2330年日本国、異世界へ   作:水野芽生

15 / 15
第13話:王女、東海へ

 

 王都ヴァレシアスを出発して、四日目の朝。

 

 王女アレシナ・ヴァレシアは、馬車の窓から海を見ていた。

 

「……あれが、東海?」

 

「はい、殿下」

 

 向かいに座る王室外交官が答えた。

 

「リヴァーノ湾までは、あと半日ほどです」

 

 海は青かった。王都のある、内陸の西寄りの地方とは違う。空気にも、はっきりと潮の匂いが混じっている。

 

 街道は丘陵を下りながら、少しずつ海岸へと近づいていた。道沿いには、葡萄に似た果樹の園や麦畑が広がり、低い石垣が続く。ところどころに小さな漁村があり、街道を行き交う荷車の数も、昨日までより明らかに増えていた。

 

 東海祭は終わった。だが、リヴァーノはまだ祭りの余韻の中にある。

 

 そして今年は、祭りそのものより大きな噂が、街道を逆流してきていた。

 

「また、日本の話です」

 

 随行していた若い書記官が、馬車の外を見ながら言った。

 

 道端の宿屋の前で、旅人たちが何か話している。王室の一行に気づくと慌てて頭を下げたが、その直前まで聞こえていた単語ははっきりしていた。

 

「ニホン」だ。

 

「この四日間で、何回聞いたかしら」

 

 アレシナが言った。

 

「数えましょうか?」

 

「やめておきます」

 

 王室外交官が苦笑した。

 

「噂の中身も、だいぶ育っていますね」

 

「昨日は、どんなものが?」

 

「日本人は二百歳まで生きる、と」

 

「増えたわね」

 

「日本の船は、海の中も飛べる、と」

 

「昨日までは、空だけではなかった?」

 

「昨晩、海の中が追加されました」

 

「明日には、地面も掘り進むかもしれないわ」

 

「実際に掘れる可能性もあります」

 

 向かいの護衛騎士が、真顔で言った。アレシナは騎士を見た。

 

「あなたまで、真面目に受け取らないで」

 

「日本については、何が本当で何が誇張なのか、判断がつきませんので」

 

 それには、反論できなかった。

 

 ◇

 

 アレシナの馬車の後ろには、王室の旗を掲げた一行が続いていた。

 

 総勢四十名あまり。近衛が二十名、王室外交官が四名、書記、財務官、宮廷魔術師が三名、ルメリア教の高位聖職者、従者、御者、医師、その他の実務官たち。

 

 軍隊と呼ぶほどではない。だが、地方視察としては明らかに重い陣容だ。

 

 国王アルヴェリオ三世の名代として、王女本人が赴く。その目的は、この世界に突然現れたという、人口八千三百万の国家との接触だった。

 

「殿下」

 

 外交官が、薄い帳面を一冊差し出した。

 

「本日の確認事項です」

 

「もう三度読みました」

 

「四度目をどうぞ」

 

「あなた、父上に似てきたわね」

 

「光栄です」

 

「褒めてません」

 

 アレシナは帳面を受け取った。表紙には、こう記されている。

 

『対日本初回中央使節要項』

 

 王命の内容は、次のようなものだった。

 

 日本を、敵と決めつけない。友とも決めつけない。リヴァーノ辺境伯による暫定的な合意を確認する。日本政府の代表権を確認する。ヴァレシア王国として、正式な外交窓口を設ける。軍事同盟、領土、武器の供与に関する約束は行わない。交易についても、即断はしない。

 

 そして──日本という国家が、ヴァレシアと共存できる相手かどうかを見極める。

 

 父らしい文章だった。派手な言葉は一つもない。だが、最後の一文だけは重かった。

 

 アレシナは、窓の外に目をやった。

 

「共に生きられる相手、ね」

 

「陛下のお言葉ですか」

 

「ええ」

 

「難しいご命令です」

 

「だから、私が来たのでしょうね」

 

 ◇

 

 弟のセルディオから預かった質問状も、持ってきている。

 

 正確に言えば、預かったのは五問だった。ところが出発の前夜に荷物を確認すると、別紙が七枚も増えていたのだ。

 

 一は宇宙船の推進法、二は月までの距離、三は惑星の観測法、四は恒星の成分分析、五は宇宙空間で魔法が使えるかどうか。そこまでは、父が許可した分だ。

 

