なんだかんだで男女ですので 作:タリーズさん
烏羽ダリアとの関係は『?』
自他ともに認める愛妻家にして、日本男子フィギュアスケート界の大エース、
既婚者ながら女性ファン多数。甘いマスクで老若男女から人気を集める彼は、前回オリンピックのメダリストである。
180cm近い高身長ながら、その跳躍は重さをまるで感じさせない。数々の評論家から『しなる』、と評されているその長い手足は、力強くも美しい動きをもって壮大な世界観を表現する。
飛べないジャンプは5回転全て。
前人未到のそれらを除けば、飛ぶことの出来ないジャンプは彼にはない。
『──4回転サルコウ、降りた! トリプルアクセル! これも成功っ! やはり城山! 日本に城山樹あり! 最後のジャンプも完璧! 大技を決めて見せました!!』
全日本選手権男子シングル、最終盤。
実況席で男性アナウンサーの声が裏返った。
滑走順はショートプログラムの順位の逆から。29番滑走の城山樹は、ショートプログラム2位。
しかし、彼は全く動じていなかった。追いかける側とは思えない余裕があった。
最後の難関ジャンプ、コンビネーションを難なく決めると、繰り出される高速チェンジエッジスピン。
『最後のスピンを残して立ち上がる人が続出します! そして今、確信したかのようなスタンディングオベーション!』
ラスト、激動する旋律。彼の代名詞とも言える『火の鳥』を体現するかの如く、燃え盛る炎の渦のように回る、回る、回る────。
程なくして、最後の大音響と共にピタリと静まり返る観客席。外では粉雪舞い散る
コンマ数秒の静寂の直後、アリーナ全体が割れんばかりの歓声と拍手に包まれる。
『ショートプログラム終了時点で、トップとの差は
リンクサイドに戻ってきた日本のエースの前、暫定1位の青年が大きく三回、深呼吸をした。
圧倒的すぎる演技の後、奇跡を目にした観客達の歓声はまばら。どよめき起こる異様な雰囲気の中。
「流石メダリスト。ほんと、流石、大エース」
「無駄口を叩いていないで、しっかり取れよ銀メダル。そして、君がなってくれ。
城山は汗ばんだ顔で不遜に笑った。
喋っている内容も、態度も、圧倒的強者のそれであった。
***
半月前のグランプリファイナルと同じ。
1本目のジャンプに4回転ルッツ。アクセルを除けば4回転の最難関を持っていき、2本目にコンビネーション、3本目に苦手のトリプルフリップ。
ルッツを降りた時点で空気が震えた。コンビネーションでそこそこ大きな歓声が上がった。フリップは少し着氷乱れ、至る所から聞こえた悲鳴は
(既に3.1点マイナス。2.23点の差じゃ話にならない。ここからどんどん広がるのか──)
どれだけ完璧に飛んでも、ジャンプにはそれぞれ基礎点がある。完璧な4回転ループに、完璧な3回転ループは勝てない。まして不完全な3回転フリップが完璧な3回転ルッツに勝てるわけがない。
演技が後半に入る前に頭をよぎったのは、どの程度の差で
男子は完全な1強で、今回に関しては他の選手は軒並みコケた。銀メダルは確定。残念ながら銀メダルしか有り得ない。つまり負けなわけだが、負けるにしてもベストを尽くして負けたかった。
(構成は変えない──最後にトリプルアクセルのコンビネーションを持っていく。納得できる形で締める)
絶望的な差に追いすがるためにジタバタして、無茶をして、ガタガタになるなんて許されない。
弱気だとかつまらないとか
***
「もっと無茶しても良かったのに。後半に4回転ルッツを入れられるの、日本では雨取君だけなんだよ? 今は私も無理だし。あの状況なら挑戦しても良かったと思うな。私はガッカリしたよ。城山君なんて
透明感あふれると
光ちゃん、ピカるんさぁ、もう4時なんだけど。
寝ろよ。ここでじゃなくて、帰って寝なさい。
「ガッカリされてもなぁ……成功しても順位は変わらないんだから、無難に締めるのが当たり前だろ。最終得点差は41.75だよ、脅威の41.75! 後半の加点がついたとしても、4回転ルッツ1本じゃどうしようもない」
勝ちに行くんだったら、それこそ構成をガラリと変える必要がある。それで勝率が何パーセントになるのかは知らん。100回やったら何回かは上手くいくんじゃないかな。
「でもさぁ、スケーターなら点数以外にもあるもんじゃん。なんかこう、抑えられないやつが」
「どんなやつなんだよ……最近さぁ、語彙力が低下してない? 大丈夫?」
JKなんだからボケるには早いぞ。JKなんだから帰りなさいってばほんと。自分の部屋にいるみたいに振る舞うんじゃない。SNSの使い方は厳しく指導したから大丈夫だとは思うけど、画像とか流出しないことを切に祈る。
「次はいのりちゃんループしよー」
「寝ろ。速やかに帰って爆睡しなって」
「えー? そんなに私って邪魔かなぁ。ダリアちゃんどう思う?」
「邪魔ではないと思いますが、スキャンダルになりかねないので帰りなさい」
