BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
宗玄のいた場所を訪れてからも、時間は流れ続けた。
護廷十三隊は大きくなり、隊舎は整い、規律が生まれ、隊士の数も増えていった。十三の隊はそれぞれの役割を持つようになり、かつて山本重國が荒くれ者たちを集めて作った集団は、長い年月をかけて少しずつ組織としての形を整えていった。
そして、それと同じように、人も変わっていった。
◇
隊首会で十三人を見渡す。
見覚えのある顔は、もうほとんど残っていなかった。
護廷十三隊が生まれた日、山本重國の前に並んでいた者たち。厳原はとうに死に、その後も命を落とした者がいた。隊を退いた者もいれば、いつの間にか姿を見なくなった者もいる。
空いた場所には新しい隊長が立ち、その者がいなくなれば、また次の者が立つ。
そうして何度も人が入れ替わり、気づけば、あの日に並んでいた十三人はほとんど残っていなかった。
「…………」
一人ずつ、何となく目を向ける。
知らない顔が増えた。
けれど。
その剣を知らないわけではない。
右手に立つ隊長とは、何度か刀を合わせたことがある。最初に斬り合った時よりも随分と強くなった。踏み込みの癖も、間合いの取り方も知っている。
その隣の隊長とも斬った。
さらに向こうの者とは、任務で一緒になったことがある。直接刀を合わせた回数は少ないが、どういう剣を使うのかは見ている。
別の隊長は、就任して間もない頃に十一番隊へやって来た。
俺と一度、刀を合わせてみたいと言ったから、そのまま相手をした。
あれから何度か斬り合っている。
「…………」
顔ぶれは変わった。
それなのに。
周囲にある剣の多くを、俺はもう知っていた。
護廷十三隊が創設された頃は違った。
同じ場所に、自分の知らない剣がいくつもあった。
どんな一撃が来るのか分からない。刀を合わせて初めて分かることがあり、一度では理解できないこともあった。
だから、次が楽しみだった。
今も新しい隊長は現れる。
その者の剣を初めて見ることもある。
けれど長く同じ場所にいれば、いずれ知る。
一度斬り合い。
二度斬り合い。
任務で見て。
また刀を合わせる。
そうして、その剣も知っているものになっていく。
「…………」
いつからだろう。
十三人を見渡しても、まだ一度も見たことのない剣を探す方が難しくなったのは。
正面を見る。
山本重國がいる。
もっとも、山本重國もあの頃と同じ姿ではない。黒かった髪には白いものが増え、髭も随分と白くなった。顔には深い皺が刻まれ、初めて会った頃より明らかに年老いている。
それだけの年月が流れたのだ。
けれど、正面に立つあの人を見れば、今でもすぐに分かる。
強い。
姿は変わっても、その存在感だけは少しも衰えていなかった。
「八千流」
「はい」
「…………」
山本重國と目が合う。
「申し訳ありません。少し考え事をしておりました」
「そうか」
山本重國はそれ以上何も言わず、再び隊首会を進めていった。
◇
十一番隊へ戻れば、いつものように刀の音が聞こえてくる。
それだけは昔から変わらない。
隊舎へ足を踏み入れて間もなく、一人の隊士がこちらへ走ってきた。
「剣八隊長!」
「はい」
「一戦、お願いできますか!」
「構いませんよ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに刀を抜く隊士を見ながら、俺も腰の刀を抜いた。始解はせず、直刀のまま構える。
「いつでもどうぞ」
「はい!」
声と同時に隊士が踏み込んできた。
以前に相手をした時より速い。振り下ろされた刀を受けて横へ流すと、体勢を崩すことなく二撃目が続き、そのまま三撃目へつながった。
「…………」
よくなっている。
足運びも刀筋も、前より無駄が減っていた。
四撃目を受け流したところで、隊士の身体が僅かに崩れる。その隙へ刀を返し、首筋へ届く寸前で刃を止めた。
「――っ!」
