BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
瀞霊廷から遠く離れた山の奥に、剣神様と呼ばれる者がいる。
そんな噂を聞いた。
死神でもないのに、神の名を冠する。
どれほど腕に覚えのある剣豪であろうと、彼の前に立てば赤子も同然。己の未熟さを思い知らされ、その先にある剣の頂の遠さを知るのだという。
「…………」
剣神様。
別に、斬り合いたいと思ったわけではない。
けれど、そんな噂を聞いて気にならないはずがなかった。
だから俺は、旅の途中で聞いた話を頼りに、その山へ向かった。
◇
山へ入ってから、随分と歩いた。
道らしい道はとうに消え、人の足跡も見なくなっている。
聞いた話では、剣神様はこの山のどこかに住んでいるらしい。それ以上のことは分からなかった。
「…………」
本当にいるのだろうか。
そう思い始めた頃、木々の向こうから水の流れる音が聞こえてきた。
そちらへ向かう。
やがて視界が開き、小さな川が現れた。
澄んだ水が山の間を縫うように流れ、その向こうに一軒の家が建っている。
「…………」
古い、小さな家だった。
脇には畑があり、軒下には薪が積まれている。
こんな山奥に、他に人の住んでいる気配はない。
ここだろうか。
川を渡ろうとしたところで、家の裏から一人の老人が出てきた。
白い髪を後ろで束ね、腕には薪を抱えている。背は少し曲がり、身体も痩せていた。
「…………」
この人が、剣神様だろうか。
老人もこちらに気づき、足を止める。
その姿を見た瞬間、俺の足も止まった。
一瞬だけ。
宗玄が立っているように見えた。
白い髪も、老いた身体も、顔も似ていない。
それでも、立ち方が似ていた。
余計な力の抜けた肩。
わずかに落ちた腰。
何も構えていないのに、足だけはいつでも動ける場所にある。
何百年も前、何度となく見た宗玄の立ち姿だった。
だが、違う。
老人の顔を見る。
最後に会った時、すでに老いていた。髪には白いものが混じり、顔にも長い年月が刻まれていた。
今は、あの頃よりもさらに老いている。
髪はほとんど白くなり、皺は深く、身体も一回り小さくなったように見える。
それでも、見間違えるはずがなかった。
「……新太?」
老人の目が大きく開いた。
腕に抱えていた薪が一本、地面へ落ちる。
「……清子?」
「はい。お久しぶりです」
新太は答えず、しばらく俺の顔を見ていた。それから腰の肉雫唼へ目をやり、もう一度こちらを見る。
やがて、その顔に笑みが浮かんだ。
「……はは。お前、本当に変わらねえな」
「そうでしょうか」
「変わってねえよ。俺を見てみろ」
新太は自分の白髪を摘まんで見せる。
「こんなんなっちまったぞ」
「前にお会いした時も、かなり老けていましたが」
「再会して最初に言うことがそれか?」
「事実でしょう」
「もう少し言い方があるだろ」
昔と変わらない言い方に、少しだけ笑う。
「では、お元気そうで何よりです」
「遅えよ」
新太も笑った。
その笑い方は、昔とほとんど変わっていなかった。
「それにしても……生きていたんですね」
「勝手に殺すな」
「いえ、本当に驚いているんです」
「俺もだよ」
「私が生きていたことに?」
「そっちは別に。お前は死ななそうだからな」
「どういう意味でしょう」
「そのままの意味だ」
新太は落とした薪を拾うと、家へ向かって歩き出した。
「突っ立ってないで来い」
「よろしいのですか?」
「ここまで来て帰る気か?」
「ありません」
「なら聞くな」
「はい」
後について家へ向かう。
近くまで来ると、小さな畑にはいくつか野菜が育っているのが見えた。薪も綺麗に積まれており、昨日今日ここへ来たわけではないことが分かる。
「ずっとここに?」
「ずっとってわけじゃねえよ」
「では、いつから?」
「さあな。もう覚えてねえ」
「…………」
「なんだよ」
「いえ。新太がこんなところにいるとは思わなかったので」
「俺だって、昔は思わなかったよ」
新太はそれだけ言って家へ入った。
中も簡素だった。卓と棚、寝床がある程度で、必要なもの以外はほとんど置かれていない。
新太に促され、卓の前へ座る。
「なぜ、師匠の家にいなかったのですか?」
新太は薪を置きながら、こちらを見た。
「なんで俺が住むんだよ」
「新太は、ずっとあそこへ通っていたでしょう」
