心が読めるスキルを持って貞操逆転世界に転生したので、エッチな妄想が可愛い聖女様を徹底的に堕として曇らせようと思う 作:ひきさん
「ヤりたい! ヤりたい!」という何度も何度も聞こえてくる心の叫びの、あまりの強度と頻度にドン引いてしまって、思わず逃げ出してしまった……
いや、しかし。もしこの異世界の第二の人生がラブコメだとするなら、あの聖女モモはヒロイン、それもメインヒロインにあたる存在だろう。仮にもラブコメ好きの一人、いいや、生粋のラブコメファンであるところのこのぼくが、まさかメインヒロインに対して「ドン引いて」「逃げ出す」なんて行為、許されるはずがない。もしぼくが読者なら、これはラブコメではなく純粋なコメディである、あるいはそれすら通り越してもはやギャグ小説であるなどと、
ぼくはこの異世界において、ぼくが歩む物語はラブコメであってほしいと願っている。
それは、前世において、恋愛絡みでまったく満たされなかった負の記憶の数々が、いまだにトラウマのようにぼくを苛んでいるからだ。
ぼくはあくまで、ラブコメをしたいと思っている。
決して、貞操逆転世界特有の、聖女様の童貞力溢れるモノローグを聞かされ続けて、(き、きもっ……!)と耐えかねてしまう、みたいなギャグ展開を望んでいるわけではない!
……思い返してみれば、当たり前のように思ってしまったが、これがラブコメであるとするなら、メインヒロインに対して(き、きもっ……!)とか主人公が思うラブコメなど、始まる前から終わっていると言わざるを得ない。一体どうなっているんだ?
だが、あの聖女様を曇らせる、ということを考える時に、それを邪魔する雑念、いや、妄念のようなものがある。
果たしてぼくごときの魅力で、あの可憐なる聖女様を「曇らせる」ほどの高すぎる好感度を維持できるのだろうか、という疑問だ。
それは、前世恋愛において負け犬だった、成功体験など一切存在しないぼくの魂に残る呪い、特に、あの忌々しくもドチャクソエロ可愛かったナツミちゃんから受けた呪いが生んだ疑問だ。
そうした疑問はぼくの心に次々とグルグルやってきて、ぼくの正常な判断を、阻害していく。
――まだ、早いかもしれない。
――もっと、決定的な一打を放って、徹底的に聖女様の魂ごとメロメロにしてしまう必要があるだろう。
それくらいしないと、
ぼくは一人のラブコメ好きとして、曇らせに必要なものをよく理解している。
それは、いわゆる「激重感情」である。
重くて重くて重くてたまらない、Web小説だったら「愛が重い」タグがつきそうなくらいのヒロインの執念、妄念、盲目的な愛こそが、真にぼくの愛する「曇らせ」を魅力的にするものである。
であるならば――
あの聖女モモのぼくへの気持ちを、もっと重く、粘度のある、ドロドロとした愛へと変貌させておく必要があるだろう。
そんなことを考えながら、ぼくは、召使長さんのところへと戻って、ひとまずこの屋敷で生活するために必要な家事全般を、教わるのだった――
ちなみに、召使長さんは二十代後半くらいの大人の女性でキリッとした美人なのだが、作業中、一回肌が触れ合った時に、
(……ドキドキドキ。こ、これは……まさか……恋……? こ、こんな年若い少年と、わたしのような年増が……いけない、そんな、ああ……)
と非常にピュアな反応をしていた。
貞操逆転世界も、聖女様みたいな性欲の化身ばかりでもないんだな、と思って、ぼくはなんだか心が暖かくなって、
「召使長さんと一緒にいると、なんだか心が暖かくなります……」
と言うと、その時は手が触れ合ってなかったので心の中はよくわからないのだが、とりあえず十秒くらいフリーズしていた。たぶん悪くは思われていないだろうと思うが、ちょっぴり不安である。
そんなこんなで、一通り家事を教わっていると、あたりは夕方を超えて夜になっていた。
飢えているところに大きめのパンを食べただけだったぼくは、今日の晩御飯に期待する気持ちを抑えられなかった。
そんな時に、召使長さんからこんな連絡がありました。
「聖女様から命があり、聖女様はご体調が優れないので、少年に晩御飯を食べさせる世話係を任ずる、とのことです」
ぼくはそれを聞いて、思った。
――体調悪いとか絶対嘘だ! これ、自分が「あーん」されたいだけのやつだ……!
