東海祭の朝は、鐘の音で始まった。
一度、二度、三度。夜明けの淡い空気を震わせる音が、運河と石造りの街並みを抜けて、港へと流れていく。
昨日まで色布が渡されていただけの橋には花輪が掛けられ、倉庫の壁には海鳥や魚を描いた旗が垂れ下がっていた。漁船も商船も、この日ばかりは仕事の船というより、祭りの船だった。帆柱には長い飾り旗がはためき、船首には花が飾られ、舷側には青や白の布が掛けられている。水面では、前夜祭で使われた魔法灯が、まだいくつか淡く光っていた。
街の人口は、普段の一万八千人から大きく膨れ上がっていた。周囲の村々や漁村、内陸の農村、近隣の港町から、荷馬車や徒歩、船に乗って、人々が次々と流れ込んでくる。
そして今年は、誰もがもう一つの目的を持っていた。
──日本人を見ることである。
◇
「昨日より多いですね」
日本側の使節団長が言った。携行端末が、周囲を観測する。
『推定集客人口、二万七千から三万二千。中心市街地は高密度状態』
「完全に見世物ですね、我々」
言語担当官が苦笑した。少し先では、子供たちが露骨にこちらを見ている。
十二人でも珍しがられた日本人だが、今日祭りに参加しているのは、使節の中心メンバーだけだった。護衛も昨日より目立たない位置に控え、検疫官も同行している。
そして、最も重要な変化が一つあった。
「本当に、大丈夫なんですよね?」
言語担当官が尋ねた。
「今朝の段階では」
検疫官が答えた。
「主要な食材について、急性毒性、主要なアレルゲン候補、病原微生物のスクリーニングは通っています」
「つまり?」
「選定した加熱食品なら、少量の試食を許可します」
「やった」
「ただし」
「まだあるんですか」
「酒は駄目です」
少し離れたところで翻訳を聞いていたガルディオが、顔をしかめた。
「まだ酒は駄目なのか」
「あなた、昨日からそればかりですね」
ネリオが呆れた。
「文明の交流に、酒は必要だ」
「誰が決めたんです?」
「船乗りだ」
「日本側の船乗りは来てませんよ」
「ミウラを呼べばいい」
「巡視船の船長を、祭りの酒盛りに呼ばないでください」
◇
東海祭の本祭は、航海の安全を願う祈りから始まった。
港の中央にある広場に、祭壇が設けられている。豪華なものではない。木製の台の上に、円環と炎を組み合わせたルメリア教の印が置かれ、海水を満たした銀器、新しい麦、干した魚、そして小さな灯火が並べられていた。
司祭が祈りを捧げる。
「我らを海へ送り出す光よ」
翻訳AIが、それを静かに日本語へ変換していく。
「風を支配することなく、風を読む知恵を。波を止めることなく、波を越える勇気を。危険を消すことなく、それを見抜く理性を」
日本側の科学担当は、少し意外そうな顔をした。昨日まで聞いていたルメリア教の思想が、この祈りにも表れている。神が人間の代わりに世界をどうにかしてくれる、という祈りではない。世界と向き合うための力を求める祈りだった。
祈りが終わると、船乗りたちは胸元に手を当てた。ガルディオも、珍しく静かにしていた。
◇
その後は、静けさなど跡形もなかった。
「始まった!」
競漕である。運河を使った小型艇のレースで、八人乗りや十人乗りの手漕ぎ艇が速さを競う。競技によっては魔法の使用が認められ、別の競技では完全に禁止されていた。
橋の上から、観客たちが叫んでいる。
「西三区! もっと漕げ!」
「魔術師、風が逆だぞ!」
「分かってる!」
「それでもプロか!」
「うるさい!」
日本側の政治担当官が笑った。
「こういうのは、どこでも同じですね」
「日本にも?」
領主の娘が尋ねた。
「競技になると、観客の方が選手より偉そうになるところは」
訳を聞いて、娘は声を上げて笑った。
◇
魔法ありの競漕は、日本側にとって特に興味深いものだった。
ただ身体を強化しているだけではない。船首側で風を整える者、水の流れをわずかに変える者、漕ぎ手の疲労を和らげる者がいる。
