そんな兄弟の弟はとんでもない秘密を抱えており…?
夜の静けさが、ルーデウスの部屋を包んでいた。
魔力灯の淡い光だけが、机の上の魔法書をぼんやりと照らしている。ルーデウスはいつものように、明日の修練の計画を立てていた。隣のベッドでは、弟のアルトが布団にくるまったまま、ずっと天井を見つめていた。
「……兄さん」
小さな声がした。ルーデウスはペンを止め、振り返る。
「ん? どうした、アルト。眠れないのか?」
アルトはゆっくりと体を起こした。いつもの落ち着いた表情とは違い、唇がわずかに震えている。目は潤んでいて、まるで何かを覚悟したような、暗い光を宿していた。
「話がある。……聞いてくれるか」
「ああ。何かあったのか?」
アルトは深く息を吸い込み、それから吐き出した。部屋の空気が、急に重くなった気がした。
「俺……前世の記憶がある。兄さんと同じだ」
ルーデウスは眉をひそめた。
「知ってる。お前がたまに変な知識を持ってるのは、気づいてたよ」
「違う。……中身が、違うんだ」
アルトは拳を強く握りしめた。声が掠れる。
「俺の前世の名前は……アドルフ・ヒトラーだ」
一瞬、時間が止まった。
ルーデウスの手が、持っていたペンから滑り落ちる。カチン、と小さな音が床に響いた。口が半開きのまま、弟の顔を見つめる。
「……は?」
「第一次世界大戦の兵士で、そのあと……国を動かし、戦争を起こし、何百万人もの人間を……組織的に、殺した。理由は、ただ『自分の理想』のためだった。人種で人を分け、敵と見なし、排除した。最終的に、俺は自らの命を絶った。……それが、俺の前世だ」
アルトの声は静かだった。しかし、その静けさの奥に、押し殺した自己嫌悪がにじみ出ている。彼は視線を落とし、自分の手を見つめた。
「俺は……後悔してる。毎日、毎秒、後悔してる。この世界に生まれたとき、最初に思ったのは『また人を傷つける側に回りたくない』ということだった。だから、力を求めなかった。人前で熱く語ることも、極力避けてきた。……兄さんみたいに、正しくやり直したかった」
ルーデウスは何も言えなかった。頭の中で、教科書やドキュメンタリーで見た映像が次々と蘇る。黒い制服、熱狂する群衆、煙突から立ち上る煙、無数の死体。それが、目の前にいる小さな弟と結びつく。
「……嘘だろ」
掠れた声が漏れた。
「冗談だと言ってくれ。アルト。お前がそんな……」
「本当だ。俺は、歴史上で最悪の部類に入る人間だった」
アルトは顔を上げ、ルーデウスの目をまっすぐ見つめた。涙が一筋、頰を伝っている。
「嫌なら、嫌と言ってくれ。兄さんから距離を置かれても、仕方ないと思ってる。俺は……もう、誰にも好かれようとは思ってない。ただ、隠したまま一緒にいるのが、耐えられなくなった」
沈黙が落ちた。
魔力灯の炎だけが、小さく揺れている。ルーデウスは拳を握りしめ、床を見つめた。吐き気がする。怒りと嫌悪と、そして──目の前の弟が今、必死に言葉を紡いでいる姿が、頭の中でせめぎ合っている。
やがて、ルーデウスはゆっくりと息を吐いた。声は低く、震えていた。
「……明日、もう一度話す。今は……頭が整理できない」
アルトは小さく頷いた。
「わかった。……ありがとう、聞いてくれて」
ルーデウスはそれ以上何も言わず、ただ弟の横顔を見つめていた。前世でどれほど多くの命を奪った男が、今は怯える子供のように肩をすくめている。そのギャップが、何よりも残酷に思えた。
部屋の外では、夜風が木々を揺らす音だけが聞こえていた。
◆
翌朝。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしていた。ルーデウスはほとんど眠れていなかった。昨夜から頭の中で、アルトの言葉が何度も繰り返し響いている。
アドルフ・ヒトラー。
歴史の教科書に載る、最悪の名前。それが、隣のベッドで静かに息をしている弟のものだという事実。
