魔法先生ギルガメッシュ   作:長LAVA

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第3話

 

 

 

 目覚ましが鳴るより少し早く、自然と目が覚めた。

 

 窓の向こうは既に明るく、カーテンの隙間から差し込む朝日が床へ細い線を作っている。昨日は屋台から戻った後、部屋に用意されていた魔法関係の教本と麻帆良の規定へ一通り目を通してから眠ったが、特に寝不足という感じはなかった。

 

 この世界で一般的に使われている魔法の基礎理論と、魔法使い社会の大まかな仕組み。書類上の自分が魔法学校を出ている以上、知らなければ不自然になる部分は一通り頭へ入れてある。

 

 理解するだけなら難しくはない。

 

 ただ、理論を知ることと、実際に術式を扱えることは別の話だった。そちらは必要になった時にでも、興味のあるものから試せばいい。

 

 ベッドから起き上がり、簡単に身体を整えてから王の財宝を開く。

 

 赴任初日である以上、昨日の格好で行くつもりはなかった。現代の学校教師へ求められる服装くらいは前世の記憶に残っているし、書類と一緒に置かれていた案内にも、新任教員は式典へ出席すると書かれている。

 

 黄金の波紋から幾つか衣服を引き出し、その中から白いシャツと暗色の細身のスラックス、白い革靴を選ぶ。首元は締めず、金の装飾も昨日よりは控えめなものに留めた。

 

 最後に黒い背広を取り出し、袖へ腕を通さず、そのまま肩へ掛ける。

 

 鏡の前へ立ってみると、教師というより映画に出てくるマフィアに近い。

 

「…………」

 

 袖を通せば、多少は普通に見えるのだろう。

 

 そう考えて背広へ手を掛けたものの、結局そのまま肩へ戻した。

 

「この方が楽だな」

 

 服そのものは式典へ出ても問題ないほど上等で、着崩しているわけでもない。後は着る者の問題だと言われれば、それまでだった。

 

 必要な書類と身分証を持ち、宿舎を出る。

 

     ◆

 

 新年度初日の麻帆良は、昨日とは街そのものが違って見えた。

 

 真新しい制服へ身を包んだ新入生が保護者と共に歩き、その間を在校生や教職員が行き交っている。駅や路面電車から次々と人が吐き出され、通りの至るところで待ち合わせや道案内が行われていた。

 

 その中を、昨日覚えた道に沿って女子中等部へ向かう。

 

 背筋を伸ばし、迷うことなく足を進める。周囲を窺う必要もなければ、歩調を合わせる相手もいない。人混みの中でも自然と進む先が開き、こちらが避けるより先に向こうが道を譲っていく。

 

 最初に気付いたのは、正面から歩いてきた女子学生だった。

 

 会話の途中でこちらへ視線を止め、隣を歩く友人の袖を引く。その友人が振り返ると、今度は近くにいた別の生徒まで何事かと顔を向けた。

 

 視線が視線を呼び、あっという間に周囲の意識が集まってくる。

 

「あっ、昨日の人!」

 

「やっぱり新しい先生じゃない!?」

 

「待って、スーツもヤバい!」

 

「顔良すぎない!?」

 

 隠す気のない声が飛んできた。

 

 少し離れたところでは、こちらと目が合った女子が短い悲鳴を上げ、友人の背へ隠れている。隠れたところで髪も顔も半分以上出ているので、あまり意味はない。

 

 そのまま通り過ぎると、背後から押さえきれない歓声が聞こえてきた。

 

「朝からよく声が出るものだ」

 

 昨日も似たような反応はあったが、今日はスーツ姿で同じ方向へ向かっているせいか、新任教師だと確信されているらしい。

 

 姿を見られ、声を上げられること自体は珍しくもない。こちらが何かをしているわけでもないので、止める理由もなかった。

 

 ただ、授業中まで同じ調子なら少々面倒そうではある。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 学園長室の扉を軽く叩く。

 

「入ってええぞい」

 

「失礼する」

 

 中へ入ると、机の向こうに一人の老人が座っていた。

 