隊士の身体が固まる。
「……参りました」
俺が刀を下ろすと、隊士も息を吐きながら構えを解いた。
「以前より、お強くなっていますね」
「ですが、まだ一太刀も届きません」
「次は届くかもしれませんよ」
「……頑張ります」
「はい。楽しみにしています」
そう言うと、隊士は一礼し、少し悔しそうな顔をしながら仲間たちのところへ戻っていった。
「剣八隊長」
今度は別の声がした。
「私もお願いしていいですか」
「ええ」
刀を構え直す。
二人目が踏み込んでくる。
一人目とは違う剣だった。
力で押すのではなく、こちらの刃へ触れてすぐに離れる。何度か刀を合わせたことがあるが、以前より距離の取り方が上手くなっていた。
少し追う。
相手が下がる。
さらに一歩入ったところで、隊士が急に踏み返してきた。
「…………」
それも悪くない。
刀を流し、胴の前で刃を止める。
「参りました」
「もう少し、戻るのを遅らせた方がよいかもしれません」
「はい!」
隊士が下がる。
すると、また別の者が前へ出た。
「次、俺いいですか?」
「どうぞ」
三人目。
その次。
さらにもう一人。
気づけば、稽古場の端には俺と刀を合わせ終えた者たちが何人も座っていた。
肩で息をしている者もいる。
悔しそうに今の一戦を振り返っている者もいる。
俺は立ったまま、周囲を見る。
「他には?」
「…………」
一瞬、誰も答えなかった。
そこで初めて、自分がまだ肉雫唼を構えたままだったことに気づいた。
「……隊長」
「はい」
「まだやるんですか?」
「そのつもりでしたが」
答えると、何人かが顔を見合わせた。
「いや、やりますけど」
一人が立ち上がりながら、少し笑った。
「最近、前より俺たちの相手してくれますよね」
「そうでしょうか」
「してくれますよ。前なら何人かやったら終わりだったじゃないですか」
「…………」
言われてみれば。
そうかもしれない。
以前なら、声を掛けられれば相手をした。それが何人か続くこともあった。
けれど最近は、終わったあとに周囲を見ることが増えた。
次に刀を持っている者を探す。
誰も来なければ、自分から声を掛けることもある。
今日もそうだった。
一人目の相手をした。
二人目。
三人目。
それでも刀を鞘へ戻さず、今、自分から次を求めた。
「剣八隊長?」
「いえ」
肉雫唼を見る。
何故だろう。
斬り合うことは楽しい。
隊士たちが以前より強くなっていることも嬉しい。
一太刀増えれば、その分だけ次が楽しみになる。
それなのに、終わるとまた次を見ている。
「では、お願いします」
「はい!」
立ち上がった隊士が刀を構えた。
俺も考えるのをやめ、もう一度構えた。
強くなっている。
あの者だけではない。十一番隊そのものが、昔よりずっと強くなっていた。
戦いを好む者が集まり、互いに刀を合わせる。俺がそうしろと言ったわけではないのに、いつの間にかそれがこの隊の日常になっている。
好きだった。
刀の音が絶えず、強くなろうとする者たちが集まる、この場所が。
それなのに。
最近は、何かが足りなかった。
◇
その頃から、任務の報告にも以前より目を通すようになった。
「流魂街西方。賊の一団が集落を襲撃。討伐要請です」
「規模は?」
「二十ほどです」
「戦える者は?」
「何人かいるようですが、それほどでもないかと」
「そうですか」
報告を持ってきた席官が、続けて別の紙を見る。
「こちらは南方です。虚が複数確認されています。既に死者も出ているようです」
「数は?」
「確認されているだけで五体です」
「では、そちらは私が行きます」
「え?」
席官が顔を上げた。
「何か?」
「いや……隊長が出るほどじゃありませんよ」
「そうですか?」
「はい。席官を何人か出せば十分かと」
「…………」
もう一度、報告を見る。
確かにそうだった。
五体程度なら、俺が出る必要はない。
「では、お任せします」
「はい」
席官が紙をまとめて出ていく。
その背中を見送りながら、少しだけ考えた。
