積み木ドゥリングッズを求めて早2年 頼む、ミホヨ
原作ミリしらトリップ夢 ある意味逆トリップ的な要素もあります
びょういん。ベッドの中。ぼくは点滴の線が布団にかからないように、じたじたと暴れた。
「つまんないよー!」
「しーっ、他の子が起きちゃうよ」
「お外いきたい!」
「行きたいよねぇ」
ぼくにむかって人差し指を立てたのはお姉ちゃんだ。先生にとめられてるからお姉ちゃんに言ってもしかたがないけど、ぼくはうごうご暴れるのを止められない。
「暴れるとまたお熱でちゃうから」
「こんなに元気なのに」
「元気なのにねえ」
むーっとしていると、お姉ちゃんがぼくの方に手を伸ばした。ぷす、口から空気が抜ける。お姉ちゃんは楽しそうに笑ってるけど、笑いごとじゃない。
「おねえちゃん!」
「えへへ、ごめんごめん。今日新しい絵本借りてきたよ、読む?」
「読む!でもさー、お父さんもお母さんもスイッチとか買ってくれればいいのに」
「ナマエの手にはまだおっきくて重いからねー」
お姉ちゃんがカバンから本を取り出そうとする。けどぼくは楽しみにしてた絵本よりも、お姉ちゃんのカバンで揺れてたぬいぐるみに目を奪われた。
「……お姉ちゃん、それ何?」
「うん?これ?これはねー、ドゥリンっていうの」
「ドゥリン?ドラゴン?恐竜?」
「龍だね、積み木の龍なんだ」
「……かっこいいー」
カバンから取り外して、積み木の龍ドゥリンを見せてくれる。黄色と黒のしましまツノが何本も生えてて、青い目の、紫色の手がおっきな龍。いろんな角度からドゥリンを眺めていると、お姉ちゃんは得意げに胸を張る。
「ふふん、そのぬいぐるみね、お姉ちゃんが作ったんだよ」
「えー!お姉ちゃんすごい!」
「すごいでしょ。ナマエ、そんなに気に入ったんならあげるよ、ドゥリン」
「え!いいの!?」
「うん。ドゥリンはね、お友達が欲しくて、強くて、優しい龍なんだ」
「ともだち……ドゥリン……」
「ドゥリンが触ったものは積み木になっちゃうんだけど……もしかするとナマエの病気も、積み木に変えてくれるかもね」
「積み木は木でできてるんだよ?」
「あはっそうだね」
ぼくはドゥリンをぎゅっと抱きしめた。ふわふわの積み木の龍、ドゥリン。噛んでしまいそうな名前だけど、ぼくはドゥリンの名前を何度も呼んだ。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
「あっ、お昼ごはんのね、ゼリーがあるんだ。一緒にたべよ」
「ええー?いいよ、ナマエのデザートなんだからナマエが食べなよ」
「お姉ちゃんと食べたいの」
「ほんとにいいの?……ありがと、あ、じゃあお姉ちゃんが持ってるおやつも一個あげるよ。看護師さんからいいよって言ってもらえたやつあるから。ドゥリンとも一緒に食べよ」
「うん!」
それが、ぼくとドゥリンのはじめましてだった。
夜の病院は違った雰囲気がある。しんとした空気、遠くから聞こえる誰かの鳴き声。看護師さんの足音。
ずっとベッドにいるから眠くならない。こうも暗いと、絵本だって読めない。だからゲームも買ってくれたらいいのに。と思うけど。
ガタガタ、風で窓が鳴って、ぼくはびくりとする。
「……」
隠れるように布団をかぶった。すると、布団とはちがう、ふわふわした感覚が手に触った。
「……ドゥリン」
昼間の、お姉ちゃんの言葉を思い出す。ドゥリンはお友達が欲しい、強くて、優しい龍。ふわふわの、積み木の龍のドゥリンを抱きしめる。ドゥリンを撫でていると、ちくちくした息苦しい感覚が少しおさまるのがわかった。
「怖くない、怖くない……友達がいるから……」
そうだよね、ドゥリン。
*
「夢?」
