BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
ちょっと長いなと思ったので、章を分けました。
前半の内容は変わってないです。
後半は新しく付け足しています。
翌朝、目を覚ますと、新太はすでに外にいた。
家を出ると、畑の向こうで鍬を振るっている姿が見える。
「おはようございます」
「おう。起きたか」
「早いですね」
「年寄りは朝が早えんだよ」
「そういうものですか」
「知らん。適当に言った」
「…………」
相変わらずだった。
新太は畑を耕し、俺はその様子を眺める。
昨日聞いた話が頭に残っていた。
宗玄の最期。
心の寿命。
そして、新太にまだ一つ残っているというもの。
何が残っているのかは、結局教えてくれなかった。
「手伝えよ」
「何をですか?」
「見りゃ分かるだろ」
「客人ですが」
「昨日から飯食って泊まってんだから働け」
「仕方ありませんね」
「なんで偉そうなんだよ」
新太から鍬を一本借り、隣で土を耕す。
しばらく二人で土を耕した。
新太の動きは遅い。
鍬を振り上げるのも、土へ落とすのも、俺とは比べものにならないほど遅かった。
当然だ。
霊格も低く、身体も昔よりさらに衰えている。
それなのに、見ていると妙なところがあった。
無駄がない。
鍬を上げる高さも、落とす場所も、次に足を置く位置も、ほとんど変わらない。土へ刃が入れば、そのまま身体を動かして土を返し、その動きのまま次の一歩を踏む。
一つが終わってから、次へ移るのではない。
前の動きが、そのまま次の動きへ続いている。
「…………」
「なんだよ」
「いえ」
「またなんか失礼なこと考えてんだろ」
「考えていません」
「嘘つけ」
新太は鍬を振り下ろした。
土が返る。
その足が、次の場所へ移る。
昨日、家の前で見た時もそうだった。
一瞬、宗玄に見えた。
だが、今こうして長く見ていると、少し違う。
宗玄そのものではない。
宗玄から教わったものが、新太の身体の中で長い年月をかけて別のものになっている。
そんな気がした。
「そういえば」
「あ?」
「昨日、旅の途中で剣も見たと言っていましたね」
「ああ」
「どのような剣を?」
「まだ聞くのかよ」
「気になりますので」
「色々だよ。お前ほどじゃねえ」
新太は鍬を動かしながら答える。
「道場みてえなところに入ったこともあるし、腕に覚えがある奴に絡まれたこともある。こっちから頼んで相手してもらったこともあったな」
「斬り合ったのですか?」
「まあな」
少し意外だった。
新太は宗玄のところにいた頃から強かった。
俺が初めて剣を習い始めた頃など、まともに勝つことすらできなかった。
その新太が外へ出て、何百年も歩いた。
当然、剣を交える機会もあったのだろう。
「何人ほど斬りました?」
新太の手が止まる。
「数えてねえよ」
「では、かなり?」
「いや。ほとんど殺してねえよ」
「…………」
思わず、新太を見る。
「長く旅をしていたのでしょう?」
「ああ」
「剣も随分交えたと」
「交えたよ」
「それで、ほとんど?」
「お前な」
新太が呆れたように俺を見る。
「剣を交えたからって、殺す必要はねえだろ」
「…………」
何も返せなかった。
その言葉に、引っかかった。
剣を交えれば、人が死ぬ。
いつからか、それを当たり前のこととして考えていた。
だが、昔からそうだったわけではない。
初めて人を斬った頃、俺は人を殺すことを嫌っていた。殺さずに済むなら、その方がいいと思っていた。
それが、いつから変わったのだろう。
旅をして、斬って、戦場に立って、また斬った。
気づけば、人を斬ることに何も感じなくなっていた。強い者と剣を交えるなら、どちらかが死ぬことさえ当然のように受け入れていた。
「…………」
鍬を握ったまま、しばらく土を見つめる。
すると、新太が少しだけ困ったように頭を掻いた。
「まあ、俺だって殺したことがねえわけじゃないぞ」
顔を上げる。
「向こうが殺す気なら、殺すしかねえ時もある。何人かは俺も殺してるよ」
「…………」
新太はそれ以上何も言わず、また鍬を振り始めた。
俺も少し遅れて、土へ鍬を入れる。
