BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
隊首会が終わったあと、俺は十一番隊へ戻らず、そのまま流魂街へ向かった。
宗玄のところへ行くのは久しぶりだった。
最後に会ったのは、護廷十三隊ができるより前。あの時も随分と久しぶりに戻ったはずだ。それでも宗玄はそこにいて、以前と同じように俺と刀を合わせてくれた。
老いてはいた。
けれど、刀を持てば宗玄は宗玄だった。
こちらが強く斬れば、その力を流される。踏み込めば、その一歩を使われる。
自分で選んで動いているはずなのに、気づけば宗玄の望むところへ導かれている。
昔は、何をされているのかすら分からなかった。
最後に刀を合わせた時には、それが少しだけ分かるようになっていた。
そして今なら。
「…………」
もっと分かる。
腰の肉雫唼へ手を置く。
あの頃より、俺は強くなった。
肉雫唼の名を知り、その形にも慣れた。隊長たちと刀を合わせ、戦場にも立った。
昔なら意識しなければできなかったことも、今では身体が勝手に動く。
今の俺と斬り合ったら、宗玄はどうするのだろう。
今度こそ、驚かせることができるだろうか。
「…………ふふ」
そう考えると、少しだけ歩く速度が上がった。
◇
しばらく歩いて、足が止まった。
「…………」
おかしい。
周囲を見る。
道を間違えたのだろうか。
記憶を辿りながら来たはずなのに、見覚えのあるものがほとんどない。
家が違う。道も違う。
昔は何もなかったところに建物が並び、あったはずのものがなくなっている。
知らない人間が行き交い、知らない子供たちが走り回っていた。
「…………」
もう一度、辺りを見回す。
それでも、ここだ。
間違えてはいない。
この道を通り、ここを曲がった。その先に、宗玄の家があった。
記憶の中にある景色と、目の前の景色を重ねながら進む。
宗玄の家は、あちらだ。
そうして、辿り着いた。
「…………」
家は残っていた。
けれど、屋根は崩れ、壁も朽ちている。
戸があったはずの場所には何もなく、傾いた柱の向こうに薄暗い室内が見えていた。
もう長い間、誰も住んでいないことだけは分かった。
「…………」
宗玄はいなかった。
◇
しばらく、その場に立っていた。
引っ越したのだろうか。
そう思った。
宗玄が別の場所へ移ったのなら、探せばいい。新太も一緒かもしれない。
家へ近づく。
崩れかけた入口から中を覗いたが、人の気配はない。
少し迷ってから中へ入った。
足を置くたび、乾いた木が小さく鳴る。
昔はもっと狭く感じた気がする。
宗玄が座っていた場所はどこだっただろう。
壁際だった。
たしか、あちらだったと思う。
けれど壁そのものが半分崩れていて、昔の間取りすらよく分からない。
新太が来れば、適当なところへ座った。
俺もここで何度か話をした。
それなのに、今目の前にあるものから、あの頃の場所を見つけることができない。
「…………」
何か残っていないかと思い、室内を見渡した。
割れた器。
朽ちた板。
土と埃。
それが宗玄の使っていたものなのか、それとも宗玄がいなくなったあと誰かが置いたものなのかさえ分からない。
刀もない。
宗玄がここにいたと分かるものは、何一つ見つからなかった。
家を出る。
近くを歩いていた男へ声を掛けた。
「あの、少しよろしいでしょうか」
「ん?」
「人を探しているのですが」
「人?」
「はい。宗玄という方をご存じありませんか?」
「宗玄?」
男が少し考えてから、首を横へ振った。
「知らねえな」
「そうですか」
なら。
「新太という方は?」
「新太?」
「はい」
「そっちも知らねえ」
「…………そうですか。ありがとうございます」
頭を下げた。
別の者にも聞いてみた。
宗玄。
新太。
二人の名前を出したが、知らないと言われた。
さらに別の者にも尋ねたが、答えは同じだった。
誰も、二人を知らなかった。
「…………」
もう少し探してみる。
ここに長く住んでいそうな者なら、何か知っているかもしれない。
少し離れたところに、店先へ腰を下ろしている老人がいた。髪は白く、背も曲がっている。
