王都ヴァレシアスを出発して、四日目の朝。
王女アレシナ・ヴァレシアは、馬車の窓から海を見ていた。
「……あれが、東海?」
「はい、殿下」
向かいに座る王室外交官が答えた。
「リヴァーノ湾までは、あと半日ほどです」
海は青かった。王都のある、内陸の西寄りの地方とは違う。空気にも、はっきりと潮の匂いが混じっている。
街道は丘陵を下りながら、少しずつ海岸へと近づいていた。道沿いには、葡萄に似た果樹の園や麦畑が広がり、低い石垣が続く。ところどころに小さな漁村があり、街道を行き交う荷車の数も、昨日までより明らかに増えていた。
東海祭は終わった。だが、リヴァーノはまだ祭りの余韻の中にある。
そして今年は、祭りそのものより大きな噂が、街道を逆流してきていた。
「また、日本の話です」
随行していた若い書記官が、馬車の外を見ながら言った。
道端の宿屋の前で、旅人たちが何か話している。王室の一行に気づくと慌てて頭を下げたが、その直前まで聞こえていた単語ははっきりしていた。
「ニホン」だ。
「この四日間で、何回聞いたかしら」
アレシナが言った。
「数えましょうか?」
「やめておきます」
王室外交官が苦笑した。
「噂の中身も、だいぶ育っていますね」
「昨日は、どんなものが?」
「日本人は二百歳まで生きる、と」
「増えたわね」
「日本の船は、海の中も飛べる、と」
「昨日までは、空だけではなかった?」
「昨晩、海の中が追加されました」
「明日には、地面も掘り進むかもしれないわ」
「実際に掘れる可能性もあります」
向かいの護衛騎士が、真顔で言った。アレシナは騎士を見た。
「あなたまで、真面目に受け取らないで」
「日本については、何が本当で何が誇張なのか、判断がつきませんので」
それには、反論できなかった。
◇
アレシナの馬車の後ろには、王室の旗を掲げた一行が続いていた。
総勢四十名あまり。近衛が二十名、王室外交官が四名、書記、財務官、宮廷魔術師が三名、ルメリア教の高位聖職者、従者、御者、医師、その他の実務官たち。
軍隊と呼ぶほどではない。だが、地方視察としては明らかに重い陣容だ。
国王アルヴェリオ三世の名代として、王女本人が赴く。その目的は、この世界に突然現れたという、人口八千三百万の国家との接触だった。
「殿下」
外交官が、薄い帳面を一冊差し出した。
「本日の確認事項です」
「もう三度読みました」
「四度目をどうぞ」
「あなた、父上に似てきたわね」
「光栄です」
「褒めてません」
アレシナは帳面を受け取った。表紙には、こう記されている。
『対日本初回中央使節要項』
王命の内容は、次のようなものだった。
日本を、敵と決めつけない。友とも決めつけない。リヴァーノ辺境伯による暫定的な合意を確認する。日本政府の代表権を確認する。ヴァレシア王国として、正式な外交窓口を設ける。軍事同盟、領土、武器の供与に関する約束は行わない。交易についても、即断はしない。
そして──日本という国家が、ヴァレシアと共存できる相手かどうかを見極める。
父らしい文章だった。派手な言葉は一つもない。だが、最後の一文だけは重かった。
アレシナは、窓の外に目をやった。
「共に生きられる相手、ね」
「陛下のお言葉ですか」
「ええ」
「難しいご命令です」
「だから、私が来たのでしょうね」
◇
弟のセルディオから預かった質問状も、持ってきている。
正確に言えば、預かったのは五問だった。ところが出発の前夜に荷物を確認すると、別紙が七枚も増えていたのだ。
一は宇宙船の推進法、二は月までの距離、三は惑星の観測法、四は恒星の成分分析、五は宇宙空間で魔法が使えるかどうか。そこまでは、父が許可した分だ。
六は日本の天文学の歴史。七は宇宙空間の温度。八は他の惑星の生命。九は人工衛星。十は重力を操れるか。十一は古代文明と遭遇した経験があるか。十二は日本の天文学者を王都へ招けるか。十三は──。