聖女様という人間の心の動きを見尽くしてきたぼくからすれば、この推理は赤子の手をひねるように容易。
であるならば、こちらとしても戦略を練る時間は必要だろう。
ぼくはよくよく心の準備、食事の準備をしてから、聖女様の部屋に向かった。
「聖女様、お食事の準備ができました」
そう言って、最初はなにごともなかったかのようにワゴンに入れた食事を、テーブルの上に並べていく。
「こ、こほん。聖女モモは体調が悪い、体調が悪いため、テーブルまで一人で歩くのが困難です。介助を依頼します……」
うわー、なんかとんでもないこと頼んできた……!
か、介助なんて、ぼくなんかがやっていいことなんだろうか?
ぼくは恐る恐る、ベッドの上に座っている聖女様に近づく。
窓から三日月が覗く中、ランプの光を浴びてオレンジ色に輝く聖女様の顔は、それはもう可憐だった。
なんだか頬を紅潮させて、うるうるとした瞳で、ベッドの脇に立っているぼくを上目遣いで見つめている。
か、可愛い……!
なんて破壊力なんだ、この女の子の上目遣いというやつは!
思えば前世でも、あの怨敵にして渇望の対象でもあったナツミちゃんは、たびたびこの上目遣いというメインウェポンでぼくの心をズタズタにしていた。
それがましてや、異世界らしい人外の美しさを誇る乙女、聖女モモから繰り出された日には、ぼくがドキドキとしてしまうのも仕方がないだろう。
なんだか予定とは違うが、ラブコメらしい展開だ。
実に望ましい。
ぼくは、焦れ焦れイチャ甘ラブコメも、決して嫌いではないんだから……!
「聖女様……その、介助というのはどのようにすれば……」
「そ、そ、そ、そう……わたしを、お、お、お、お、お姫様だっこしてもらうのが、介助の理想的形、だよ?」
必死にクーデレの仮面をかぶろうとして被りきれていない聖女様自体は、なかなか可愛らしいものがある。彼女の本性さえ知らなければ、ぼくなんてあっさりと惚れてメロメロになっていただろう。それだけのパワーが、この
だが肝心の要求は無茶苦茶だった。
お、お姫様だっこ!? このぼくが!? そんなのしたことないけどぉおおおおおおお!!!
女の子にお姫様抱っこをする。言葉だけなら単純だ。
だが、それには、単なる一童貞にはあまりに高度すぎる、複数のオペレーションを含んでいる。
まず、あの聖女様の細くて壊れそうな背中に、直々に手を回して、抱きしめるように持ち上げる必要がある。
それだけでも、ぼくの心臓が破裂してしまいそうになる大事業だ。
だが、それだけではなく、ぼくは、聖女様のお御足、つまりはあの男を惹きつけてやまない魅惑の部位である太ももに、直に腕で触れて持ち上げなければならないのである……!
しかも聖女様のきている肩だしワンピースはめっちゃミニ丈、ミニスカートなのだ……!
む、無理……!
あまりにも無理過ぎる……!
しかも、最後にはその聖女さまを抱きしめるように持ち上げて、腕をぼくの肩にまわしてもらうのだ。
そんな超至近距離攻撃を食らってしまっては、この異世界におけるラブコメのコンセプトが崩壊してしまう。
ただ、貞操逆転世界で美少女に惚れてメロメロになって付き合うだけのラブコメになってしまう!
