フェア・クラネルの嫁作り   作:パーンダ

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【√C】フェア② ー Burst of interruption

「おい、フェア。ちょっと待て」

 

 別れ際、ボールスは少年を呼び止めた。いつの間にやら『少年』と呼べる年齢ではなくなってきたが、彼の中でのフェアはいつまで経ってもクソガキである。

 

「なんですか?」

「なんですか? じゃねぇだろう。あのい(・)け(・)好(・)か(・)ね(・)え(・)【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】を連れ回してるたぁ、どういう風の吹き回しだよ? 別に仲良しじゃねえだろ、てめぇらは」

 

 初めて見た時はまだ十二歳だった。辛気臭い顔で目つきは最悪。何となく話しかけたら無視しやがるし、なんだコイツはと思ったものだ。しかし、ひょんなことから交流するようになり、今は一緒に酒を飲むこともある。人と人との繋がりというのは、どこでどうなるかわからないものだ。

 

「仲良しではなくても、パーティは組めるでしょう」

 

 フェアは口角を上げる。

 ボールスは辟易した。随分柔らかく笑うようになったものだが、見る人が見ればすぐにわかる作り笑いだ。

 

 ──放っておいてくれ。

 

 そんな言葉が聞こえたような気がしたのは、ボールスの考えすぎだろうか。

 

「仕事さえちゃんとしてくれれば、俺は別に構いませんよ。偉そうでもいけ好かなくても。そして、あの人はちゃんとやってくれると思う。なにせ自分にメリットがあるんだから」

 

 それはそうだろう。

 格上の冒険者パーティに混ざって深層を経験出来れば、間違いなく経験値(エクセリア)の足しになる。

 ウィンウィンの関係と言ったところか。ボールス自身そういった関係は嫌いではないが、目の前のクソガキは自分とは違う。小さくない気苦労を背負ってまであんな男を同行させるのは、ボールスから見れば首を傾げざるを得なかった。

 

「そうかよ──だがな、くれぐれも気をつけるこった」

「何をです?」

「何度も言ってんだろ。男に対して脇が甘いって。野郎に甘すぎるんだよ、テメェは」

 

 ため息まじりに吐き捨て、鼻を鳴らす。

 このクソガキは女に対してはシビアなくせに、同性に対しては甘々だ。

 この話をすると多くの者は驚くのだが、事実だとボールスは思っている。女好きでエロい事は大大大好きなくせして、傍に置く女はかなりシビアに選定している──とボールスはみている。まあ、本人は絶対に認めないが。

 

「そんなことないと思うんですけどね。どうせ甘くするなら女の子にしたいし」

「言ってることとやってることが噛み合わないのも、テメェの悪い癖だな……はぁ。もういい。さっさと行けや。せいぜい死なねえようにな」

 

 フェアは小さく笑うと、「はいはい」と気の抜けた返事をした。部屋の出口まで歩いていき、振り向きざまにヒラヒラと手を振ってみせる。

 昔はこんな軽薄な顔はしなかったのだが、ある時から徐々に。特に、四年前の27階層での一件──『27階層の悪夢』以降は顕著になったように思える。

 

「ああ、魔石の件もよろしくお願いしますね。ギルドへの伝令係に持たせてください」

「わかってっから、さっさと行きやがれ……はぁ」

 

 先程手渡された小さな皮袋を手のひらに乗せ、クソガキに向かって突き出す。

 見たこともない極彩色の謎の魔石。

 様子のおかしいミノタウロスから出てきたらしいが、どんな秘密が隠されているのやら。

 

「はい。よろしくお願いしますね。それじゃ俺は行きます。そのうちまた、飲みましょう」

「おう……今度は平和な時に会いたいもんだぜ」

 

 ボールスは苦々しい顔で頭を搔く。「たくよ……」とぼやきながら、去っていくクソガキの背中を見送るのだった。

 

 

◆

 

 