「あの」
「ん?」
「少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだい」
「この辺りに、宗玄という方が住んでいたのをご存じありませんか?」
「宗玄?」
老人の目が細くなる。
すぐに首を振られると思った。
けれど、老人は何も言わず、しばらく考えていた。
「宗玄……宗玄か」
「ご存じなのですか?」
「いや。俺は知らん」
「…………そうですか」
頭を下げようとしたところで、老人が続けた。
「ただ、その名前は聞いたことがあるような気がするな」
顔を上げる。
「どなたからですか?」
「昔、この辺りに住んでた爺さんだ」
「…………」
「俺がここへ来た頃には、もう随分な年寄りだった。昔のこの辺りのことをよく知っててな」
老人は記憶を探すように眉を寄せた。
「その爺さんが、もっと昔、この辺りに剣を教えていた男がいたって話をしてたことがある。宗玄だったか……そんな名前だったと思うが」
「剣を」
「ああ。別に道場をやってたわけじゃなかったらしい。何人か出入りして、刀を教わってたとか、そんな話だった」
「…………」
宗玄だ。
たぶん。
「その方が、その後どうなったかは?」
「そこまでは知らんな」
「いつ頃までここにいたかは分かりますか?」
「さあなあ。俺がここへ来た時には、もういなかったと思うぞ」
「…………」
「そもそも俺も、その爺さんから昔話として聞いただけだ。何年前の話だったかまでは知らん」
「そうですか」
「あんた、その宗玄って人の知り合いなのか?」
「はい」
老人が俺を見る。
少し不思議そうな顔をした。
「そうか。なら、随分昔の知り合いなんだな」
「…………そうですね」
それ以上、何も言えなかった。
礼を言い、老人から離れる。
歩きながら、先ほどの言葉を考えた。
目の前にいた老人ですら、宗玄を知らない。
この辺りに昔住んでいた、さらに年老いた者から聞いた話の中に、ようやく宗玄らしき人間が出てくる。
「…………」
周囲を見た。
知らない家。知らない道。知らない人。
俺がここで刀を振っていた頃のものが、ほとんど何も残っていない。
◇
護廷十三隊ができた。
滅却師との戦争があった。
十一番隊を預かり、剣八と呼ばれるようになった。
隊士たちを鍛え、任務へ出て、他の隊長たちとも何度も刀を合わせた。
その間にも時間は流れていた。
厳原が死んだ。
他にも隊長を退く者がいた。任務から帰らなかった者もいた。
そのたびに新しい者が現れ、空いた位置へ立った。
十一番隊でも、昔からいた者が去り、その席には次の者が就いた。俺に刀を向けていた若い隊士が、いつの間にか後から来た者へ剣を教えるようになっていた。
それを何度も見た。
「…………」
数十年ではない。
もう、数百年が経っている。
何故、今まで気づかなかったのだろう。
宗玄は強かった。
それは今でも変わらない。俺が知っている。何度も刀を合わせたのだから。
けれど、山本重國や護廷十三隊の隊長たちとは、強さの種類が違った。
宗玄は、魂の霊格そのものが高かったわけではない。
あの人の強さは、剣を知っていることだった。
力の使い方を。
相手の動かし方を。
刀というものを。
俺よりもずっと深く知っていた。
だからこそ、俺は宗玄から剣を教わった。
「…………」
けれど、あれから数百年が経っている。
今も昔と同じ場所にいて、また刀を合わせられる。
そう考える方が、不自然だった。
新太も同じだ。
今も生きているのか。どこかへ移ったのか。それとも、もう死んでいるのか。
何も分からない。
宗玄がいつ死んだのかも分からない。
どこで死んだのか。誰かがそばにいたのか。
それすら、もう知ることはできない。
ただ。
宗玄は。
もういない。
「…………」
また来れば、会えると思っていた。
今でなくても、いつか来ればいいと。
何故か、ずっとそう思っていた。
◇
宗玄の家があった辺りへ戻った。
朽ちた家は、先ほどと変わらずそこにある。
少し離れたところまで歩き、辺りを見渡した。