 六は日本の天文学の歴史。七は宇宙空間の温度。八は他の惑星の生命。九は人工衛星。十は重力を操れるか。十一は古代文明と遭遇した経験があるか。十二は日本の天文学者を王都へ招けるか。十三は──。

 

 アレシナは、途中で数えるのをやめた。

 

 結局、全部持ってきてはいる。弟には言わないつもりだった。

 

 ◇

 

 昼過ぎ、街道の先に大きな湾が現れた。

 

「見えてきました」

 

 護衛騎士が言った。

 

 リヴァーノ。丘陵と海に挟まれた港町だ。

 

 内陸から近づくと、最初に目に入るのは塔だった。教会の塔、港湾の監視塔、そして東の岬に建つ魔法灯台。その下に石造りの家々が並び、運河と倉庫、無数の帆柱が見える。

 

「思っていたより、大きい」

 

 宮廷魔術師の一人が呟いた。

 

「人口は一万八千です」

 

「数字では知っています」

 

「でも?」

 

「実際に見ると、違う」

 

 アレシナは少し笑った。

 

「日本人も、同じことを思ったそうですよ」

 

「何をです?」

 

「我々の街を見て」

 

 報告書には、そう書かれていた。石造りの建築、運河、人力のクレーン、魔法灯台、多種族の市民。日本側は、その一つ一つを大量に記録していったという。

 

 今度は、こちらが日本を見る番だった。

 

 ◇

 

「殿下」

 

 馬車の外から、先行していた騎兵の声がした。

 

「辺境伯閣下が、お出迎えにいらしています」

 

「ご本人が?」

 

「はい」

 

 アレシナは一瞬黙った。

 

「……でしょうね」

 

 ◇

 

 リヴァーノ辺境伯は、街の北門から半里ほど手前まで出迎えに来ていた。

 

 礼装に身を包み、馬に乗り、護衛を従えている。隣には娘が、その少し後ろには、例の孤児出身の騎士が控えていた。

 

 王室の馬車が止まり、アレシナが降り立つ。辺境伯は片膝をついた。

 

「王女殿下。リヴァーノへ、ようこそお越しくださいました」

 

「お久しぶりです、辺境伯」

 

「三年ぶりでしょうか」

 

「二年と八か月です」

 

「よく覚えておいでだ」

 

「あなたが王都で、運河の予算を要求し続けた年でしたから」

 

 辺境伯の娘が、吹き出しそうになった。

 

「それは、覚えられていますな」

 

「父上も、覚えていますよ」

 

「……陛下には、よい思い出として?」

 

「どうでしょう」

 

 二人とも、笑った。

 

 形式的な挨拶が終わると、アレシナは辺境伯の娘に目を向けた。こちらへの声は、少し柔らかい。

 

「久しぶり」

 

「殿下」

 

「二人のときは、その呼び方はいらないと言ったでしょう?」

 

「今日は、二人きりではありません」

 

「相変わらずね」

 

 二人は、以前から面識があった。王都の宮廷や外交行事、学問の場で顔を合わせてきた仲だ。親友と呼ぶほど近くはない。だが互いに、政治の話ができる程度には相手を知っている。

 

 今回は、それが大きかった。

 

 ◇

 

「まず」

 

 アレシナは辺境伯を見た。

 

「父上からです」

 

 王室の書記が、王璽の押された封書を差し出した。辺境伯が受け取る。

 

「こちらが、正式な王命ですか」

 

「ええ。それと、私信も」

 

「……私信?」

 

 辺境伯は、嫌な予感を覚えた顔で封を開けた。

 

 一行目。表情は真面目だ。二行目。少し硬くなる。そして最後の行で、完全に動きが止まった。

 

「何と?」

 

 娘が聞いた。

 

「……何でもない」

 

「お父様」

 

「陛下からの、お言葉だ」

 

「でしたら、重要なものでしょう」

 

「『よくやった』と」

 

 少し、誇らしげだった。

 

「それから?」

 

「以上だ」

 

 アレシナが微笑んだ。

 

「私、内容を知っていますよ」

 

 辺境伯が王女を見た。

 

「殿下」

 

「“次からは、未知の八千三百万人の国家に自分から会いに行こうとする前に、王都へ相談しろ”」

 

