フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
オラリオには、
複数の邪神の派閥の集合体だ。無差別に建物を爆破したり、ダンジョンで冒険者を襲ったり、傍迷惑な行為を繰り返している。
遡ること十五年前。時の二大派閥が黒竜討伐に失敗し、オラリオそのものが弱体化したのが始まり。二大派閥、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が討伐失敗の責任を取って都市を去り、混沌を望む者達が台頭した。
「直近で起こした最も大きな事件は、七年前の一斉蜂起ですねー。
ベルは「へえぇー」と間延びした声を出した。
今は授業中である。講師は
オラリオの歴史を知ってますかと聞かれて、あんまり知らないと答えたら教えてもらえることになった。
Lv.2になったのにそれはいけないと。新たに仲間に加わった少女、リリルカ・アーデは本日は別行動しているので、個人授業となった。主神のヘスティアは二日酔いで寝込んでいる。昨日、仲の良い神と食事に行ったのだが、調子に乗って飲みすぎたらしい。
「この事件における真の
ナースエプロンのお姉さんは「はいここメモメモしてくださいねー」、と長いステッキを振るう。
名前はヘイズ・ベルベット。Lv.4の治療師で有名人。練度最強と言われている【フレイヤ・ファミリア】の幹部候補でもある。
二つ名は【
ベルが仲の良い酒場の娘の友人でもあるので、信用してお世話してもらっている。
「アルフィアとザルド……ですか。なんで撤退したかはわかります?」
「さぁ? お花を摘みに行って気が変わった。もしくは変なものでも食べて、お腹を壊したとかじゃないですか?」
「そ、それはさすがにないと思いますけど……」
ベルはもごもごと口を動かす。
静寂のアルフィアは母親代わりだった女性で、ザルドもまた家族同然だ。幼い頃は一緒に暮らしていた。
八年ほど前までは。ある時、感じの悪い神が家を訪ねてきて、二人はその神について行ってしまった。その後、オラリオで暴れたというわけだ。そこまでは聞いていたベルだったが、なぜ失踪したかは誰に尋ねてもわからない。今いる場所も不明だ。
「あのクソ……あなたのお兄さんがランクアップしたのも、そのあたりですねー。【
ヘイズは「ふふふ」と邪悪な笑いを漏らしている。
何だかとても愉快そうだ。ベルは引き笑いを浮かべて下を向く。
(この人、兄さんのこと大嫌いなんだよね……鬼畜エルフよりやばいって言ってたけど、鬼畜エルフって誰なんだろう)
フェアには昔、暴言を吐かれたことがあるとのこと。魔法も見た目も性格も、全てにおいて【
悪気しか感じなかったので、いつか撲殺してやろうと心に誓っているらしい。怖いから兄のフォローは諦めているベルだった。大体、フォローできないほど酷いこと言ってるのは事実だし。
「あの、ヘイズさんはどうして僕に……その、親切にしてくれるんですか?」
「それは決まっていますよ、ベル。冒険者たるもの、有望な新人を優しく導くのは当然です。それに、最短でLv.2になった超有望株ですし。悪い虫がジャンジャン寄ってくると思うんで、これはいけないと一肌脱ぐことを決めたんですよ!」
「とても……崇高っていうか、素晴らしい考え方なんですね、ヘイズさんって!」
「ふふん、とーぜんです。私は今日、ベルを探して街に出てきました。イノシシや鬼畜エルフに腹が立って、仕事をキャンセルしたわけではないんですよー。それは断じて違います。仕事キャンセル。略してしごキャンです」
「えっ」
今のは本音だろうか。本音っぽいなぁ、と苦笑いしつつ、ベルは新たな出会いに感謝した。
明日、リリルカにも話して、二人で色々と教えてもらおう。甘えすぎはよくないけど、そのうち探索も手伝って貰えたら有り難い。ベル・クラネル、どんどん学ばせてもらう気構えであった。
◆
「こ、怖い……」
素朴な雰囲気ながらそれなりに整った顔立ち。
ゆったりとした緑の衣装に身を包んだ娘、ナァーザ・エリスイスが震えている。
弓を持つ手はプルプル。犬耳と尻尾が変な方向に曲がっていた。
高低差の激しい、薄暗い大空洞の下側。ナァーザの前には漆黒の犬型モンスター、『ヘルハウンド』が二体。凶悪な牙をカチカチと鳴らしている。
「俺がついてるから、少しずつ頑張れ。オラリオにいる以上は絶対安全じゃない……ていうかオラリオでなくてもモンスターはいるんだから。トラウマなのはわかるけど、ちょっとずつ慣らしてかないと、いざって時に命を落とす」
「そ、そんなこと言っても……腕が震えるんだってば……ゴブリンくらいならともかく、ヘルハウンドなんてちゃんと戦わないと勝てない」
俺はそりゃそうだろうなと思った。しかし、素手でも余裕で撃破できるような相手じゃ意味がない。
