのである。リディスは猫型の目をあらんばかりに見開き、焼かれた。同じく目をかっ開いているフェアも、一緒に焼かれた。

 

「──あきゃぁぁぁぁああああっ!」

「──うおぉぁぁぁぁああああっっ!」

『『『──ヴモオオオオオオオオオオッッ!‍?』』』

 

 ミノタウロスは次々と命を散らせて灰と化し、二人は感電したまま埋められた。酷いエルフである。

 

 

 

 

「なんだったんだ……五十匹を超えるミノタウロスが同時出現とか、見たことない。おかしいですって流石に」

「なんなんだろーね。この()()といい、おかしなことばかりで、リディスおねえちゃんもわかりまーん。まじでよくわかんねーや」

 

 

 無事にミノタウロス大軍団を殲滅した後、フェア達は後始末に追われていた。

 モンスターというのは魔石が消失すると灰になる。

 抜き取るか完全に砕くか、どちらかすれば完全消滅ということになるのだが、二十匹そこそこの死骸が残ってしまっていた。どれもこれも魔石がひび割れてはいるが、粉砕とまではいかなかったのだ。フィルヴィスの魔法に()()()奴らの成れの果てだ。ほんの僅か掠っただけで絶命はしたものの、魔石は原型を留めている。

 

「ほんとなにこれ、こいつの魔石だけ極彩色(ごくさいしき)……あっ、抜き取ったらミノたん灰になっちゃった。嗚呼(あぁ)かわいそうに……南無南無(なむなむ)アーメンミルフィーユ!」

「そんな祈りの言葉はない。……うーん、気持ち悪い色ですね。こんな魔石は見たことない」

 

 しゃがみ込んでいるリディスの後ろで、膝に手をついて中腰の格好。金の髪の上に体を寄せて覗き込むと、零れ落ちそうな双丘──ではなく、綺麗な手の中で魔石が光を放っていた。

 通常の魔石は紫の光を色を帯びているが、リディスが手にしているのは極彩色。どう考えても異常だ。

 

「その魔石が出てきたミノタウロス、やけに臭くなかったですか?」

「それと脂ギッシュだったね。ダラダラ汗かいてて、放置したヘルメス様のパンツみたいな匂いがしてた」

「嘘だろ……なんか嫌なんですけど」

「嘘だよ。だから、ヘルメス様を嫌いにならないであげて……おねえちゃんのお願い♡ 一週間分のおねがい♡」

 

 そこは一生じゃないのか。一週間分ってそこまで大したことないだろう。

 フェアはヘルメスに祈りを捧げると、更に身を乗り出した。ぐぐっと手を伸ばして、幼顔に合わせちゃいけない大きなマシュマロ──ではなく、手の中の魔石を取り上げる。

 

「びっくりした〜、お(チチ)揉まれるかと思った……」

「揉んでますけど硬いですね。ゴツゴツしてる。触り心地は最悪だ。手が痛くなる」

「ひっでぇ、女の子に向かってなんてこと言うんだ! この人でなしめぇ!」

「フィルヴィスさん、この魔石……ちょっと気持ち悪い。大丈夫ですか?」

「うわぁすっばらしいスルースキル。私じゃなきゃキレてたわ。ぶっとばすぞ貴様」

「キレてるじゃないですか先輩」 

「塩対応だー、うわーん」

 

 顔を手で覆って嘘泣きを始めたリディスを放置し、近付いてきたエルフの娘に魔石を見せる。 

 フィルヴィスは露骨に顔をしかめた。寒いかけあいに気分を害したわけではなく、汚物を見るような瞳は魔石だけに注がれている。

 

「……かなり気持ち悪いな。あまり近づけないでくれ。それは多分、よくないものだ」

「そうですか。なら仕方ないな……俺が持ちます。そんなもん、リディスさんに持たせるわけにはいかないし、ヒュアキントスさん達にも持たせたくない。かといって破壊する気にもなれませんし」

 

 座り込んでいるヒュアキントスのもとへ向かい、彼が持っている大鞄(バックパック)の中を漁る。

 ややあって小さな皮袋を取り出すと、その中に魔石を突っ込む。ゴソゴソと音を立てて、長胴衣(コート)の胸ポケットに忍ばせる。

 その様子については他の面々も見ていたが、魔石について心当たりのある者はいなかった。

 