アルトはすでに起きていた。窓辺に座り、外の景色をぼんやりと見つめている。昨夜よりさらに顔色が悪く、目の下にうっすらと隈ができていた。
ルーデウスはゆっくりと体を起こし、声をかけた。
「……アルト」
弟は肩をわずかに震わせて振り返る。怯えたような目。まるで、これから宣告を受ける囚人のようだった。
「おはよう、兄さん。……話、するのか」
「ああ」
ルーデウスはベッドの端に腰を下ろし、アルトの向かい側に椅子を引いた。しばらく沈黙が続いた後、彼は低い声で口を開いた。
「昨夜から、ずっと考えてた。お前の前世のことは……正直、受け入れられない。俺の知識じゃ、お前がやったことの規模が想像を超えてる。何百万という人間が、お前の決断で死んだんだろ。それを『後悔してる』の一言で済ませられるわけがない」
アルトはうつむき、拳を強く握りしめた。指の節が白くなる。
「……その通りだ。俺は許されるべき存在じゃない」
「でもな」
ルーデウスは続きを言った。声にはまだ怒りが残っているが、昨夜ほど鋭くはない。
「お前は今、ここにいる。この世界で、パウロとゼニスの息子として生まれて、俺の弟として生きてる。前世の記憶を抱えたまま、必死に『二度と同じことをしない』って自分を縛ってる。……それは、俺にもわかった」
アルトの肩が、わずかに揺れた。
ルーデウスは自分の手を見つめた。前世で何も成し遂げられなかった自分が、この世界でやり直している事実を思い出す。
「俺だって、前世は最低だった。人として恥ずべきことばかり考えてた。でも、ここでは変われたって思ってる。だから……お前にも、その可能性がゼロだとは言わない」
彼は顔を上げ、アルトの目をまっすぐ見た。
「ただし、条件がある」
「……何だ」
「お前がまた、人を『理想』や『優劣』で切り捨てようとしたり、力で何かをねじ曲げようとしたりしたら──俺が止める。どんな手段を使ってでもな。それが、兄として俺にできる最大限だ」
アルトはゆっくりと頷いた。目から大粒の涙がこぼれ落ちる。声は掠れていた。
「……ありがとう。それで十分だ。俺は、兄さんに監視されて生きる。それが、俺に残された唯一の道だと思ってる」
ルーデウスは短く息を吐き、立ち上がった。
「朝飯、行こう。ゼニスが待ってる。今日のことは、父さんたちには言わない。……少なくとも、今はな」
アルトは袖で涙を拭い、小さな声で答えた。
「……うん」
二人は部屋を出た。廊下を並んで歩くその姿は、表面的にはいつもと変わらない兄弟に見えた。
しかし、ルーデウスの胸の奥では、重い鉛のような感覚が沈んでいた。そしてアルトは、兄の背中を見つめながら、静かに思っていた。
──この人生で、俺は本当に変われるのだろうか。
朝の光が、二人の影を長く伸ばしていた。
【ルーデウス・グレイラット】
前世が現代日本で生まれたクソニート。
今世では今度こそ真っ当に生きようと思っている。
アルトに関しては恐怖心を持ってしまったが、それでも弟だと思い、取り返しのつかないような事になったら絶対止めると心の中で誓う。
【アルフレッド・グレイラット(アルト)】
前世が畜生め!なナチスドイツを引いた邪悪の権化の総統閣下。
前世の所業については後悔しており、今世では真っ当に生きようとしている。
兄に自身の罪を打ち明け、若干心の中を楽にしている。過去は決して消えないっていうのにね?
裏設定では、ヒトガミによって思考を操られてたり操られてなかったりしているらしい。
むかしむかし、プロイセンおうこくでこころやさしいおとこのこがいました。
えをかくのがしゅみで、おややともだちにみせてよろこんでもらおうとひっしでした。
でもそのときのせかいはこわいせかいになっていて、だれもみむきもしませんでした。
それでもおとこのこはべんきょうして、びじゅつのがっこうににゅうがくしようとしました。
べつのじんしゅのおんなのこにこいをして、こくはくしました。
でもその男の子に幸せは訪れなかった。