アレシナは、途中で数えるのをやめた。
結局、全部持ってきてはいる。弟には言わないつもりだった。
◇
昼過ぎ、街道の先に大きな湾が現れた。
「見えてきました」
護衛騎士が言った。
リヴァーノ。丘陵と海に挟まれた港町だ。
内陸から近づくと、最初に目に入るのは塔だった。教会の塔、港湾の監視塔、そして東の岬に建つ魔法灯台。その下に石造りの家々が並び、運河と倉庫、無数の帆柱が見える。
「思っていたより、大きい」
宮廷魔術師の一人が呟いた。
「人口は一万八千です」
「数字では知っています」
「でも?」
「実際に見ると、違う」
アレシナは少し笑った。
「日本人も、同じことを思ったそうですよ」
「何をです?」
「我々の街を見て」
報告書には、そう書かれていた。石造りの建築、運河、人力のクレーン、魔法灯台、多種族の市民。日本側は、その一つ一つを大量に記録していったという。
今度は、こちらが日本を見る番だった。
◇
「殿下」
馬車の外から、先行していた騎兵の声がした。
「辺境伯閣下が、お出迎えにいらしています」
「ご本人が?」
「はい」
アレシナは一瞬黙った。
「……でしょうね」
◇
リヴァーノ辺境伯は、街の北門から半里ほど手前まで出迎えに来ていた。
礼装に身を包み、馬に乗り、護衛を従えている。隣には娘が、その少し後ろには、例の孤児出身の騎士が控えていた。
王室の馬車が止まり、アレシナが降り立つ。辺境伯は片膝をついた。
「王女殿下。リヴァーノへ、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです、辺境伯」
「三年ぶりでしょうか」
「二年と八か月です」
「よく覚えておいでだ」
「あなたが王都で、運河の予算を要求し続けた年でしたから」
辺境伯の娘が、吹き出しそうになった。
「それは、覚えられていますな」
「父上も、覚えていますよ」
「……陛下には、よい思い出として?」
「どうでしょう」
二人とも、笑った。
形式的な挨拶が終わると、アレシナは辺境伯の娘に目を向けた。こちらへの声は、少し柔らかい。
「久しぶり」
「殿下」
「二人のときは、その呼び方はいらないと言ったでしょう?」
「今日は、二人きりではありません」
「相変わらずね」
二人は、以前から面識があった。王都の宮廷や外交行事、学問の場で顔を合わせてきた仲だ。親友と呼ぶほど近くはない。だが互いに、政治の話ができる程度には相手を知っている。
今回は、それが大きかった。
◇
「まず」
アレシナは辺境伯を見た。
「父上からです」
王室の書記が、王璽の押された封書を差し出した。辺境伯が受け取る。
「こちらが、正式な王命ですか」
「ええ。それと、私信も」
「……私信?」
辺境伯は、嫌な予感を覚えた顔で封を開けた。
一行目。表情は真面目だ。二行目。少し硬くなる。そして最後の行で、完全に動きが止まった。
「何と?」
娘が聞いた。
「……何でもない」
「お父様」
「陛下からの、お言葉だ」
「でしたら、重要なものでしょう」
「『よくやった』と」
少し、誇らしげだった。
「それから?」
「以上だ」
アレシナが微笑んだ。
「私、内容を知っていますよ」
辺境伯が王女を見た。
「殿下」
「“次からは、未知の八千三百万人の国家に自分から会いに行こうとする前に、王都へ相談しろ”」
娘が顔を伏せた。騎士は横を向いたが、その肩が少し揺れていた。
「笑ったな」
「笑っておりません」
「先日も、同じ顔をしていたぞ」
「生まれつきです」
「ガルディオまで、同じことを言っていた!」
アレシナは、初めて声を出して笑った。
◇
一行は街へ入った。
沿道には、住民たちが集まっていた。王女を一目見るためだ。そして、王女が何をしに来たのかを、皆すでに知っていた。
「日本と話すんだろ」
「王女殿下が?」
「正式な使節だって」
「戦争になるのか?」
「馬鹿。友好のためだよ」
「でも、ヴァルガニアが──」
