BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第二十八章 寿命

 

 瀞霊廷から遠く離れた山の奥に、剣神様と呼ばれる者がいる。

 

 そんな噂を聞いた。

 

 死神でもないのに、神の名を冠する。

 

 どれほど腕に覚えのある剣豪であろうと、彼の前に立てば赤子も同然。己の未熟さを思い知らされ、その先にある剣の頂の遠さを知るのだという。

 

「…………」

 

 剣神様。

 

 別に、斬り合いたいと思ったわけではない。

 

 けれど、そんな噂を聞いて気にならないはずがなかった。

 

 だから俺は、旅の途中で聞いた話を頼りに、その山へ向かった。

 

     ◇

 

 山へ入ってから、随分と歩いた。

 

 道らしい道はとうに消え、人の足跡も見なくなっている。

 

 聞いた話では、剣神様はこの山のどこかに住んでいるらしい。それ以上のことは分からなかった。

 

「…………」

 

 本当にいるのだろうか。

 

 そう思い始めた頃、木々の向こうから水の流れる音が聞こえてきた。

 

 そちらへ向かう。

 

 やがて視界が開き、小さな川が現れた。

 

 澄んだ水が山の間を縫うように流れ、その向こうに一軒の家が建っている。

 

「…………」

 

 古い、小さな家だった。

 

 脇には畑があり、軒下には薪が積まれている。

 

 こんな山奥に、他に人の住んでいる気配はない。

 

 ここだろうか。

 

 川を渡ろうとしたところで、家の裏から一人の老人が出てきた。

 

 白い髪を後ろで束ね、腕には薪を抱えている。背は少し曲がり、身体も痩せていた。

 

「…………」

 

 この人が、剣神様だろうか。

 

 老人もこちらに気づき、足を止める。

 

 その姿を見た瞬間、俺の足も止まった。

 

 一瞬だけ。

 

 宗玄が立っているように見えた。

 

 白い髪も、老いた身体も、顔も似ていない。

 

 それでも、立ち方が似ていた。

 

 余計な力の抜けた肩。

 

 わずかに落ちた腰。

 

 何も構えていないのに、足だけはいつでも動ける場所にある。

 

 何百年も前、何度となく見た宗玄の立ち姿だった。

 

 だが、違う。

 

 老人の顔を見る。

 

 最後に会った時、すでに老いていた。髪には白いものが混じり、顔にも長い年月が刻まれていた。

 

 今は、あの頃よりもさらに老いている。

 

 髪はほとんど白くなり、皺は深く、身体も一回り小さくなったように見える。

 

 それでも、見間違えるはずがなかった。

 

「……新太?」

 

 老人の目が大きく開いた。

 

 腕に抱えていた薪が一本、地面へ落ちる。

 

「……清子?」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 新太は答えず、しばらく俺の顔を見ていた。それから腰の肉雫唼へ目をやり、もう一度こちらを見る。

 

 やがて、その顔に笑みが浮かんだ。

 

「……はは。お前、本当に変わらねえな」

 

「そうでしょうか」

 

「変わってねえよ。俺を見てみろ」

 

 新太は自分の白髪を摘まんで見せる。

 

「こんなんなっちまったぞ」

 

「前にお会いした時も、かなり老けていましたが」

 

「再会して最初に言うことがそれか?」

 

「事実でしょう」

 

「もう少し言い方があるだろ」

 

 昔と変わらない言い方に、少しだけ笑う。

 

「では、お元気そうで何よりです」

 

「遅えよ」

 

 新太も笑った。

 

 その笑い方は、昔とほとんど変わっていなかった。

 

「それにしても……生きていたんですね」

 

「勝手に殺すな」

 

「いえ、本当に驚いているんです」

 

「俺もだよ」

 

「私が生きていたことに?」

 

「そっちは別に。お前は死ななそうだからな」

 

「どういう意味でしょう」

 

「そのままの意味だ」

 

 新太は落とした薪を拾うと、家へ向かって歩き出した。

 

「突っ立ってないで来い」

 

「よろしいのですか?」

 

「ここまで来て帰る気か?」

 

「ありません」

 

「なら聞くな」

 

「はい」

 

 後について家へ向かう。

 

 近くまで来ると、小さな畑にはいくつか野菜が育っているのが見えた。薪も綺麗に積まれており、昨日今日ここへ来たわけではないことが分かる。

 

「ずっとここに?」

 

「ずっとってわけじゃねえよ」

 

「では、いつから?」

 

「さあな。もう覚えてねえ」

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

「いえ。新太がこんなところにいるとは思わなかったので」

 

「俺だって、昔は思わなかったよ」

 

 新太はそれだけ言って家へ入った。

 

 中も簡素だった。卓と棚、寝床がある程度で、必要なもの以外はほとんど置かれていない。

 

 新太に促され、卓の前へ座る。

 

「なぜ、師匠の家にいなかったのですか?」

 

 新太は薪を置きながら、こちらを見た。

 

「なんで俺が住むんだよ」

 

「新太は、ずっとあそこへ通っていたでしょう」

 