 後頭部が妙に長く、白い髭を蓄えた姿は、記憶にあるものと変わらない。

 

 視線を向けた瞬間、外見の奥に隠れていたものまで一度に繋がった。

 

 近衛近右衛門。

 

 麻帆良学園長にして、関東魔法協会の理事長。この学園に属する魔法使いの中でも頂点に近い実力を持ち、長い年月の中で積み上げた人脈と政治力によって、巨大な学園都市と関東魔法界を纏め上げている。

 

 好々爺然とした笑顔の裏では、こちらが何者で、何を目的にこの学園へ来たのかを測っていた。

 

 ただし、その基準は一貫している。

 

 麻帆良と、そこに住む人間へ害を及ぼすかどうか。

 

 必要なら策も使うし、相手を利用することにも躊躇はない。それでも根底にあるものは善意であり、守る側の人間であることに偽りはなかった。

 

 なるほど。

 

 狸爺という評価が一番しっくりくる。

 

「初めましてじゃな。近衛近右衛門じゃ。本日からよろしく頼むぞい」

 

 老人が椅子から立ち、軽く頭を下げる。

 

 こちらも正面から向き直り、目を逸らさずに名乗った。

 

「ギルガメッシュ・ウヌグだ。本日より世話になる」

 

 頭を下げるという動きは、特に意識へ上らなかった。

 

 相手を軽んじているわけではない。正面から向き合い、名を告げ、言葉を返す。それで礼は果たしていると、長く染み付いた感覚が判断している。

 

 近右衛門もそこへ不快感を抱いた様子はなく、むしろこちらの姿を上から下まで眺めた後、楽しそうに目を細めた。

 

「書類でもなかなか変わった御仁じゃと思うておったが、実際に会うと想像以上じゃのう」

 

「我はまだ名乗っただけだが?」

 

「名乗る前から十分目立っておったぞい。ここへ来るまで、えらい騒ぎじゃったろう」

 

「学生どもが勝手に騒いでいただけだろう」

 

「それを目立つと言うんじゃよ」

 

 近右衛門は笑いながら椅子へ戻り、机の上に用意していた書類をこちらへ向けた。

 

「改めて確認したが、一般の教員資格も魔法協会側の手続きも問題なし。魔法学校での成績も、これまでの経歴も申し分ない。女子中等部の英語科へ所属してもらい、今年度は担任を持たず、幾つかのクラスを受け持ってもらうことになる」

 

「把握している」

 

「今日は入学式と始業式が中心じゃ。本格的な授業は明日からになる。式が終わった後、生徒が帰るまでは担当の確認や教材の受け取りを済ませてもらい、午後に職員室で改めて顔合わせをする予定じゃ」

 

 昨日見た資料と相違はない。

 

 近右衛門は一般教師としての予定を手短に伝え終えると、別の紙を一枚だけ上へ重ねた。

 

「魔法の基礎については、今さら儂から説明する必要もないじゃろう。麻帆良で魔法先生として働く上での決まりだけ、確認させてもらうぞい」

 

 一般人への魔法の秘匿。

 

 魔法に関わる生徒と一般生徒の保護。

 

 学園内で異常が発生した場合の報告と、他の魔法先生との連携。夜間であっても緊急の呼び出しが入る場合があり、被害が広がる恐れのある状況では現場判断を優先する。

 

 どれも昨夜読んだ規定に記されていたものだ。

 

「秘匿を基本とし、一般人を巻き込む恐れがあれば保護を優先。対応後は学園側へ状況を報告し、必要なら記憶処理を含めた事後対応を行う。勝手な私闘は避け、緊急時を除けば他の魔法先生と連携する――そこまでは頭に入っている」

 

「話が早くて助かるわい」

 

「規定書へ書いてあることを覚えただけだ。難しい話ではない」

 

「その難しくないことを守れん魔法使いも、案外多いのでな」

 

 近右衛門の目が、こちらの背後を一瞬だけ見る。

 

 そこに王の財宝があると見抜いているわけではない。書類に記された戦闘方式と、目の前にいる人間の性質を重ねただけだろう。

 