そこだけ、声が小さくなった。
アレシナは、聞こえないふりをした。だが、覚えておくことにした。
この街の市民ですら、もう理解し始めているのだ。日本の出現が、珍しい船の話だけでは終わらないことを。
◇
領主館──正確には辺境伯館に到着したのは、午後三時前だった。
王女一行の宿泊区画、執務室、会議室、護衛の配置。すべてが準備されていた。
「仕事が早いですね」
アレシナが言うと、辺境伯の娘が答えた。
「日本人が来てから、父はほとんど寝ていませんから」
「それは、仕事が早いというより」
「止まらないだけです」
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言いました」
◇
最初の説明会が始まった。
出席したのは、辺境伯とその娘、騎士、港務官、ネリオ、ファルネ、魔術師ギルドの代表、ルメリア教の代表。そして、ガルディオだった。
アレシナは、彼を見た。
「あなたが?」
「何でしょう、殿下」
「日本人と最初に会った船長」
「そういうことになってます」
「昔は海賊だったという噂も聞きました」
「ひどい噂ですな」
部屋の全員が、微妙な顔をした。
「違うの?」
「若いころは、いろいろありまして」
「では、その話はまた今度」
「助かります」
◇
アレシナは、報告書を机に置いた。
「書面には、すべて目を通しました」
辺境伯が嬉しそうな顔になった。
「では、日本がどれほど──」
「でも」
王女がそれを遮った。
「書面と実物は、違うのでしょう?」
辺境伯が止まった。
「はい」
答えたのは、ファルネだった。いつになく真剣な顔をしている。
「かなり、違います」
「魔法を使わない機械」
「はい」
「言葉を学ぶ機械」
「はい」
「百歩近い、白い船」
「はい」
「八千三百万」
「本人たちも、そう言っています」
「別の世界」
「本人たちは、“その可能性は高いが、断定はしていない”と」
アレシナが、わずかに眉を上げた。
「断定しないのですか」
「理由が分からないから、だそうです」
ファルネは言った。
「日本人は、妙なんです」
「どういう意味?」
「信じられないものを見ても、すぐに神や悪魔のせいにしません」
「我々だって、普通はしない」
ギルド代表が横から言った。
「あなたは初日に、古代文明説を三回も口にしたでしょう」
「可能性として、だ」
「日本人は」
ファルネは続けた。
「分からないことがあると、まず測るんです」
「測る?」
「何でもです」
「魔法も?」
「特に、魔法を」
ファルネは、少し疲れた顔をした。
「怖いくらいに」
◇
「日本人自身にも、魔法が?」
アレシナが訊くと、辺境伯が頷いた。
「今朝、向こうから新しい情報が届きました」
王女の表情が変わった。
「正式なものですか?」
「限定的な説明ですが」
ネリオが文書を開いた。
「日本国内で、再現可能な魔法現象が確認されたそうです」
「日本人に?」
「はい」
宮廷魔術師たちが、一斉に身を乗り出した。
「どの程度の?」
「ガラスの小さな球を、数ミリ動かした、と」
一瞬の間があった。宮廷魔術師の一人が、首を傾げる。
「……それだけ?」
「それだけのようです」
「初等学校の子供以下では」
別の魔術師が言った。
「日本人にとっては、歴史的な発見なんです」
ファルネが答えた。
「彼らの世界には、魔法がなかったのですから」
「なるほど」
アレシナは、少し考えた。
「ということは」
「はい」
辺境伯が言った。
「日本人も、この世界に来て変わり始めているようです」
アレシナは、その言葉を胸に刻んだ。
これは重要なことだ。日本は、完成された怪物ではない。彼ら自身もまた、この世界に来たばかりなのだ。
◇
「では」
王女が尋ねた。
「日本側は、私が来ることを知っているのですか?」
「国王特使が派遣されたことまでは、伝えてあります」
「私の名前は?」
「お伝えしました」
「反応は?」