新太は旅の中で多くの剣を見て、多くの者と剣を交えた。
殺したことがないわけではない。
それでも、ほとんどは殺していない。
新太を見れば、それはすぐに分かることだった。
新太の霊格は、昔より更に低い。
殺し合いや、生死の境を越えるような戦いは魂を磨く。死の淵で己の限界を越えれば、霊格そのものが引き上げられることもある。
俺は、それを何度も繰り返してきた。
だが、新太は違う。
同じ宗玄から剣を習い、同じように外へ出た。
それでも、歩いた道はまるで違っていた。
俺は外にある剣を求めた。
強い者がいれば斬り合い、知らない技があれば覚えた。使えるものは使い、いらなくなれば捨てた。
そうして、数え切れないほどの剣を自分の中へ入れてきた。
新太はどうだったのだろう。
「新太」
「今度はなんだ」
「旅をして、色々な剣を見たのでしょう?」
「見たよ」
「取り入れなかったのですか?」
新太の鍬が土へ入った。
「入れたさ」
「では――」
「でも、最後は同じだった」
新太は土を返す。
「同じ?」
「使ってみて、考えて、また振る。そうすると結局、親父に教わったところへ戻ってくるんだよ」
「…………」
「別の剣を見ても、こっちの方がいいと思えば使った。真似もした。でも、振ってるうちに余計なもんが消えてく」
新太は次の場所へ一歩移った。
「最後に残るのは、いつも親父の剣だった」
鍬が下りる。
土が返る。
また一歩。
同じ動きに見える。
だが、一度として止まっていない。
「だから、ずっとそれを振ってた」
「何百年も?」
「他にやることもなかったからな」
「…………」
「なんだよ」
「暇だったのですね」
「お前は本当に一言多いな」
新太が笑う。
俺も少し笑った。
だが、その言葉は頭から離れなかった。
最後に残るのは、いつも宗玄の剣。
俺は宗玄から教わった剣を土台に、外で見たものを重ね続けた。
新太も外へ出た。
様々な剣を見た。
それでも新太は、そこから広がらなかった。
戻ったのだ。
何度も。
宗玄の剣へ。
そして、同じものを何百年も振り続けた。
「…………」
畑仕事が終わる頃には、陽も高くなっていた。
新太が鍬を肩に担ぐ。
「飯にするぞ」
「はい」
家へ戻ろうとする新太の背中を見て、ふと思った。
「新太」
「今度はなんだよ」
「久しぶりに、一本どうですか?」
新太の足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「一本?」
「はい。昔のように」
新太は少しだけ俺を見た。
「木刀でか?」
「そのつもりでしたが」
「…………」
しばらく黙ったあと、新太は鼻で笑った。
「やるなら刀でいいだろ」
「…………」
今度は、俺が黙る番だった。
「よろしいのですか?」
「なんだ。怖えのか?」
「まさか」
そう答えながら、新太を見る。
細くなった身体。
低い霊格。
昔より遥かに遅くなった動き。
今の俺が本気で刀を振れば、一太刀で終わる。
そう思った。
「では、食事の後に」
「おう」
新太はそれだけ言って、再び家へ向かって歩き出した。
その背中を追いながら、俺はもう一度、先ほどの鍬の動きを思い出していた。
一つの動きが終わる前に、次が始まっていた。
いや。
違う。
最初から、分かれていなかった。
◇
新太から刀を一本借りた。
流石に、斬魄刀で斬り合うわけにはいかない。
新太も壁に立てかけてあった刀を手に取る。
「行くか」
「はい」
家を出て、川沿いを少し歩く。
新太が足を止めたのは、木々の途切れた場所だった。地面は平らで、刀を振るには十分な広さがある。
新太が俺から十歩ほど離れ、そこで振り返った。
「この辺でいいだろ」
「はい」
俺は借りた刀の柄へ手をかけた。
新太も刀を抜く。古い刀だった。特別なものには見えない。
新太自身も霊格は低く、身体は老いている。先ほどまで見ていれば分かる。歩く速さも、鍬を振る速さも、昔よりずっと遅くなっている。
最後に剣を交えた頃ですら、俺はすでに新太を追い越していた。
最初は、まるで勝てなかった。
何度打ち込んでも受けられ、躱され、気づけば新太の木刀が俺へ届いていた。
