日本へ行く。
その言葉を聞いたとき、ヴァレシア王国の視察団の多くが最初に思い浮かべたのは、あの白い船だった。
「いわみ」。帆もなく、櫂もなく、風も使わずに海を走る船。鋼でできていて、火を吐く小さな砲を備え、遠くを見通す目を持ち、夜の海でも周囲の様子が分かるという。
そして、あれが軍艦ではないという事実を、ヴァレシア側はまだ完全には飲み込めていなかった。
だから、日本へ行けば、もっと凄いものを見ることになるのだろう──誰もが、そう覚悟していた。巨大な軍艦、空飛ぶ機械、途方もない建物、魔法なしで動く奇妙な装置。おそらく、そういうものに驚かされるのだろう、と。
王女アレシナも、そう思っていた。
◇
それは、間違いだった。
◇
「……あれは」
ヴァレシアの商人代表が、窓の外を見たまま言った。
「全部、港なのですか」
「はい」
日本側の案内官が答えた。
「全部?」
「見えている範囲については」
「……」
船は、日本の港へと近づいていた。まだ、岸壁に着いてすらいない。それなのに、商人はもう質問をやめていた。
アレシナも、何から聞けばいいのか分からなかった。
港が大きい、という言葉では足りなかった。
リヴァーノも港町だ。ヴァルカッサもそうだし、ベルカディアの大きな港についても、アレシナは知識として知っている。何十隻もの船が停泊し、倉庫が並び、荷車が絶え間なく行き交う。それが、大きな港というものだ。
だが、日本の港は違った。
海岸そのものが、港湾の設備になっているのだ。岸壁、倉庫、塔、巨大な箱のような施設、水平に延びる構造物。何本もの道路、線路、高架。そして、大小の船。あまりにも数が多い。遠くにあるものは、建物なのか船なのか、すぐには見分けがつかなかった。
「殿下」
海運に関わる者として同行した男が、珍しく小声で言った。
「何?」
「私には」
男は、一度息を呑んだ。
「船の大きさが、分かりません」
「あなたが?」
「比べるものが、ないのです」
◇
港の中には、人が少なかった。そのことも、ヴァレシア人たちを混乱させた。
これほどの港なら、何万人もの人が働いているのだろう、とアレシナは考えていた。荷役の人夫、綱を取る者、監督、荷車に馬、倉庫番、税吏、船員。怒鳴り声、鐘、笛の音──そういうものが、ほとんどない。
代わりに、機械が動いていた。巨大な荷物が、ひとりでに運ばれていく。車両が、人にも馬にも引かれずに道を進んでいく。しかも、運転している人間の姿が見えないものまである。
「人は、どこに?」
農業代表が聞いた。
「いますよ」
日本人が答えた。
「どこにです」
「管制室や整備区画にもいますし、現場にもいます」
「少なすぎませんか」
「昔に比べれば、かなり少なくなりました」
「これだけの荷を?」
「はい」
「この人数で?」
「はい」
「……」
農業代表は、畑を見るときのような目で、港を見つめた。
人間が働いていないわけではない。一人の人間が、昔なら何十人も必要だった仕事を、機械と一緒に動かしているのだ。
「だから」
彼は呟いた。
「八千三百万人を──」
「何?」
アレシナが聞いた。
「いえ」
男は首を振った。
「少しだけ、分かった気がしたのです」
◇
入国の手続きは、さらに奇妙なものだった。
待たされた。それも、かなり長く、厳しく。健康状態、持ち物、接触歴、食べ物、植物、動物に由来する品、魔法用品──細かく確認された。
だが、役人が紙の山を積み上げているわけではなかった。
「もう、終わりですか?」
商人代表が聞いた。
「入国の手続きについては」
「書類は?」
「処理済みです」
「いつ?」
「今です」
「……」
日本側の通訳が、少し困った顔をした。
「皆さんの提出情報は、事前に登録されていますので」
「誰が、書き写したのです?」
「書き写してはいません」
「では、どうやって」