 ヒュアキントス・クリオは美青年である。

 神々も認める美しさを持つ二十二歳だが、主神アポロンと出会った頃は見るに堪えない姿であった。

 皮膚は常に爛れており、そのことについて嘲笑されても殴り掛かる胆力はなく、気力もなく、誰かと戦えるだけの強さもなかった。

 両親は頼りにならず、志の高い人間は街の中にはいなかった。自分に未来があると思った者は故郷を去り、二度と戻ってこない。大した価値もない小さな街は見捨てられ、残っているのはクズばかり。

 彼自身もまた吐き溜めの一員だった。それに相応しい醜さが嫌で嫌で堪らなかった。

 鏡を見ればいつだって爛れた顔が映っていて、死にたくなるのは常であった。もはや未来などないと幼い頃には悟っていたが、転機は突然に訪れる。

 

「お前は美しいな。私の眷族にしてあげよう。心配はいらない。お前はこんなにも美しい。私の目に狂いはないのだ。さあ──太陽と抱擁を交わすが良い!」

 

 眷族探しに明け暮れていた、赤い髪の男神アポロン。彼はヒュアキントスを見て『美しい』と優しい笑みを浮かべていた。

 ヒュアキントスは二重の意味で涙を流した。

 男神の美しさに感動したのと、必要とされる喜びに打ち震えて。

 

「──さぁ、太陽と抱擁を交わすが良い! 見よ、我らの出会いを大地が祝福しているぞ!」

 

 大地にはゴブリンの死骸が転がっていたが、そんなことはどうでもよかった。

 街を訪ねてきた彼にスカウトされ、ヒュアキントスはそのまま旅に連れていかれることに。

 その後、大躍進が始まった。

 はじめて容姿を讃えられたヒュアキントスはその気になり、自分は美しいと思うようになった。私は美しいと唱えながら戦っていたら、いつの間にか本当に美しく成長していた。

 それだけではなく、幼い頃からは考えられないくらいに強くもなった。

 オラリオに乗り込んでからは連戦連勝。

 派閥の団長として主神のために走り続け、気付いた時にはLv.3。派閥の規模は中堅の域に突入し、団員の数はなんと百名を超えた。

 上級冒険者の数もそれなり確保出来てきて、ダンジョンの到達階層も伸びていく中、ヒュアキントスに妥協の二文字は存在せず。更なる高みを目指そうと息巻き、度々遠征に出向いていたが、ある夏の日に事件が起こった。

 

「──なんだというのだ。忌々しいダンジョンめ」

 

 下層で異常事態(イレギュラー)に見舞われ、パーティは壊滅。

 他派閥と協力して階層主(アンフィスバエナ)と戦ったこともあったが、階層主ではないモンスターに呆気なくやられた。

 その怪物の名は『アイレン』。

 大型級さえ超える巨軀(きょく)に、蛞蝓のような腹足を持つ。塊の上にはかろうじで女体とみて取れる部位が乗っており、巨人の臓器から産まれたような恐ろしい怪物である。

 ギルドが定めた生息域を逸脱して現れた化け物に、【アポロン・ファミリア】主力はあえなく崩壊。撤退すらできずに全滅するかに思われたが、そんな時に現れたのが白髪の少年であった。

 

 

「【冥透彼岸(めいとうひがん)】──強化種──いや異常種だろうが抑えてやるから、とにかく砲撃! 俺に当ててもいいから詠唱してくれ【アポロン・ファミリア】!」

 

 繰り広げられたのは被弾上等の接近戦(インファイト)。たった一人で『アイレン』の異常種を相手取った彼は、魔導士達の砲撃に晒されながらも戦い続け、そして敵を削り切った。

 ヒュアキントス達の中に死者はおらず、最悪の事態も免れることができた。

 まさに九死に一生である。団員達は誰もが彼に感謝しており、帰りは一緒に戻ることになったのだが、どうしてあんなことになってしまったのか──。

 

 

「──前が、見えん。さぞかし滑稽で醜いことだろう、今の私は」

「ああ、気が付きましたか。俺もちょっと前に覚醒したとこです」

「貴様……待て、ここはどこだ」

「16階層を移動中です。それでさっきの話ですけど、団員庇って名誉の負傷だ。恥じることはないでしょう。貴方は美しいよ。凄く偉そうで態度は悪いけど、俺は癖のある知り合いが多くね。これくらいなら可愛いもんだ」