 娘が顔を伏せた。騎士は横を向いたが、その肩が少し揺れていた。

 

「笑ったな」

 

「笑っておりません」

 

「先日も、同じ顔をしていたぞ」

 

「生まれつきです」

 

「ガルディオまで、同じことを言っていた!」

 

 アレシナは、初めて声を出して笑った。

 

 ◇

 

 一行は街へ入った。

 

 沿道には、住民たちが集まっていた。王女を一目見るためだ。そして、王女が何をしに来たのかを、皆すでに知っていた。

 

「日本と話すんだろ」

 

「王女殿下が?」

 

「正式な使節だって」

 

「戦争になるのか?」

 

「馬鹿。友好のためだよ」

 

「でも、ヴァルガニアが──」

 

 そこだけ、声が小さくなった。

 

 アレシナは、聞こえないふりをした。だが、覚えておくことにした。

 

 この街の市民ですら、もう理解し始めているのだ。日本の出現が、珍しい船の話だけでは終わらないことを。

 

 ◇

 

 領主館──正確には辺境伯館に到着したのは、午後三時前だった。

 

 王女一行の宿泊区画、執務室、会議室、護衛の配置。すべてが準備されていた。

 

「仕事が早いですね」

 

 アレシナが言うと、辺境伯の娘が答えた。

 

「日本人が来てから、父はほとんど寝ていませんから」

 

「それは、仕事が早いというより」

 

「止まらないだけです」

 

「聞こえているぞ」

 

「聞こえるように言いました」

 

 ◇

 

 最初の説明会が始まった。

 

 出席したのは、辺境伯とその娘、騎士、港務官、ネリオ、ファルネ、魔術師ギルドの代表、ルメリア教の代表。そして、ガルディオだった。

 

 アレシナは、彼を見た。

 

「あなたが?」

 

「何でしょう、殿下」

 

「日本人と最初に会った船長」

 

「そういうことになってます」

 

「昔は海賊だったという噂も聞きました」

 

「ひどい噂ですな」

 

 部屋の全員が、微妙な顔をした。

 

「違うの?」

 

「若いころは、いろいろありまして」

 

「では、その話はまた今度」

 

「助かります」

 

 ◇

 

 アレシナは、報告書を机に置いた。

 

「書面には、すべて目を通しました」

 

 辺境伯が嬉しそうな顔になった。

 

「では、日本がどれほど──」

 

「でも」

 

 王女がそれを遮った。

 

「書面と実物は、違うのでしょう?」

 

 辺境伯が止まった。

 

「はい」

 

 答えたのは、ファルネだった。いつになく真剣な顔をしている。

 

「かなり、違います」

 

「魔法を使わない機械」

 

「はい」

 

「言葉を学ぶ機械」

 

「はい」

 

「百歩近い、白い船」

 

「はい」

 

「八千三百万」

 

「本人たちも、そう言っています」

 

「別の世界」

 

「本人たちは、“その可能性は高いが、断定はしていない”と」

 

 アレシナが、わずかに眉を上げた。

 

「断定しないのですか」

 

「理由が分からないから、だそうです」

 

 ファルネは言った。

 

「日本人は、妙なんです」

 

「どういう意味?」

 

「信じられないものを見ても、すぐに神や悪魔のせいにしません」

 

「我々だって、普通はしない」

 

 ギルド代表が横から言った。

 

「あなたは初日に、古代文明説を三回も口にしたでしょう」

 

「可能性として、だ」

 

「日本人は」

 

 ファルネは続けた。

 

「分からないことがあると、まず測るんです」

 

「測る?」

 

「何でもです」

 

「魔法も?」

 

「特に、魔法を」

 

 ファルネは、少し疲れた顔をした。

 

「怖いくらいに」

 

 ◇

 

「日本人自身にも、魔法が?」

 

 アレシナが訊くと、辺境伯が頷いた。

 

「今朝、向こうから新しい情報が届きました」

 

 王女の表情が変わった。

 

「正式なものですか?」

 

「限定的な説明ですが」

 

 ネリオが文書を開いた。

 

「日本国内で、再現可能な魔法現象が確認されたそうです」

 

「日本人に?」

 

「はい」

 

 宮廷魔術師たちが、一斉に身を乗り出した。

 

「どの程度の?」

 

「ガラスの小さな球を、数ミリ動かした、と」

 