何故、自分で行こうとしたのだろう。
死者が出ているから。
そう考えればおかしくはない。
けれど、十一番隊の席官たちなら対応できると、報告を聞いた時点で分かっていた。
「…………」
その日は、それ以上考えなかった。
けれど、似たことはまたあった。
「東方で武装した集団が確認されています」
「人数は?」
「まだ不明です」
「戦闘になった者は?」
「近隣の者が何人か。かなり腕が立つ者が混じっているという話です」
「どの程度ですか?」
「そこまでは」
「では――」
言いかけて、止まった。
報告をしていた隊士がこちらを見る。
「剣八隊長?」
「…………いえ。続けてください」
「はい」
隊士が報告を続ける。
聞きながら、自分が何を言おうとしたのかは分かっていた。
私が行きます。
また、そう言おうとした。
人数より先に、腕が立つという言葉へ反応した。
「…………」
別の日にも。
虚の討伐報告の中に、通常より強い個体がいると聞けば詳しく尋ねた。
どの程度だったのか。
誰が戦ったのか。
どんな戦い方をしたのか。
既に討伐されたと聞けば、それで話は終わる。
それなのに、報告を聞く前より少しだけ何かが落ちる。
「…………」
何を期待しているのだろう。
自分でも、まだよく分からなかった。
◇
別の日には、隊長の一人と刀を合わせた。
俺より後に隊長となった者で、これまでにも何度か斬り合っている。
「お願いします」
「はい」
互いに刀を抜き、向かい合う。
俺の刀は直刀のまま。
相手が構え、こちらも構えると、ほとんど同時に踏み込んだ。
刃がぶつかる。
最初の一合を受け、そのまま二合、三合と続く。以前より速く、返しも鋭くなっている。
四合目を受け流した。
そのまま次が来ると思ったが、相手は踏み込まず、一度後ろへ退いた。
「…………」
前とは違う。
こちらの返しを警戒したのだろう。
すぐに距離を詰めると、相手もそれを読んで迎え撃った。刀がぶつかり、互いに離れる。
「お強くなりましたね」
「ありがとうございます」
「前より、ずっといいです」
「では」
相手が刀を構え直す。
「今度こそ一太刀、届かせたいものです」
「はい。楽しみにしています」
再び相手が踏み込んできた。
速い。鋭い。
確かに強くなっている。
けれど、その刀を見ながら、俺は次にどこへ来るのかが分かっていた。その次にどちらへ動き、こちらが一歩出ればどう反応するのかまで、刀を合わせる前から見えてくる。
右から来る刃を受け、押し返さずに流す。相手が体勢を戻すより先に一歩入ると、予想した通り相手は後ろへ退いた。
その動きに合わせて刀を返し、首の前で止める。
「…………」
「……参りました」
「ありがとうございました」
刀を引くと、相手は悔しそうに自分の刀を見た。
「以前より、ずっとお強くなっています」
「それでも届きませんでした」
「…………」
「次は、もう少し届くようにします」
「はい。楽しみにしています」
それは本当に楽しみだった。
次に刀を合わせる時には、さらに強くなっているのだろう。
けれど、刀を鞘へ戻しながら、同時に分かってしまう。
次に斬り合っても。
きっと、勝てる。
◇
強くなりたかった。
前の世界で生きていた頃には、刀など縁のないものだった。この世界に生まれ、公家の姫として生きていた頃にも、刀を振りたくても振ることはできなかった。
そして死んで、流魂街へ来て、初めて自分の意思で刀を持った。
錆びた刀を拾い、宗玄に剣を教わり、旅に出て知らない剣を見た。強い者を探して、斬って、斬られて、そうして少しずつ強くなった。
護廷十三隊へ入った時には嬉しかった。
それまでなら何年探しても出会えるか分からなかったほどの強者が、同じ場所に何人もいたからだ。
刀を合わせれば、知らないものがあった。自分の剣が通じないことがあり、どう斬ればいいのか考えなければならなかった。
それが楽しかった。
「…………」
けれど、あの日に並んでいた者たちは、もうほとんどいない。