「特に学園内で大きなものを撃つ時は、少し考えてからにしてもらえると助かる。建物の修繕費も馬鹿にならんのでのう」

 

「我を何だと思っておる」

 

「書類だけ見れば、念を押しておきたくなる人物じゃな」

 

「必要もなく己が住む場所を壊すほど愚かではない」

 

「それが聞ければ十分じゃろうな」

 

 近右衛門は満足そうに頷き、机の脇へ置いてあった職員証を差し出してきた。

 

 受け取って胸元へ留める。

 

 そこには今朝鏡で見たばかりの顔と、ギルガメッシュ・ウヌグという名前が記されていた。

 

「では、そろそろ式へ向かおうかの。儂も挨拶をせにゃならん」

 

 近右衛門が立ち上がり、机の横を回ってくる。

 

 そのまま扉へ向かいかけたところで、こちらの肩へ視線が止まった。

 

「ところで、その上着は袖を通さんままで行くのかの?」

 

「着ておるだろう」

 

「それは羽織っておると言うんじゃ」

 

「何が違う」

 

「……まあ、似合ってはおるし、着ているものに問題は無いからの。今さら直しても騒ぎは収まらんじゃろうな」

 

 何やら諦めたように言われた。

 

 近右衛門に続いて廊下へ出ると、擦れ違った職員がこちらを見たまま一瞬足を止める。

 

 どうやら学生だけの問題でもないらしい。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 女子中等部の講堂には、既に大勢の生徒が集まっていた。

 

 前方には新入生、その後ろには進級した在校生が学年ごとに並び、左右には教職員や保護者の席が設けられている。

 

 新任教師は舞台袖の近くへ纏められていた。

 

 他の者たちと簡単に挨拶を交わし、案内された椅子へ腰を下ろす。周囲では式次第を確認する者や、緊張した様子で自分の挨拶を繰り返している者もいたが、こちらには特に準備することもない。

 

 名前と担当を告げれば済む話だ。

 

 式が始まり、何人かの挨拶と説明が続く。

 

 壇上へ立った近右衛門は、先ほどまでの食えない老人という印象を綺麗に引っ込め、学園長らしい穏やかな言葉で新年度を迎えた生徒たちへ語り掛けていた。

 

 聞く者へ安心感を与え、同時に注意を逸らさない。

 

 人を纏めることに慣れた話し方だった。

 

 やがて新任教員の紹介へ移り、順に名前が呼ばれていく。

 

 前の教師が挨拶を終え、次にこちらの番が来た。

 

「続いて、今年度より英語科を担当される、ギルガメッシュ・ウヌグ先生じゃ」

 

 立ち上がり、舞台の中央へ向かう。

 

 背筋は真っ直ぐに伸び、足取りに迷いはない。

 

 周囲へ意識を振り撒くつもりなどなく、ただ前を向いて歩いているだけだった。

 

 それでも、前列に座る生徒の一人がこちらへ気付いた瞬間、その反応は水面へ落ちた雫のように広がっていく。隣へ、後ろへ、さらにその先へと視線が連鎖し、数秒もしないうちに講堂中の意識が舞台へ集まっていた。

 

「本当に先生だった!」

 

「ちょっと待って、近くで見るともっとヤバい!」

 

 押し殺す気のない声があちこちから上がる。

 

 マイクの前へ立ったところで、堪え切れなくなった女子生徒たちの歓声が一気に天井へ跳ね返った。

 

「キャーッ!」

 

「ウヌグ先生ー!」

 

「カッコいい!」

 

「ギルガメッシュって本名!?」

 

 男子のいない女子中等部ということもあり、遠慮というものがない。

 

 教員が静かにするよう声を掛けても、すぐには収まらなかった。

 

 舞台の端へ目を向けると、近右衛門が髭の下で明らかに笑っている。

 

 あの狸爺。

 

 こうなると分かっていたな。

 

 ようやく声が落ち着いてきたところで、マイクへ向き直る。

 

