ある日の放課後。
それは帰宅準備をしている時だった。
「花宮さんも、暗殺の計画、協力してくれないか?」
学級委員である磯貝くんに、話しかけられた。
目の前には、磯貝くんを含めて、前原くん、片岡さん、岡野さん、矢田さんの5人。
3年E組の中でも特に暗殺に積極的なメンバーだ。
「はい。……ええと、わたしにできることなら」
まだここに来て日の浅いわたしに声をかけてくれるのは、学級委員だから、だろうか。
「それで……計画、と言うのは、?」
磯貝くんによると、みんなで殺せんせーに笑顔で話しかけ、油断した所を一斉にナイフで振り落とす。
そういう、至極単純な計画だ。
だけど、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたあの人に、そんな簡単な嘘は通用しない。
それに、わたしには懸念材料があった。
「あ、あの……わたし、作り笑顔が、できなくて」
「確かに!花宮さんの笑ったところ見たことねーかも!」
すこーん、と前原くんの言葉が頭を打ち抜く。
図星ではあるが、あまりにもはっきり言われると、少しだけショックだ。
「で、でも!転校初日よりだいぶ表情が明るくなったと思うわ」
片岡さんが慌てるようにそう言って、岡野さんと矢田さんはサイテーとわたしのことを庇うように前原くんに文句を言っていた。
少しずつ、この3年E組という空間に馴染んできているのが自分でも理解できている。
だけど、それが少しだけ、落ち着かなくて。歯痒い。
あの白い箱で過ごした日々が、嘘みたいで。本当に、この場所が、自分の居場所だったらいいのに。
この"優しさ"で包まれているこの場所に、わたしの居場所があればいいのに。
「あ!それ!今のいい笑顔じゃん!!」
岡野さんと矢田さんにつめられていた前原くんが、そう言い放つ。
わたしはまた、知らないうちに笑顔になっていたらしい。
「花宮さんは花宮さんらしくでいいのよ。このうるさいバカは放っておいてね」
片岡さんは今日もクールだ。
決行は明日のお昼休みに決まり、わたしはみんなに「また明日」と言って、教室を出た。
誰もいなくなってひとりになって、わたしは頬を手で持ち上げる。
自分でも知らないうちに、笑顔になることがとても不思議で、だけど、そんなわたしがここにいていいのかと、不安に思う。
今までのわたしは、押し殺してきた感情を出すことがとても怖かった。喜びを否定されるのが、怖かったから。だって、何も望まなければ、傷付くことはないから。
それなのに、望みそうになる。ずっと、ここにいたいって。
***
日が明けて、いよいよ決行のお昼休み。
殺せんせーは、北極の氷でかき氷を作って美味しそうに食べていた。というか、わざわざかき氷のために北極に行ってきたのだろうか……。
「行くぞ、100億円は山分けだ!」
磯貝くんのかけ声と共に、作戦は始まる。
「殺せんせー!」
「かき氷、俺らにも食わせてよ!」
「…おお!」
わたしは今できる精一杯の作り笑顔をしながら、殺せんせーに向けてナイフを振り下ろした。
他のみんなはとても楽しそうなにこにこの笑顔で、やっぱりナイフを振り下ろしていて。
側から見たら異常な光景だ。
「てゆーか、殺せんせー、全部避けちゃってるし!」
でしょうね、という気持ちが強いまま、わたしは口角を元に戻した。
「ええ。笑顔が少々わざとらしかったので。油断させるには足りませんねぇ。こんな危ないナイフは置いといて……」
そういうと殺せんせーはマッハで移動して、わたしたちの手に何かを持たせた。
それは、花で。それは、この校舎で見たことのある、花だった。
「花でも愛でて、いい笑顔から学んでください」
「ん?ていうか殺せんせー!この花、クラスのみんなで育てた花じゃないですか!!」
わたしも片岡さんと一緒に水をあげた記憶がある。
「にゅやっ!そ、そーなんですか!?」
「ひどい殺せんせー…大切に育ててやっと咲いたのに…」
「す、すいません、今新しい球根を…」