「だからって俺の家になるわけじゃねえだろ」

 

 火を起こしながら、新太は何でもないことのように言う。

 

「あそこは親父の家だ。俺の家じゃねえよ」

 

「…………」

 

 それだけだった。

 

 宗玄が死んだからといって、あの家が新太のものになるわけではない。

 

 新太にとって、あそこは最後まで宗玄の家だったらしい。

 

「それで、ここまで?」

 

「別に最初からここを目指したわけじゃねえよ」

 

 新太は湯を沸かしながら答えた。

 

「親父のところへ行かなくなってから、しばらくあちこち歩いた」

 

「新太が?」

 

「なんだ、その顔は」

 

「意外でした」

 

「お前に言われたくねえよ」

 

「私は昔から歩いていますので」

 

「知ってるよ」

 

 新太が少しだけ笑う。

 

「だからだよ」

 

「?」

 

「いや。なんでもねえ」

 

 それ以上、新太は言わなかった。

 

 ただ、俺には少し引っかかった。

 

 宗玄のもとを離れた後、新太も外へ出た。

 

 昔の新太なら、あまり考えられないことだった。

 

 俺が外で剣を見て回っている間も、新太はずっと同じ場所で宗玄から剣を習い続けていた。

 

 その新太が、宗玄のもとを離れてから歩いた。

 

「何を見て回ったのですか?」

 

「別に。色々だよ」

 

「剣も?」

 

 新太が一瞬だけ黙った。

 

「まあな」

 

「…………」

 

「なんだよ」

 

「いえ」

 

 新太はそれ以上話す気がないらしく、湯の様子を見ている。

 

 俺も追及しなかった。

 

 ただ、先ほど見た立ち姿を思い出す。

 

 一瞬、宗玄に見えた。

 

 外へ出たというのなら、新太も俺と同じように様々な剣を見たのかもしれない。

 

 それでも、あの立ち方は宗玄だった。

 

「新太」

 

「あ?」

 

「師匠は、どうされたのですか」

 

 新太の手が止まった。

 

 こちらを振り返ることはなく、そのまま火を見つめている。

 

 少しして、新太は静かに答えた。

 

「死んだよ」

 

「…………」

 

 そうだろうとは思っていた。

 

 最後に会った時、宗玄はすでにかなり老いていた。それからどれほどの年月が過ぎたのかを考えれば、今も生きているとは考えにくい。

 

 それでも、実際に新太の口から聞くと、胸の奥に重いものが落ちた。

 

「いつですか」

 

「お前が最後に来てから、そんなに経ってねえよ」

 

「どのように亡くなられたのですか」

 

 湯が沸いた。

 

 新太は二つの器へ注ぎ、その一つを俺の前へ置いてから向かいに座った。

 

「親父はな。俺にも言ったんだよ。もう来なくていいって」

 

「…………」

 

 その言葉には覚えがあった。

 

 俺も宗玄から同じことを言われた。

 

 もう来なくていい。

 

 もう教えることはない。

 

 あの言葉を最後に、俺は宗玄のもとを離れた。

 

「俺は納得しなかったけどな。まだ親父から一本も取れてなかったから」

 

「新太らしいですね」

 

「うるせえ。結局、最後まで取れなかったんだよ」

 

 新太は器を手に取り、懐かしむように少し笑った。

 

「その日もいつも通り稽古して、いつも通り負けた。それで終わった後に、もう来なくていいって言われた」

 

「それが最後の稽古だったのですか」

 

「ああ」

 

 新太は一口飲んでから続けた。

 

「次の日、親父は死んだ」

 

 思わず顔を上げる。

 

「次の日?」

 

「ああ」

 

「何か兆候はなかったのですか」

 

「なかったよ。前の日まで普通に俺をぶっ飛ばしてた」

 

「病や、怪我では?」

 

「どっちでもねえ」

 

 新太は少しだけ間を置いた。

 

「朝になっても起きてこねえから、家に入ったんだ。そしたら親父は、壁にもたれて座ってた」

 

「…………」

 

「刀を抱えてな」

 

 目を閉じて。

 

 いつも傍らに置いていた刀を両腕で抱えたまま。

 

 ただ座っていたという。

 

 最初、新太は眠っているのだと思ったらしい。声をかけても返事がない。肩へ触れて、ようやく分かった。

 

「苦しんだ様子は?」

 

「なかった。傷もねえ。刀も鞘に入ったままだった」

 

「…………」

 

「ただ、座って死んでたよ」

 

 宗玄らしい。

 

 そう思った。

 

 生涯振り続けた刀を最後まで手放さず、その刀を抱いたまま、誰にも看取られずに死んだ。

 

 それが寂しいことなのかどうか、俺には分からなかった。

 

 少なくとも新太の話す宗玄の最期には、苦しみも後悔も感じられなかった。

 

「どうして……亡くなられたのでしょう」

 

「分からん」

 

 新太はそう答えたあと、少し考えるように器の中を見た。

 

「ただな。俺は、親父は満足したんだと思うよ」

 

「満足?」

 

「ああ。親父から、心の寿命って話を聞いたことあるか?」

 