 

 本当に、どうしてあんな無様を晒してしまったのか。ヒュアキントスは少年に背負われ、高熱に苦しみながら帰還することとなった。

 原因は下層のモンスター、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)。どこからか大量に湧き出してきて、パーティの後衛を強襲したのだ。割って入ったヒュアキントスはものの見事に猛毒を貰った。通常の解毒薬では対処できないため、その場ではどうしようもなく

 

「……ゴホッ、ゲホッ」

「生きて帰れますよ。フィルヴィスさんがいなくてどうなる事かと思ったけど、あー良かった。今回は俺も気分がいいや。だから、ありがとうございました皆さん」

 

 道中はずっと少年に背負われ、言いようもない羞恥と自己嫌悪に襲われていた。 

 そして、考えた。冒険者として、どうしてこうも違うのかと。フェアのことは良く知らなかったが、主神が欲しがっていたことがあったと聞いて嫉妬した。

 それまでは順調そのものだったヒュアキントスの冒険者人生は、あの日を境に一変した。悔しさの炎がくすぶるようになり、今も一向に消える気配はない。

 それは当たり前の話であった。奴はまだまだ先に行くのだから、ヒュアキントスも燃え続けなくてはならない。どれだけ差を感じて屈辱にまみれようと、追いかけることだけはやめてはいけないのだ。

 

 

◆

 

 

「貴様らは私がいることに疑問を抱いてるようだが、理由は今述べた通りだ。奴には借りがある。今回は声がかかった以上、私には協力する義務があるのだ」

 

 太陽の化身がよくわかんことを言っている。フィルヴィスは関心が無さそうに、淡々と目線を逸らした。

 階層の中央地帯に広がる青々しい原野の上。

 現在は中央樹と呼ばれる巨大樹の根元に向かって歩いている。19階層へ進むためには、木の根もとに存在する樹洞(じゅどう)を降りていく必要がある。

 

「──そうなんだ。あの子は別に、そんな大層な気持ちで誘ったわけじゃないと思うけどね。適当に声かけただけだろうし、義務感で嫌々って感じなら帰っちゃってもいいんじゃない?」

「リディス・カヴェルナ……貴様、どうしていちいち噛み付いてくるのだ。私に恨みでもあるのか」

「さぁーね。まぁ、お礼も言えないような人とは仲良くしたくないとは思っているよ」

「貴様に借りはないはずだが……何をわけのわからんことを言っている」

 

 どうでもいいが、私を挟んで口論しないで欲しい──フィルヴィスは目元を曇らせる。

 フェアはハシャーナと猥談しながら先頭を、そのすぐ後ろを超爺さんをおぶったシャクティが歩き、最後尾にヒュアキントス、フィルヴィス、リディスの並び。

 

(不本意な隊列だ。退屈でもある)

 

 フィルヴィスは無言を貫く。

 暇だから何か話でもしないか、とリディスに話を振ったところ、なぜかヒュアキントスが喋り出してしまってこんなことに。

 面倒くさいので関わるつもりはない。

 リディスには何かと世話になっているが、かったるいものはかったるいのだ。やかましい太陽の化身の相手をするつもりはない。

 

「なんか長々と美談みたく喋ってたけどさ、もうちょい謙虚になった方がいいよ。私が言うのもなんだけど友達できないってそれじゃ」

「謙虚……まさか貴様に謙虚になれなどと諭されるなど……失笑ものだ」

「うん。私は失笑する気もないから黙ってね。はぁ……せめて勝手に死なないように気をつけてよね。死んだらぶっ殺すからよろしく」

 

 リディスはドスの効いた声を発した。しかし、死んでいるのに殺すとはこれ如何(いか)に。

 

「なぜそんなことを言われなければならない。私が果てようが、貴様に関係はないはずだろう」

「そうだね。私はどーでもいいや。ところでフィルヴィスおっぱい揉ませて」

「断る。リディス、お前は本当に主神のような……あるいはフェアのような奴だな」

 

 リディスがわきわきと手を動かし、バッ、バッと妙な動きをみせている。

 これが雑魚相手なら蹴り飛ばして終わりだが、Lv.6の身体能力は厄介だ。

 

