銀英伝も艦これもまだまだ人気ありますねー!
ご期待に添えるよう微力を尽くさせていただきます!
「ひとまず、まずは建造をしてみるか。手札が無ければ、これ以上の進展は望めんしね……」
ヤン・ウェンリーは、己の理性が激しく抵抗するのを感じながら、建造ドックの中央に据え付けられた操作コンソールの前に立った。
眼前にあるのは、極めて簡素なタッチパネル式のモニターであった。そこには無機質なフォントで「燃料」「弾薬」「鋼材」「ボーキサイト」と記された四つの入力欄が並び、それぞれの下に数字を打ち込むテンキーが表示されている。
「ここに数字を入力するわけか……。最低数は三十ずつ。最高は……九百九十九か。で、この横の赤いボタンが、建造開始……」
ヤンは右手を伸ばし、自らの顔の上半分を深々と覆った。
一体これは何なのだ。
かつて彼が生きた恒星間航行時代であれば、超空間跳躍エンジンや液体金属装甲を備えた戦艦を建造する際、数千台のスーパーコンピュータと数万人のエンジニア、そして厳密な分子レベルの設計図が必要であった。
それに比べて、目の前の光景はどうだ。SFの世界というよりは、もはや悪質なオカルト、あるいは児童向けの玩具(トイ)の領域である。
(……ということは、だ)
ヤンの思考は、さらに厄介な迷宮へと足を踏み入れていた。
(隣に控えているあの大淀さんも、先ほど飛びついてきた元気すぎる金剛も、すべてこの四つの材料を放り込まれて生まれたということなのか? 生命の神秘も遺伝子工学も存在しないのか? 人工子宮とでも言うべきナノマシン技術なのか、それとも魂の錬金術なのか。そもそも、鋼鉄とボーキサイトを混ぜてどうやって人間と同じ皮膚や眼球が構成されるのだ。材料の理屈がまったく意味不明だ……)
合理主義者であり歴史家であるヤンの脳内は、物理法則と生物学の常識が正面衝突を起こし、完全にスパークしていた。
「……あの、提督?」
眉間を押さえてフリーズしていたヤンに、背後から大淀がおずおずと声をかけた。
「ああ、大淀。すまない、少々激しい現実逃避をしていたところだ」
ヤンは咳払いを一つして手を下ろし、気を取り直してモニターを指差した。
「うむ……。しかし、この材料の数値には、何か明確な法則や意味があるのかい? 数字を最大値の九百九十九まで放り込めば、それだけ強力な艦が生まれるという、単純な足し算の仕組みなのだろうか」
ヤンが問いかけた瞬間、足元でカチャカチャと小さな音が鳴った。見ると、先ほどの妖精が一匹、器用にチョークを走らせて手元の小さな黒板に何かを書き足していた。
差し出された黒板には、丸っこい文字でこう記されていた。
『おおければいい、わけじゃない』
「多ければいいわけじゃない……?」
ヤンは顎に手を当て、黒板の文字を凝視した。
「とすれば、生み出したい艦種ごとに、最適な比率や投入量の閾値(しきいち)が存在する、ということかね?」
妖精はヤンの理解の早さに感激したように、満面の笑みでコクコクと力強く頷いた。ヤンの脳内で、戦術家としての推論の歯車が噛み合い始める。
「なるほど、少し見えてきたぞ。物資の投入量が全体的に少なければ、消費するリソースが小さくて済む『駆逐艦』のような小型艦娘が誕生する確率が高い。逆に、投入量を増やしていけば、巡洋艦、空母、そして金剛のような戦艦といった大型艦の魂が引き寄せられる……そういう力学か?」
ヤンが足元の妖精を見下ろすと、妖精はまるで「正解だ」と言わんばかりに、小さな親指をグッと立てて見せた。
「……そうか。とすれば、無闇に資源を浪費するわけにはいかないな」
ヤンは画面の数字を見つめ、腕を組んだ。
「そもそも、この数値の『単位』は何だ? キログラムなのか、トンなのか、それともドラム缶何本分といった指標なのか。大淀は判るかい?」
「いえ……私たちも、妖精さんから見た資材の『個数』としてしか認識しておりません。詳しくは……」
「妖精さん、そこらへんの具体的な質量基準は?」