「いいえ」

 

「だろうな。俺が聞いたのは、お前がいなくなった後だから」

 

「心の寿命とは?」

 

「親父が勝手に考えてただけだ。本当にそんなものがあるのかは知らねえよ」

 

 そう前置きしてから、新太は話し始めた。

 

 尸魂界にいる俺たちの身体は、現世の人間の肉体とは違う。霊子で形作られた魂そのものであり、肉体だけが老いて壊れ、そのために死ぬわけではない。

 

 それでも魂には終わりがある。

 

 霊格の高い者ほど長く存在し、低い者ほど早く終わる。霊格そのものも、長い年月や鍛錬の中で変わっていく。

 

 宗玄は、それとは別にもう一つ、魂を終わらせるものがあるのではないかと考えていたらしい。

 

 それが、心の寿命だった。

 

 やりたいことをすべてやり、欲しいものもなくなり、心の底からもう十分だと思った時。

 

 あるいは逆に、長く生きすぎて何を見ても心が動かず、生きることそのものに飽きた時。

 

 理由は正反対でも、どちらも心がそれ以上の生を求めなくなるという点では同じだと。

 

「それで、死ぬのですか?」

 

「さあな。親父も、そう決まってるなんて言ってねえよ。ただ、魂の寿命とは別に、心の方が終わることもあるんじゃねえかって話だ」

 

「…………」

 

「だから俺が勝手に思ってるだけだ。親父は満足したんだって」

 

 新太はそう言って、どこか懐かしそうに笑った。

 

「お前が自分の剣を持って帰ってきて、俺にももう教えることはないって言った。二人とも自分で歩けるようになったんだから、親父にとっちゃ十分だったんじゃねえか」

 

 宗玄が死んだのは、その翌日。

 

 偶然なのかもしれない。

 

 老いた魂が、ただ本来の寿命を迎えただけなのかもしれない。

 

 けれど、最後まで剣を教え、二人の弟子を送り出した翌日に、刀を抱いたまま静かに死んだと聞けば、新太がそう考えた理由も分からなくはなかった。

 

「……師匠らしいですね」

 

「だろ?」

 

 新太が笑う。

 

 俺は器を手に取り、一口飲んだ。

 

「…………苦いです」

 

「今その話の後で言うか?」

 

「苦いものは苦いので」

 

「嫌なら飲むな」

 

「いただきます」

 

「もう飲んでるだろ」

 

 もう一口飲む。

 

 やはり苦かった。

 

 器を置き、新太を見る。

 

 先ほどの話を聞いたせいだろうか。

 

 改めて見ると、気になる。

 

 新太は老いている。

 

 それ自体はおかしくない。最後に会った時からすでに老いは始まっていたし、それから途方もない年月が過ぎている。

 

 おかしいのは、まだ生きていることだった。

 

 新太は元々、霊格の高い魂ではない。護廷十三隊の隊長たちのような者とは比べるべくもなく、俺とも大きく違う。

 

 今感じる霊圧も細い。長い年月の中で少しずつ削られ、今にも消えてしまいそうなほど弱くなっている。

 

 それなのに、新太はここにいる。

 

「新太」

 

「なんだ」

 

「おいくつになりました?」

 

「知らん」

 

「知らない?」

 

「途中で数えるのやめた。お前は分かるのか?」

 

「分かりません」

 

「じゃあ聞くなよ」

 

「ですが、私とは違うでしょう」

 

 新太がこちらを見る。

 

「何がだ?」

 

「霊格です」

 

 俺は新太の霊圧を感じながら続けた。

 

「新太の霊格で、これほど長く生きているのは普通なのですか?」

 

 新太は答えなかった。

 

 先ほどまで浮かんでいた笑みが、少しだけ消える。

 

「先ほどの話を聞いたからでしょうか。少し気になりました」

 

「心の寿命か?」

 

「はい」

 

 新太はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく笑った。

 

「さあな。親父の言ってたことが本当かどうかなんて、俺にも分からん」

 

「では、ただ長生きしているだけだと?」

 

「かもしれん」

 

 それだけ言って、新太は器を持ち上げる。

 

 だが、口をつける前に、ぽつりと続けた。

 

「ただ、俺はまだだ」

 

「まだ?」

 

「ああ」

 

 新太の目が俺を見る。

 

 老いて細くなった身体とは違い、その目には不思議なほど力が残っていた。

 

「俺には、まだ一つ残ってる」

 

「何がですか?」

 

「さあな」

 

「新太」

 

「言わねえよ」

 

 昔と変わらない顔で笑う。

 

 それ以上聞いても、答える気はなさそうだった。

 

 何が残っているのかは分からない。

 

 ただ、その言葉を聞いてから新太を見ると、この男がなぜこれほど長い年月を生きているのか、先ほどまでとは少し違って見えた。

 

 宗玄の話が本当なのかは分からない。心に寿命などというものが本当にあるのかも分からない。

 

 それでも新太には、まだ終われない何かがある。

 

 そして、それは幾百年経っても、まだ失われていないらしかった。

 

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