ただし、何でも許されるわけではない。大規模な風を起こす術、他の船の進路を直接妨害する術、相手の選手に魔法をかける行為は、すべて反則だ。競技用の規則が、きちんと定められていた。
「魔法にも、スポーツのルールがあるんですね」
科学担当が言うと、案内役のギルド魔術師は不思議そうに返した。
「なければ、死人が出るでしょう?」
「それは、そうですね」
◇
昼になって、ついにその瞬間が来た。
場所は、市場の一角。検疫官が選んだのは、最も無難な料理だった。よく火を通した白身魚に、豆と野菜、そして平焼きパン。煮込み料理は香辛料や未知の食材が多いため、今回は見送った。
屋台の主人は、妙に緊張していた。
「本当に食うのか?」
「食べるそうです」
ネリオが答えた。
「不味かったら、どうなる?」
「外交問題になるかもしれませんね」
「おい!」
「冗談です」
日本側の使節団長が、小さな皿を受け取った。ちらりと検疫官を見る。
「少量からですよ」
「はいはい」
焼いた魚を、一口。周囲のリヴァーノの人々が、じっと見ている。恐ろしいほど見ている。
使節団長は噛み、飲み込んだ。数秒の沈黙が流れる。
「……どうだ?」
屋台の主人が尋ねた。
「美味しいです」
その言葉が訳されると、主人の顔がぱっと明るくなった。なぜか、周囲から拍手まで起きた。
「何なんですか、これ」
言語担当官が笑った。
「日本人が初めて現地の料理を食べた、歴史的瞬間ですよ」
「言い方が大げさです」
「たぶん、記録には残りますよ」
◇
平焼きパンは、日本側に妙な親近感を与えた。薄く伸ばした生地に油を塗り、チーズに似た発酵乳製品と香草、魚を載せて焼いたものだ。
「ピザ……ではないですね」
「言うと思いました」
「でも、方向性は近いでしょう」
「ピザ?」
翻訳を聞いた領主の娘が首を傾げた。
「我々の世界にある料理です」
「似ているのですか?」
「かなり」
娘は、手元のパンを見つめた。
「では、あなた方の世界にも、この料理が?」
「似た発想のものが、たぶん何度も、それぞれ独立に生まれたんでしょうね」
科学担当が言った。
「小麦を練って焼いて、上に美味しいものを載せるという発想は、強いですから」
「それは、科学的な結論なのですか?」
「人類学的な推測です」
◇
一方で、甘い木の実の菓子は強敵だった。
「甘い」
政治担当官が驚いた。
「蜂蜜ですね」
検疫官が、分析結果を見て言った。
「かなり近い糖組成です」
「お祭りの日だから、たくさん入ってるんだよ」
現地の子供が、誇らしげに言った。
「普段は?」
「高いから、少ししか入ってない」
言語担当官の顔が、少し曇った。
甘味一つをとっても、経済の格差が見えてくる。祭りの華やかさの向こうには、この社会の豊かさと貧しさの両方がある。誰もが毎日、蜂蜜の菓子を食べられるわけではないのだ。
日本側の政治担当は、その光景も記録に残していた。
◇
午後になると、祭りの広場では魔法競技が始まった。
戦闘ではない。むしろ障害物競走に近いものだ。的に正確に光を当てる。空中に浮かせた球を、指定の位置まで運ぶ。簡易の結界を破り、逆に一定時間守り抜く。水をこぼさずに移動させる。観客は大いに盛り上がっていた。
「最後の競技、地味じゃありません?」
日本側の護衛が言った。
「精密な制御を見る競技です」
ギルド魔術師が答えた。
「水を扱えるだけなら、子供でもできます。速く、正確に、こぼさず、余計な魔力を使わないことが重要なのです」
「なるほど」
護衛は少し黙り込んでから、呟いた。
「射撃競技みたいなものか」
高出力よりも、精度。この世界の魔法文化を測る物差しを、日本人たちも少しずつ持ち始めていた。
◇
騒ぎが大きくなったのは、その後だった。
見世物の試合として、港湾労働者の代表と都市警備兵の代表による力比べが行われたのだ。丸太運びに綱引き。身体強化の魔法は使ってよいが、一定以上の術は禁止されている。