説明が始まった。機械、情報、登録、照合、自動化。言葉そのものは分かる。文章としても翻訳される。だが、その意味が、どうしても頭に入ってこない。
アレシナは、途中で理解することを諦めた。
「つまり」
「はい」
「同じことを、何人もの人が書き直さなくていい、ということ?」
「そういう理解で大丈夫です」
「それは」
アレシナは一瞬、日本の宇宙船よりも、その制度の方が羨ましいと思った。
◇
港の建物を出たところで、視察団は一度、足を止めた。日本側の案内官も、立ち止まる。
「どうかなさいましたか?」
誰も、答えなかった。
目の前には、道があった。ただ、それだけだった。
広い道路と歩道。街路樹。建物。車。遠くには線路と看板。そして、人々。特別なものは何もない。少なくとも、日本人にとっては。
「これは」
ヴァレシアの学者が言った。
「首都ですか」
「いいえ」
「王都ではない?」
「違います」
「最大の都市?」
「いいえ」
「では」
学者は、少し怒ったような顔になった。
「いったい、何なのです」
案内官は一瞬、その質問の意味が分からなかった。
「普通の、都市です」
◇
沈黙が落ちた。
「……普通」
誰かが、繰り返した。
◇
道には、穴がなかった。
いや、正確に言えば、探せばどこかにあるのかもしれない。だが少なくとも、馬車が跳ね上がるような穴はない。泥もなければ、轍もない。排水溝から汚物の臭いが漂ってくることもない。人と車が、それぞれ別々の場所を移動している。
車は、大量に走っていた。それなのに、ぶつからない。
「誰が、指示を出しているのです?」
護衛の騎士が聞いた。
「車に、ですか?」
「そうです」
「基本的には、自動運転です」
「……自動?」
「行き先を指定すれば、自分で走るんです」
騎士は、道路を見つめた。一台、二台、十台。その向こうにも、数え切れないほど走っている。
「全部が?」
「ほとんどは」
「御者は、いない?」
「運転者という意味でしたら、それを必要としない車が一般的です」
騎士の顔が、本気で嫌そうになった。
「信用できるのですか」
「人間が運転するよりも、事故率は低いですよ」
少しの間があった。
「……人間より?」
「はい」
騎士はそれ以降、しばらく車に近づこうとしなかった。
◇
移動には、鉄道が使われた。
日本側としては、特別な選択ではない。視察団を都市の中心部へ運ぶのに便利だった。ただそれだけのことだ。
駅に入ったとき、アレシナは最初、そこを宮殿だと思った。次に、市場だと思った。そして最後に、そのどちらでもないのだと理解した。
人が多い。とにかく多い。だが、混乱してはいない。人々はそれぞれの方向へ歩いていく。階段がひとりでに動き、人が近づくと扉が開き、案内の表示がくるくると文字を変えていく。
「殿下」
魔術師の代表が囁いた。
「魔力を、感じません」
「どれから?」
「ほとんど、全部からです」
アレシナは、少し笑った。
「でしょうね」
「笑い事ではありません」
◇
音と風とともに、列車が滑り込んできて、止まった。扉の位置が、ぴたりと合っている。
ヴァレシアの船乗りが、ホームと車両の隙間を見て、黙ってしゃがみ込んだ。
「何をしているの?」
「合わせているのかと思いまして」
「何を」
「停める位置を、毎回」
「そんなわけ──」
アレシナも、一瞬考えた。
「……ないと思う」
日本人の案内官が、横で笑いを堪えていた。
◇
列車は滑るように走り出した。速い。だが、揺れない。
窓の外には、街が続いていた。どこまで行っても、街、街、街。建物、道路、住宅、工場、学校、公園、そしてまた住宅。
「どこまでが、都市なのですか」
学者が尋ねた。
「どこまで、と言われると」
案内官は答えに困った。
「行政上の境界、という意味ですか?」
「目で見て分かる境界は、ないのですか」
「地方にはありますが、このあたりは市街地がずっと続いていますね」
「では」
商人が聞いた。