昔、この辺りで刀を振った。
宗玄に言われるまま、何度も。
けれど、正確にどこだったのかが分からない。
家の前だったはずだ。
もう少し右だっただろうか。
新太と向かい合った場所は、あの辺りだった気がする。
「…………」
歩いてみる。
昔の記憶では、家から何歩か進めば稽古をしていた場所に出た。
だが、今はそこに細い道が通り、その向こうには別の家が建っている。
少し場所をずらす。
ここだろうか。
分からない。
あれだけ毎日のように立っていた場所なのに、景色が変われば見つけることすらできなかった。
それでも、宗玄の家からそう遠くはない。
人の邪魔にならない場所を選んで立つ。
足を置く。
握る。
振る。
最初は、それだけだった。
「…………」
腰から肉雫唼を抜く。
構える。
そして、振った。
風を切る。
もう一度、踏み込んで振る。
今では、何も考える必要がない。足は自然に次の位置へ動き、腰が回り、刃が走る。
もう一歩。
今度は相手がいるつもりで振った。
正面から刀が来る。
受けない。その力を流す。
相手が体勢を立て直そうとする。
逃げられる場所を残せば、相手はそこを選ぶ。
なら、その先へ刃を置く。
「…………」
肉雫唼を止めた。
懐かしい感覚だった。
初めて宗玄の前で刀を振った時、『全部駄目だ』と言われた。
言葉通り、足も、握りも、振り方も、何一つできない小娘だった。
それが今では、考えるまでもなく身体が動く。
何度も刀を合わせ、教わるうちに、宗玄の剣は身体に染みついていた。そして宗玄と別れたあとも、俺はずっとその剣を使ってきた。
「…………」
宗玄はいない。
けれど。
俺の剣の中には、まだいる。
◇
宗玄に会った頃の俺は、刀の振り方すら知らなかった。
流魂街で錆びた刀を拾い、ただ振っていた。
強く振ればいい。速く振ればいい。
そう思っていた。
宗玄に会って、初めて剣を教わった。
足の置き方。
腰の使い方。
刀の握り方。
振り方。
間合い。
相手を見ること。
そして。
相手に選ばせること。
あの人がいなければ、今の俺の剣はない。
「…………」
肉雫唼を見る。
あの頃に持っていたのは、錆びた刀だった。
今は違う。
この刀には名前がある。
肉雫唼。
俺にも名前がある。
八千流。
十一番隊を預かり、剣八と呼ばれるようになった。
あの頃とは、何もかも違う。
だから、今の俺の剣を見せたかった。
もう一度刀を合わせて、どこまで届くようになったのか。
見てもらいたかった。
「…………」
また来ればいいと思っていた。
今でなくても、次でいい。
そう思って、気づけば数百年が経っていた。
そして。
もう。
次はなかった。
◇
肉雫唼を鞘へ戻した。
ここにいても、宗玄には会えない。
新太もいない。
なら、帰ろう。
歩き出す。
けれど、数歩進んだところで足を止めた。
「…………」
振り返る。
宗玄の家は朽ちている。あの頃の景色も、もう残っていない。
宗玄がいつ死んだのか、どこで死んだのか。
何も分からない。
だから。
ここでいい。
柄に手を掛け、鞘から抜く。
両手で横向きにし、目の前へ捧げ持つ。
まるで、そこにいる宗玄へ見せるように。
刀身が静かに光を拾った。
かつて錆びた刀を握っていた手には、今、この肉雫唼がある。
「…………」
刃に映る自分を見て、少しだけ笑った。
「この剣がどこまで届くのか、見てきます」
刀を鞘へ戻し、宗玄がいた場所へ頭を下げる。
「ご指導、ありがとうございました」
返事はない。
少し待った。
もちろん、何も聞こえない。
「…………」
顔を上げる。
そして、今度こそ歩き出した。
◇
瀞霊廷へ戻る道を歩きながら、肉雫唼の柄に触れる。
宗玄から教わったものは残っている。
踏み込む。
刀を振る。
力を流す。
相手の選ぶ場所を狭める。
今ではどれも、考えなくてもできる。
これから先、もっと強くなっても。
もっと多くの剣を知っても。
きっと、なくならない。
俺に最初に剣を教えた人。
「…………」
もう一度くらい。
斬り合いたかった。
それだけは、どれだけ強くなっても。
もう。
どうにもならなかった。