王女アレシナが、王都ヴァレシアスへ戻った日の午後。
王宮の正門をくぐった馬車には、宝石も、珍しい香辛料も、外国の金貨も積まれていなかった。
代わりに積まれていたのは、木箱が六つ、革の鞄が十一、封印された書類箱が三つ。そして、護衛の一人が妙に大事そうに抱えている、細長い包みが一つ。
「それは、何?」
馬車を降りながら、アレシナが尋ねた。
「日本側からいただいた、筆記具です」
「まだ持っていたの?」
「はい」
「使えばいいでしょう」
「もったいないので」
「そういう扱いをするものではないと思うけれど」
護衛は、納得していない顔をした。アレシナは諦めた。
◇
王宮の階段を上っていく。
懐かしい、とアレシナは思った。それほど長く離れていたわけではない。それなのに、なぜか妙に古びて見えた。
石の壁、油を使わない魔法灯、衛兵、伝令、紙束を抱えた書記官たち。どれも、ヴァレシアでは最高水準のものだ。アレシナ自身、出発する前までは、何の疑問も持っていなかった。
今も、それらに価値がないとは思わない。ただ、比べる相手を知ってしまったのだ。
「嫌ね」
アレシナは、小さく呟いた。
「何がです?」
同行していた王室外交官が聞いた。
「見方が変わってしまう、ということが」
「日本を見たからですか?」
「ええ」
「王都が、貧しく見えますか」
アレシナは、少し考えた。
「違うわ」
「では」
「できないことが、前よりもよく見えるの」
外交官は黙り込み、それから少しだけ笑った。
「それは、良いことなのでは?」
「たぶんね」
◇
国王アルヴェリオ三世は、娘を抱きしめはしなかった。ヴァレシアの王室では、公の場でそういうことはしないのだ。
ただ、会議室に入ってきたアレシナを見ると、真っ先にこう尋ねた。
「無事か」
「はい」
「怪我は」
「ありません」
「病気は」
「ありません」
「日本人に、連れ去られそうになったりはしなかったか」
「なっていません」
「リヴァーノ辺境伯に、何か余計なことをさせられなかったか」
「たくさん」
「やはりか」
王妃エレヴィナが、横から夫を見た。
「最後の質問だけ、種類が違いません?」
「重要なことだ」
「あとで、ご本人に伝えておきますね」
「やめろ」
アレシナは、久しぶりに肩の力を抜いた。
部屋には、王太子ルヴェリオ、第二王子セルディオ、宰相、財務官、軍務長官、王室外交官、宮廷魔術師長、高位聖職者がそろっていた。日本について初めて議論したときの顔ぶれの多くが、また同じ部屋に集まっていたのだ。
ただし、机の上に置かれているものが違う。あのときは、噂だった。今日は、文書がある。
◇
アレシナは、二つの正文のうち、ヴァレシア側が保管する一通を机の上に置いた。
封印と署名。王冠を代表する国王特使、アレシナ・ヴァレシア。日本国政府特別代表、榊真綾。
宰相が、慎重にその紙に手を触れた。
「これが」
「はい」
「日本と我が国が、初めて交わした政府間の文書」
「そうなります」
セルディオが、横から覗き込んだ。
「日本語の方は?」
「参考の対訳があるわ」
「見せて」
「あとでね」
「なぜ」
「どうせ読めないでしょう」
「文字を見るだけでも──」
「会議の後で」
アルヴェリオが、机を軽く叩いた。
「セルディオ」
「はい」
「今日は、宇宙の話はするな」
「まだ何も言っていません」
「顔に書いてある」
「不公平です」
◇
宰相が、文書の概要を読み上げた。
相互の平和的な意思。統治権と領域の尊重。使節の安全。海難救助。検疫。許可のない軍事進入を行わないこと。交易と技術移転については、今後協議すること。そして、恒久的な外交関係に向けて、協議を続けること。
読み終えると、静寂が落ちた。
最初に口を開いたのは、ルヴェリオだった。
「つまり」
「はい」
アレシナが答えた。
「まだ、同盟ではありません」
「それは分かる」
「通商条約でもありません」