辺境伯は、少し困った顔をした。
「非常に礼儀正しく、“歓迎します”と」
「それだけ?」
「それだけです」
「……そう」
アレシナには、少し意外だった。
王女が来る。ヴァレシアでは、それは大きな出来事だ。普通の外国なら、王族が派遣されたというだけで、こちらの意図を読み取り、儀礼を調整し、相手の側も相応の人物を出してくる。
だが日本は、王女という身分がこちらでどれほど重いものなのかを、まだ完全には理解していないのだろう。
「当然か」
アレシナが呟いた。
「何がです?」
辺境伯の娘が尋ねた。
「向こうも、私たちのことを知らないのよ」
日本は、圧倒的に進んでいる。だから、つい忘れてしまいそうになる。
知らないことについては、日本もまた赤子同然なのだ。
◇
そこで、辺境伯が立ち上がった。
「では、殿下」
「何?」
「まずは、見ていただいた方が早いでしょう」
その顔を、アレシナは知っていた。何かを見せたくて、仕方がないときの顔だ。
「何を?」
「日本を、です」
◇
辺境伯館の東側には、港と湾を一望できる高いテラスがあった。
一行が外へ出ると、潮の匂いを含んだ風が吹きつけてきた。午後の日差しの下、港には大小の帆船が浮かび、運河と灯台が見える。その向こうに、湾の外の海が広がっていた。
「……どこ?」
アレシナが目を細めた。辺境伯が、望遠鏡を差し出す。
「東南東です」
王女は望遠鏡を覗き込み、海を探した。帆船が見え、さらにその先へ──。
そこで、視線が止まった。
◇
白かった。
報告書にも、そう書いてはあった。だが、その船はあまりにも白すぎた。
海に浮かぶ、巨大な船体。全長は百歩近く、外板は滑らかで、高い船楼がそびえている。帆柱も、帆も、櫂もない。煙も出していない。それなのに、風を無視するように、ゆっくりと向きを変えていた。
「……あれが?」
「はい」
「『いわみ』?」
「そうです」
王女は、望遠鏡を下ろさなかった。しばらくのあいだ、誰も声をかけなかった。
アレシナは、報告を信じていた。父も信じた。もちろん、すべてを無条件に信じたわけではない。だが、「そんなものはない」と退けるようなことはしなかった。
それでも、実物は別だった。
知識として受け入れることと、自分の目で見ること。その間には、大きな海が横たわっている。
「……大きい」
「でしょう?」
辺境伯の声は、妙に嬉しそうだった。
「なぜ、あなたが誇らしそうなの」
「最初に会いましたから」
「あなたの船ではないでしょう」
「細かいことを」
◇
アレシナは、もう一度望遠鏡を覗いた。甲板に、小さな人影が見える。船尾では、何かが動いていた。
「後ろにある、平らな場所は?」
「空飛ぶ機械が降りる場所だそうです」
望遠鏡が、少し下がった。
「……何ですって?」
「飛行する機械です」
「その機械が」
王女は、再び覗き込んだ。
「船に降りるの?」
「はい」
「実際に見たのですか?」
「まだです」
「では──」
「聞いてみましょう」
辺境伯が、嬉しそうに言った。アレシナは望遠鏡を下ろした。
「あなた」
「はい?」
「日本人に、何でも見せてもらおうとするのはやめなさい」
「殿下まで?」
「父上が心配する理由が、よく分かりました」
◇
辺境伯の娘が、隣へやってきた。王女にだけ聞こえる声で、彼女は尋ねた。
「どう? 報告通りだった?」
アレシナは、白い船を見つめた。
「違う」
「どこが?」
「報告書より」
少し考えてから、王女は言った。
「不気味」
娘は頷いた。
「最初は、そうよね」
「今は?」
「少し違う」
「どう違うの?」
彼女は、少し考えた。
「中に人がいると分かってから」
そう言って、海上の「いわみ」を見る。
「船じゃなくて、人を見るようになった」
アレシナは、友人の横顔を見た。
「危険ではないと思う?」
「危険よ」
即答だった。
「じゃあ」
「危険なことと、話ができることは、別よ」
