色のない世界で君と   作:もちもち。

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3/生まれたばかりの感情

ある日の放課後。

それは帰宅準備をしている時だった。

 

「花宮さんも、暗殺の計画、協力してくれないか?」

 

学級委員である磯貝くんに、話しかけられた。

目の前には、磯貝くんを含めて、前原くん、片岡さん、岡野さん、矢田さんの5人。

 

3年E組の中でも特に暗殺に積極的なメンバーだ。

 

「はい。……ええと、わたしにできることなら」

 

まだここに来て日の浅いわたしに声をかけてくれるのは、学級委員だから、だろうか。

 

「それで……計画、と言うのは、?」

磯貝くんによると、みんなで殺せんせーに笑顔で話しかけ、油断した所を一斉にナイフで振り落とす。

そういう、至極単純な計画だ。

だけど、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたあの人に、そんな簡単な嘘は通用しない。

 

それに、わたしには懸念材料があった。

 

「あ、あの……わたし、作り笑顔が、できなくて」

 

「確かに!花宮さんの笑ったところ見たことねーかも!」

 

すこーん、と前原くんの言葉が頭を打ち抜く。

図星ではあるが、あまりにもはっきり言われると、少しだけショックだ。

 

「で、でも!転校初日よりだいぶ表情が明るくなったと思うわ」

 

片岡さんが慌てるようにそう言って、岡野さんと矢田さんはサイテーとわたしのことを庇うように前原くんに文句を言っていた。

 

少しずつ、この3年E組という空間に馴染んできているのが自分でも理解できている。

だけど、それが少しだけ、落ち着かなくて。歯痒い。

 

あの白い箱で過ごした日々が、嘘みたいで。本当に、この場所が、自分の居場所だったらいいのに。

この"優しさ"で包まれているこの場所に、わたしの居場所があればいいのに。

 

「あ!それ!今のいい笑顔じゃん!!」

 

岡野さんと矢田さんにつめられていた前原くんが、そう言い放つ。

わたしはまた、知らないうちに笑顔になっていたらしい。

 

「花宮さんは花宮さんらしくでいいのよ。このうるさいバカは放っておいてね」

 

片岡さんは今日もクールだ。

決行は明日のお昼休みに決まり、わたしはみんなに「また明日」と言って、教室を出た。

 

誰もいなくなってひとりになって、わたしは頬を手で持ち上げる。

自分でも知らないうちに、笑顔になることがとても不思議で、だけど、そんなわたしがここにいていいのかと、不安に思う。

 

今までのわたしは、押し殺してきた感情を出すことがとても怖かった。喜びを否定されるのが、怖かったから。だって、何も望まなければ、傷付くことはないから。

それなのに、望みそうになる。ずっと、ここにいたいって。

 

 

 ***

 

 

日が明けて、いよいよ決行のお昼休み。

殺せんせーは、北極の氷でかき氷を作って美味しそうに食べていた。というか、わざわざかき氷のために北極に行ってきたのだろうか……。

 

「行くぞ、100億円は山分けだ!」

 

磯貝くんのかけ声と共に、作戦は始まる。

 

「殺せんせー!」

 

「かき氷、俺らにも食わせてよ!」

 

「…おお!」

 

わたしは今できる精一杯の作り笑顔をしながら、殺せんせーに向けてナイフを振り下ろした。

他のみんなはとても楽しそうなにこにこの笑顔で、やっぱりナイフを振り下ろしていて。

 

側から見たら異常な光景だ。

 

「てゆーか、殺せんせー、全部避けちゃってるし!」

 

でしょうね、という気持ちが強いまま、わたしは口角を元に戻した。

 

「ええ。笑顔が少々わざとらしかったので。油断させるには足りませんねぇ。こんな危ないナイフは置いといて……」

 

そういうと殺せんせーはマッハで移動して、わたしたちの手に何かを持たせた。

それは、花で。それは、この校舎で見たことのある、花だった。

 

「花でも愛でて、いい笑顔から学んでください」

 

「ん?ていうか殺せんせー!この花、クラスのみんなで育てた花じゃないですか!!」

 

わたしも片岡さんと一緒に水をあげた記憶がある。

 

「にゅやっ!そ、そーなんですか!?」

 

「ひどい殺せんせー…大切に育ててやっと咲いたのに…」

「す、すいません、今新しい球根を…」

 