ナァーザは昔、モンスターに捕食された時のトラウマで上手く戦うことができない。それなのに強制的に戦わせるのは、普通に考えたら酷いことだ。
しかし、これは断じてイジメではない。ナァーザには薄めたポーションを売ってもらった恩があるので、こうして特訓という形で恩返しをすることにしたのだ。頃合いを見てと考えていたら何年も経ってしまったので、そろそろ実行しようと連れてきた。
『オオン!』
『オアッ!』
「ひっ!?」
ただてさえ真っ白な肌から、完全に血の気が失せている。この様子だと、そのゆったりとした衣装の内側も雪のように白いだろうな。ゆったりしてるのに胸元はしっかり主張してるのが凄くいいぞ。
フィルヴィスさん達ほどじゃないが、これで体の線は色っぽい。緩やかなウェーブは目の保養だ。
『『オオオオオンッッ!』』
「ひぃやぁやめてぇ! くっ、来るなぁ!」
ふむふむと眺めていると、二匹同時にナァーザに向かって飛びかかった。
危ないからポジションチェンジ。
俺はナァーザの肩に手をかけ、入れ替わるように前に出た。
『ガアッッ!』
『オオ……ッ!』
「器用に両腕に噛み付いたな。ナァーザ、打て。一匹ずつ仕留めて。捕まえててやるから、落ち着いて順番に倒せ」
両腕に噛み付いてきた『ヘルハウンド』達を、ガツンドガンと地面の床に叩きつける。うっかり殺しちゃわないように加減して、弱ったところで頭を掴んで持ち上げた。
振り返ってナァーザに見せる。
さあ、弓攻撃の時だ! 何事も大切なのは成功体験。後は慣れ。モンスターにトラウマを抱えた人は何人か見てきたけど、立ち直らせるにはこの方法が最も効果的だった。
「い、一匹ずつ……でも、睨んでるじゃん!」
「そりゃ睨むだろ……いいからやれ。もし、後ろから別のモンスターが来ても守ってやるから、とにかく攻撃するってことを思い出しな。Lv.2になれた才能のある冒険者なんだぞ。できる、大丈夫だから」
「お、鬼っ」
「俺に当たってもいいから、やれ」
ナァーザはおっとりした目を吊り上げて、弓を射る。ズドンズドンズドンと、見事な連射攻撃を披露した。
どう考えても一発多い。
俺の右の肘に刺さって、ヘルハウンドはどっちも死んだ。
◆
「ということをしてました。今日の午後の活動はそんな感じです」
「そう。
藍色の瞳が見透かすように俺を見ている。
楚々とした美貌を持つ女神の中の女神、アストレア様は自らの指をゆっくりと絡めた。しなやかな腕を上に伸ばして、軽く伸びをする。
簡素な白のカートルも一緒に伸びる。人の目がない個室のせいか、普段より気を抜いていらっしゃるようだ。
「亡者ではないですよ。でも、人よりも武器にお金がかかるんで……基本、
他者の魔法を吸収して、威力を高めた上で放つ、俺の最大火力。それは普通の武器では不可能。試みた時点で壊れるし、自爆みたくなって自分もダメージを受けてしまう。
めちゃくちゃ高い
「事情は知っているから、そんなにバツの悪い顔をしなくても良いのよ?」
「なにせ正義の女神様の前なんでね……」
「誰も責めてはいないわよ?」
さて、ここはしっぽり飲めると評判の酒場である。
高くつくけど個室ありの珍しいお店。客層は神が多いな。お忍びで来ている神々。荒くれ者の冒険者はこんなところに来ない。コスパ悪いからな。
値段は普通の酒場の倍くらいする。今日もアストレア様に奢ってもらうので問題なし。そんなことより、なんで他派閥の女神様とサシ飲みしてるのかって、知らない人が見たらまずはそこだろうな。
理由は飲み友達だから。以上。アストレア様が大丈夫だと言ってくれてるので、すぐ側に怖い護衛が控えているなんてこともない。まあ、お開きの時間になったら誰かしら迎えには来るが。
「まあ、真面目にやっているようで何より。ベル・クラネルの件も了解したわ。たしかにリューは最近行き詰まっているから、純粋な少年を導いてみるのはいいかもしれない」
「ありがとうございます。神ヘスティアも人格者のようですし、あなたの神意に背くようなことはないはずです」
本日の目的は息抜きとお願い。
ブルマエルフにそれとなく、ベルを気にかけてあげるよう伝えてもらう。なにもパーティ組んでくれってわけじゃなくて、どこかで見かけたら気遣ってあげて欲しいって程度の話。
とても生真面目で、もはや堅物がいきすぎてて将来が心配なエルフだから、ベルとは相性良いと思うんだ。Lv.2になったことだし、ここらでしっかりとお願いしておこうと思ったのだ。
「もし、決定的に道を外れることがあれば、
「硬すぎるし重すぎるわ……やめなさい。あなた、もしかして私を困らせようとして、大袈裟に振る舞っているのではなくて?」
アストレア様が頬杖をついて、もう片方の手で俺の額を突っついてきた。
正義の女神らしからぬ、意地悪な笑顔を浮かべてらっしゃる。カートルの膨らみは正義の説得力をなくしている。このおっぱいで正義を語られても集中できないのは、俺だけだろうか?