獣人系の巨大な港湾労働者が丸太を担ぎ上げると、観客から歓声が上がった。対する警備兵は、小柄な人間だった。だが魔力による強化を巧みに使い、ほぼ同じ重さの丸太を運んでみせる。
日本側の科学担当の目が輝いた。
「筋電位と、魔力反応が同期してる……」
「今日は、端末を閉じたんじゃなかったんですか?」
使節団長が言った。
「閉じたのは、昨日だけです」
「そうですか」
◇
少し離れた場所で、領主の娘は日本側の護衛を見ていた。
「あなた方も、身体を強くできるのですか?」
護衛の一人が困った顔をした。
「機械や、医療的な補助を使えば」
「魔法では?」
「今のところは、できません」
「今のところは?」
「転移の後、日本人の身体からも、皆さんが魔力と呼んでいる現象に似た反応が、少しだけ検出されているんです」
娘の表情が変わった。
「つまり」
「まだ研究中です」
「日本人にも、魔法が?」
「可能性はあります」
横で会話を聞いていたギルド魔術師が、勢いよく振り向いた。
「それは、昨日は聞いていません」
「昨日の時点では、確証がありませんでしたので」
「今日は?」
「まだ、確証とまでは」
日本側の科学担当が、割って入った。
「ただ、統計的に偶然では説明しにくい反応が増えています」
ギルド魔術師が、ぐっと顔を近づけた。
「誰にです?」
「日本国内で」
「どんな現象です?」
「待ってください」
使節団長が止めた。
「それは、まだ正式に共有できる段階ではありません」
ギルド魔術師は、露骨に残念そうな顔をした。まるで、昨日の領主のようだった。
◇
夕方。競漕の優勝船が港へ戻り、祭りは最高潮を迎えていた。
だが、日本の使節団には帰る時間が近づいていた。滞在は、すでに予定を大きく超えている。
当然、領主は引き留めた。
「明日の朝でも、よいのでは?」
「一度、政府へ正式に報告する必要があるのです」
「通信の機械では、駄目なのですか?」
「詳細な分析や、今後の方針の協議が必要ですので」
「では、いつ戻られます?」
「お父様」
娘が口を挟んだ。
「日程の確認は必要だろう」
「それは昨日から聞いています」
使節団長は笑った。
「なるべく早く、次の協議の機会を設けたいと思います」
「約束ですな」
「外交的な意味で、努力いたします」
「便利な言い方ですね」
「よく使います」
◇
港へ向かう途中、昨日の少年がまたいた。手のひらの上には、光の球が二つ浮かんでいる。
「見て!」
少年は日本側の科学担当を見つけると、声を上げた。翻訳AIは、もう完全に会話を追えている。
少年は光の球を三つに分けた。昨日、失敗したところだ。だが今日の三つは、安定していた。
科学担当が拍手を送った。
「成功ですね」
「四つもできるよ!」
「無理しない方が──」
言い終わる前に、四つ目が生まれ、そして全部消えた。悔しそうな顔をする少年に、科学担当は笑いかけた。
「次に来たときも、また見せてください」
少年は頷いた。
「そのときは、日本人も魔法ができるようになってる?」
科学担当は、答えに困った。
「……できるようになっているかも、しれません」
その答えに、少年の方が嬉しそうな顔をした。
◇
小型艇が岸壁を離れた。リヴァーノの群衆が手を振り、日本側も手を振り返す。
初めて上陸したときには、互いに何をすればよいのかも分からなかった。だが今日は、手を振るという行為の意味を、双方がちゃんと理解していた。
岸壁の先で、ガルディオが大声を上げた。
「次は、ミウラを連れてこい!」
翻訳AIが、容赦なく日本語に変換した。艇内で笑いが起きる。
「船長に伝えておきます」
その返事に、ガルディオは腕を高く上げた。
◇
「いわみ」に帰艦した使節団を、三浦が出迎えた。
「お疲れさま」
「疲れました」
使節団長が即答した。
「領主か」
「領主もです」
「祭りは?」
「……楽しかったです」
「そうか」
「あと」
科学担当が口を挟んだ。