「だからって俺の家になるわけじゃねえだろ」
火を起こしながら、新太は何でもないことのように言う。
「あそこは親父の家だ。俺の家じゃねえよ」
「…………」
それだけだった。
宗玄が死んだからといって、あの家が新太のものになるわけではない。
新太にとって、あそこは最後まで宗玄の家だったらしい。
「それで、ここまで?」
「別に最初からここを目指したわけじゃねえよ」
新太は湯を沸かしながら答えた。
「親父のところへ行かなくなってから、しばらくあちこち歩いた」
「新太が?」
「なんだ、その顔は」
「意外でした」
「お前に言われたくねえよ」
「私は昔から歩いていますので」
「知ってるよ」
新太が少しだけ笑う。
「だからだよ」
「?」
「いや。なんでもねえ」
それ以上、新太は言わなかった。
ただ、俺には少し引っかかった。
宗玄のもとを離れた後、新太も外へ出た。
昔の新太なら、あまり考えられないことだった。
俺が外で剣を見て回っている間も、新太はずっと同じ場所で宗玄から剣を習い続けていた。
その新太が、宗玄のもとを離れてから歩いた。
「何を見て回ったのですか?」
「別に。色々だよ」
「剣も?」
新太が一瞬だけ黙った。
「まあな」
「…………」
「なんだよ」
「いえ」
新太はそれ以上話す気がないらしく、湯の様子を見ている。
俺も追及しなかった。
ただ、先ほど見た立ち姿を思い出す。
一瞬、宗玄に見えた。
外へ出たというのなら、新太も俺と同じように様々な剣を見たのかもしれない。
それでも、あの立ち方は宗玄だった。
「新太」
「あ?」
「師匠は、どうされたのですか」
新太の手が止まった。
こちらを振り返ることはなく、そのまま火を見つめている。
少しして、新太は静かに答えた。
「死んだよ」
「…………」
そうだろうとは思っていた。
最後に会った時、宗玄はすでにかなり老いていた。それからどれほどの年月が過ぎたのかを考えれば、今も生きているとは考えにくい。
それでも、実際に新太の口から聞くと、胸の奥に重いものが落ちた。
「いつですか」
「お前が最後に来てから、そんなに経ってねえよ」
「どのように亡くなられたのですか」
湯が沸いた。
新太は二つの器へ注ぎ、その一つを俺の前へ置いてから向かいに座った。
「親父はな。俺にも言ったんだよ。もう来なくていいって」
「…………」
その言葉には覚えがあった。
俺も宗玄から同じことを言われた。
もう来なくていい。
もう教えることはない。
あの言葉を最後に、俺は宗玄のもとを離れた。
「俺は納得しなかったけどな。まだ親父から一本も取れてなかったから」
「新太らしいですね」
「うるせえ。結局、最後まで取れなかったんだよ」
新太は器を手に取り、懐かしむように少し笑った。
「その日もいつも通り稽古して、いつも通り負けた。それで終わった後に、もう来なくていいって言われた」
「それが最後の稽古だったのですか」
「ああ」
新太は一口飲んでから続けた。
「次の日、親父は死んだ」
思わず顔を上げる。
「次の日?」
「ああ」
「何か兆候はなかったのですか」
「なかったよ。前の日まで普通に俺をぶっ飛ばしてた」
「病や、怪我では?」
「どっちでもねえ」
新太は少しだけ間を置いた。
「朝になっても起きてこねえから、家に入ったんだ。そしたら親父は、壁にもたれて座ってた」
「…………」
「刀を抱えてな」
目を閉じて。
いつも傍らに置いていた刀を両腕で抱えたまま。
ただ座っていたという。
最初、新太は眠っているのだと思ったらしい。声をかけても返事がない。肩へ触れて、ようやく分かった。
「苦しんだ様子は?」
「なかった。傷もねえ。刀も鞘に入ったままだった」
「…………」
「ただ、座って死んでたよ」
宗玄らしい。
そう思った。
生涯振り続けた刀を最後まで手放さず、その刀を抱いたまま、誰にも看取られずに死んだ。
それが寂しいことなのかどうか、俺には分からなかった。
少なくとも新太の話す宗玄の最期には、苦しみも後悔も感じられなかった。
「どうして……亡くなられたのでしょう」
「分からん」
新太はそう答えたあと、少し考えるように器の中を見た。
「ただな。俺は、親父は満足したんだと思うよ」
「満足?」
「ああ。親父から、心の寿命って話を聞いたことあるか?」
「いいえ」
「だろうな。俺が聞いたのは、お前がいなくなった後だから」