「シャクティさん達は、何か思い当たることあります? 極彩色の魔石について」

「すまん。私は見当もつかない」

「右に同じだ。【ガネーシャ・ファミリア】の一員として多くのモンスターと触れ合ってはきたが、今みたいな魔石の色は見たことがない」

 

 シャクティもハシャーナも厳しい表情。前代未聞の謎の魔石、そして通常ありえない規模のミノタウロスの大量発生。深刻な反応になるのも当然だろう。

 

「爺さんは?」

「何かあれば、既に口に出しているわ。全く……始まって早々に異常事態(イレギュラー)の連続か」

 

 ノアールは白い髭の上に指を滑らせ、懐から瓢箪(ひょうたん)を取り出す。すぽんと音を立てて開封すると、薄めた酒を啜り始めた。本人曰く『酔わないから大丈夫だ』とのこと。

 

「とりあえず──ミノタウロスの大量発生は止まったようだ。フェア、いつまでもここにいても仕方がないぞ。【ロキ・ファミリア】に追いつく必要はないが、あまり離されるのも宜しくない」

「ですね。せっかくモンスターを減らしてくれてるんだから、ある程度はついていかないと」

 

 超爺さんの声に頷き、最奥の闇を睨みつける。

 この大広間──『嘆き大壁』を抜ければ、安全階層の18階層。リヴィラの街だ。

 アレン・フローメルはどこまで進んだのかは知らないが、とりあえずリヴィラに立ち寄ってみることにする。アレンを探すついでに、ミノタウロスの件も伝えておいた方がいいだろう。

 

「フィルヴィスさん、大丈夫ですか」

「ああ。袋に入れたら大分マシになった。隣を歩いてもらっても問題ない」

 

 フィルヴィスは涼しい顔でうなずいた。

 フェアは彼女の様子を確認してから皆を見渡し、連絡通路に向かって歩みを進める。

 顔には出さないが、心が一気に重くなった。

 フィルヴィスが拒否反応を示すということは、極彩色の魔石は精霊絡みの可能性が大。この後、ろくでもないものが出てこないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 史上最短でLv.2への昇華(ランクアップ)を果たした少年、ベル・クラネル。

 彼はサポーターの少女を救ったらしい。

 リディスの調べによると既に二度。

 彼は()()()()()()となっている少女、【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデの命を救っている。

 一度目はキラーアントの群れに食い殺されかけていたところを。その直前、ベル・クラネルはリリルカに()()()()()、モンスターの群れの中に取り残されていた。そして、ベルを嵌めたリリルカは同じ派閥の連中に金を巻き上げられ、挙げ句に殺されてかけていた。本来だが、自業自得の末路を辿っていたはずだが、ベル・クラネルは彼女の英雄となった。

 

(【ソーマ・ファミリア】。あそこは酷いからな。肥溜めどころじゃない。生まれた瞬間から搾取され続ける牢獄。あんなところに生まれた時点で人生ハズレ。真っ当に生きるなんてまず不可能。だからってそんなこと、他の人にはなんの関係もないわけだけど……)

 

 このオラリオでは騙された方が悪い。だから当人達が納得しているなら、リディスはなんとも思わない。

 ただ、皮肉な話だとは思った。

 ベル・クラネル共々ミノタウロスに襲われた時、リリルカ・アーデはまたしても死にかけるも、奇跡を起こした少年によって救われた。それが二度目だ。

 対して八年前のフェア・アージュ、いや、ここでは()()()フェア・クラネルと呼ぼう。

 フェア・クラネルは一度目で終わった。あの時は13階層にゴライアスが出現して、同行していたサポーターの女は()()。低水準ながら治療魔法が使えるヒューマンで、純粋な女性だったと記憶している。

 

「そういえば、【リトル・ルーキー】。ヘルメスさま(オニイチャン)が注目してたよ。近々会いに行くんじゃないかな」

「でしょうね。英雄好きだし新しいものにも目がないですから、あの神様。まあいいんじゃないですか。スケベではあっても邪神ではないし、社会勉強させてもらうには丁度いい」