「この建物の全部に、人が住んでいるのですか?」
「住宅であれば」
「全部に?」
「空いている部屋もありますが」
「そうではなくて」
商人は、窓に顔を近づけた。
「これだけの家を」
そこで、言葉が途切れた。
「……いったい、誰が建てたのです」
日本人は、答えに迷った。
「……建設会社、ですかね?」
「一つの会社が?」
「いえ、たくさんあります」
商人は、なぜか、さらに混乱した。
◇
最初の視察先は、王宮でも、軍事基地でも、政府の庁舎でもなかった。住宅地区だった。
「なぜ、ここなのです?」
アレシナが尋ねた。
「国王陛下からのご要望です」
日本側の担当者が答えた。
「父上から?」
「はい。『普通の日本人がどう暮らしているのかを見たい』と」
アレシナは、少しだけ父を見直した。
◇
一行が案内されたのは、ごく一般的な集合住宅だった。ヴァレシア人たちは、その入口で、また立ち止まった。
「宿ですか」
「住宅です」
「高級な?」
「いいえ」
「貴族向けの?」
「違います」
「官吏向けの?」
「特に限定されてはいません」
「では」
「普通の住宅です」
今日、三度目の、その言葉だった。
◇
中へ入ると、明るかった。温度は一定で、嫌な臭いもしない。
水が、すぐに出る。温かい水も、冷たい水も、飲める水も、大量に、いつでも出てくる。便所は室内にあって、臭わない。汚物を人が運び出す必要もない。部屋の明かりには、油も、蝋燭も、魔石も使われていない。
「この家には」
魔術師が聞いた。
「使用人は?」
「それは、住人によります」
「この設備を維持するための、という意味です」
「この家専属の人、という意味でしたら、いません」
沈黙が落ちた。
「では、どうやって」
「都市全体の設備として、管理されているんです」
魔術師は、壁を見て、床を見て、天井を見た。
「王宮より──」
そこで、言葉を止めた。
「何?」
アレシナが聞いた。
「……何でもありません」
「言いなさい」
「王宮より、暮らしやすそうです」
アレシナは、否定できなかった。
◇
「おいくらなのです?」
そう聞いたのは、商人だった。さすがに、見るところが違う。
「購入する場合の価格ですか?」
「はい」
説明が始まった。数字、日本の貨幣、所得、ローン、賃貸、税。翻訳と換算を挟みながら、話は進んでいく。やがて、商人の顔色が変わった。
「待ってください」
「はい」
「この家を買う人間というのは」
「はい」
「大商人ではない、と?」
「普通の勤労世帯でも、購入の対象になります」
「普通」
また、その言葉だった。
商人は部屋を見回し、それからアレシナのそばへ寄ってきた。
「殿下」
「何」
「まずいです」
「何が」
「私は」
商人は、声を低くした。
「日本の商品がヴァレシアに入ってくることばかり、考えていました」
「ええ」
「違ったのです」
「何が?」
「日本人に、こちらの商品を売ることの方が、ずっと難しい」
◇
アレシナは、その意味を理解するまでに、少し時間がかかった。
「彼らは」
商人は続けた。
「すでに、持っているのです」
良い衣服、良い家、食器、家具、道具、明かり、暖房、水──。
「便利なものを売ろうとしても」
商人は、首を振った。
「我々より便利なものを、彼ら自身が作れてしまう」
「だから、食料を欲しがるのね」
「はい」
「木材も」
「はい」
「香辛料も」
「はい」
「お酒も」
「それもです」
「魔法の素材も」
「特に、それです」
商人は、少し黙り込んだ。
「我々が日本に売れるのは」
「何?」
「日本に、ないものです」
それを聞いて、アレシナは初めて、少しだけ安心した。
◇
昼食も、王侯向けの宴席ではなかった。日本側は、わざと一般的な食事を用意していた。
「これが、普通ですか?」
農業代表が、今日四度目となる質問をした。
「比較的、そうですね」
「肉がある」
「はい」
「魚も」
「はい」
「野菜も」
「はい」