天気がいいからたまには外に行こうと、噴水前の中庭で文字の勉強をしている最中。ドゥリンが語った話にアルベドは首を傾げた。
「うん、シムランカにいた頃、よく……すごく切なくて優しい夢を見たんだ。ボクは男の子が握れるくらいの小さなぬいぐるみになって、その子と友達になった」
ドゥリンは語った。アルベドがみる彼の横顔はアリスがクレーを見守るときのような、ジンとバーバラが会話するときのような、そんな親しみが滲んでいた。
「男の子は……ナマエは病気で、その子のお姉ちゃんがぬいぐるみのボクを友達にって。ナマエはボクに何でも話してくれたんだ、お姉ちゃんやお母さん、お父さんのこと、治療が不安なこと、病院での友達のこと。ボクは……ぬいぐるみだから話すことはできなかったけど、ボクがついてるよって、一緒にがんばろうって心の中ではずっと思ってた」
「……興味深い話だね、旅人から聞いたシムランカの話にも、そういった物語は無さそうだったけど」
「うーん……お母さんの物語以外の夢も見るなんて、不思議だよね?そもそもボクはテイワットの世界も知らなかったんだけど、世界を回っても、やっぱりナマエがいた病院はどこの国にも似てないんだ」
「ドゥリンは既に物語を作っていたのか、それとも……。……ところで、今この話をしたのは、何か理由があるのかい?」
「あ、うん……ええと」
ドゥリンは頬をかき、おずおずと答えた。今日はアルベドの授業に遅刻ギリギリだったからバツが悪いのだ。
「今朝も夢を見て……シムランカを出てから初めてだったから、ちょっと、聞いてほしくて」
「今朝の夢でも、その少年は変わらず闘病中だったのかい」
「うん。近々手術があるみたいで、頑張るからねって、あと……」
「あと?」
「ドゥリンも自由におしゃべりできたらいいのにって。シムランカにいたときの夢では、ボクの方からナマエに話しかけたみたいに喋ってたときもあるのに」
「それは……きっと少年の成長でもあるだろうね。空想と現実の区別がつき始めているのかも」
「そうかもしれない。でも、ナマエがさみしいのは、ボク、嫌だな……」
ドゥリンの尻尾は下がっている。が、すぐにハッとして頭を振った。
「って、た、ただの夢の話なんだけどね!ごめん、集中しないとね」
置きかけていた教科書を開き直すとともに、彼は気合も入れ直した。尻尾がたしんと椅子の端を打ち、アルベドからの次の課題を待つ。
が、彼の視線は教科書ともドゥリンとも別の方へ向いていた。
「……ドゥリン、ナマエという少年の背格好は?」
「え?ええと……今朝みたのは、前より少し大きくなってて……クレーちゃんよりもちょっと大きいかな。髪も瞳も真っ黒で……目はくりっとしてて」
「キミのぬいぐるみは、子供の手でちょうど身体がつかめるぐらいのサイズかい?」
「う、うん、元々ナマエのお姉ちゃんが作ったものだし、そんなに大きいサイズでは……」
「あの少年、このあたりでは見ない顔立ちと服装をしているし……。持っているのは、小さくてよく見えないけど、シムランカのときの……ちびドゥリンでもないときのぬいぐるみじゃないかな」
「……え、」
ドゥリンがアルベドの言葉を把握しきれないままに彼の視線を追うと、小さな子供がふらふらと、モンド城内を歩いていた。彼はあちこちに視線を奪われ、まるで見るものすべてが新鮮だと、シムランカの世界を飛び出した頃のドゥリンのようだった。
「えっ……え!?ナマエ!?」
ガタガタッ、椅子を大きく倒し、足を使うことも忘れて羽ばたいたドゥリンはすぐ少年のもとにたどりついた。子供はいきなり目の前に現れたドゥリンに驚き目を見開いて、
「……ドゥリン?」
積み木の龍とは異なる姿のドゥリンを看破した。
*
ぱち、目が覚めると知らない場所にいた。大きな風車とお城?高い壁も見えるけれど、ここはどこだろう?