「相変わらず細いですね〜」
「指のことかしら? フェア。あなたね、私を賞賛するのは結構だけど、少し素直が過ぎるわ。フィルヴィスというパートナーがいるにも関わらず、一途という言葉を知らないの?」
額をぱちんと弾かれた。ため息混じりのお説教つきだ。会う度会う度、かなり高頻度で同じようなことを言われている気がする。
「いやいや、一途ですよ」
「ふふ、どの口が言っているのかしら。大体、本気で付き合うなら三人までが限度、なんでしょう?」
「一途ですって。フィルヴィスさんはもはや諦めてますし。あなたも感じてくれてると思ってたんですけど、まだ足りませんか? あと、アストレア様は神様なんでノーカンです」
「諦めているということは、少なくとも手放しで歓迎はしていないということよ。私が実感しているかどうかの答えについては、ノーコメントね。どちらにしても喜ばせるだけだもの。というかあなたね、ノーカウントとか言わないの。それ、響きがあまり愉快ではないわ」
アストレア様はグラスに指を添えて、
「言い方はすみませんでしたけど……そうですか。まあいいです。そうやってお酒飲んでる姿を見るだけでも、俺は癒されるんで」
「相変わらず会話がのらりくらりしているわね。それはいいけど、物欲しそうな目で女性を見るのは感心しないわ。あまり無遠慮だと叱るわよ?」
「アストレア様は女神様枠で。これでどうです?」
「それ、枠はいくつあるのかしら?」
藍色の瞳が半目になる。が、表情は少し悪戯っぽい。はじめは優しいだけの態度だったが、誠心誠意のおもてなし──全力全開で楽しんでもらおうと頑張ってたら、いつの間にかこうなってた。
ちなみに、こうやって面会するのはフィルヴィスさんが予定ある時に限る。まあ、予定とは言っても単にダンジョンで暴れてるだけだ。最低でも三日に一回は大虐殺しないと、ストレスが溜まるらしい。もちろん殺すのはモンスターだ。
「すぐに答えないのは、叱られたいということね?」
「すみません。それじゃ、労ることで反省の意を示しますね。アストレア様、飲ませてあげるんで、グラス貸して貰えます?」
答えが来るより早く席を移動し、アストレア様の隣に臀を下ろす。こういう時、床に直接座れるタイプの店はいいよね。オラリオに数店舗しかないけど。
「あら、気が利くわね。嬉しいわ……なんて言わないわよ? 渡したが最後、私のペースなんて関係なしに流し込んでくるじゃない。執拗に、最後の一滴まで」
だから遠慮すると笑顔で言われたが、こっちはやる気満々だ。テーブルに置いてあったグラスを奪取し、まだ半分以上入っている液体を、飲ませる。
俺は何も言わずにアストレア様の肩に手を回し、少しばかり乱暴に引き寄せた。
「んっ」
「肩、凝ってるんじゃないですか?」
「そうかしら? 自分ではわからないわね」
「そうですか。じゃあ頑張って飲んでくださいね。お酒は飲めるほうなんだし、まだまだいけるでしょ」
少し顎に触れて顔を傾けてから、唇の間に流し込む。完全に鼻呼吸になって、呼吸の音が大きく聞こえるようになった。構わずグラスを傾け、飲み干せなかった分が流れ出てきた。
「ん……ん……ふー、ふー……」
藍色の瞳が霞んでいる。
あー、
「こうしてると、アストレア様が自分のモノになったみたいで満たされますね。疲れが吹っ飛ぶんで、しばらくこのままでいいですか? まだ残ってるし、ほら飲んで。流し込みますよ」
「けほ……ちょっと、んっ」
グラスの中を空にした後は、ちゃんとお願いしてから頭を抑えさせてもらった。
そしたら無言で腰を曲げて、俺の腰に顔を埋めてしばらく沈黙。なるべく音をたてまいと、ゆっくり丁寧に癒してくれたよ。上下に揺れる胡桃色の髪。滑らかな腰つきが動いているのを見下ろしながら、俺はしばらく恍惚としてた。