「分かっている」
「正式な国交でも」
「それも分かっている」
兄は、少し苛立った。
「では、何を得てきたのだ?」
「時間です」
アレシナは答えた。ルヴェリオが眉を寄せる。
「時間?」
「互いに、いきなり敵にならずに済む時間です」
部屋が静まり返った。
「それから」
アレシナは続けた。
「次も話し合える、という権利」
アルヴェリオが、小さく頷いた。
「十分だ」
「父上」
ルヴェリオが、父を見た。
「最初の文書としてはな」
「しかし、相手は──」
「八千三百万」
「それだけではありません」
「分かっている」
王は、文書に視線を落とした。
「だからこそ、いきなり軍事同盟などを結ばれても困るのだ」
◇
「それで」
アルヴェリオが、娘を見た。
「見てきたか」
アレシナは一瞬、その意味を考えた。
出発の前に、父に言われたことだ。日本が何者なのかを見ること。友人になれるのなら、その条件を知ること。敵になる可能性があるのなら、その兆しを見逃さないこと。
──利用できるかどうかではなく、共に生きられる相手かどうかを、見てこい。
「見てきました」
「答えは」
「まだ、分かりません」
軍務長官が、少し意外そうな顔をした。セルディオは、もっと露骨だった。
「そこまで行って?」
「そこまで行ったからよ」
「どういう意味?」
「分からないことが、増えたの」
アルヴェリオが笑った。
「良い答えだ」
「褒められるとは思いませんでした」
「何もかも分かった、と言われる方が怖い」
◇
アレシナは、一つずつ話していった。
日本政府の代表、榊真綾のこと。七十一歳で、かつては皇族だった女性。だが今は、一人の外交官として、王女の前に座っていたこと。
「七十一?」
王妃が聞き返した。
「はい」
「本当に?」
「ご本人がそうおっしゃっていました」
「見た目は?」
「五十前後にしか見えません」
アルヴェリオが、無意識に自分の左脚を撫でた。エレヴィナはそれに気づいたが、何も言わなかった。
◇
「日本は」
アレシナは続けた。
「我々を、対等な国として扱うと明言しました」
王室外交官の何人かが、顔を上げた。
「人口の差を承知の上で?」
「はい」
「国力の差も?」
「はい」
「土地の要求は」
「現時点では、ありません」
「港湾の使用権は」
「要求なし」
「軍事基地は」
「要求なし。ただし、将来の可能性について、絶対に否定することはしませんでした」
「そこだ」
ルヴェリオが反応した。
「兄上」
「将来は、要求してくる可能性がある」
「可能性を否定しなかった、というだけです」
「同じことだ」
「違います」
「何が違う」
「“絶対に要求しない”と今この場で約束されるよりも、その方が私は信用できます」
ルヴェリオは黙り込んだ。
「日本側は」
アレシナは言った。
「必要になれば、提案はするかもしれない。しかし、我々の同意なく占有することはない、と言いました」
「言葉だけなら、何とでも言える」
軍務長官が言った。
「その通りです」
アレシナは、あっさりと認めた。
「だから、文書にしたのです」
少しだけ、空気が変わった。アルヴェリオが、娘を見る。
「その榊という女を、信用するか」
「個人として、ですか?」
「そうだ」
「かなり」
「では、日本政府は」
アレシナは、少し長く考えた。
「信用したいと思っています」
「その違いは」
「政府は、人ではありませんから」
王の口元が、少し上がった。
「続けろ」
「人は誠実でも、国の事情は変わります。政権も変われば、利益も変わる」
「日本人に教わったのか?」
「父上に、です」
「そうだったか」
「お忘れですか?」
「最近、物忘れがな」
「平均寿命百歳の国と付き合うには、困りますね」
エレヴィナが笑った。
◇
次は、軍事の話だった。
ここでは、報告できることが少なかった。日本側が、詳細を明かしていないからだ。ただ、一つだけ言えることがあった。