慌てた様子の殺せんせーは、マッハで移動したのだろうか、目の前から消えてしまった。そして、その数秒後に。

 

「買ってきました!!」

 

その買ってきた球根を片岡さんと岡野さんに「マッハで植えちゃダメだかんね!」「1個1個いたわって!」と怒られながら、植えていた。

 

そんな姿が、おかしくて、わたしは自然と口角が上がっていて。

これは、楽しい、という感情なんだろう。

 

 

 ***

 

 

その後、クラスの花壇を荒らしたお詫びとして、ハンディキャップ暗殺大会を開催することになった。

殺せんせーは縄でぐるぐる巻きにされて木から吊るされている。クラスメイトたちは、そんな殺せんせーに向かってナイフを振りかざしていた。

 

わたしはそれには参加せず、少し離れたところからその様子を傍観していた。

縄で縛られて身動きが取れないはずなのに、クラスメイトの刃は当たることはなかった。

 

後ろから、烏間さんと茅野さんの話し声が聞こえる。どうやら今後は、烏間さんが教師としてわたしたちを手伝ってくれるらしい。

 

「そーなんだ!じゃあ、これからは烏間先生だ!」

 

「烏間さんがいると、暗殺できる可能性も上がりそうですね」

 

「…ところで奴はどこだ?」

 

烏間さんは殺せんせーのことを名前ではなく、奴と呼んだ。気恥ずかしいのか、正確な理由は分からないけれど、それは少しだけ烏間さんらしいとも思った。

 

烏間さんの質問に、茅野さんが答える。

その答えに合わせて、わたしも殺せんせーの方へ視線を戻した。

 

「完全に舐められてますね……」

「うん……」

 

木にぶら下げられている姿は、もはや暗殺とは言えないだろう。そもそも暗殺はこんな白昼堂々するものではない。

 

「でも待って…殺せんせーの弱点からすると…」

 

そう渚くんが言うとタイミングよく、バキッと嫌な音が聞こえた。音の正体は、殺せんせーを支えていた枝が折れた音で、殺せんせーは地面に落ちていた。

 

「「今だ、殺れーーーーー!!!」」

「にゅやーーっ、しっ、しまったーーー!」

 

ドタバタという効果音がよく似合う光景に、わたしは少しだけ楽しそうだと思った。

そして、その光景を一緒に見ていた渚くんが、ぽつりと呟いた。

 

「……弱点メモ、役に立つかも……」

 

そういえば、渚くんの手にはメモ帳が握られている。わたしは興味本位に、聞いてみた。

 

「ちなみに今のはどんな弱点なんですか?」

 

「ええと、カッコつけるとボロがでる、かな」

 

それを聞いてから殺せんせーを見る。

 

研究所で見たあの人は、人間の形をした何かだった。そして、今、目の前にいるのは、タコの形をした人間に見えて。

それが、少しだけ悲しくて。

だけど、目の前のあの人は、きっと、人間だったときより幸せだったように思った。

 

 

 ***

 

 

気がつくと、殺せんせーはいつの間にか縄を抜けて、後者の上に立っていた。

 

「ここまでは来れないでしょう!基本性能が違うんですよ。バーカバーカ!!」

 

あの実験で、わたしに問いかけたのは触手だったんだろう。触手が聞いた、何を望むのかと。

わたしは、何もいらないと答えて触手を拒絶した。

 

じゃあ、殺せんせーは?

あんな姿になって、一体、何を望んだのだろうか。

 

「花宮さん?どうかした?」

「渚くん……」

 

渚くんが、わたしの顔色を伺うようにこちらを見ていた。弱点について質問したというのに答えなかっただろうか。それとも、心配されるような顔をしていたのだろうか。

 

「どう?殺せんせーは殺せそう?」

茅野さんの言葉にびくりと反応する。

その言葉は、わたしではなくて、渚くんに向けられた言葉。

「殺すよ。殺す気じゃなきゃ、あの先生とは付き合えない」

そう答えた渚くんは、生き生きとした表情をしていた。

とても楽しそうで、とてもやる気に満ちていて。

眩しい、顔をしている。

 

殺す、なんて非日常の言葉が、すんと日常に溶け込んでいて。

 

わたしは少しだけ、このクラスにいてもいいのか、と思ってしまった。

あの人の過去も、未来も、全部知ってるわたしが、ここに本当にいていいのか、と。

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