ヤンが足元に尋ねると、妖精たちは全員で首を傾げ、ポカンとした顔でお互いを見つめ合ってしまった。彼らにとって資材とは「そこにあるもの」であり、単位などという概念は最初から存在しないらしい。
「……うーん」
ヤンは再び頭を抱えそうになったが、すぐに思考を切り替えた。戦場において、すべての情報が揃うのを待っていては永遠に行動できない。不完全な前提条件の中で最善の選択肢を絞り込むことこそが、指揮官の仕事である。
(現実問題として、現在の横須賀鎮守府が最も必要としているのは、近海警備のローテーションを安定させ、物資の探索や護衛をこなせる『駆逐艦』か『軽巡洋艦』だ。大型艦を動かすだけの重油の備蓄はない以上、いま戦艦を引き当てても飯を食わせられない……)
ヤンは画面の入力欄に指を伸ばし、仮説を組み立てながら数値を設定し始めた。
「まず、船であるからして、骨格となる鋼材は必須だ。だが大型艦ではないのだから、鋼材は百程度でいいだろう。燃料も同様に百。……問題はボーキサイトだ。ボーキサイトとは、確かアルミニウムの原石だったな。近代の軍艦において、アルミニウムが大量に使われる用途といえば……装甲ではなく、航空機の機体だ。ならば、ボーキサイトを大量に投入すれば『空母』が生まれる可能性が高まる。今は空母を養う余裕はないから、ボーキサイトは最低値の三十にしておこう。弾薬も、主砲が小さい軽巡や駆逐艦ならそれほど必要ないはずだが、念のため少しだけ色をつけて二百……いや、燃料百、弾薬百、鋼材百、ボーキサイト三十。これでどうだ」
ヤンが入力した数値を見て、大淀は感心したように眼鏡を押し上げた。
「素晴らしい推論です、提督。過不足なく、小型から中型艦を狙い撃ちにする配合ですね」
「まぁ、私の勝手な歴史的推論に基づく仮説だよ。これで戦艦が出てきたら、この世界の物理法則を完全に呪うことにするさ」
ヤンは自嘲気味に笑うと、モニターの横にある、一際大きな赤い「建造開始」ボタンに手をかけた。ボタンを押せば、何かが生まれる。かつて数千隻の艦隊に発砲を命じた指先が、いま、未知の生命――あるいは鋼鉄の魂を呼び起こすスイッチの上で微かに緊張を帯びていた。
「よし。何が出るか、見てみようじゃないか」
ヤン・ウェンリーは、静かにそのボタンを押し込んだ。
■
赤いボタンがカチリと小気味よい音を立てて押し込まれると、無機質なモニターの画面がふっと暗転し、直後に緑色の明朝体で不可解な文字列が浮かび上がった。
『「縁」を検知しました』
『建造開始』
その文字列を胡乱な目で見つめながら、ヤン・ウェンリーは隣に立つ秘書艦へ視線を向けた。
「ひとまずは安心、といったところかな?」
「ええ。無事に、建造のプロセスが開始されました」
大淀が安堵の息を吐きながら頷いた、まさにその瞬間である。
ヤンの足元にいた無数の妖精たちが、一斉に歓声を上げる。彼らの声帯がどのような音を発したのかヤンには正確に言語化できなかったが、とにかく喜悦の響きであった。と同時に、ドックの中央に鎮座する巨大な溶鉱炉へ向かって駆け出した。
彼らは自らの背丈よりも大きな石炭らしき塊や、謎の粉末を次々と炉の中に放り込み、瞬く間にドック内の火を天を焦がすような猛火へと育て上げた。
そこまでは、まだ「不思議な小人たちの工場」として歴史家の理性がギリギリ許容できる範囲であった。しかし次の瞬間、作業に熱中した何人かの妖精たちが、躊躇うことなくその白熱する猛火の中へ、自らポーンと軽やかに飛び込んでいったのである。
「お、おいおい! 大丈夫なのか!?」
いかなる劣勢の戦場にあっても決して取り乱すことのなかった不敗の魔術師が、こればかりは血相を変えて叫んだ。燃え盛る炉の中へ生きたまま身を投じるなど、古代の狂信的な宗教儀式か、さもなくば最悪の労働災害である。
しかし、大淀は少しも動揺することなく、まるで日々の清掃作業でも眺めるような穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ご心配には及びませんよ、提督。妖精さんは頑丈ですからね」