「『いわみ』は、やはり軍艦ではありません」
アレシナが言うと、軍務長官の顔が曇った。
「何度聞いても、嫌な話だ」
「海の上の治安維持、救難、法の執行を担当する組織の船だそうです」
「それに、砲が付いている」
「付いています」
「軍艦は?」
「見ていません」
「見せてもらえなかったのか?」
「こちらからは、求めませんでした」
ルヴェリオが、アレシナを見た。
「なぜだ」
「何のために?」
「相手の戦力を知るためだ」
「初めて正式に会った国に、“軍艦を見せろ”と?」
「……」
「兄上なら、そう言いますか?」
ルヴェリオは、口を閉ざした。
「私は、宇宙船を見せてほしい」
セルディオが小声で言った。
「あなたは黙っていて」
◇
財務官が、別の資料を開いた。
「経済については、いかがでしたか」
「日本側も、自国の状況を再計算している最中です」
「再計算?」
「この世界に来たことで、外国との交易を、ほぼすべて失ったそうです」
財務官が止まった。
「ほぼ、すべて?」
「はい」
「それは」
財務官は、少し考えた。
「国家的な破局なのでは?」
「普通なら、そうでしょう」
「日本は違うと?」
「食料も資源も、無限ではないそうです」
「当然でしょう」
「ただ」
アレシナは、日本側から説明された範囲で話した。
「食べ方を変えれば、自国民を養い続けることは、おそらくできる、と」
財務官の眉が上がった。
「八千三百万人を?」
「はい」
部屋が、少しだけ静かになった。
アルヴェリオは、最初の報告を読んだとき、武器よりも先にそこを見ていた。
「やはりな」
王が呟いた。
「何がです?」
「国家として、強い」
◇
「しかし」
財務官が言った。
「それなら、日本が我々から買うものなど、あるのですか」
「あります」
「何を」
「食料です」
「……食料?」
「それに、嗜好品、木材、鉱石、薬草、魔法に関係する品物。その他は、まだ調査中です」
「食料を」
財務官は、もう一度繰り返した。
「日本が?」
「日本人も、食事をしますから」
「それは分かります」
「では」
「そういう意味ではなく」
財務官は、額を押さえた。
「八千三百万人を養える国が、我々の小麦や魚を買うと?」
「買う可能性がある、ということです」
「なぜです」
「自国で作れることと、外国から買いたくないこととは、別のことだそうです」
「なるほどね」
王妃が言った。
「お分かりになるのですか?」
「自分で縫えるからといって、服を全部自分で縫いたいと思う?」
財務官は黙り込んだ。
「……非常に、分かりやすいです」
◇
だが、日本からの輸出の話になると、空気が変わった。
「日本からは、何を売ってもらえる?」
アルヴェリオが尋ねた。
「決まっていません」
「なぜだ」
「売れるものが、多すぎるからです」
「多すぎる?」
財務官が顔を上げた。
「そして」
アレシナは言った。
「売ってはいけないものも、多いのです」
「武器か」
ルヴェリオが言った。
「軍事技術は、原則として提供しない、と」
王太子の表情が、露骨に険しくなった。
「一切か?」
「少なくとも、現段階では」
「我々がヴァルガニアから圧力を受けていると、知っていてもか?」
「知っています」
「それでもか?」
「はい」
沈黙が落ちた。ルヴェリオは、椅子に深く座り込んだ。
「都合のいい友人だ」
「兄上」
「事実だろう」
「日本は、まだ友人ですらありません」
アレシナは、静かに返した。
「友人になれるかどうかを、話し合っている途中なのです」
「だからこそ──」
「それに」
アレシナは、兄を見つめた。
「ヴァレシアは、日本の武器をもらわなければ自分を守れない国になるのですか?」
それは、かなり強い言葉だった。ルヴェリオの目が細くなる。軍務長官も黙り込んだ。
「私が」
アレシナは続けた。
「日本を見て一番怖かったのは、軍艦ではありません」
「では、何だ」