「私さ、フィルヴィスとフェアのことは妹と弟みたいに思ってるの……だからおちち揉んでもいいでしょ? うちの【ファミリア】はみーんな拒否するから、欲求不満なんだよねー」

「私も、断固として拒否する」

 

 変態幼顔女(リディス)は「もっと揉まなきゃ勿体ないよ」とか言って、澄まし顔で胸を見てくる。

 フィルヴィスは真顔で決めた。

 襲いかかってきたら詠唱しようと。

 

 

◆

 

 

 ベルはおったまげた。

 鼻歌を歌いながらお湯を浴び、一日の疲れを癒していたら、突如として風呂の扉が開かれたのだ。

 湯気の向こう側で「きゃー!」と悲鳴をあげているのは、ナースエプロン姿のお姉さん。

 

「うわああああああああああなんでいるんですかナニしてるんですかヘイズさああああああああん!‍?」

「そこにドアがあったので! あたたかそうなお湯の気配がしたので突撃してみたのです! まさかベルが入っているとはー。ベル、こんばんは! 近くを通りかかったので来てみました! ところで今日もシル様と一緒だったんですよね。どんな話をしたんですか?」

「なんでもいいからドアを閉めて下さあああああああいッッ」

 

 呑気に世間話を始めた少女に向かって、ベルはあらんばかりにさけんだ。そして直後、何事かと駆けつけてきた主神、ヘスティアの顔が真っ赤に染まり、ヘイズ・ベルベットは怒られた。

 ベルのベルは縮んだ。

 

 

 ◆

 

 

【ベル・クラネルの交流関係】

 

 団員:いない

 

 パーティメンバー1

 名前:リリルカ・アーデ

 所属:【ソーマ・ファミリア】

 Lv.1

 武器:ボウガン

 

 パーティメンバー2

 名前:ヴェルフ・クロッゾ

 所属:【ヘファイストス・ファミリア】

 Lv.1 

 武器:大剣

 

 パーティメンバー3

 名前:シル・フローヴァ

 所属:【フレイヤ・ファミリア】

 Lv.2

 補足:お店の方は長期休暇を取ったらしい。最近、独断専行が過ぎると怒られたようだ。

 武器:兎滅殺のナイフ

 

 パーティメンバー4

 名前:ヘイズ・ベルベット

 所属:【フレイヤ・ファミリア】

 Lv.4

 補足:仕事(激務)のため参加は不定期。助けすぎるとためにならないため、今のところは座学中心にベルを教えてくれている。なんで先輩面して教えてくれるのかは不明。主神の命令ではないらしい。

 武器:よく血だらけになるヒールロッド。

 

 

 ◆

 

 

 

 

 大樹の迷宮の終わりは24階層。

 危なげなく中層を走り抜けた俺達は、そのまま大瀑布に向かって突き進んだ。

 上手いこと連携しながらモンスター共を蹴散らしていき、あっという間に因縁深いルームへと。何かを振り払うように走る速度を上げていき、下へと続く階段に向かったのだが、

 

 

『通路が水没してるな……フィルヴィスさん、回り道してもいい?』

『私に聞かずとも、回り道するしかないだろう。泳ぐのは御免だ』

『今度海に行きますか。水着着てくださいよ水着』

『断る。わざわざ海に行く必要はないだろう』

 

 27階層の終点近くまで来て、まさかの通路が完全水没。泳いで進むと疲れるし危ないので、大人しく回り道をすることに。おかげでか(・)な(・)り(・)余分に時間を取られてしまった。  

 水没していた通路は一本だけではなく、確認できただけでもなんと八(・)箇(・)所(・)。階段まで繋がる正規ルートは全滅で、大幅に回り道をして28階層へと足を踏み入れた。

 一度目の野営予定地に到着である。

 28階層は休むのに最適。その美しい景色から迷宮の楽園(アンダーガーデン)と呼ばれている、下層の安全階層(セーフティポイント)だ。

 