どこかはわからないけど、あ、これは夢なんだ。それだけは瞬間的に分かった。だって満足に外にも出られないのに、いきなり外国みたいなところにいるわけがないもの。
「……ドゥリンは、夢にも付いてきてくれるんだね」
ぼくの手のなかには、すこしごわついたドゥリンがいた。何回も触って洗ってを繰り返したから、お姉ちゃんに作ってもらったばかりの頃のふわふわさは失われつつあるけれど、それでも、変わらず大好きな友達で、相棒だ。
ドゥリンをぎゅ、と抱きしめてから顔を上げる。ようし、ドゥリンと海外旅行だ!
少し歩くと周りの大人からの視線を感じることに気が付いた。……なんだろう、何かおかしいのかな。自分の服を見下ろす。入院着にしてる仮面ライダーのTシャツと半ズボン、サンダル。おかしいところはないはず。あ、でも周りの人とは服の種類が違うかもしれない。……夢なのに、そんなところまで気にしないでほしい。
一瞬でも立ち止まると何か話しかけて来そうなフンイキしかなかったから、屋台や街並みを眺めるのはそこそこに階段を駆け上がる。もし話しかけられたら何語なのかは気になっちゃうけど!
走って走って、さっきいた場所を見下ろせるくらい高いところにきた。
「……ぼく、ここまで走ってきたの?」
いつもより長い距離を走っても全然疲れないことに気が付いた。
ふと息をつくと、さっきまで遠くに見えていた風車が近くにあることがわかった。ぎいごと、ぎいごとと鈍い音を立てて動いている。すごく大きくてかっこいい、きれいだ。
「中に……入れちゃったり、しないかな」
この風車は何をする風車なんだろう。気になって扉を開けようとしたけど鍵がかかってるみたいでピクリともしない。ちぇっ、少しくらいのぞかせてくれてもいいのに。
「……ドゥリン、次はどこ行こうかな?」
手の中にいるドゥリンに話しかける。ドゥリンは、……ドゥリンは、なんて言うだろう。ぼくの行きたいところに行こうって、言ってくれるのかな。
「じゃあ……次はあの、大きな像とお城に行ってみよう!」
さっきは走ってしまってあまり周りを見る余裕がなかったから、今度こそ歩いていこう。また戻ってくるときに走ればいい。
うきうきとした気持ちで歩き出したころだった。少し離れたところから、ぼくの名前を呼ばれた。この夢に誰かも来ているのかも。友達の誰かかな、いまのは誰の声だったろう?そう思って声のした方を向くと、そこには、赤色と紫色の翼を広げたお兄さんが、ぼくのすぐ近くで止まった。
お兄さんはすごくびっくりした顔をしてる、たぶん、この人がぼくのことを呼んだんだろうけど、どうしてここにいるの?って思ってるんだと思う。
誰だろう、って思うよりも、さっき見た翼と大きな尻尾、何本もある角、先に名前が出てきた。
「……ドゥリン?」
知らなかった。ドゥリンってぼくよりずっとお兄さんだったの。
手のなかにいるドゥリンのぬいぐるみと、となりにいるドゥリンを見比べてぼくは聞いた。
「ドゥリン、お目々赤いんだね」
「うん、これは……ボクじゃないドゥリンの影響もあると思うんだ」
「ドゥリンじゃないドゥリン?」
「……うん。……あっ、それよりも、なんでナマエがここにいるの?」
「なんで……?夢だから……?」
「夢……?」
「……なるほど」
長椅子に隣り合って座るぼくたちの向かい側に座っている、アルベドという髪を編み込んだお兄さんが頷いた。
「ナマエ、今キミは夢を見ているんだね?」