「頑丈という次元の問題ではないと思うのだが……いや、この世界の物理法則に私の常識を当てはめる方が間違っているのか」
猛火の中から、楽しげにハンマーを振るう妖精たちの影が透けて見えるのを確認し、ヤンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。彼が知る銀河帝国や自由惑星同盟の造船所であれば、労働安全衛生法違反で直ちに操業停止処分が下される光景である。
ヤンがどうにか己の理性をなだめすかしていると、モニターの表示が切り替わり、デジタルのタイマーがカウントダウンを始めた。
そこに表示された時間は『01:00:00』であった。
「……一時間?」
ヤンは目を瞬かせ、モニターと大淀の顔を交互に見比べた。
「一時間で、あの人間大の軍艦――、艦娘が建造できるのかい?」
「はい。投入した資材や艦種にもよりますが、おおよそは数十分から数時間で完了します。……もっとも、それは『
大淀の言葉の語尾には、どこか意味深な、そして深い徒労感が混ざり込んでいた。ヤンはその微かなニュアンスを聞き逃さなかった。
「……『
「システムとしてはその通りです。ですが……」
大淀は少しだけ声を落とし、燃え盛る炉の火を見つめながら告げた。
「今まで、前任の司令官をはじめとする様々な人物が、このドックで建造を試みてきました。資源を大量に注ぎ込み、何度もボタンを押したのです。ですが、実は……そのほとんどが『失敗』に終わっておりまして」
「失敗? 資源を入れたのに、何も生まれなかったということか?」
「はい。モニターには常に『
その言葉を聞き、ヤンは再び深い思考の海へと引きずり込まれた。
「なるほど、そういうことか。資材の量や配合は、あくまで建造の『条件』に過ぎない。システムを起動させる真の鍵は、先ほど画面に表示された『縁』――すなわち、ボタンを押す人間と、生まれてくる艦娘との間に生じる、目に見えない運命的な繋がりのようなものが必要になるというわけか」
ヤンは自らの掌を見つめた。つい先ほどまで書類の決裁印を押していただけの、しがない臨時文官の手に、そのような形而上学的な力が宿っているとは到底思えなかった。
「これほど手順が簡単なら、艦隊の再建も楽じゃないかと思ったんだがね。どうやら、一番のボトルネックは資源の量ではなく、指揮官の『オカルト的な素質』にあったらしい」
「ですので、今回は私も心底びっくりしているのです。まさか、着任されたばかりの一発目の建造で、いとも容易く『縁』を繋いでしまわれるとは。……流石は、我々を勝利に導いたヤン提督ですね」
大淀の瞳には、ヤン・ウェンリーという底知れぬ才覚を持つ青年に対する、純粋な畏敬の念が浮かんでいた。しかし、当のヤンにとって、そのような非論理的な理由で称賛されることは、背中に氷塊をねじ込まれるような居心地の悪さでしかなかった。
「買いかぶりすぎだよ、大淀。それは私の能力ではなく、単なる偶然か、あるいはこのドックの気まぐれだろう。いや、そもそも……」
ヤンはボサボサの黒髪を両手で乱暴に掻き回し、天を仰いで深く、ひどく長いため息を吐き出した。
「オカルトすぎて、私の歴史家としての貧弱な頭脳が全く状況に追いついていないのだがね。縁だの魂だのという非科学的な概念で軍隊の兵站と戦力が左右されるなど、どこの三流ファンタジー小説だ。これならまだ、腐敗した政治家を言葉巧みに騙して予算を分捕る方が、よほど論理的で健全な労働と言えるよ」
ぼやく新米提督の姿を、大淀はくすくすと笑いながら見守っていた。
■
巨大な炉の中で燃え盛る炎は、ヤンのぼやきを嘲笑うかのように、いっそう勢いよく火の粉を散らしている。
あと一時間後。
この理不尽極まりないオカルトの儀式を経て、ヤン・ウェンリーのもとに新たな戦力が誕生する。彼が望むと望まざるとにかかわらず、不敗の魔術師と艦娘たちが織りなす新たな歴史の歯車は、もはや止まることなく回り始めていたのであった。