父親に似ている、とアレシナは思った。ただし娘の方が、少しだけ慎重だ。
◇
夕刻。王女一行の到着は、日本側でも正式に確認されていた。
「いわみ」のOICに、表示が出る。
『ヴァレシア王国国王特使、王女アレシナ・ヴァレシア。リヴァーノに到着』
神谷が、その表示を見た。
「王女、ですか」
「国王の娘だそうだ」
三浦が頷いた。
「実質的に、中央政府が出てきたということですか?」
「そういうことだろう」
「昨日までは、辺境伯さんとのお話でしたものねぇ」
高瀬が言った。
「辺境伯?」
神谷が振り返った。
「正式な爵位が判明したそうですよ」
三浦が資料を開いた。
「リヴァーノ辺境伯。東方沿岸の防衛、港湾の管理、地方の軍事動員について、通常の伯爵より広い権限を持つ」
「なるほど」
神谷が小さく納得した。
「だから、最初の接触であそこまで勝手が利いたのか」
「“勝手”と言うな」
「でも、中央政府に報告する前に、我々を招いたんですよ?」
「現地の法の上では、裁量の範囲内だったらしい」
「地球の歴史にもいましたねぇ、辺境伯」
高瀬が微笑んだ。
「日本にはいませんでしたよ」
「ヨーロッパ史のお話です」
「分かってます」
◇
「日本政府の側は?」
三浦が尋ねた。
「外務省が、すでに対応班を組み直しています」
「格を上げるのか?」
「はい。リヴァーノとの現地での実務協議から、ヴァレシア中央政府との準政府間協議へ」
「これで、正式な外交になりますね」
神谷の言葉に、三浦は少し考えた。
「まだだ」
「違うんですか?」
「正式な外交になるために、話すんだ」
その言葉は、偶然にも、同じころ辺境伯館でも語られていた。
◇
「明日の会談では」
夕食の後、王室使節だけの打ち合わせで、アレシナは言った。
「日本を、友好国と決めつけないこと」
「はい」
「敵性国とも、決めつけないこと」
「はい」
「彼らの技術に、目を奪われすぎないこと」
そう言いながら、セルディオの質問状を脇へ置く。
「難しいでしょうが」
宮廷魔術師が、小声で言った。
「努力してください」
「はい」
「そして」
アレシナは、机の上の地図を見た。日本列島、リヴァーノ、ヴァレシア王国、ヴァルガニア、ベルカディア。
「こちらの弱みを、隠しすぎないこと」
財務官が眉を寄せた。
「殿下」
「何もかも話せ、とは言っていません」
「では」
「日本人は、周辺の政治を調べれば、いずれ知ることになります」
王女は、ヴァルガニアの上に指を置いた。
「ヴァルガニアとの関係も」
指を、ベルカディアへ動かす。
「ベルカディアとの関係も」
そして、ヴァレシアを示した。
「我々が大国ではない、ということも」
外交官が頷いた。
「嘘をつけば?」
「信頼を失います」
「弱さを見せれば?」
「利用される可能性があります」
「では」
アレシナは、父の言葉を思い出していた。
──共に生きられる相手かどうかを、見てこい。
「だから明日、それを見るのです」
◇
その夜、アレシナは宿泊室の窓を開けた。
リヴァーノの夜。祭りは終わったが、ところどころにまだ魔法灯が残っている。運河、石橋、船、そして海。
遥か沖には、「いわみ」の灯火が見えた。魔力を使わない光だ。風にも、夜にも揺らぐことなく、ずっと一定の明るさで輝き続けている。
「八千三百万」
王女は、小さく呟いた。
怖くないと言えば、嘘になる。軍艦ですらない船が、あれなのだ。空を飛び、月へ行き、百歳を超えて生き、国民のほぼ全員が文字を読む。そんな国が突然、ヴァレシアの東に現れた。
普通なら、信じたくはない。嘘だと思いたい。何かの誤解だと片付けてしまいたい。
だが、海に浮かぶあの白い船は、こちらの都合で消えてはくれない。
アレシナは、窓を閉じた。
「なら」
小さく、呟く。
「知るしかないわね」
明日、地方の領主ではなく、ヴァレシア王国の名代として、日本と向き合う。
──国家と国家の、最初の会談が始まろうとしていた。