『【ロキ・ファミリア】は出発した後ですね。俺達は予定通り、朝まで休むってことでいいですか?』

『うん。そうしよう。問題は誰と寝るかだね。両手に花いっとく?』

『リディスさんが健気な女の子になってくれるんなら、いいかもしれない』

『ごめんそれは無理だ。理想高すぎ引くわ〜』

 

 リディスさんの誘惑を切り抜け、今後の戦いに向けて大人しく体を休めた。中層の時点で雲行きが怪しい状況だったことを考慮して、普段よりも張り詰めて過ごすことに。

 少し地上が恋しくなったので、フィルヴィスさんにちゅーだけさせてもらって英気を養い、いざ29階層へと突撃開始。

 モンスターの能力が本格的に上がってきたのを感じながら、下層の後半を進んでいく。

 

 

 

 

『オロォオオオオオオオオオッッ!!』

「ほっ、やっぱ馬鹿力だなぁ君達は」

 

 リディスさんの銀剣が巨大な恐竜、『アロマサウロス』の爪を弾き返した。

 仰ぐほど巨大な樹木が生い茂る、29階層『密林の峡谷』。28階層まで続く水の領域とは打って変わって、その形状は大叢林(ジャングル)型。

 徘徊している恐竜型は純(・)粋(・)に(・)強(・)い(・)。その攻撃力もさることながら、硬質な鱗にはLv.3程度の攻撃はほぼ無意味。Lv.4の冒険者であっても連携しなければ押し負け、叩き潰される。

 

「【逃れられぬ重(おも)しの網、万物を縛る鎖となりて】──【タンバ・リーク】!」

 

 敵を引き付けていたシャクティさんが高速で魔法を発動する。砂嵐で敵集団を引き寄せ、その上から岩を降らせる拘束&攻撃魔法。

 無数の砂に飲み込まれた俊敏な恐竜『ケプトサウロス』の集団が、嵐の中で怒号を上げた。

 

「やれ、ハシャーナ、【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】!」

「ああ、わかってる! まとめて殲滅してやろう!」

「私に指図するな【象神の杖(アンクーシャ)】!」

 

 敵が増えてきそうであれば、シャクティさんが集めて集団暴行。

 砂嵐の網にかからなかった恐竜共は俺やリディスさんが各個撃破し、空を飛んでる奴らはフィルヴィスさんが焼き払う。大した作戦ではないが、それで十分に対応できた。複数の第一級冒険者を主体にしたパーティはゴリ押しができて凄い楽。いつかベルともゴリ押し進行してみたいものである。その時は第一の嫁くらいは隣にいて欲しいもんだ。

 

 

『ガアアアアアッッ!』

「うおっ!‍? 茂みに隠れてやがったな!」

 

 死角から飛び出してきた小型の恐竜、『マクロラプトル』が三匹、ハシャーナさんに飛びかかった。上に向かって魔法を連射していたフィルヴィスさんが、即座に反応して声を張る。

 

「下がれ【剛拳闘士】! 【盾となれ破邪の聖杯(さかづき)】──【ディオ・グレイル】!」

 

 瞬間、展開される純白の障壁。白光(ひかり)に照らされるハシャーナさんは焦った半裸で、フィルヴィスさんは神聖な巫女さんに見える。帰ったら極東の巫女衣装に袖を通してみて欲しい。

 

「おい、さっさと倒せ!」

「おう! 助かった、ぜッッ!」

 

 ハシャーナさんの長剣が『マクロラプトル』のギョロ目を穿つ。そのまま横一線に振り切られた刀身は、次々に恐竜共を切り裂いていった。

 

『『ギャウッッ!‍?』』

 

 モンスターが減ったところで、俺達は一斉に前へと走り出す。次の目的地は33階層。下層の最終盤前にまとまった休息を取って、その後は一気に『深層』まで走り切る。

 37階層『白宮殿(ホワイトパレス)』と38階層は最初の山になるだろう。第一級冒険者とて気を抜けば呑まれる闇が待っている。そこを越えられたら、Lv.4の二人には大きな経験になるはずだ。

 

「──よし、30階層への階段が見えてきた! いつもと同じ、問題なし。フェア、この調子で行こう」

「ええ。頼りにしてます、よッッ!」

 