「白い米」
「はい」
「果物まで」
「はい」
「これを、毎日?」
「組み合わせは変わりますが」
男は、黙って食べ始めた。一口、二口。やがて、箸という道具との戦いを諦め、用意されていたフォークに持ち替えた。
「八千三百万人が」
また、彼は呟いた。
「これを」
「転移の後は、食生活も少し変わるかもしれません」
日本側が、少し訂正を加えた。男が顔を上げる。
「不足しているのですか?」
「以前は、外国から輸入していた食品も多かったものですから」
「では」
「現在、供給の体系を組み直しているところです」
「飢えるのですか?」
「その可能性を避けるために、調整しているんです」
農業代表は、しばらく考え込んだ。
「それでも」
彼は、皿に目を落とした。
「これが、出せる」
◇
彼の驚きは、他の者たちとは少し違っていた。港や鉄道や住宅や機械よりも、彼が驚いたのは別のことだった。
「余裕が、ある」
「何?」
アレシナが聞いた。
「この国には」
農業代表は、食卓を見つめた。
「余裕があるのです」
「食料に?」
「違います」
少し考えてから、彼は言った。
「何かを失っても、まだ考える時間がある、ということです」
◇
転移によって、日本は、それまで当たり前に存在していた世界を失った。輸入も、外交も、海外の工場も、国外の資源も。人によっては、家族や友人も。すべてを。
それでも、街は動いている。列車は走り、水は出て、食事は出され、役所は働き、港は動いている。人々は買い物をし、子供が歩き、老人も、ごく普通に街を歩いていた。
◇
「あの方は」
医師の代表が、突然、足を止めた。
一行がその視線の先を見ると、向こうから一人の女性が歩いてくるところだった。白髪で、背筋は伸びている。小さな鞄を手に、ゆっくりと、しかし杖もつかずに歩いていた。
「どうかなさいましたか」
「あの方は、お幾つなのでしょう」
案内官は、困った顔をした。
「ご本人に聞いてみないと」
「六十?」
「もう少し上かもしれません」
「七十?」
「そのくらいの方は、普通に」
女性は、視察団を珍しそうに見て、少し会釈をした。アレシナも、反射的に頭を下げた。女性は、そのまま歩いていった。
医師は、その後ろ姿を見送っていた。
「日本人は」
「はい」
「本当に」
一度、言葉を選んでから、彼は言った。
「百年も、生きるのですか」
「平均寿命は、百歳を超えています」
すでに聞いていた。報告書で、数字として知っていた。だが、数字と、目の前の道を歩いている老人とは、まるで違っていた。
◇
医師の顔から、血の気が引いていた。
「どうなさいました?」
「私は」
彼は言った。
「今日、港を見ても、鉄道を見ても、驚きました」
「はい」
「でも」
医師は、遠ざかっていく白髪の女性を見つめた。
「一番見たいものが、変わりました」
「何をです?」
「病院を」
◇
夕方、一行は宿泊施設に到着した。視察団には、それぞれ部屋が用意されていた。ここでもまた、ひと騒動があった。
「全員に?」
「はい」
「一人に一室?」
「基本的には」
「使用人は」
「必要でしたら、お呼びできます」
「浴室も?」
「各部屋にあります」
「湯が出るのですか?」
「出ます」
「夜でも?」
「出ます」
「朝も?」
「はい」
「何時まで?」
「いつでも」
「……」
日本人の担当者は、ついに尋ねた。
「何か、問題がありますか?」
ヴァレシア人たちは、誰一人として、それをうまく説明できなかった。
◇
夜。アレシナは、小さな会議室に視察団を集めた。
「初日の感想を、聞かせて」
誰も、すぐには話し出さなかった。
「何でもいいのよ」
最初に口を開いたのは、海運に関わる男だった。
「港を」
「ええ」
「もう一度、見たいです」
「分かったわ」
「できれば」
「何?」
「一週間ほど」
「そこまで?」
「一週間でも、足りません」
◇
次は、農業代表だった。
「農場を見たいです」