「うん、目が覚めたらあっちの方にいて、ドゥリンと一緒に観光してた」
「ボクと観光してくれてたの?」
「そうだよ!お外に行ける日なんてめったにないんだから、ドゥリンも綺麗な景色たくさんみたいでしょ」
「ボクはナマエと一緒ならいつも楽しかったよ」
「病室でも?」
「病室でも。ナマエが沢山お話してくれたから」
「……」
ドゥリンの言葉が嬉しくて、でも恥ずかしくて。サンダルで砂利を蹴った。
「キミはいつもこういう夢をみるのかい」
「うーん?夢だなってわかる夢はたまにあるけど、今日みたいに普通っぽい?ほんとの世界みたいなのは初めて。周りの人にじろじろ見られたり、あ!あとさっき飛び降りた時、飛べなかった!」
「飛ぼうとしたの!?」
「夢って飛べるよね?びゅーんって、アンパンマンみたいに」
「怪我とかしてない?」
「してないよ!」
ドゥリンって心配性なんだ。おかしくってけらけら笑う。
「ドゥリン、今日一日は勉強を休んで、ナマエと遊んできたらどうかな」
「えっ!」
「アルベド?……いいの?」
「うん。できればこの現象を詳しく解明したいところだけど……そこまでの時間はないかもしれない。念のためジンには話しておくから、日が落ちてもナマエの夢が覚めないようなら、一緒に帰っておいで」
「……うん!」
よくわからないけど、今日一日はドゥリンと遊んでもいいってことなのかな。
それからぼくとドゥリンはいろんなところを見て回った。
「このおっきい像なに?」
「あれは風神様だよ、ここ……モンドっていう国なんだけど、ここの神様なんだ」
「そうなんだ。……よい、しょっ」
「……何してるの?」
「ここ、登ってみたいなって……うわ~!」
像を登ろうとしたけどずるずる滑り落ちてしまった。サンダルじゃなくて靴なら滑らないかな、ううん、靴はないんだから裸足なら……。そう思いついたのと同時に、ドゥリンが得意げに言った。
「ボク、空飛べるから上まで連れて行ってあげる!」
ぼくを横向きに抱っこして、赤と紫の翼を大きく広げる。同じくらい大きな羽ばたく音と一緒に、みるみるうちに高くへ飛んでいく。
「わあっ……」
フウジンサマの手のひらに降りた。少し下を見ると足元がぐらついて、慌てたドゥリンがぼくの肩を支えた。
「綺麗でしょ?ここが、いまボクが住んでる場所なんだ。……ナマエに見せられて、よかった」
そう言うドゥリンがすごく嬉しそうで、ぼくは、さっき目が覚めた時にドゥリンがなんて言いそうか考えてたのを思い出した。
「……ドゥリンは、ぼくがここにいて嬉しい?」
「もちろん!ナマエといつも一緒にいられるのもうれしいし、沢山話しかけてくれるところも大好き!内緒の話も沢山覚えてるよ」
「……ん……」
嬉しいから笑えばいいのに、どういう顔をしたらいいのか分からなくなっちゃった。
ぬいぐるみのドゥリンを持つのとは反対の手でドゥリンと手をつないだ。手袋の感覚は、ちょっとぬいぐるみのドゥリンと似てるかもしれない。
「ねえ、次はボクの好きなところにいってもいい?」
「うん、どこ?」
「ふふっ、着くまで内緒!」
ドゥリンはさっきしたみたいに、またぼくを横向きに抱っこした。ぐんぐん飛んでいくドゥリンはかっこいい。ドゥリンの首につかまっていると見えにくいけど、がんばって前を見ているとすぐ近くに海があるみたいで、そっちへ向かっているのが分かった。
「着いたよ、ナマエ」
「う、うん……」