「心の寿命とは?」
「親父が勝手に考えてただけだ。本当にそんなものがあるのかは知らねえよ」
そう前置きしてから、新太は話し始めた。
尸魂界にいる俺たちの身体は、現世の人間の肉体とは違う。霊子で形作られた魂そのものであり、肉体だけが老いて壊れ、そのために死ぬわけではない。
それでも魂には終わりがある。
霊格の高い者ほど長く存在し、低い者ほど早く終わる。霊格そのものも、長い年月や鍛錬の中で変わっていく。
宗玄は、それとは別にもう一つ、魂を終わらせるものがあるのではないかと考えていたらしい。
それが、心の寿命だった。
やりたいことをすべてやり、欲しいものもなくなり、心の底からもう十分だと思った時。
あるいは逆に、長く生きすぎて何を見ても心が動かず、生きることそのものに飽きた時。
理由は正反対でも、どちらも心がそれ以上の生を求めなくなるという点では同じだと。
「それで、死ぬのですか?」
「さあな。親父も、そう決まってるなんて言ってねえよ。ただ、魂の寿命とは別に、心の方が終わることもあるんじゃねえかって話だ」
「…………」
「だから俺が勝手に思ってるだけだ。親父は満足したんだって」
新太はそう言って、どこか懐かしそうに笑った。
「お前が自分の剣を持って帰ってきて、俺にももう教えることはないって言った。二人とも自分で歩けるようになったんだから、親父にとっちゃ十分だったんじゃねえか」
宗玄が死んだのは、その翌日。
偶然なのかもしれない。
老いた魂が、ただ本来の寿命を迎えただけなのかもしれない。
けれど、最後まで剣を教え、二人の弟子を送り出した翌日に、刀を抱いたまま静かに死んだと聞けば、新太がそう考えた理由も分からなくはなかった。
「……師匠らしいですね」
「だろ?」
新太が笑う。
俺は器を手に取り、一口飲んだ。
「…………苦いです」
「今その話の後で言うか?」
「苦いものは苦いので」
「嫌なら飲むな」
「いただきます」
「もう飲んでるだろ」
もう一口飲む。
やはり苦かった。
器を置き、新太を見る。
先ほどの話を聞いたせいだろうか。
改めて見ると、気になる。
新太は老いている。
それ自体はおかしくない。最後に会った時からすでに老いは始まっていたし、それから途方もない年月が過ぎている。
おかしいのは、まだ生きていることだった。
新太は元々、霊格の高い魂ではない。護廷十三隊の隊長たちのような者とは比べるべくもなく、俺とも大きく違う。
今感じる霊圧も細い。長い年月の中で少しずつ削られ、今にも消えてしまいそうなほど弱くなっている。
それなのに、新太はここにいる。
「新太」
「なんだ」
「おいくつになりました?」
「知らん」
「知らない?」
「途中で数えるのやめた。お前は分かるのか?」
「分かりません」
「じゃあ聞くなよ」
「ですが、私とは違うでしょう」
新太がこちらを見る。
「何がだ?」
「霊格です」
俺は新太の霊圧を感じながら続けた。
「新太の霊格で、これほど長く生きているのは普通なのですか?」
新太は答えなかった。
先ほどまで浮かんでいた笑みが、少しだけ消える。
「先ほどの話を聞いたからでしょうか。少し気になりました」
「心の寿命か?」
「はい」
新太はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく笑った。
「さあな。親父の言ってたことが本当かどうかなんて、俺にも分からん」
「では、ただ長生きしているだけだと?」
「かもしれん」
それだけ言って、新太は器を持ち上げる。
だが、口をつける前に、ぽつりと続けた。
「ただ、俺はまだだ」
「まだ?」
「ああ」
新太の目が俺を見る。
老いて細くなった身体とは違い、その目には不思議なほど力が残っていた。
「俺には、まだ一つ残ってる」
「何がですか?」
「さあな」
「新太」
「言わねえよ」
昔と変わらない顔で笑う。
それ以上聞いても、答える気はなさそうだった。
何が残っているのかは分からない。
ただ、その言葉を聞いてから新太を見ると、この男がなぜこれほど長い年月を生きているのか、先ほどまでとは少し違って見えた。
宗玄の話が本当なのかは分からない。心に寿命などというものが本当にあるのかも分からない。
それでも新太には、まだ終われない何かがある。
そして、それは幾百年経っても、まだ失われていないらしかった。