「頼りたくなってしまうことです」
◇
誰も、すぐには答えなかった。
「道路を作ってほしい。病気を治してほしい。作物を増やしてほしい。兵器をくれ。学校を作ってくれ。ヴァルガニアから守ってくれ」
アレシナは、一つずつ指を折っていった。
「たぶん、頼めばできることが、いくつもあるのでしょう」
「それは、悪いことか」
アルヴェリオが聞いた。
「全部が悪いとは、思いません」
「なら」
「でも」
アレシナは、一度、息を吐いた。
「それを全部日本にやってもらった後で、ヴァレシアには、いったい何が残るのでしょうか」
◇
国王は、しばらく答えなかった。王太子も、宰相も、財務官も。誰一人として、軽く扱える問いではなかった。
最初に口を開いたのは、王妃エレヴィナだった。
「それを、ずっと考えながら帰ってきたの?」
「ずっと」
「日本人に、そう言われたの?」
「いいえ」
「なら」
王妃は、微笑んだ。
「行かせて、よかったわね」
アルヴェリオが、娘を見た。
「私も、そう思う」
◇
「逆の面も、あります」
宮廷魔術師長が言った。
「逆?」
「日本側は魔法について、我々よりはるかに無知です」
「そうです!」
セルディオが、ようやく自分の出番を見つけたという顔をした。
「お前は黙っていろと言ったはずだ」
「魔法は、宇宙ではありません」
「屁理屈を覚えるな」
魔術師長が、少し咳払いをした。
「日本人自身にも、魔法に似た現象が発現し始めているのでしたな」
「はい」
アレシナが頷いた。
「ならば」
魔術師長は、慎重に言葉を選んだ。
「日本にとって我々は、単に貧しく遅れた国ではないのかもしれません」
「向こうも、同じことを言っていました」
「何と?」
「魔法については、自分たちが学ぶ側だ、と」
魔術師長は、少し嬉しそうな、それでいて警戒するような顔になった。
「そうですか」
「嬉しいですか?」
「少し」
「怖いですか?」
「かなり」
「なぜです?」
「学ぶのが、速そうですから」
アレシナは笑った。
「同感です」
◇
会議は、夕刻まで続いた。
外交、交易、魔法、宗教、検疫、海路、日本人の入国、ヴァレシア人の日本への渡航、技術、教育、ヴァルガニア、ベルカディア。議論すればするほど、議題は増えていった。
最後に、アルヴェリオは椅子に座ったまま言った。
「結論を出す」
全員が、口を閉じた。
「第一に」
王は、指を一本立てた。
「日本との暫定覚書を、王国政府として正式に承認する」
「はい」
「第二に」
二本目。
「恒久的な外交関係を結ぶための協議を、続ける」
アレシナが、顔を上げた。
「第三に」
三本目。
「日本への視察使節を、準備する」
セルディオが、立ち上がりかけた。
「座れ」
「まだ何も言っていません」
「お前は、分かりやすすぎる」
王妃が笑った。
◇
「視察団の目的は、何といたしましょう」
宰相が尋ねた。
「日本を見ることだ」
アルヴェリオが答えた。
「軍隊を、ですか」
「違う」
「産業を?」
「それだけでもない」
王は、少し考えた。
「国を、だ」
全員が、続きを待った。
「八千三百万人が、どう暮らしているのか。どう食べ、どう働き、どう学び、どう病を治し、どうやって国を動かしているのか」
かつてアルヴェリオは、日本の軍艦よりも、八千三百万人を支えられる国家の仕組みの方を恐れた。ならば、見に行くべきものも、そこにあった。
「軍人だけを送るな」
「はい」
「外交官だけでも駄目だ」
「では」
「医師」
「はい」
「商人」
「はい」
「魔術師」
「はい」
「学者」
「はい」
「農業を知る者」
「はい」
「船を知る者も」
「承知いたしました」
セルディオが、手を挙げた。
「天文学者も」
王は、息子を見た。
「……一人だけならな」
「父上!」
「うるさい」
◇
そのとき、扉の外で足音がした。侍従が入ってくる。
「陛下」
「何だ」
「ベルカディア王冠政府より、優先の外交通信が届いております」
