なんだかんだで男女ですので 作:タリーズさん
──日本フィギュアスケートの黄金時代は変わらず。次回オリンピックも期待大。女子は世代交代を見事に果たし、男子は城山樹の時代が続く。
それは、ある評論家の予想だ。
そして、大勢の人が望んでいることでもある。
前回オリンピックで岡崎いるかが劇的な銀メダルを獲得し、男子は二大会ぶりとなる金メダル。男女シングルのメダルの合計は3だった。
ニュースで大々的に取り上げられる日々が続き、ミラノの熱戦の余韻はしばらく残った。大衆は大いに期待している。次のオリンピックにおいても、強く、華やかな日本代表を見られることを。
(期待の差を感じる。これが、勝って欲しい選手になれなかった実感、というやつですか)
烏羽ダリアは強く巧い選手だ。シニアに上がってからも毎年技術を高めており、相応に経験も積んできた。元々持っていた独特の世界観は健在。落ち着き払った澄まし顔でリンクに出ていったかと思えば、燃えるような魔女に豹変したり、狂気的な笑みを浮かべる淑女になったり。上位に食い込むスケーターというのは尖っている選手が多いが、個性的という意味では彼女は
(空気を染めたつもりでも、すぐに塗り替えられてしまう。ノーミスでも、
──最後の一瞬まで絞り出した。
ポリシーを曲げて途中で予定を変更してまで、点数を取りにいった。これまでなら絶対にやらない博打に走り、幸運にも成功を引いた。
安全な構成を捨てて、トリプルアクセルから始まるコンビネーションを後半に入れて、全て降りた。乱れずに降りて、最後のジャンプも決めて、ノーミス。
酸素が足りない中でのスピンは苦しかったが充実していて、久しぶりに納得できる演技ができた。
『いのりちゃん、勝てるよ頑張れー!』
『4点差くらいすぐだー! 今の調子ならいけるよ!』
『イノリ、今日も4回転いっちゃえー!』
『いのりー!』
しかし、最終グループ第三滑走。
狼嵜光と並んで今、日本で最も注目度の高い女子スケーター結束いのり。彼女が出てくると、アリーナの空気が
観客は正直だ。本当に勝って欲しい選手に対する声援というのは、選手からするとわかる。そして、大多数の人が求めるのは、奇跡を見せてくれるスケーターである。結束いのりと狼嵜光はそういう存在で、だから彼女達の世代は注目される。
スポーツというのはそういうもの。国を背負うレベルまでいけばなおのこと。当たり前のことだが、なんて残酷なことだろうか。
『シーズンベストを転倒ありで上回られてしまう。予想はしていましたが、いざ目の当たりにすると厳しいものがありますね』
烏羽ダリアはノーミスでシーズンベストの高得点を記録したが、結束いのりは転倒ありで2.79上回った。
その後に滑った狼嵜光は着氷の乱れがありながら、結束いのりを上回って金メダル。ショート終了時点で1位と2位に名を連ねていた二人は、複数回の転倒があり烏羽ダリアを下回った。
表彰式後の人々の反応として、ダリアの銅は妥当。
注目を集めたのは1位と2位の採点結果について。
特にPCS──演技構成点が高すぎるとか、逆に低すぎるとか、そういった議論が次々ネットに書き込まれていた。無論、スケート関係者の間でも話題になっているのは言うまでもない。
***
「初詣は行きますよね。行ったり来たりと面倒なので、お正月まで居座らせて頂きます」
宝石のような瞳がドロドロとしておられる。
ワインレッドのパジャマに着替えたダリアちゃんは、小テーブルに頬をくっつけて宣言した。
お正月まで泊まり続けると。つまり十日以上連泊するつもりってことだ。去年の倍以上である。俺は構わないけど、帰省して報告とかしなくていいのだろうか。
「帰省はしません。両親とは全日本に話をしましたし、今年は元々予定があると伝えていたので」
先輩はむくりと上体を起こした。ボーッとした顔のまま、ヨロヨロとした足取りでキッチンに向かう。
冷蔵庫の開閉音に続いて、プルタブを開ける時の空気音が発生した。しばらくゆっくりできるからってやりたい放題するつもりだな、あの人。
俺はなんともいえない複雑な気持ちで、冷蔵庫の方に顔を向けた。ビール缶を持った物憂げな美人が緩慢に頭を揺らしている。流石にアルコールが回っているようだ。もう朝の5時だしね。ピカるんは寝た。俺のベッドを乗っ取って。
「あぁ……素晴らしい開放感、ふぅ」
「ダリアちゃんダリアちゃん。ダリアさん?」
「ふふ……折角なので、占って差し上げましょうか?」
「タロット占い? ほろ酔いでやっても大丈夫なの、タロット占いって」
ダリアちゃんは戻ってくるなり床にゴロン。ソファーの上のポーチに手を伸ばし、中からタロットカードを取り出した。
一枚だけ。正位置の塔だ。
意味はたしか……破滅じゃね?
「けいと、見なさい。正位置の塔です」
「そうですね。占いの内容は?」
「あなたとのツーショットをSNSにあげるので、どんな反響があなたにあるか」
「やめてください……おいやめろ」
そんなことしたらえらいことになる。社会的に死んだりはしないはずだけど、ニュースに取り上げられること間違いなしだ。間違いなく今後に影響が出る。
「本文には『狼嵜光』も含めて三人で、この男は
「それは破滅しそうだね。やめろ。やめてくださいお願いします」
洒落にならん。
俺はダリアちゃんのスマホを取り上げた。
「ちょっと、何をするのですか」
「それはこっちのセリフですよね。やめてください先輩ほんと、幼馴染の後輩を社会的にぶち殺すとか。魔女か!」
「かえしなさい」
「かえしません」
ダリアちゃんの細い腕が足にしがみついてきた。あぐらがほどけなくなった、足が痛い!
ほんのりとしたストロベリーの香りがする。全身すべすべ。保湿は万全のようである。特に首元がしっとりしてる感じがする。
「乱暴な人ですね。昔は素直で純粋な子だったのに、男の子というのはほんとにもう」
「なんで呆れられてるのかな。変わったって言うならダリアちゃんの方だからね。こんなスキンシップ激しくなかったのに」
中学の頃はボディタッチされた記憶とかほとんどないのに、いつからこういうの普通になったんだっけ。
お陰で変な目で見てしまうようになっちゃったよ。
直に触れ合うと嫌でも意識する。今みたく下から来られると意識させられるんだわ。這いつくばったまましがみついてくるもんだから、両手に収まりそうな膨らみが見えてしまう。まっっっっ白である。
「なるほど……視線で察しました。後ろからハグしますか? 今なら忘れてあげますよ。思いのほか、頭がくらくらしているので」
「する」
ゆらぁ、とダリアちゃんが起き上がった。弛緩したまま後ろを向いたので、お言葉に甘えてくっつかせてもらう。かなりの痩せ型なのに、どこを触っても柔らかいのは神秘である。
「はぁ……落ち着きます。心がうるおう。わたくし、ハグが大好きなもので」
「光ちゃん起きたらどうしよう」
「その時は、開き直ってディープキスでもしてみては。悪くない閃きだと思うのですが、どうでしょう?」
「悪いよ。かなり悪い顔をしてる。怖い怖い魔女みたいに笑わないで」
いつからこんな風になったんだろうか。
煽ってくるわ悪趣味な提案してくるわ、烏羽ダリアは昔からこうだっただろうか。
うん、元々闇属性だったな。
最近は冗談じゃすまないレベルでの煽りが多すぎるので、そろそろ自重した方がいいと思う。