BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
人斬りと呼ばれるようになってからも、俺は歩き続けた。
最初の頃は強い者の居場所を聞いて回っていたが、いつの間にか、その必要もなくなった。
町へ入ればこちらを見る者がいる。
目を逸らす者。道を空ける者。戸を閉める者。
そして時々、刀へ手をかける者。
「お前が清子か」
「はい」
「勝負しろ」
「はい」
それで始まる。
俺を倒して名を上げたい者もいれば、仲間を斬られた者や、ただ腕を試したい者もいた。
理由は違っても、刀を抜けば同じだった。
相手を見て、間合いへ入り、斬る。
それだけだった。
◇
さらに月日が流れた。
いくつ季節が過ぎたのか、途中から数えなくなった。
髪は伸び、刀も何度か変わった。着物も血で駄目になり、身体も数え切れないほど斬られた。
深く斬られ、何日も刀を握れなかったこともある。
それでも傷が塞がれば、また歩いた。
そして、剣も変わっていった。
◇
ある日、三人の男に囲まれた。
一人は正面。
二人は左右。
「やれ!」
同時に来る。
以前なら、一人ずつ見ていただろう。
今は違う。
正面の男が踏み込み、その身体の陰で右の男が動く。
身体が自然に前へ出た。
正面の刃から外れながら斬る。
――ザッ。
一人目が倒れるより早く刀を返し、右から来た刃を流す。
そのまま懐へ入った。
「ぐっ――」
二人目が崩れる。
背後から気配が来た。
振り向かず、一歩だけ前へ出る。
背中を狙った刀が空を切った。
そこで振り返ると、最後の男が止まっていた。
「来ないのですか」
「…………化け物」
男は刀を落とした。
戦わないのなら、斬る理由はない。
刀を納めると、男は逃げていった。
追わなかった。
◇
その夜、一人で刀を振った。
――ヒュッ。
もう一度。
――ヒュッ。
「…………」
昔は、足や腰、肩の動きまで一つずつ意識していた。
今は何も考えていない。
それでも刀は走る。
身体が勝手に動き、必要な場所へ刃が通る。
もう一度振る。
今度は少し踏み込み方が変わった。
自分で変えようとしたわけではない。
これも、どこかで見た誰かの動きだった気がする。
けれど、誰だったのかは思い出せなかった。
「…………」
まあ、いいか。
刀はきちんと振れている。
それだけ確認して、刀を納めた。
◇
強い者を探すことも、次第に難しくなった。
評判を聞いて訪ねても、期待したほどではない。
以前なら驚いただろう技も、どこかで似たものを見ている。初めて見る構えでも、刀を合わせる前から何を狙っているのか分かることさえ増えた。
それでも戦った。
もしかすると、自分の知らない何かを持っているかもしれない。
その期待だけで刀を抜く。
だが、期待が外れるたび、少しずつ何かが足りなくなっていった。
◇
「この先にゃ行かねえ方がいい」
山道へ入る前、老人に言われた。
「なぜでしょう」
「賊がいる」
「強いのですか」
「…………」
老人が黙った。
「何人も殺してる」
「剣を使いますか」
「知らん」
「そうですか」
なら、見ればいい。
歩き出すと、老人に呼び止められた。
「おい。死ぬぞ」
「はい」
それだけ答えて、山へ入った。
◇
賊は十人以上いた。
刀だけではない。槍も斧もあり、弓まである。
「女一人か」
男たちが笑った。
俺は少し嬉しくなった。
一人ずつではない。
全員。
同時なら、どこまでできるだろう。
「何笑ってやがる」
「申し訳ありません。少し、楽しみで」
刀を抜くと、笑い声が止まった。
◇
最初の矢を避けてからは、ほとんど考えなかった。
刀が来れば外れながら斬り、槍なら懐へ入る。後ろから来れば位置を変え、空いた場所へ刀を通す。
誰から覚えた動きなのかも考えない。
身体が、その場で必要なものを勝手に使う。
その中に、一人だけ妙に上手い男がいた。
こちらの刀を外し、すぐに返してくる。
速い。
身体を沈めると、刃が髪を切った。
「…………ふふ」
「何がおかしい!」
久しぶりだった。
少しだけ、分からない。
だから嬉しい。
男が続けて刀を振る。
一つ目を外れ、二つ目を流す。
三つ目。
そこへ入った。
――ザンッ。
男が倒れる。
もっと見たかった。
だが、もう次が来ていた。
◇
気づいたとき、立っている者はいなかった。
何人かは動いている。
何人かは、もう動かない。
こちらも斬られていた。腕から血が流れ、脇腹も痛む。
それでも、足りなかった。
十人以上いた。
武器も違った。
囲まれ、矢まで飛んできた。
それなのに。
宗玄と向かい合ったときの方が、怖かった。
その事実に気づいたとき、胸の奥に妙な空洞ができた。
◇
長く歩いていれば、人ではないものにも出会った。
白い仮面。
胸に空いた穴。
人の何倍もある身体。
「…………」
虚。
知っている。
この世界へ来る前から。
けれど、実物を見るのは初めてだった。
「本当にいるのですね」
思わず、そんな言葉が出た。
虚が吼える。
空気が震え、巨体から伸びた腕が振り下ろされた。