さっきよりは長い距離を飛んだからかふらふらする。けど、どこに立っているのか気付いた瞬間ぼくはとびあがった。
「浮いてるよ、この島!すごい!ドゥリン、どうやってるの?」
「ここは魔女のみんなが使ってる場所なんだ」
「魔女?」
「うん」
下を覗き込んでまたふらつくぼくをささえてから、ドゥリンは小さな島の真ん中にある大きな長机へ向かっていって、それから背の高い紫の椅子を引いた。こっちだよ、と言うドゥリンについてその椅子に座る。ふかふかだ。
机の端っこ、角を挟んでドゥリンも座る。長いテーブルの上には本に蓄音機、ろうそくやチェス盤……いろんなものが置いてある。パラソルはあるけれど、ずっとここに置きっぱなしなのかな、雨の日はぬれちゃわないかな?そう考えてると、置いてあったカップやポットがひとりでに動き始めた。
『……あら?懐かしい魔法の気配がするかと思えば、ドゥリンちゃんに……かわいらしいお客様まで居るのね』
「アリスおばさん、ここの席を少し借りてもいいかな」
『もっちろんよ!美味しいお茶とお菓子もサービスしちゃう、そこの宝箱に入ってるものは好きに食べていいからね』
「……魔法だ!」
人のいないところから人の声が聞こえる。蓄音機……から音がしてるわけでもないし、他に音が鳴りそうなスピーカーもスマホもないし、ひとりでにお湯が注がれるカップには糸も何も付いてない。すごいね!ドゥリンに話しかけるとドゥリンも笑ってくれた。おまけに女の人の声も、もっとはしゃいだ雰囲気になる。
『いらっしゃい、異世界からの小さなお客様。今日という日を楽しんでちょうだい』
「うん、楽しいよ!ありがとう」
『そう!それはよかった』
ドゥリンと宝箱(!)を開けて、中からおいしそうなおやつを吟味する。ドゥリンのお母さんは物語が大好きな魔女なんだって。さっきの女の人の声は、ドゥリンのお母さんの友達の魔女のひと、みたい。
「もともとボクはシムランカっていう世界で暮らしてたんだ。ナマエが持ってるボクはその時の姿だね」
「そういえば、なんでドゥリンは人間の姿になってるの?ぼくとお話したいから?」
「ふふ、そうだよ……ナマエと遊びたかったからね、でもキミのお姉ちゃんがぬいぐるみのボクを作ってくれたって、最初はびっくりしたな」
「なにが?」
「あの龍の姿の時、ボクと仲良くしてくれるひとはほとんどいなかったから」
そうやって言うドゥリンがすごくさみしそうで、ぼくは椅子をドゥリンの側に置き直した。
「えー?……はっ、積み木になっちゃうから?」
「うん……そう」
「でもぼく、積み木のドゥリンが大好きだよ」
「えへへ……ありがとう、ナマエがボクに大好きって言ってくれたから、ボクは長い時間ひとりぼっちでも耐えられた。夢を見れば、ナマエに会えたからね」
本を背もたれにして、机に座っているぬいぐるみのドゥリンを見る。ドゥリンも暗い夜に、お布団を頭まで被ったことがあるのかな。
「この、人間の姿を手に入れたのも最近なんだよ」
「ふーん……ん?赤ちゃんからじゃなくて、最初からお兄さんだったの?」
「うん」
「えー!いいな、だって翼も持ってるしさ、飛べるし、走れるんでしょ?絶対楽しいじゃん」
「ふふ、でも人間としてはナマエの方がお兄さんだよ。ボクはまだ文字の勉強中だし、人間の生活も慣れないことばっかりなんだ。友達の作り方とかも、よくわからないし……」
「文字かあ、ぼく文字は得意だよ、病棟の子とお手紙したりするし、本だっていっぱい読んでるし」