それは誰よりもぼく自身が望んでいないことだ。
だが、ここで聡明なるぼくの頭脳は、この窮地を脱するための妙案を導き出す。
それは――
「それでは聖女様、持ち上げますね」
「ひゃ、ひゃい……っ!」
そういってぼくは聖女様の肩出しワンピースの露出した背中と、ミニ丈のワンピースの太ももに、ぼくの半袖の服を着て露出した腕を回し、持ち上げる素振りを見せる。
通常であれば、絶体絶命の危機。
ぼくほどの童貞力であれば、間違いなく
だがぼくは心配していなかった。
信じていたからだ。
このモモという少女を――
聖女モモの、童貞力を――!
そのぼくの思いに呼応するように、聖女モモの心の声が、流れ込んでくる――!
(ぎゅああああああああああああああああああああ! ぎゅぃいいいいいいいいいいいいいいいん! ぎゅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん! ど、どうなっている! どうしてこんな叶うはずもない夢、湖に映った月が現実になるような事が起きている!? り、理解できない……わたしはどうしてしまった……? こんな、わたしのすは、すは、すは、素肌に、ふとももに、せなかに、美少年の可憐ながらも少しだけ逞しい腕が触れるなんて! すーーっ! はーーーっ! なんかめっちゃいい匂いするんだけど! 美少年の匂い、なんでこんな本能がじくじくしちゃうような匂いなんだ! お風呂入ったはずなのに、めっちゃいい匂いする! 処女じゃ耐えられない匂いしてる! はっ! 気づいてしまった! この少年、風呂に入った後、召使としての仕事をしているっ! それがこの、淫魔のごとき魅惑的な体臭を形作る、汗を分泌させているんだ! 美少年の汗! なんと甘美な香り! こんなものを至近距離で嗅がされてみろ! わたしのような弱き処女など、ひとたまりもないことは分かるだろう! 分かるだろうが、モモ! なぜ一時の衝動にまかせてお姫様抱っこなどと言ってしまったんだ! 愚か! あまりにも愚か! その一時の愚かさが、わたしを殺す! 殺しきられる! ……すーーっ、はーーっ、すーーっ、はーーっ、すーーっ、はーーっ、すーー、はーーっ)
いい匂いがしてドキドキしてしまうのは、こちらも同じはずなのに――
その聖女モモの溢れんばかりの〈童貞力〉が、ぼくを殺す刃となる――
――このギャグ時空の中で興奮するのはあまりにも無理! あまりにも無理筋!
聖女モモがこうなることは、ぼくの賢者の智慧によって、0.3秒のうちに導き出されていた。
これはすべて計画通り。
ぼくの首元でやたら息を「すーーっ、はーーっ」している聖女モモが気持ち悪すぎることを含めても、想定通りであるっ!
(だ、ダメだ……これはあまりに刺激が強すぎる……処女には刺激が強いなんてもんじゃない……美少年の匂い、それは一瞬で致死量に達するほどの猛毒なのに、あろうことかわたしはそれを「すーーっ、はーーっ」しつづけてしまったっ! はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたい……)
ちょっと壊れちゃったんじゃないかと思うほどの性欲の発露――ただ、ヤりたいという原始的な
「ぶほぉっ!」
吹き出してしまう。ついに、耐えきれず、吹き出してしまう。
そのぼくの笑いは、ぼくが抱きしめていた聖女様を手放してしまうという結果を生み……
あえなく聖女様は、地上に墜落した。
それはこの、聖なる――いや――性なる聖性を持った聖女モモという存在の堕天を象徴するような出来事だった。
ぼふっ。
聖女様の部屋に敷かれていた分厚いカーペットに、聖女様の身体はぼふっと着地した。
「……いいっ……これ、いいかもっ……!」
――聖女様は、何かに目覚めていたようだった。
目をうっとりとさせて、はぁっと色っぽく溜息をつく。
ぼくは耐えきれず、こう言った。
「ちょっと、召使長さん呼んできますね」
逃亡。鮮やかなる逃亡。
聖女様がまた誰も見たことのない扉を開けてしまったその心の声を覗く勇気は、さすがのぼくも無かったのであった――