 一瞬の間があった。宮廷魔術師の一人が、首を傾げる。

 

「……それだけ?」

 

「それだけのようです」

 

「初等学校の子供以下では」

 

 別の魔術師が言った。

 

「日本人にとっては、歴史的な発見なんです」

 

 ファルネが答えた。

 

「彼らの世界には、魔法がなかったのですから」

 

「なるほど」

 

 アレシナは、少し考えた。

 

「ということは」

 

「はい」

 

 辺境伯が言った。

 

「日本人も、この世界に来て変わり始めているようです」

 

 アレシナは、その言葉を胸に刻んだ。

 

 これは重要なことだ。日本は、完成された怪物ではない。彼ら自身もまた、この世界に来たばかりなのだ。

 

 ◇

 

「では」

 

 王女が尋ねた。

 

「日本側は、私が来ることを知っているのですか?」

 

「国王特使が派遣されたことまでは、伝えてあります」

 

「私の名前は?」

 

「お伝えしました」

 

「反応は?」

 

 辺境伯は、少し困った顔をした。

 

「非常に礼儀正しく、“歓迎します”と」

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

「……そう」

 

 アレシナには、少し意外だった。

 

 王女が来る。ヴァレシアでは、それは大きな出来事だ。普通の外国なら、王族が派遣されたというだけで、こちらの意図を読み取り、儀礼を調整し、相手の側も相応の人物を出してくる。

 

 だが日本は、王女という身分がこちらでどれほど重いものなのかを、まだ完全には理解していないのだろう。

 

「当然か」

 

 アレシナが呟いた。

 

「何がです?」

 

 辺境伯の娘が尋ねた。

 

「向こうも、私たちのことを知らないのよ」

 

 日本は、圧倒的に進んでいる。だから、つい忘れてしまいそうになる。

 

 知らないことについては、日本もまた赤子同然なのだ。

 

 ◇

 

 そこで、辺境伯が立ち上がった。

 

「では、殿下」

 

「何?」

 

「まずは、見ていただいた方が早いでしょう」

 

 その顔を、アレシナは知っていた。何かを見せたくて、仕方がないときの顔だ。

 

「何を?」

 

「日本を、です」

 

 ◇

 

 辺境伯館の東側には、港と湾を一望できる高いテラスがあった。

 

 一行が外へ出ると、潮の匂いを含んだ風が吹きつけてきた。午後の日差しの下、港には大小の帆船が浮かび、運河と灯台が見える。その向こうに、湾の外の海が広がっていた。

 

「……どこ?」

 

 アレシナが目を細めた。辺境伯が、望遠鏡を差し出す。

 

「東南東です」

 

 王女は望遠鏡を覗き込み、海を探した。帆船が見え、さらにその先へ──。

 

 そこで、視線が止まった。

 

 ◇

 

 白かった。

 

 報告書にも、そう書いてはあった。だが、その船はあまりにも白すぎた。

 

 海に浮かぶ、巨大な船体。全長は百歩近く、外板は滑らかで、高い船楼がそびえている。帆柱も、帆も、櫂もない。煙も出していない。それなのに、風を無視するように、ゆっくりと向きを変えていた。

 

「……あれが?」

 

「はい」

 

「『いわみ』?」

 

「そうです」

 

 王女は、望遠鏡を下ろさなかった。しばらくのあいだ、誰も声をかけなかった。

 

 アレシナは、報告を信じていた。父も信じた。もちろん、すべてを無条件に信じたわけではない。だが、「そんなものはない」と退けるようなことはしなかった。

 

 それでも、実物は別だった。

 

 知識として受け入れることと、自分の目で見ること。その間には、大きな海が横たわっている。

 

「……大きい」

 

「でしょう?」

 

 辺境伯の声は、妙に嬉しそうだった。

 

「なぜ、あなたが誇らしそうなの」

 

「最初に会いましたから」

 

「あなたの船ではないでしょう」

 

「細かいことを」

 

 ◇

 

 アレシナは、もう一度望遠鏡を覗いた。甲板に、小さな人影が見える。船尾では、何かが動いていた。

 

「後ろにある、平らな場所は?」

 

「空飛ぶ機械が降りる場所だそうです」

 

 望遠鏡が、少し下がった。

 

「……何ですって?」

 

「飛行する機械です」

 

「その機械が」

 

 王女は、再び覗き込んだ。

 