よけておいた本を一冊開く。ドゥリンに読んであげようかと思ったけど……よ、読めない。ぼくはそのまま本を閉じた。
「テイワットの文字とナマエの世界の文字は違うみたい。でも、ナマエが絵本を読んでくれるから、ボクもあっちの字の方が得意かも」
そっか。お母さんが読み聞かせてくれる時も自分で読むときも、ドゥリンと一緒に読んでたから、ドゥリンも読めるんだ。
「……うれしいなあ」
机にもたれかかって、ドゥリンを見上げる。ぬいぐるみのドゥリンを引き寄せて、お兄さんのドゥリンにも手を伸ばした。
「?」
ドゥリンは不思議そうにしながらも、ぼくが触ろうとしているのに気が付いて、椅子ごとぼくの方に寄ってきた。ぼくの手がドゥリンのツノに届いた。ドゥリンのツノはでこぼこで、ごつごつしていて、つるつるで、温かい。
「うふふ、かたいね」
「……ボクも、嬉しいよ!」
ドゥリンがずいっと身を乗り出して言った。ドゥリンのツノを触ってる手が握られた。
「……ずっと言いたかったけどはっきりしたよ、ボク、ずっとナマエに祝福を贈りたかったんだ」
「祝福?なあにそれ」
「友達が、ボクの力を信じてくれたように、ボクもボクの言葉でキミに祝福を贈りたい。聞いてくれる?」
透き通るようなドゥリンの赤い目がぼくを見つめる。よくわからないままにうんって言ったけど、
「ぬいぐるみのボクもずっとナマエとお話したいと思ってたんだ。ボクはずっとナマエの側にいるし、ナマエとずっと友達だし、大事な相棒!だからね」
「……うん」
「大丈夫、手術は絶対うまくいくし、ナマエはどこまでも行けるようになるよ」
「……そうかな」
「そうだよ!」
ぼくがしてるみたいに、ドゥリンも机にもたれかかった。海の匂いと風の音。ドゥリンはにじり寄るみたいに、少しずつぼくの顔。顔っていうか、頭のななめ前あたりに近付いたドゥリンは、大きなツノをぼくのおでこにこつん、とくっつけた。ぼくからも頭を押し付けるとドゥリンはすごくうれしそうに笑った。
「ツノ、痛くない?」
「痛くないよ、面白い」
「……へへ、龍と龍は友達や家族同士でね、ツノをくっつけて挨拶するんだ。ナマエ、大好きだよ」
「……ふふ、ふふふ、うん、ドゥリンは大好きな相棒。いつも一緒にいてくれてありがとう」
他に誰もいないけど、ぼくたちは内緒話をするみたいにいろんなことを話した。
「ドゥリンって二人いるんだ。でもぼく、いまのドゥリンとずっと仲良しだから、もう一人のドゥリンとも仲良くなれるよ、きっとだよ」
「……そうだったらいいな。あドラゴンスパイン……後ろの雪山が見える?彼はあそこでずっと眠っていたんだ」
「寒そう。でもドゥリンさっき火吹いてたよね、火があるなら雪山でも寒くないね」
「そうかな、そうかも。寒いのは、さみしいもんね。ボクの火で温められたらいいな」
「あと、さっき言ってた……ドゥリンがなかなか友達ができなくて困ってるってやつ。今度ぼくが一緒に、遊んでくださいって言ってあげる!任せて。一日だけ入院する子とも、長くいる子とも、仲良くなるのは得意なんだから」
「あはは、頼もしいなあ。……ナマエ、またボクと遊んでくれる?」
「当たり前だよ!またここにも遊びに来るし、それに、し、しむ……」
「シムランカ?」
「シムランカ!ドゥリンが住んでたところにも一緒に行こう」
ぼくが小指を差し出すと、ドゥリンもそっと小指をだした。ゆーびーきーりげーんまん、急に歌いだしたぼくにびっくりしてるみたい。知らないのかな?