そして俺自身も、あの日の俺ではなくなっていた。
◇
剣八。
最初は、八千流から取られただけの名だった。
剣の八千流。
それを縮めて、剣八。
けれど、いつしかその名は、最も強い剣士を意味する言葉になった。
あの頃の俺は思った。
今の自分が一番ではないのなら、一番になればいい。その名に追いつけばいい。
だから、ずっと刀を振り続けた。
強くなることだけを考えてきた。
それなのに。
「…………」
どうして前より、刀を振るのが楽しくないのだろう。
◇
相手が弱くなったわけではない。
今の隊長たちも強い。十一番隊の隊士たちも、昔よりずっと鍛えられている。
新しく隊長になった者たちも成長していた。最初は簡単に崩せた者が、次に刀を合わせた時には一太刀増える。その次にはこちらの誘いを見抜き、さらにその次には、それを逆に利用しようとしてくる。
皆、確かに強くなっていた。
それでも俺も強くなっている。
刀を合わせれば、次に何が来るのか分かる。どこへ動くのか、どこを斬れば終わるのか。
まだ相手が刀を振っているのに、俺の中では先に勝負が終わってしまう。
「…………」
つまらない。
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
けれど、すぐに違うと思った。
斬り合うことは今でも好きだ。刀を持てば楽しいし、強い者と戦えば嬉しい。
ただ。
足りない。
俺の知らない剣が。
俺の予想から外れる一撃が。
一歩間違えれば、本当にこちらが斬られるような相手が。
欲しかった。
◇
宗玄には、何をされているのか分からなかった。
何度やっても届かなかった。
旅に出れば知らない剣があり、護廷十三隊へ入れば強い者が何人もいた。
いつも自分より先に何かがあって、そこへ追いつこうとして刀を振っていた。
けれど。
追いついた先には、何があるのだろう。
「…………」
山本重國がいる。
あの人だけは、今でも別だった。
初めて会った時、流刃若火を前にして俺は何もできなかった。
今なら、あの時とは違う。
どこまで届くのか。
それは試してみたい。
けれど、俺が求めているものは、それだけではなかった。
こちらが刀を振れば、相手も振る。
こちらが斬り、相手にも斬られる。
どちらが次に血を流すのか分からない。こちらの剣を破られ、相手の剣を破り、それでもまだその先がある。
そういう斬り合いを。
いつから、していないのだろう。
◇
なら、探せばいい。
昔と同じように。
瀞霊廷にいないのなら、外へ行けばいい。
流魂街は広い。かつての俺自身がそうだったように、護廷十三隊に属さず生きている強者がいても不思議ではない。
ちょうど、流魂街外縁の郎党を征伐する任務があった。
瀞霊廷の安寧のため。
それが、表向きの理由だった。
◇
それが、表向きの理由だった。
◇
流魂街外縁。
雨が降っていた。
濡れた地面に粗末な家。道とも呼べない道。
昔、俺が歩いていた場所とそれほど変わらない。
「隊長」
「はい」
後ろから近づいてきていた隊士が声を掛けてきた。
「やはり無理です…」
「…………」
「流魂街をいくら探しても…」
隊士が続ける。
「隊長が満足される程の猛者に巡り会うことは到底叶いませんよ…」
「――よく真意を見抜きましたね…」
隊士が俺の傍らを示した。
「この死体の山の大きさが、そのまま隊長のご不満の大きさでありましょう!」
「…………?」
言われて、初めてそちらを見る。
死体が積み重なっていた。
一人や二人ではない。いくつもの死体が折り重なり、大きな山を作っている。
「そんな山…いつのまにそこにありました?」
「はっ!?」
「いえ…」
隊士の顔色が変わる。
「隊長が斬られたものではないのですか!?」
「…………」
視線を上げた。
死体の山の上。
そこに、一人の子供がいた。
ぼろぼろの姿。
血に汚れた顔。
手には刀。
積み重なった死体の上に腰を落とし、その子供はこちらを見ていた。