「そいつぁ褒めてるのか貶してるのか……リディスおねえちゃんにはわからないなぁ! アハハ! 貶すなら付き合うよ。ガンガン悪口を言い合おうぜ☆」

「チクられそうだから嫌です」

 

 当時、リディスは運悪く乱戦に巻き込まれ、守れなかった側となった少年のことはどうにか守った。

 しかし結局ゴライアスは倒せなかったし、その件でものっすごい八つ当たりをされることになってしまい……お姉さんは少しばかり傷つく羽目に。

 クソ野郎共から悪口を言われるのは慣れっこだが、年の離れた少年から本気(ガチ)の罵倒をされるのは、ちょっと笑えない気分であった。

 だが、罵られるのも当然。彼が仲の良かったサポーターを()()()()()()のはリディスである。

 防御が間に合わなかったから、助けに入ろうとした彼を止めた。共倒れになると思ったし、止めなければ間違いなく死体が一つ増えていただろう。

 その後はしばらく接点がなかったが、半年後くらいに急に謝罪されて、そこからは何かと気にかけるようになっていった。かなり苦い思い出である。

 

 

『あなたは悪くない、助けてもらったのに酷い態度を取って申し訳なかった、ありがとう』──十歳そこそこの少年が理不尽を受け止め、そんな言葉を口にしたのだから、中々にクルものがあった。

 だから、次に同じようなことがあった時は、同じ轍は踏むものかと決意して。おかげで死に物狂いで強くなることができたが、どれだけ自分を磨いても過去は戻ってこない。

 皮肉な現実は何も変わらないのだ。

 

 

 

「18階層リヴィラ……特に変わった様子はないな。私は少し街を回ってこようと思うが、お前達はどうする?」

 

 辿り着いたリヴィラの街。

 一番先に入口──アーチ門の下に辿り着いたエルフの娘が、濡れ羽色の髪を揺らして振り返る。

 

「アレンさんがいるかもしれないから、俺も街をグルっと回るよ。後はボールスさんにも会っておきたい。ミノタウロスのことは伝えないとだし。できれば地上に伝令を走らせて貰いたいところだけど、そこはリヴィラの主次第。ボールスさんがどう判断するかだな」

 

 ボールス・エルダー。 

 無法者が集まるリヴィラの顔役の男で、腕っ節に自信のあるLv.3。ミノタウロス大量発生についてはひとまずボールスに伝えておけば、後は(しか)るべき対応を取ってくれるはずだ。金にがめつい無法者(アウトロー)な男ではあるが、冒険者として最低限やるべき事くらいは理解している。

 

「ボールスか。そうだな。ミノタウロスの件については、あいつに押し付けておけばいいだろう」

「ですね。ついでに極彩色の魔石も渡しちゃうかな。もしギルドに使いを出してくれるなら、一緒に持って行ってくれると助かる。なるべく早く、神ウラノスに確認してもらった方がいいですからね」

 

 フェアの言葉に異論を唱える者はおらず、一行はリヴィラに入った。

 

「それなら、私は街をぶらつきがてら戦利品(ドロップアイテム)を売り払ってこよう。【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】、バックパックを寄越せ」

 

 リヴィラの街の入口付近。

 出店風の多くの商店が連なる手前で、フィルヴィスがヒュアキントスをじろりと見る。口から出てきたのはごく普通の提案だったが、ヒュアキントスは不機嫌な声を発した。

 

「ふん……勝手に持っていけばいいだろう」

「ぶんどっていいと言うことか? ならば力づくで剥ぎ取るぞ貴様」

 

 態度の悪い太陽の眷族に、白い妖精は右手の指をポキポキと鳴らす。

 

「ちょっとちょっと、やめなって。乱闘とか勘弁してよねメンドクサイ」 

「ヒュアキントスさん、喧嘩を売る相手は選んだ方がいいよ……まじで」

 

 放っておけば戦闘でも始まりそうな雰囲気だったが、フェアとリディスが即座に制止。ヒュアキントスは肩をすくめ、持っていたバックパックを投げ捨てた。

 

「なんて態度の悪い奴だ……リディス、お前が少し煽りすぎたのもあるんじゃないか?」

「てへぺろ」

「おい」

   

 リディスは素知らぬ顔で舌を出し、フェアにくっついてボールスに会いに行くことに決める。

 