「こわいうただった……」
「怖いかな?でも約束破らないから、大丈夫だよ」
「そうかな」
「そうだよ」
「そっか」
「うん」
それからもぼくたちのおしゃべりが終わることはなかった。
*
「……」
ぱちり目が覚める。いつもの病院。体の空気を入れ替えるように、すーっと息を吸い込んだ。ふーっと長く吐くと、スマホをさわっていたお姉ちゃんが僕に気が付く。
「あ、ナマエ起きた〜?おはよう、手術成功したって」
「……う、ん」
「喉乾いたよね、看護師さん呼ぼっか」
「おと、さ、……おかさ、は」
「先生と話してるよ。すぐ戻ってくるって」
ぼんやりとしたままお姉ちゃんがあれこれ話しかけてくれる。ぼくはうんとかうーんとか、ふわふわした返事しかできない。なんだっけ、いつもより長い夢を見ていた気がする。知らない街に行って、誰かと、そうだ、ドゥリンと遊んでたんだ。
思い出すとぼくは急にシャッキリとした気分になった。お姉ちゃんとつないでいた手の反対側の手で布団をはがして、あちこちを探る。
「……お姉ちゃん」
「なあに?」
「ドゥリン……」
「ドゥリン?ここにいるよ、ナマエが寝てる間、ドゥリンも一緒に寝てたよ」
同じ枕で寝てたみたい。ぼくの手に持たせてくれたドゥリンの青い目を見つめて、お姉ちゃんに聞いた。
「ドゥリンって、お兄さんになるの?お目々は赤くなるの?」
「え?」
「アルベドって友達?お兄ちゃんもいる?」
「な……なんで知ってるの?!」
お姉ちゃんもドゥリンのことをよく知ってるみたい。そうだよね、ドゥリンのぬいぐるみは、元々お姉ちゃんが作ってくれたんだから。
あの夢がほんとうだったことを確かにしたくて、お姉ちゃんに伝えてみる。
「ドゥリンが教えてくれたの」
「ええ〜?……看護師さんか先生で原神に詳しい人いるのかな……」
夢で聞いたからって言おうとしたけど、お姉ちゃんは一人でブツブツ言ってる。なんだか無視されてるみたいでむっとしたぼくは布団を足で蹴った。ちょっと暑いのもある。
「……ほんとだよ」
「……ほんと?」
「うん」
「そっかあ……なら、そうなんだねえ」
お姉ちゃんの手が、ぼくとドゥリンを順番になでる。ちゃんと聞いてくれたから、ぼくは納得した。夢だけど、夢じゃなかったんだ。
「お姉ちゃん、手術が成功したら、いろんなとこ遊びに行けるって言ってたよね」
「うん、少しずつ外に出る練習して、だんだん遠くに行けるようになるって」
「ドゥリンも連れてっていい?」
「いいよ、勿論!そうだ、じゃあお姉ちゃんがドゥリンを連れて歩けるようなポシェット見繕ってあげる。うっかり落とさないようなの!」
「ほしい!ありがとう、お姉ちゃん」
「ふふん、お礼にはまだ早いよ、ナマエ」
楽しみでぼくは足をばたつかせる。ドゥリンと一緒に、色んなところに行けるんだ。どこに行こうかな、まずはぼくのお家に招待しないとだよね。公園とか学校とか、色んなところにいきたいな。
次はいつ、テイワットに遊びに行けるのかな。シムランカの折り紙の世界って、どんな風なんだろう。
楽しみで、寝ないとドゥリンに会えないのに、眠れそうにないや。
待っててね、ドゥリン。
子供が夢から去った後、龍の少年がモンド城に戻った後。かつて『彼女』が座っていた席を懐かしそうに見つめる影がいた。
「まさか、アンヤの魔法が異世界にまで届くだなんて……。かわいい子供のためなら何でもしてあげたいものね。ふふ、あなたの祝福と……ドゥリンちゃんとナマエちゃんの友情、どちらもあってこそかしら?」
とある赤い魔女が旧友の遺したものを見つけてはしゃいでいたが、その様子は子供も龍も、誰も知らない。