冷蔵庫の方から堕天使……じゃなくて
年齢は彼女の方が1歳年上。国際大会での実績もダリアちゃんの方が多い。俺は二年も何もしてない期間あったし。その間も彼女はずっと最前線にいたからなぁ。
「えー、やだよ。こんな時間にフラフラしてる方がスキャンダルになりそうじゃん。てかさ、ダリアちゃんって男っ気ないと思ってたのに、まさかこんな感じだったとかびっくりだよ」
「どんな感じだというのですか。
ダリアちゃん、声が眠そうだ。目はショボショボしていらっしゃる。そら疲れてるだろうな。日付変わる前まで極度の緊張感の中にいたわけだし。
全日本選手権はただ一人ノーミスだった。メダル貰っても嬉しそうじゃなかったのは、まあそれはそうだろうなと思う。俺はこの人が元気に滑ってるの見れるだけで満足なんだけどね。そんなこと言うと怒られてしまうども。
「全日本が終わって少し時間にできたからって、即、男子の家にお泊まりする人だとは思わなかったよ」
「そうですか。それは申し訳ありませんね。私達は昔からの知り合いなので、一緒にいると居心地の良い空間が生まれるのです。つまり休むには最適な場所ということです」
「それじゃ私はおじゃま虫じゃん」
「いえ、単なる異物かと」
「い、異物……それは流石にひどくない?」
「ひどくはありませんし、悪意もありませんよ。
パカッと冷蔵庫が開く。ダリア先輩は
烏羽ダリアはこう見えてのんべえである。
物憂げなお嬢様って感じで、線は細いし儚いし、見た目からは想像つかないが、うわばみだ。普段は節制してるけど、大きな大会が終わって時間に余裕ができると、今みたいな感じになる。
「はぁ……あのさぁ、雨取君。いやらしいよ」
「おい、なにが」
「大学生の男女ふたりで宅飲みとか、えっちなことするに決まってるってライリー先生が言ってた。そういう奴らは大体えっちなことしてるって」
「そうなんだ。それは無視していいよ。とんでもねー偏見だから」
あの金メダリストはJKに何を教えているんだ。
想像の中のライリー先生がサムズアップしているが、ムカつく美人の顔だ。ふざけ倒している時のあの人にはこの言葉を送りたい。
黙れ美人、と。
普段はカッコイイし優しいし頼りになるんだけどね。多重人格だからダメな一面も沢山ある。
「ダリアちゃん、ちょっと体軽くなった? ファイナルからまだ半月なのに、昨日は見違えるほどキレッキレだったよね。すごいよ!」
「それ、あなたに言われると嫌味にしか聞こえないのですが……」
「そっかあ。じゃあ私、湯船に浸かりたいからお風呂貸して」
「自由すぎるだろ。ここ、俺の家」
「着替え貸して。あー、汗かいちゃった」
「ここで脱ごうとするな!」
「私はしばらく消えるから、チューしたいならしてていいよ!」
「聞けよ」
ピカるんはポニーテールをといてボッサボサの髪型になると、お風呂にダッシュで突撃。許可してないのに入浴を始めてしまった。
シャワーの音がめっちゃ聞こえる。これはドア閉めてないやつだ。閉めろよお湯が飛び散るだろ!
「ドアくらい閉めて! 水浸しにしたら追い出すからな!」
「はーい! あっ、タオル持ってくるの忘れ」
「その辺にあるの使え! 出てくるなお願いだから! 恥じらいを持ちなさいほんと!」
もうちょいで成人するんだし、色々とちゃんとしてくれ、ほんと。
大切なことだから主張しておくと、狙ったり既に付き合ったりはしていない。アレはただの後輩だ。同じクラブでよく喋るってだけ。断じて、特別な関係とかではない。
「あなた、いやらしいですね。昔はこんなことしなかったのに、いつの間に女子高生を連れ込むようになったのでしょう」
「いかがわしい言い方しないで……ダリアちゃんの言葉はさ、たまに刃だから。真顔で言われると結構ウッてなるから」
光ちゃんを単独で泊めたことはない。今回はかなり強引に突撃してきたけど、ダリアちゃんがいたので初の単独にはならなかった。
ありがとう先輩。ありがとうって拝み倒すから、死んだ目でこっち見るのやめて。
「こんなことなら、きちんとした関係にしておくべきでした。途中で色々あったせいでなぁなぁになってしまったのが悔やまれますね。いい機会なので、正式にお付き合いしますか?」
「それは是非お願いしたいけど、ピカるんが後ろでお風呂入ってるシチュエーションはちょっと……」
「……今のはなかったことに。飲酒している時に言うことではありませんでしたね」
今、シレッと付き合えそうになったけど、あっさり撤回されてしまった。
そういや昔もこんなことあったな。
結婚してって言ったらオッケーされて、寝ぼけてたからって理由で要検討になったやつ。あの後、俺はしばらく日本にいなかったから、未だになぁなぁになってしまっている。何回もお泊まりしてるんだから押したらオッケーしてくれないかな。とか考えている今日この頃である。