慌てた様子の殺せんせーは、マッハで移動したのだろうか、目の前から消えてしまった。そして、その数秒後に。
「買ってきました!!」
その買ってきた球根を片岡さんと岡野さんに「マッハで植えちゃダメだかんね!」「1個1個いたわって!」と怒られながら、植えていた。
そんな姿が、おかしくて、わたしは自然と口角が上がっていて。
これは、楽しい、という感情なんだろう。
***
その後、クラスの花壇を荒らしたお詫びとして、ハンディキャップ暗殺大会を開催することになった。
殺せんせーは縄でぐるぐる巻きにされて木から吊るされている。クラスメイトたちは、そんな殺せんせーに向かってナイフを振りかざしていた。
わたしはそれには参加せず、少し離れたところからその様子を傍観していた。
縄で縛られて身動きが取れないはずなのに、クラスメイトの刃は当たることはなかった。
後ろから、烏間さんと茅野さんの話し声が聞こえる。どうやら今後は、烏間さんが教師としてわたしたちを手伝ってくれるらしい。
「そーなんだ!じゃあ、これからは烏間先生だ!」
「烏間さんがいると、暗殺できる可能性も上がりそうですね」
「…ところで奴はどこだ?」
烏間さんは殺せんせーのことを名前ではなく、奴と呼んだ。気恥ずかしいのか、正確な理由は分からないけれど、それは少しだけ烏間さんらしいとも思った。
烏間さんの質問に、茅野さんが答える。
その答えに合わせて、わたしも殺せんせーの方へ視線を戻した。
「完全に舐められてますね……」
「うん……」
木にぶら下げられている姿は、もはや暗殺とは言えないだろう。そもそも暗殺はこんな白昼堂々するものではない。
「でも待って…殺せんせーの弱点からすると…」
そう渚くんが言うとタイミングよく、バキッと嫌な音が聞こえた。音の正体は、殺せんせーを支えていた枝が折れた音で、殺せんせーは地面に落ちていた。
「「今だ、殺れーーーーー!!!」」
「にゅやーーっ、しっ、しまったーーー!」
ドタバタという効果音がよく似合う光景に、わたしは少しだけ楽しそうだと思った。
そして、その光景を一緒に見ていた渚くんが、ぽつりと呟いた。
「……弱点メモ、役に立つかも……」
そういえば、渚くんの手にはメモ帳が握られている。わたしは興味本位に、聞いてみた。
「ちなみに今のはどんな弱点なんですか?」
「ええと、カッコつけるとボロがでる、かな」
それを聞いてから殺せんせーを見る。
研究所で見たあの人は、人間の形をした何かだった。そして、今、目の前にいるのは、タコの形をした人間に見えて。
それが、少しだけ悲しくて。
だけど、目の前のあの人は、きっと、人間だったときより幸せだったように思った。
***
気がつくと、殺せんせーはいつの間にか縄を抜けて、後者の上に立っていた。
「ここまでは来れないでしょう!基本性能が違うんですよ。バーカバーカ!!」
あの実験で、わたしに問いかけたのは触手だったんだろう。触手が聞いた、何を望むのかと。
わたしは、何もいらないと答えて触手を拒絶した。
じゃあ、殺せんせーは?
あんな姿になって、一体、何を望んだのだろうか。
「花宮さん?どうかした?」
「渚くん……」
渚くんが、わたしの顔色を伺うようにこちらを見ていた。弱点について質問したというのに答えなかっただろうか。それとも、心配されるような顔をしていたのだろうか。
「どう?殺せんせーは殺せそう?」
茅野さんの言葉にびくりと反応する。
その言葉は、わたしではなくて、渚くんに向けられた言葉。
「殺すよ。殺す気じゃなきゃ、あの先生とは付き合えない」
そう答えた渚くんは、生き生きとした表情をしていた。
とても楽しそうで、とてもやる気に満ちていて。
眩しい、顔をしている。
殺す、なんて非日常の言葉が、すんと日常に溶け込んでいて。
わたしは少しだけ、このクラスにいてもいいのか、と思ってしまった。
あの人の過去も、未来も、全部知ってるわたしが、ここに本当にいていいのか、と。