「それじゃ、用事が済んだらアーチ門の前に集合で。行動開始といきますか。ああ、ノアール爺さんは飲み過ぎないように」

「わかっとるわ。無用な心配だ、フェア。俺は時と場合を考えられる男だぞ」

 

 そんなわけで行動開始。

 しかし、歩き出してすぐに衝撃の事実が発覚する。

 街の冒険者の話によると、アレン・フローメルは、どうやら先に進んでしまったらしい。

 あの猫さんはいる意味あるのかとリディスは思った。メンバー表の『にゃーお』は塗り潰すべきかもしれないとも。

 

 

 

 

 筋骨隆々の巨漢が眉間に(しわ)を刻んでいる。

 凶悪な人相に黒い眼帯をつけた、いかにもな風貌の男、ボールス・エルダー。袖無しの戦闘衣(バトル・クロス)の腹の部分、剥き出しになった腹筋がゆっくりと上下していた。

 

「ミノタウロス大行進……ったく、五十匹以上の同時発生なんざ前代未聞だぞ。どうなってやがる」

 

 そのように吐き捨てる彼は、この『リヴィラの街』の顔役であり事実上の大頭(トップ)だ。座右の銘は『オレのものはオレのもの。お前のものもオレのもの』。フェアの主神ハトホルによれば、別の世界には同じような考えの男がいるらしい。案外良い奴だとか笑っていたが、本当なのだろうか。

 

「あぁ、面倒くせえ。昨日あたりから妙なことばかり起こりやがる……」

「昨日? ボールスさん、なんかあったんですか?」

「ああ、あった。どうせすぐにわかることだから言っちまうが、()()()

「殺し? 抗争でもあったんですか? それともタダの喧嘩?」

「知らん。とりあえず冒険者が三人死んだ」

 

 フェアの濁った赤い瞳の先で、(いかめ)しい男の顔が盛大にゆがむ。 

 殺し。モンスターによる被害ではなく、人間が人間を殺したということだろう。

 このならず者達の街(ローグ・タウン)は荒っぽい人間が大半だ。長期滞在している者は脛に傷を持っている場合も多く、小競り合いは日常茶飯事。ちょっと決闘するくらいで問題にはならない。

 ただし、殺人に関しては別。ボールス側としても()()()()()()仕事が増えるので、大きな問題として扱われる。が、過去に例がないわけではない。フェア自身、これまでも何回か目にしてきた。

 

「三人か。犯人は?」

「その三人全員だ」

「は?」

「人気のねえところで三つ巴の殺し合い。んで仲良く天に召されたってわけだ。おかげで腐った死体が三つも増えやがった。迷惑な話だぜ」

 

 ヤレヤレと手を広げるボールスの前で、フェアは(わず)かに首を傾けた。横に立っているリディスと顔を見合せ、次に後ろの美青年に視線を向ける。リディスは思案げ。ヒュアキントスは退屈そうに耳のイヤリングを弄っている。

 

「愚かなゴロツキ共が勝手に喧嘩を始めていつの間にか死んでいた。そういう、救いようのない話ということか?」

「ま、そういうこったな【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】。しかしなんでまたお前が混じってんだよ。リディスはわかるが、どう考えてもお前は場違いだろ」

「フン……余計な詮索をするな」

 

 ヒュアキントスがそっぽを向く中、口を開くのはリディスである。

 

「こいつはほっといていいよ。で、続きを話してよボールス。妙なことって言ってたんだし、ありふれた殺しじゃないってことでしょ? たとえば死体とか。どこか気になるところでもあったわけ」

「いや、死体は別に普通だった。傷も普通に刺し合っただけ。最後にそいつらを見た奴らに話を聞いたんだが、かなり飲んでたみたいだ。多分、酔っぱらい同士のイザコザがヒートアップしちまったんだろ」

 

 だったら何が妙だと言うんだろうか。

 リディスが新たな質問をする前に、今度はフェアが先に口を開く。

 

「妙なこと()()()()って言ってましたけど、他には? 話せる範囲で聞かせてくださいよ。これから深層に向かうから、今回は調査とかはできないと思いますけど、頭の片隅には入れとくんで」

 

 ボールスは「ああ……」と苦い顔で、右の手首から乾いた音を鳴らす。自分のこめかみを二度ほど、トントンと叩いて首も鳴らした。

 