それが少しずつ変わった。
一本取れるようになり、同じだけ取れるようになり、やがて俺の方が多く取るようになった。
それから、新太に負けた覚えはない。
「…………」
「なんだよ」
「いえ」
「先に言っとくぞ」
新太が刀を下げたまま言う。
「どっちかが斬るまでだ」
「…………」
予想はしていた。
一度目を瞑り、再び新太を見る。
「分かりました」
刀を抜く。
新太を見る。
刀を片手に持ち、切っ先を地面へ向けたまま、だらりと下げている。
肩にも腕にも力はなく、どこから斬りかかってこいと言わんばかりに、自然に立っているだけだった。
構えてすらいない。
なのに、その姿はひどく宗玄に似ていた。
「いつでもいいぞ」
「はい」
地面を蹴り、一歩で間合いへ入り、そのまま刀を振る。
刃が新太の肩へ届く、その直前、新太が動いた。ほんの僅かに身体を外して俺の刃を避け、それと同時に刀が走る。
「…………」
身体を引くと、刃先が胸の前を通り過ぎた。
そのまま距離を取る。
「なんだ?」
「いえ」
もう一度、今度は先ほどより深く踏み込む。
新太の刀が動き、受けた瞬間に新太が退く。追って一歩入り、刀を返して首へ向けて横に薙ぐが、上体を僅かに倒して外された。
同時に、新太の刀が下から上がってくる。
「っ」
身体を捻る。
刃が着物を掠め、また距離を取った。
◇
「清子」
「はい」
「何やってんだ」
「何がですか?」
「それ、本気か?」
「…………」
答えなかった。
新太が小さく息を吐く。
「俺が爺だからか?」
「そのようなつもりは」
「あるだろ」
「…………」
否定できなかった。
手を抜いたつもりはない。
けれど。
俺の刀は、新太の死に触れることを拒んでいた。
「清子」
「はい」
「斬れ」
昔、宗玄にも同じことを言われたことを思い出す。
「…………」
新太を見る。
「分かりました」
刀を構え直す。
新太の表情が変わった。
笑っている。
「それでいい」
◇
息を吐き、新太だけを見る。
老いた身体も、低い霊格も、昔の記憶も、すべて頭から外した。目の前に立つ老人は、刀を持っている。
なら、俺の次の動きは一つだ。
踏み込む。
今度は違う。最短で間合いを潰し、刀を振り下ろす。
新太の刀が上がった。受けるつもりなら、そのまま押し切れる。力が違う。
だが、新太は刀を傾けることすらしなかった。ただ俺の刀へ刃先を添え、それだけで振り下ろした力をするりと横へ流していく。
「…………!」
思わず目を見張る。
絶技。
神業。
そんな言葉を当てはめることすら陳腐に感じた。
宙を漂う一本の糸を、幾つかに断つよりなお難しい。
受けたわけでも、弾いたわけでもない。刃先を添えただけで、俺の力そのものを横へ逃がしている。
そして、その動きのまま新太が半歩踏み込んだ。
刀が首へ来る。すぐに刀を戻して受けると、金属音が響いた。
今度は俺が押す。新太の身体が下がったので追って右から斬るが、新太は外れる。刀を返すと流され、そのまま胸を突いたところを、首を傾けるだけで避けられた。
「…………」
止まらない。
さらに踏み込んで斬り、避けられれば返す。それも流されるが、さらに追う。
そこへ来た新太の刀を身体を外して避け、そのまま斬り返す。刃先は新太の着物の僅か手前を通り過ぎ、すぐに返ってきた刀を弾くと、新太が一歩下がった。
俺も止まる。
「…………」
互いに傷はない。
◇
「随分、強くなったな」
新太が言った。
「…………」
返事をせず、新太を見る。
先ほどまでとは、少し違って見えた。
俺はいつの間にか、新太を斬る相手として見なくなっていた。
昔は追いかけていた。
追いつき、追い越し、それから一度も負けなかった。
だが。
本気で刀を振った。
それでも、まだ一度も届いていない。
新太も俺を斬ってはいない。
互いに傷はない。
今、俺たちは同じ場所に立っている。
「……新太は随分遅くなりましたね」
「お前は本当に可愛げがねえな」
「身体がついてこねえ。昔みてえには動けんよ」
「でしょうね」
「そこは少しくらい否定しろよ」
「事実ですので」
「ほんと可愛げねえな」
新太が刀を構え直す。
俺も刀を構えた。
「続けるぞ」
「はい」
◇