「予定に入っているわ」
「普通の農場を」
「普通の?」
「王室向けのものではなく」
アレシナは、少し笑った。
「分かったわ」
◇
魔術師が言った。
「大学か、研究所を」
「魔法の研究を?」
「それもあります。ただ」
彼は、少しためらった。
「日本人が、自分たちの知らないものをどうやって調べるのかを、見てみたいのです」
「なるほどね」
◇
医師が言った。
「病院を」
「それは聞いたわ」
「できれば」
「何?」
「老人も」
「老人?」
「日本では」
医師は言った。
「老いることそのものが、我々とは違うのかもしれません」
◇
商人が言った。
「市場を」
「商業施設ね?」
「何でも構いません」
「ずいぶん曖昧ね」
「殿下」
「何」
「私はまだ」
商人は、疲れ切った顔で言った。
「日本で何を売ればいいのか、分からないのです」
「初日よ」
「それが、恐ろしいのです」
◇
最後は、学者だった。
「学校を」
「学校?」
「はい」
「大学ではなく?」
「子供の学校です」
「なぜ?」
学者は、今日、街で見たものを思い出していた。
「この国は」
「ええ」
「こういうものを」
彼は、机や照明、窓、そして壁の向こうに広がる都市を示した。
「誰が作ったのでしょう」
「日本人でしょう」
「だからこそ」
学者は言った。
「その日本人を」
一呼吸、置いて。
「どうやって育てているのかを、見てみたいのです」
◇
アレシナは、父の言葉を思い出していた。どう食べ、どう働き、どう学び、どう病を治し、どうやって国を動かしているのか。
見るべきものは、軍艦ではない。少なくとも、最初のうちは。
◇
「私からも、一つ」
アレシナが言った。
「明日からは」
彼女は、全員を見渡した。
「“これは特別なものですか”と、必ず聞くようにしましょう」
何人かが笑った。
「なぜです?」
アレシナは、窓の外を見た。
夜の街に、無数の明かりが灯っている。ヴァレシアスであれば、王宮と大聖堂、裕福な商館、主要な広場──その程度の場所にしかない明るさが、地平線の果てまで続いていた。
「今日、一番怖かった言葉があるから」
「何です?」
アレシナは答えた。
「“普通です”」
◇
同じころ、日本側では、視察団の対応チームが簡単な打ち合わせをしていた。
「初日は、どうでした」
「かなり疲れているようです」
「移動させすぎましたか?」
「距離的には、大したことはありません」
「では」
「情報量でしょうね」
「明日は?」
「予定通りです。病院、教育施設、農業関係」
「軍事施設は」
「ありません」
「政府の施設は」
「後半です」
「宇宙関係は」
「まだです」
担当者は、資料に目を落とした。
「王国側から、できるだけ普通の社会を見たい、という要望が出ています」
「普通、か」
「はい」
担当者たちは、少し笑った。
「一番、説明が難しいやつですね」
◇
その夜、アレシナはなかなか寝つけなかった。
寝具が柔らかすぎたせいではない。室温がちょうど良すぎたせいでもない。
窓の外、夜の日本では、まだ車が走り、列車が走っている。遠くでは、航空機の灯りが動いていた。
どこかで何千万人もの人間が、今日と同じように食べ、働き、家に帰り、眠る。そして明日、また起きる。その当たり前を、この国は、八千三百万人分も支えているのだ。
アレシナは、初めて「いわみ」を見た日のことを思い出した。白い船、鋼、未知の機械。あのとき、日本の力を見たのだと思った。
だが、違った。
「あれは」
小さく、呟く。
「入口だったのね」
軍艦ですらない船に、驚いた。だが今日、それよりもっと恐ろしいものを見た。
港ではない。鉄道でもない。自動で走る車でもない。水の出る住宅でもない。百年生きる人々でもない。
──それらすべてを、特別な奇跡としてではなく、普通の暮らしとして維持している国。
それが、日本だった。
そして視察は、まだ一日目だった。