「まだ断言はできねえが、どっかの神が潜り込んでるかもしれねえ。森の中で見たやつがいた。まあ、殺人事件とは関係ないだろうが……」 

 

 ボールスの声がトーンダウンする。表情はかなりしょっぱいものになっているが、それはそうだろう。

 ダンジョン内に神がいるかもしれない。それだけで()()()な話だ。

 ダンジョンは神を憎んでおり、侵入したことがバレると抹殺しにかかってくる。神威を発散したりしたら最悪だ。八年前の13階層のゴライアスがそうだったが、ああいった()()()に繋がりかねない。

 

「おいおい……物騒な話になってきましたね。たしかなんですか、それ」

「多分だ。雰囲気でそう見えたってだけで、単なる勘違いかもしれねえが」

「ボールス、そいつは一人でいたの? 森の中に?」

 

 リディスの質問を受けて、ボールスはため息を漏らした。少しの沈黙の後、重々しい声を発する。

 

「いいや、()()()の奴らと一緒にいたらしい」

 

 人数にして十人程度。神とみられる男を囲んで森の中を進んでいき、19階層方面に向かったとのこと。

 目撃者はとある冒険者パーティで、リヴィラの住人ではない少女達。本日未明、ギルドに報告するため地上に向かったので、今はもうここにはいない。

 

「白装束……まさか残党ですか? 闇派閥の」

 

 フェアは低い声を発する。

 闇派閥。イヴィルス。それぞれが崇める邪神のもと、混沌を望んでいた破壊者共。

 気味の悪い白装束は奴らの特徴(トレードマーク)のひとつだった。

 

「残党が闇派閥の復興を目論んでるとか、ですかね?」

「多分そうだとは思うが、新しい狂信者集団って線もある。闇派閥なんざ、今はもう幹部は全員死んでるはずだからな」

 

 ボールスは長い溜め息を吐いた。

 四年前の時点で幹部クラスは全滅したはずだが、遺志は生き続けているということだろうか。

 正義が巡るように、悪意もまた継承されていくもの。そういう話をアストレアから聞いたことがあるが、もしそうだったとしたら頭の痛い話だ。そうでないとしても憂鬱なことに変わりはない。どう考えてもろくな連中ではないだろうから。

 

「──まあ、話はわかりました。こちらでも気をつけておきます。50階層への道すがら、怪しい奴らがいたら捕縛するか、その場でカタをつけますよ。そういうわけなんで、よろしくリディスさん」

「あはははは、おねえちゃんに丸投げはやめてね」

「何言ってんだ妹」

「私のお兄ちゃんはヘルメスさまだけ♡」

 

 小さな手でハートを作るリディスの顔には、ニタニタと下品な笑みが浮かんでいた。よく分からない反応だが、元気そうでなによりだ。

 

「ボールスさん、耳寄りな話はそんなところですか?」

「ああ。そうだ。それと、ミノタウロスの件はギルドに使いを走らせる」

「おぉ、素直じゃんボーちゃん。珍しいなぁ水晶の雨でも降ってくるかな?」

「うるせえぞ純情雌猫ビッチ野郎」

「そうだ、黙っていろ薄汚い売女が」

「誰がビッチかぶっ殺すよー?」

「お前らが感じる違和感は大体ロクな事にならねえからな。念には念をってことだ」

「聞けよ見掛け倒しの腹筋野郎」

 

 フェアは両手を上げてヤレヤレの構え。

 凄むリディスを「まあまあまあ」と宥める。

 どさくさにまぎれて膝で臀をキックしながら、出口の方へと移動させていく。

 

「あぁん! って鳴けばいい?」

「品がないから興奮しない。以上」

「またまたぁ。そんなこと言って、顔が盛ってるぞ☆」

 

 ボールスもこちらの話をわかってくれたところで、挨拶を済ませて部屋を出た。リディスは全くわかってくれていなかったが、いつものことなので軽く流してハイ終了。

 本音を言うと品がないとは思わないが、彼女に真面目に接してもからかわれるだけだ。雑にあしらっているくらいで丁度いい。本人もそういうのを喜んでいる節があるし、ウィンウィンの関係である──とフェアは考えている。

 

 

 

 