横へ外れると、地面が大きく砕ける。
剣ではない。
構えも、足運びも、刀の軌道もない。
代わりに腕や爪、牙、身体そのものが武器だった。
「…………ふふ」
面白い。
もう一度振り下ろされた腕を避け、懐へ入る。
胴へ斬りつけた。
――ザンッ。
「…………」
浅い。
人とは違う。
なら、もっと深く斬ればいい。
振り向いた虚の爪を潜り、そのまま首へ刀を走らせる。
――ザンッ。
巨体が揺れた。
それでも倒れない。
「なるほど」
刀を握り直した。
◇
それからも何度か虚と出会った。
四足で走るもの。
空から襲うもの。
異様に腕の長いもの。
刀がなかなか通らないもの。
こちらの動きを見て、考えるように戦うものまでいた。
剣は使わない。
それでも戦いには流れがある。
どこを見るか。
いつ入るか。
何を避けるか。
どこなら斬れるか。
人だけを相手にしていては知ることのできなかったものがあった。
だから虚も斬った。
見て、戦って、覚えた。
それもまた、少しずつ俺の中へ残っていった。
◇
それからも歩き、戦い、斬った。
負けることもあった。
深手を負い、何日も動けなくなったこともある。死にかけたことさえ一度ではない。
それでも死ななかった。
傷が塞がり、身体が動けば、また刀を握った。
いつしか、斬られることそのものを気にすることも少なくなっていた。
◇
ある夜、一人で刀を振った。
――ヒュンッ。
何の型だったのか、自分でも分からない。
ただ、そこに相手がいるつもりで振った。
そうすれば、身体が勝手に動く。
「…………」
宗玄の剣。
新太の剣。
旅で見た剣。
力で叩き潰す剣。
待つ剣。
左から来る剣。
足場を使う剣。
二本の刀。
身体で刃を隠す剣。
見た。
受けた。
使った。
合わないものは捨てた。
残ったものも、いつの間にか誰から覚えたのか分からなくなった。
それでも消えたわけではない。
必要になれば、身体が勝手に使う。
そこで、ふと一つの言葉が浮かんだ。
八千流。
「…………」
知っている。
この世界へ来る前から知っていた名前。
いつか、この身体が名乗る名前。
あらゆる流派。
あらゆる刃の流れ。
その全てが我が手にある。
昔の俺は、数え切れない流派を修めたから八千流なのだと思っていた。
けれど、今なら少し違って見える。
この手で、どれほどの剣と戦っただろう。
どれほど見て、受け、使い、そして忘れただろう。
もう数えられない。
誰の剣だったのかも分からない。
それでも全部、この身体に残っている。
「…………」
そうか。
八千の流派を一つずつ覚えるという意味ではない。
あらゆる剣を見て、受けて、自分の中へ入れる。
そして、誰の剣だったのかさえ忘れる。
それでも、その全てがこの手の中にある。
あらゆる流派。
あらゆる刃の流れ。
我が手にあり。
言葉だけなら、ずっと知っていた。
けれど、その意味を知ったのは今が初めてだった。
月の光が刀の上を流れる。
「八千流」
口に出す。
昔、画面の向こうで知った名前とは、もう違って聞こえた。
これは原作の誰かから借りた名前ではない。
俺が歩き、斬り、斬られ、覚え、忘れた果てに辿り着いたものだった。
もう一度刀を振る。
――ヒュンッ。
何の型かは分からない。
誰の剣だったのかも分からない。
それでいい。
刀を納める。
「八千流」
今度は、自然に言えた。
知っていた名前に。
ようやく、俺自身が追いついた。
◇
「名は」
ある男に聞かれた。
以前なら、迷わず清子と答えていただろう。
その日は少しだけ間が空いた。
「八千流」
「……八千流?」
「はい」
男が怪訝そうに眉を寄せる。
「変わった名だな」
「そうでしょうか」
「ああ」
「私は、気に入っています」
男が刀を抜く。
俺も抜いた。
八千流。
もう、借り物の名前ではなかった。
◇
やがて、清子という名を知る者は少しずつ減っていった。
代わりに、八千流という名が俺より先に各地へ届くようになった。
強い者がいると聞けば現れる女。
相手が一人でも、十人でも刀を抜く女。
何の流派か分からない剣を使う。
人斬り。
化け物。
大罪人。
呼び方はいくつもあった。
俺には、どれもあまり興味がなかった。
ただ一つ。
八千流。
その名だけは、自分で選んだものだった。
◇
ある夜、川辺に座って水面に映る月を眺めた。
長く歩いた。
たくさんの剣を見て、たくさんの人を斬った。
自分も数え切れないほど斬られた。
それでも傷は塞がり、また戦った。
そして、強くなった。
宗玄のところを出た頃とは、比べものにならない。
「…………」
だが、まだ足りない。
今の俺が宗玄と戦えば、どうなるのだろう。
あの頃のように何もさせてもらえないのか。
それとも今なら、一度くらい届くだろうか。
確かめたい。
けれど、戻る気にはならなかった。
まだ外には、俺の知らない剣がある気がする。
俺より強い者がいる気がする。
立ち上がり、刀を腰へ差した。
行く場所は決めていない。
ただ歩けば、いつか見つかる。
そう思っていた。