「現地の浄化魔法は、実測でかなり強力です。魔法教育の制度も想定以上でした。身体強化の実用例も多数。それから──」
「まずは検疫です」
検疫官が止めた。
「全員、隔離区画へ」
「え」
「当然です」
「祭りから帰って、最初がそれですか」
「異世界外交は、健康第一です」
横で、高瀬が笑っていた。
「お帰りなさい。大変ですねぇ」
◇
その夜、使節団から送られたデータは、日本政府の複数の機関へ同時に配信されていた。
映像、音声、生体データ、環境試料、現地の文書、宗教や社会制度に関する情報、魔法現象の記録、地図、周辺国の情報──そして、祭りの様子。
政府の中枢では、第一回となる本格的な現地接触の報告会が開かれていた。
外務、内閣、防衛、海保、厚生・医療、農業、経済産業、文教・科学、環境、治安、そして情報機関。多くの参加者が、同じ報告書をそれぞれ別の目で見ていた。
「まず、外交面から」
議長役の官房担当者が言った。
「ヴァレシア王国の中央政府とは、まだ正式に接触していない」
「はい」
外務担当が答えた。
「リヴァーノ領主府との関係は良好です。ただし、相手は地方の統治者です。国家間の協議については、国王政府との接触が必要になります」
「領主は、どうだ?」
「極めて積極的です」
「どの程度だ」
「初回の会談に、質問を七枚用意してきました」
会議室の一部で、笑いが起こった。
「笑い事ではありません」
使節団長が、映像越しに言った。
「質問の内容は、非常に的確でした。人口、統治制度、教育、食料、医療、軍事、宇宙活動にまで及んでいます」
「軍事情報は?」
「線を引いています」
「結構」
◇
「次に、科学面」
大型表示に、魔法灯台の映像が映し出された。海を渡る光と、水面に描かれた円。
「現地で“魔法”と呼ばれている現象は、少なくとも既知の物理学だけでは説明できない、再現可能な現象であることが、ほぼ確実です」
室内が静まり返った。
「ほぼ?」
「科学的には、完全な断言は避けます。ただ、同じ術者が同じ条件で複数回再現し、それを複数のセンサーが独立に検出しています」
「詐術という可能性は」
「極めて低いと考えます」
映像が切り替わった。水を浮かせる少女、浄化術、身体強化、そして《風走り》。
「特に、浄化術です」
医療担当が身を乗り出した。
「術の前後で、微生物の量が明確に低下しています」
「加熱は?」
「ありません」
「薬剤は?」
「検出されていません」
「紫外線は?」
「それでも説明できません」
「つまり」
「魔法です」
科学担当者は、とうとうその言葉を口にした。
誰も、笑わなかった。
◇
「問題は、ここからです」
経済担当が言った。
「リヴァーノ側は近いうちに、こちらの技術について具体的な提供を求めてくるでしょう」
「医療技術への関心は、すでに強いです」
「農業もです」
「造船も」
「教育も」
議長が尋ねた。
「何を渡せる?」
少しの沈黙の後、最初に口を開いたのは農業担当だった。
「基礎的な衛生なら、かなり安全では」
「本当にそうか?」
防衛担当が返した。
「手洗い、下水、感染症対策です」
「人口の増加につながる」
「それが悪いことなのですか」
「悪いとは言っていない。社会構造への影響を言っているんだ」
「抗菌薬は?」
医療担当が問う。
「製造法の提供は慎重にすべきです」
「薬そのものを、限定的に供与する案は」
「依存を生みます」
「では、治療しないのか?」
「工作機械は、もっと危険です」
経産担当が口を挟んだ。
「農業機械なら?」
「エンジンを一つ渡せば、分解して学びますよ」
「二十四世紀の機械を、前近代社会が簡単に再現できるとは思えませんが」
「すぐには無理でしょう。しかし、原理は?」
別の担当者が続けた。
「高効率の発電設備は?」
「軍需に転用できます」
「通信機は?」
「国家の統治能力そのものを変えます」
「浄水技術」
「都市の人口を変えます」
「肥料」