「すまん、少し酔っ払った。しばらく後衛で休ませてくれ」

 

 超爺さんは、真っ赤な顔で頭を下げた。

 なぜか細剣を抜刀しており、足取りはなんと千鳥足。一歩踏み出せばグラリと揺れるその姿は、さながら酔拳の使い手である。  

 どうやら小休止の間に強い酒を飲んだらしく、酔っ払ってしまったようだ。引退済みの爺さんとはいえ、どうしようもない行動と言わざるを得ない。

 

「ハシャーナさん、おんぶできる? このお爺さんを運搬してあげて欲しいんだけど……」

「フェア、おんぶするなら美女がいい。だが、このパーティーにいる奴らはダメだ。【白巫女(マイナデス)】はお前の嫁だし、【虚術師(きょじゅつし)】は俺的にはなんか違う。シャクティ団長はおも──」

 

 フェアは即座に運搬係にハシャーナを指名。しかし、ハシャーナは声を大にして主張した。

 男はおんぶするつもりはない。しかし、パーティにいる女性ではダメだと、悲しそうに唇を噛み締め

 

「──ハシャーナ、貴様、調教(テイム)されたいのか」

「ギャアアアアアアアすまんっ! 悪かった団長! だから槍で刺すのをやめっ、うぎゃああああッッ」

 

 シャクティの槍に貫かれた。股間を。

 とても痛そうだったから、フェアは目を逸らしてフィルヴィスの脚を見た。少しして視線を戻すと、回復薬(ポーション)を股間にぶちまけられているハシャーナの姿が……彼は半裸というだけではなく、おもらしした半裸にランクアップしてしまった。ちょっと目を潤ませていて可哀想であった。

 

 

 

 

 順調だ。

【ロキ・ファミリア】の妖精(エルフ)、アリシア・フォレストライトはそう思った。

 18階層までは部隊を二つに分けて進行。これは前回までの流れと同じで、主に上層で動きにくくなるのを防ぐため。上層──中層の前半もそうだが、あまり多くの人数で進むと空間(スペース)不足になってしまう。単純に効率が下がるのだ。

 また、主力以外に経験を積ませるため、という目的もある。そのため幹部をはじめとした主戦力は先行部隊に集中しており、後発部隊の第一級冒険者はガレス一人だけであった。

 

「結構順調ね。前回よりもちょっとだけペースが早い。この調子で一気に進んでいきたいけど、絶対なにか起こるんだろうなぁ……」

「不吉なこと言わないで欲しいっす、アキ……」

 

 団員達は緊張感を保ちつつも、良い意味で肩の力が抜けている。特に派閥の中堅どころ、次期幹部と期待されている者達は遠征慣れしてきたのも大きい。

 アリシアもその一人だ。

 何度も経験してきたおかげで、昨年あたりから()()()気持ちに余裕が出てきた気がする。

 だから、細かいことにも気が回るようになった。

 

「うーん……」

「レフィーヤ、どうかしましたか?」

「いえ、気のせいだと思うんですけど、普段よりもモンスターが少ないような……?」

 

 隣を歩く後輩エルフ。レフィーヤ・ウィリディスに言われて、ぐるりと周りを見渡してみる。

 やはりモンスターが少ない。前回の半分とは言わないが、七割程度だろうか。しかも大群との邂逅(エンカウント)は今のところなし。

 スイスイ進めて楽なのはたしかだが、普段と違うというのはあまり宜しいことではない。

 ダンジョンというのは出鱈目(でたらめ)な中でも法則がある。モンスターが多くなったり地形が崩れたりすることはあっても、感じ取れるほど敵が少なくなるなど──冒険者にとって有利な変化というのは非常に稀だ。

 そういう時は決まって()()がある。

 警戒しておくに越したことはない。

 

「レフィーヤ、敵が少なかろうが多かろうが、やるべきことは変わりませんよ。常に万全を。日頃からリヴェリア様も仰っておられるでしょう?」  

「はい。わかってます」

 

 首を縦に振った後輩に頷き返す。 

 現在地24階層。間もなく『大樹の迷宮』を抜けて、下層域へと突入する。  

 光の先に見えているのは大瀑布。

 涼やかな水飛沫(みずしぶき)の音が、妖精達の耳朶を叩いた。

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