 密林の奥にひっそりと口を開けている、大きな穴の直前。最後に飛び出してきた『アロマサウロス』を居合をもって両断し、巨体が崩れ落ちる最中に鞘の音を響かせる。

 何度も打ち直しているとはいえ、七年間ずっと使い続けている相棒は頼りになる。他の上級装備よりも断然、手に馴染む。

 

「フィルヴィスさんは、大丈夫ですか」

「ああ。問題ない。まだまだいける!」

 

 エルフの相棒の調子も良さそうで何より。

 パーティ全体の消耗度も許容範囲内。ちゃんと全員ついてきている。俺達は石造りの長い階段に飛び込み、30階層へと下っていった。

 

 

◆

 

 

 ダンジョンは何が起こるかわからない。

 ダンジョンは予想不可能だ。ダンジョンは生きていて、意志というものを持っている。ダンジョンはとても理不尽だ。ダンジョンは時に、悪意をもって冒険者を殺しにくる。ダンジョンにおいて『既知』はしばしばアテにならない。ダンジョンは変化しうる『生物』であるからして。

 そういった話は何度も耳にしてきたし、身をもって経験してきた自負がある。

 しかし、それでも、目の前の光景は受け入れ難い。

 何が起こってもおかしくないと覚悟していてもなお、動揺と戦慄に足が震えた────。

 

「────アキッッ!‍?」

 

 荒れ狂う豪雨の中で、黒髪の青年ラウル・ノールドがもんどりうって手を伸ばす。彼の体が闇の中に消える前に、背中を掴んで引き戻す。

 視界が激しく上下する。天地が裂けてしまったような轟音が階層中に広がり、前方の景色が消(・)失(・)した。

 雷の柱が落ちてくる。

 半分になった丘が炎に包まれる。崩(・)れ(・)去(・)っ(・)た(・)迷宮床が闇の中で燃え上がり、無数の火の粉となって落ちていく。

 

 

「ラウル! ガレスに任せて指(・)揮(・)を(・)取(・)れ(・)ッッ──持(・)ち(・)こ(・)た(・)え(・)る(・)んだ!」

 

 闇の中で団長が絶叫した。

 無数の悲鳴を押しのけてラウルに指示を伝え、自分は下へ下へと落ちていく。 

 38階層、『水雷(すいらい)の丘』。

 壁面のない大空間。推定五〇万平方M(メドル)。

 起伏の激しい丘がいくつも連なった、とてつもなく広大な湿地地帯。

 無事に『白宮殿(ホワイトパレス)』を通過した私達【ロキ・ファミリア】は、ここで分(・)断(・)を余儀なくされた────。

 

「団長おおおおおおおおおおおおっ!‍? 嘘だろ!‍? なんでこんな──リヴェリアさん、アイズッッ!‍? ガレスさんっ!‍?」

 

 大規模な崩落。

 追い討ちをかけるように落雷。氷と化した豪雨が団長達に降り注ぎ、浮遊できるアイズですらも落下を回避することはできず。

 主力の大部分が闇の中に消えた。部隊の半分以上が崩落の中へと落とされた。迷宮の異常事態(ダンジョン・イレギュラー)なんて言葉では片付けられない、終末を思わせる崩壊の景色が終わらない。

 

「助けに行かないと! 助けに!」

「ラウル! いかん! 落雷でリーネ達がやられた! 津(・)波(・)に流されたクルス達も探さねばならん! 儂らが判断を誤れば皆が死ぬぞ!」

「ッッ!‍?」

 

 ずぶ濡れのガレスさんの叱咤が飛んだ。

 雷鳴が絶えない。近くの丘が爆ぜた。またしても階層が上下に揺れた。異常気象が連続する階層なのは織り込み済み。でも、ここまで荒れるなんて有り得ない。

 

「──リーネ、レフィーヤ!」

「アリシアさん、ダメです! リーネもナルヴィ達も、残っているサポーターはほぼ全滅ですっ!」

 

 団長達が落ちていく最中に襲ってきた津波によって、既に何人もどこかに流されてしまっている。しかも、残っている者達も半分以上が行動不能。

 こんな状態で怪物達の猛攻を受けたら、たとえガレスさんがいても耐えきれない。

 