再び間合いを詰めるが、今度はすぐに斬らず、新太を見る。
肩、腰、足、刀、目。どこが動く。
俺が右から斬れば、新太は左へ外れる。なら、そこへ次を置く。
踏み込んで右から斬ると、予想通り新太が左へ動いた。そこへ刀を返す。
今度こそ届く。
そう思ったところで、新太の刃先が俺の刀へ触れた。
僅かに軌道が変わり、刃は新太の身体の脇を通り過ぎる。
すぐに追おうとして、違和感を覚えた。
「…………?」
足が、思っていた場所にない。
半歩だけ外にある。
新太に動かされたわけではない。
先ほど、新太の刀を避けた時に俺自身がそこへ置いた足だった。
踏み直せば済む程度のずれ。
だが、その僅かな時間で、新太はすでに間合いの外へ出ていた。
「…………」
追って斬り、新太が外れたところへ刀を返すが、受け流される。
さらに踏み込むと新太の刀が来た。避けてそのまま斬り返すが、また届かない。
何度か攻防を繰り返したところで、新太の刀を受けた。
刃が触れる。ほとんど力は感じなかった。
だが、受けた刀が僅かに外へ動き、その動きにつられて腕が開き、肩が動き、腰が僅かに回った。
新太が退くのを追おうとして、一瞬止まる。
まただ。
今度は足ではない。
身体の向きが、最初から僅かにずれている。
ほんの僅かな差だった。
戦いの中なら、意識する必要もないほどの差。
だが、そのまま次の一太刀へ入れば、刀の軌道も変わる。
「…………」
ここで、ようやく分かった。
宗玄の剣だ。
相手を見て、動き、選ばせ、その先を作る。
それ自体は知っている。何度も教わった。
だが、新太の剣はそこで終わっていない。
俺が避けた時に置いた足。
受けた時に動いた腕。
そこから開いた肩と、僅かに回った腰。
新太は、そのすべてを次の一太刀へ残している。
俺の刀を一度外して終わりではない。
そこで生まれた僅かなずれを消させないまま、次の攻防へ持ち込んでいる。
踏み込んで斬り、新太が外れたところを追う。そこで刃が触れた。
今度は分かった。新太の刀が俺の刀へ触れた瞬間、切っ先の位置が僅かに外へ動いた。
そのまま次を振れば、ほんの少し遠回りになる。
直せばいい。
だが、直してからでは遅い。
新太はもう次の場所へ動いている。
斬れば外れ、追えば受けられる。さらに次へ入ると新太の刀が来たので避ける。
その足が地面へ着いた瞬間、気づく。
また、ここへ置かされた。
「…………」
一つ一つなら、意識すらすることのない僅かなずれだ。
だが、それが消えることなく、次の一太刀へ残っている。
一つ受けるたびに俺の次が変わり、一つ避けるたびに、その次がまた変わる。
そして、変えられた状態から次の攻防が始まり、その結果がさらに次へ残っていく。
「…………」
新太は、一太刀ごとに俺と斬り合っているのではない。
最初の一太刀から、ずっと続いている。
先ほど見た、鍬の動きを思い出した。
一つが終わってから、次へ移るのではない。
最初から、分かれていなかった。
「新太」
「なんだ?」
「いつからですか?」
「何がだよ」
「剣です」
新太は少しだけ笑った。
「さあな」
「またそれですか」
「長く生きてるとな。いつ何が変わったかなんて覚えてねえんだよ」
「便利な言葉ですね」
「年寄りの特権だ」
新太はそれ以上、何も説明しなかった。
俺も聞かなかった。
もう一度、刀を構える。
同じ場所から始まった剣だ。
だが、新太はそこから何百年も同じものを振り続けた。
外へ出ても。
別の剣を見ても。
最後には、そこへ戻った。
そして、戻るたびに少しずつ深くなった。
「…………」
面白い。
そう思った。
昨日まで、新太は昔の仲間だった。
一緒に剣を習い、俺が追いつき、やがて追い越した相手。
そのはずだった。
だが今、目の前にいる新太の剣には、俺の知らないものがある。
「もう一度お願いします」
「おう」
新太が笑って刀を構える。
今度は、新太を斬るためだけではない。
見たい。
この剣が、どこまで続いているのか。
踏み込むと、新太の刀が動き、俺の刃と触れる。
そこから次の一太刀が生まれる。
いや。
違う。
次が始まったのではない。
最初の一太刀が、ずっと続いている。