今度は、部屋の空気が別の意味で変わった。
アルヴェリオは紙を受け取り、一度読み、もう一度読んだ。
「何と?」
ルヴェリオが尋ねた。王は、紙を机に置いた。
「日本との接触の成立を、祝うそうだ」
「それだけですか?」
「いや」
アルヴェリオは続けた。
「ベルカディアも、日本政府との平和的な外交接触を希望している」
財務官が、息を吐いた。
「やはり、来ましたか」
「そして」
王は、わずかに笑った。
「勝手に行くのではなく、我々と事前に協議したいそうだ」
アレシナも、少し笑った。
「ベルカディアらしいですね」
「分かっていたのか」
「来ると思っていました」
「なぜだ」
「商人の国ですよ」
アレシナは言った。
「八千三百万人の市場を、放っておくはずがありません」
◇
アルヴェリオは、日本との覚書と、ベルカディアからの文書を、二つ並べてみた。
ついこの前まで、東の海には何もなかった。少なくとも、ヴァレシア人の世界地図の上では。
だが今、そこには日本がある。そして日本が現れたことで、ベルカディアが動いた。ヴァルガニアも、いずれ動くだろう。他の国々も、海商も、魔術師も、学者も、王たちも──そして、この王国自身も。
「世界が」
アルヴェリオが言った。
「狭くなったな」
セルディオが、首を傾げた。
「日本が増えたのに?」
「そういう意味ではない」
「では、どういう──」
「遠かった国が、近くなったということよ」
アレシナが、弟を見て言った。
「でも日本は、もともとありませんでしたよ」
「あなたって、本当に」
「何です?」
「いいわ」
◇
夜。アレシナは、久しぶりに自分の部屋へ戻った。
机、本棚、窓、そして壁に掛けられた亜大陸東部の地図。何もかもが、以前と同じだった。
ただ、地図の右端──海しか描かれていなかった場所に、新しい紙片が貼られていた。日本側から提供された、日本の大まかな位置だ。王国の地図には、まだ正確な海岸線すら写し切れていない。
アレシナは、そこを見つめながら、榊真綾の言葉を思い出していた。
──強い側に、相手を国ではないことにする権利があるとは、考えていません。
「なら」
アレシナは、小さく呟いた。
「こちらも、同じことね」
日本を、便利な武器庫にしてはいけない。万能の守護者にしても、奇跡を売る商人にしてもいけない。国として、付き合うのだ。
言葉にすれば、簡単だった。だが、実際にそれをやり遂げるのは、たぶん、とても難しい。
◇
同じ夜、国王の執務室。
アルヴェリオは、覚書をもう一度読み返していた。最後の一文──恒久的な外交関係に向けて、協議を継続する。そこで、指が止まる。
向かいに、王妃エレヴィナが座った。
「国交を、結ぶおつもり?」
「まだ決めていない」
「嘘」
「今日は、皆に嘘だと言われる日だな」
「三十年近く、あなたを見てきましたから」
王は、苦笑した。
「結びたいとは、思っている」
「なら」
「だが」
王は、窓の向こうの夜の王都──その東を見た。
「国交というのは」
少しだけ、間を置く。
「巨大な国と、握手をすることではない」
「では、何なのです?」
「その手を」
アルヴェリオは言った。
「明日も握れると、約束することだ」
王妃は、しばらく夫を見つめていた。
「では」
「何だ」
「ちゃんと相手を見てから、約束しましょう」
「ああ」
アルヴェリオは頷いた。
「そのために」
彼は、机の上に置かれた視察団の案に目をやり、わずかに笑った。
「今度は、こちらが日本へ行く番だ」
◇
ヴァレシア王国と日本国が正式に国交を樹立するまでには、まだいくつもの話し合いが必要だった。
だがこの日、王都ヴァレシアスでは、一つの方向が定まった。
日本に守ってもらうためではない。日本を利用するためでもない。日本を恐れて、閉じこもるためでもない。
隣国として付き合うために──まずは、その国を見に行くことになったのだ。