「道具(アイテム)は残っていますね!‍? 治療師(ヒーラー)とLv.4の団員を優先して治療を! 速やかに立て直さなければ、クルス達を回収する前に私達が──」

 

 びき、びき、と音がした。

 モンスターが生まれ落ちる音で(・)は(・)な(・)い(・)。

 前方に視線を戻すと、砕け散ったはずの迷宮床が凄まじい勢いで再(・)生(・)している。闇が塞がれ元あった景色が戻ってくる。なんだあれは。いくらなんでも修復速度が出鱈目(でたらめ)すぎる。

 

「ガレスさん、指示を!」

「今おぬしが言ったこと、まんまでいい! まずは回復を優先しろ! 寄ってくるモンスターは儂が何とかする!」

 

 とにかく指示を仰ぐ。その通りにする。今の私にできるのはそれだけ。

 後輩(レフィーヤ)たちの前で狼狽えるわけにはいかない。その一心で喉を震わせ、バックパックの中身をぶちまけた。まずは回復。動ける人間を一人でも増やさなければ、どうしようもない!

 早く、早く──立て直さなきゃいけない。モンスターが集まってくるその前に。

 

 

『──ウオオオオオオオオオオオオンッッ!!』

「っ!‍?」

 

 不意に地を這う獣の吠え声が響いた。すぐには発声源がわからないほどの爆音。空気がひんやりと冷たくなり、皮膚が粟立つ。反射的に腰の柄に手を伸ばして顔を上げ、そして一瞬、足が竦んだ。

 今まさに修復を続けている迷宮床の先、暗がりの中から何かが飛び出してきた。

 その何かは、前方を警戒していたガレスさんの前に降り立つ。

 体軀(たいく)はおよそ二M(メドル)ほど。一見すると四足歩行の獣、しかしゆらりと立ち上がった。

 

 

「なんじゃコイツは!‍? 新種か!‍?」

『オォオオォォォォォ……!』

 

 ガレスさんが斧を握り、怪物に鋭い視線を送る。  

 頭部から伸びている赤の鬣(たてがみ)が、殺気と共にゆらめていた。

 狼のような形相含め、全身の色は赤と黒。

 漆黒の外殻から漏れているのは、鮮血を連想させる禍々(まがまが)しい赤光。

 不自然に長い腕の先には鋭利な鉤爪。

 蛇を思わせる長い尻尾の先では、巨大な蠍(サソリ)の針が鈍い光を放っている。

 

『愚かな神の眷族共……彼女の息子はおらんか』

「「ッッ!‍?」」

 

 そして、誰もが目を見開いた。

 人語を喋った。怪物が。はっきりと、流暢に。

 心臓が何度も跳ねる。理解が追いつかない。しかし時間は待ってくれない。

 その異形は『ハァ……』と首をもたげると、またしても咆哮。

 

『オォ──ウォォォォォォォォンッッ!!』

 

 ガレスさんとラウルを交互に睨みつけ、ゆっくりと前進してくる。間もなく両の膝が沈み込み、漆黒の外殻が嫌な音を鳴らした。

 

「な、なんなんだこいつ……ガレスさん、気をつけてくださいっ明らかに普通じゃないっす!‍?」

「この状況ではもはや異常が普通じゃろう! レフィーヤ、アリシア、治療を続けろ! この新種は儂とラウルで対応する!」

 

 ガレスさんの叫びが上がったのと同時に、異形が地面を踏み砕く。

 もはや待ったなし。開戦だ。

 両の鉤爪を振り上げ、二人に向かって飛び込んで来た。

 

『──オオオオオオオオオオオオオオンッッ!!』

 

 空中で発光を強める朱色の眼球。鼓膜を震わす大咆哮が轟いた。

 

「血の気の多い化け物め! 受けて立ってやるわ! ラウル、援護は任せるぞぉッッ!」

「クソッ、大人しくしろ、化け物めッッ!」

 

 大斧と鉤爪が衝突して、衝撃波が生じる。

 動きを止めた異形にラウルが斬りかかる。

 多数の負傷者を背負いながら、二人の戦いが始まった。

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