「船に降りるの?」

 

「はい」

 

「実際に見たのですか?」

 

「まだです」

 

「では──」

 

「聞いてみましょう」

 

 辺境伯が、嬉しそうに言った。アレシナは望遠鏡を下ろした。

 

「あなた」

 

「はい?」

 

「日本人に、何でも見せてもらおうとするのはやめなさい」

 

「殿下まで?」

 

「父上が心配する理由が、よく分かりました」

 

 ◇

 

 辺境伯の娘が、隣へやってきた。王女にだけ聞こえる声で、彼女は尋ねた。

 

「どう? 報告通りだった?」

 

 アレシナは、白い船を見つめた。

 

「違う」

 

「どこが?」

 

「報告書より」

 

 少し考えてから、王女は言った。

 

「不気味」

 

 娘は頷いた。

 

「最初は、そうよね」

 

「今は?」

 

「少し違う」

 

「どう違うの?」

 

 彼女は、少し考えた。

 

「中に人がいると分かってから」

 

 そう言って、海上の「いわみ」を見る。

 

「船じゃなくて、人を見るようになった」

 

 アレシナは、友人の横顔を見た。

 

「危険ではないと思う?」

 

「危険よ」

 

 即答だった。

 

「じゃあ」

 

「危険なことと、話ができることは、別よ」

 

 父親に似ている、とアレシナは思った。ただし娘の方が、少しだけ慎重だ。

 

 ◇

 

 夕刻。王女一行の到着は、日本側でも正式に確認されていた。

 

「いわみ」のOICに、表示が出る。

 

『ヴァレシア王国国王特使、王女アレシナ・ヴァレシア。リヴァーノに到着』

 

 神谷が、その表示を見た。

 

「王女、ですか」

 

「国王の娘だそうだ」

 

 三浦が頷いた。

 

「実質的に、中央政府が出てきたということですか?」

 

「そういうことだろう」

 

「昨日までは、辺境伯さんとのお話でしたものねぇ」

 

 高瀬が言った。

 

「辺境伯?」

 

 神谷が振り返った。

 

「正式な爵位が判明したそうですよ」

 

 三浦が資料を開いた。

 

「リヴァーノ辺境伯。東方沿岸の防衛、港湾の管理、地方の軍事動員について、通常の伯爵より広い権限を持つ」

 

「なるほど」

 

 神谷が小さく納得した。

 

「だから、最初の接触であそこまで勝手が利いたのか」

 

「“勝手”と言うな」

 

「でも、中央政府に報告する前に、我々を招いたんですよ?」

 

「現地の法の上では、裁量の範囲内だったらしい」

 

「地球の歴史にもいましたねぇ、辺境伯」

 

 高瀬が微笑んだ。

 

「日本にはいませんでしたよ」

 

「ヨーロッパ史のお話です」

 

「分かってます」

 

 ◇

 

「日本政府の側は?」

 

 三浦が尋ねた。

 

「外務省が、すでに対応班を組み直しています」

 

「格を上げるのか?」

 

「はい。リヴァーノとの現地での実務協議から、ヴァレシア中央政府との準政府間協議へ」

 

「これで、正式な外交になりますね」

 

 神谷の言葉に、三浦は少し考えた。

 

「まだだ」

 

「違うんですか?」

 

「正式な外交になるために、話すんだ」

 

 その言葉は、偶然にも、同じころ辺境伯館でも語られていた。

 

 ◇

 

「明日の会談では」

 

 夕食の後、王室使節だけの打ち合わせで、アレシナは言った。

 

「日本を、友好国と決めつけないこと」

 

「はい」

 

「敵性国とも、決めつけないこと」

 

「はい」

 

「彼らの技術に、目を奪われすぎないこと」

 

 そう言いながら、セルディオの質問状を脇へ置く。

 

「難しいでしょうが」

 

 宮廷魔術師が、小声で言った。

 

「努力してください」

 

「はい」

 

「そして」

 

 アレシナは、机の上の地図を見た。日本列島、リヴァーノ、ヴァレシア王国、ヴァルガニア、ベルカディア。

 

「こちらの弱みを、隠しすぎないこと」

 

 財務官が眉を寄せた。

 

「殿下」

 

「何もかも話せ、とは言っていません」

 

「では」

 

「日本人は、周辺の政治を調べれば、いずれ知ることになります」

 