「農業の生産性を変えます」
「印刷機や教育機器」
「識字率と、政治構造を変えます」
議論は、止まらなかった。
◇
「何も渡さない、という選択肢は?」
一人が尋ねた。
「理論上は、あります」
使節団長が答えた。
「実際には?」
「難しいでしょう」
「理由は」
「接触した時点で、すでに影響を与えているからです」
部屋が静かになった。
「リヴァーノの人々は、日本という国家が存在することを知りました。人口が八千三百万で、飢饉がほとんどなく、平均寿命が百歳を超え、空を飛び、宇宙へ行けることも知っています」
表示には、祭りの映像が流れていた。日本人を見つめる、子供たちの顔。
「情報そのものが、技術移転の始まりなのです」
誰も、すぐには反論しなかった。
◇
「さらに、政治的な問題があります」
外務担当が言った。表示が、現地の地図に切り替わる。ヴァレシア、A国、B国。
「ヴァレシアが、周辺の大国から圧力を受けていることは明らかです」
「だから、支援すると?」
「そう簡単な話ではありません」
「では、支援しない?」
「それもまた、一つの政治的選択です」
「中立は?」
「我々が沖合に存在しているだけで、すでに完全な中立ではありません」
「厄介だな」
別の官僚が、低く言った。
「はい」
◇
首相は、長く黙っていた。やがて、口を開いた。
「原則を作る必要がある」
「技術移転について、ですか?」
「それだけではない」
首相は、表示を見つめた。魔法、石造りの港、祭り、日本の使節に手を振る現地の人々。
「この世界の社会に対して、日本が何をしてよいのか、だ」
誰も答えなかった。
「善意だけで動けば、壊してしまう可能性がある」
「はい」
「何もしなければ、それもまた結果を生む」
「はい」
「なら、基準が必要だ」
「暫定ガイドラインを作成します」
官房担当が頷いた。
「技術の危険度だけで分類するな」
「と、おっしゃいますと」
「社会への影響も見るんだ」
首相は言った。
「武器になるかどうかだけではない。人口、経済、統治、文化。それが何を変えるのかを評価しろ」
「了解しました」
「それと」
首相は、映像を切り替えさせた。映し出されたのは、日本人の生体観測データだった。転移の後から増え続けている、ごく微弱な未知の反応。
「こっちも急げ」
「はい」
科学担当者の顔が、硬くなった。
「現地の人々に技術を渡すかどうかを考える前に」
首相は、淡々と言った。
「我々自身が、何になりつつあるのかを知りたい」
◇
深夜、「いわみ」の艦橋に、三浦はいた。
リヴァーノの祭りは、まだ続いている。遠くに灯りが見えるが、笑い声までは届かない。それでも、海の上を漂う魔法の光は見えた。
「船長」
高瀬が、温かい飲み物を持ってきた。
「ありがとう」
「ガルディオさん、船長のことを呼んでたらしいですよ」
「聞いた」
「人気ですねぇ」
「酒を飲ませたいだけだろ」
「たぶん」
神谷が、OICから上がってきた。
「政府から、新しい指示です」
「接触継続か?」
「はい。ただし、物品の提供は当面、個別の承認制です」
「妥当だな」
「面倒になりますね」
三浦は、暗い海を見た。
「もう、十分面倒だよ」
神谷が、少しだけ笑った。
◇
そのころリヴァーノでは、祭りから戻った領主が、執務室で一通の文書を書いていた。
宛先は、王都ヴァレシアス。国王アルヴェリオ三世である。
短い第一報は、すでに送ってある。だが、今度は違う。日本人と実際に会い、話し、見た上での、正式な詳細報告だった。
最後の一文を書き終えると、領主は少し考え、さらに一行を書き加えた。
──彼らを恐れるべき理由は多い。しかし、話さずに済ませられる相手ではありません。
封蝋を押し、王家へ送る最優先の符号を付す。明朝、この文書は通信魔法と早馬を乗り継いで、王都へと向かうだろう。
祭りは終わる。
だが、日本とヴァレシアの本当の外交は、ようやくこれから始まろうとしていた。