 王女は、ヴァルガニアの上に指を置いた。

 

「ヴァルガニアとの関係も」

 

 指を、ベルカディアへ動かす。

 

「ベルカディアとの関係も」

 

 そして、ヴァレシアを示した。

 

「我々が大国ではない、ということも」

 

 外交官が頷いた。

 

「嘘をつけば?」

 

「信頼を失います」

 

「弱さを見せれば?」

 

「利用される可能性があります」

 

「では」

 

 アレシナは、父の言葉を思い出していた。

 

 ──共に生きられる相手かどうかを、見てこい。

 

「だから明日、それを見るのです」

 

 ◇

 

 その夜、アレシナは宿泊室の窓を開けた。

 

 リヴァーノの夜。祭りは終わったが、ところどころにまだ魔法灯が残っている。運河、石橋、船、そして海。

 

 遥か沖には、「いわみ」の灯火が見えた。魔力を使わない光だ。風にも、夜にも揺らぐことなく、ずっと一定の明るさで輝き続けている。

 

「八千三百万」

 

 王女は、小さく呟いた。

 

 怖くないと言えば、嘘になる。軍艦ですらない船が、あれなのだ。空を飛び、月へ行き、百歳を超えて生き、国民のほぼ全員が文字を読む。そんな国が突然、ヴァレシアの東に現れた。

 

 普通なら、信じたくはない。嘘だと思いたい。何かの誤解だと片付けてしまいたい。

 

 だが、海に浮かぶあの白い船は、こちらの都合で消えてはくれない。

 

 アレシナは、窓を閉じた。

 

「なら」

 

 小さく、呟く。

 

「知るしかないわね」

 

 明日、地方の領主ではなく、ヴァレシア王国の名代として、日本と向き合う。

 

 ──国家と国家の、最初の会談が始まろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

日本国召喚~帰還艦隊~(作者:シェリダン)(原作:日本国召喚)

もし大日本帝国海軍東遣艦隊及び陸軍第〇軍が帰還した先が、転移後の現代日本だったら?というお話です。旧日本軍の兵器を魔改造したりやりたい放題な作品です。▼※執筆にはAIが書いたものを修正等を行ってます。


総合評価:368/評価:8.42/連載:20話/更新日時:2026年07月16日(木) 02:26 小説情報

紀伊型戦艦現存IF(作者:戦艦オワタ)(原作:日本国召喚)

これは「もしも日本国召喚の紀伊型戦艦が解体されずに現存していたら?」というIFです▼※一部AIを利用して執筆しています。


総合評価:212/評価:8.4/連載:6話/更新日時:2026年07月04日(土) 06:05 小説情報

ジャポニアンデスヤマト(護衛艦)(作者:荒馬艦長)(原作:日本国召喚)

もしもヤマト型護衛艦が陸上戦艦だったら?という内容です。▼エースコンバット8を見て思いついたのでタグは一応。


総合評価:708/評価:8.79/短編:2話/更新日時:2026年06月13日(土) 19:20 小説情報

思いつき二次小説召喚(作者:エノメン)(原作:日本国召喚)

日本国召喚の二次が好きで色々調べていたのですが、更新が待ちきれなかったので自分で書くことにしました。▼初投稿なので甘く見てください。▼完全自己満足で書くので、気に入らないところがあったらブラウザバックして他の方の二次小説を読みましょう。▼日本国召喚の二次は良いもので溢れております故。▼あと小説タイトルとあらすじは、話の方向性がまとまったらちゃんとしたものに変…


総合評価:731/評価:8.84/連載:15話/更新日時:2026年09月27日(日) 04:04 小説情報

辺境惑星召喚――コロニストたちの異世界漂流記(作者:ホゲフガ)(原作:日本国召喚)

辺境惑星(リムワールド)から、とある企業コロニー来たる。▼――そこは、効率と利益のみが肯定され、死体すら資源となる無法の辺境惑星。▼その狂気の世界に存在する超技術企業『コホート・コーポレーション』は、ある時、拠点ごと見知らぬ異世界へと転移してしまう。▼覇権国家の傲慢も、空を支配する飛竜も、彼らにとってはただの「資源」であり、処理すべき「コスト」でしかなかった…


総合評価:584/評価:7.38/連載:93話/更新日時:2026年10月02日(金) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>