「ギルガメッシュ・ウヌグだ。今年度より英語を受け持つ。名が長ければ、ウヌグで構わん」

 

 会場を一度見渡す。

 

 何百もの視線が集まっているにもかかわらず、不思議と静かだった。

 

「以後、よろしく頼む」

 

 頭を下げることなく、それだけ告げてマイクから離れる。

 

 一拍遅れて、再び歓声が上がった。

 

「声もカッコいい!」

 

「ウヌグ先生、こっち見て!」

 

「英語絶対頑張る!」

 

 まだ授業すらしていないのに、随分と気の早い連中だ。

 

 元の席へ戻る途中、近右衛門と目が合う。

 

「大人気じゃのう」

 

「我は名乗っただけだ」

 

「それでああなるから言うとるんじゃよ」

 

 言われても困る。

 

 騒いでいるのはこちらではない。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 式が終わると、生徒たちはそれぞれの教室へ戻っていった。

 

 担任を持たないこちらは、事務職員の案内で職員証の使い方や校内設備を確認し、英語科で使用する教材と時間割を受け取る。教師たちは各クラスのホームルームへ出ているため、職員室に人は少なく、落ち着いて話をするのは午後からになるらしい。

 

 机には名前の札が既に置かれていた。

 

 資料を一通り確認し、翌日から担当するクラスと教室の場所を頭へ入れていく。内容そのものは難しくないが、同じ英語でも学年によって進度が違い、クラスごとに理解度の差もあることが細かく記録されていた。

 

 書類上の自分なら、こうした情報を見慣れているのだろう。

 

 実際の俺に学校教師の経験はない。

 

 それでも、人へ何かを教えたことがないわけではなく、必要な情報さえ揃っていれば対応はできる。ただし、数十人へ同じ時間で同じ内容を理解させるというのは、個人へ教える場合とは別の技術になりそうだった。

 

 資料へ目を通しているうちに、廊下から生徒たちの声が聞こえ始める。

 

 ホームルームを終えたクラスから、順に下校しているらしい。

 

 職員室を出て別の教材を受け取りに向かう途中、階段の前で数人の女子生徒と擦れ違った。

 

 こちらに気付いた途端、全員の足が止まる。

 

 しばらく顔を見合わせていた中の一人が、意を決したように声を上げた。

 

「ウ、ウヌグ先生! さようなら!」

 

「うむ。気を付けて帰れ」

 

 普通に返しただけだった。

 

 それなのに、女子生徒たちは揃って目を見開き、次の瞬間には小さな歓声を上げながら廊下の向こうへ走っていく。

 

「返事してくれた!」

 

「目合った、今絶対目合った!」

 

「明日から英語あるかな!?」

 

 遠ざかっていく声を聞きながら、少しだけ首を傾げる。

 

 挨拶を返されただけで、何がそこまで嬉しいのか。

 

 分からないが、元気なのは悪いことではないだろう。

 

     ◆

 

 生徒がほぼ帰った頃、職員室へ教員が戻り始めた。

 

 新年度初日ということもあり、誰もが書類や教材を抱えて忙しそうに動いている。こちらも英語科の主任から改めて年間計画や担当クラスについて説明を受け、必要な資料を机へ積んでいった。

 

 一段落したところで、職員室全体へ新任教師として紹介される。

 

「本日より英語科へ加わることになった、ギルガメッシュ・ウヌグだ。よろしく頼む」

 

 周囲へ向き直り、朝と同じように正面から名乗る。

 

 頭を下げはしなかったが、何人かが一瞬目を瞬かせた程度で、すぐに「よろしくお願いします」と声が返ってきた。

 

 その中から、昨日見た顔がこちらへ近付いてくる。

 

「昨日はあれだけ言ったのに、結局そういう感じで来たんですね」

 

 タカミチは肩へ掛けた背広を見ながら、苦笑していた。

 

「何の不都合もなかったぞ」

 

「入学式の歓声は、十分不都合に見えましたけど」

 

「我が袖を通した程度で、あれが収まったとも思えん」

 

「それは、まあ……確かに」

 

 近くで話を聞いていた女性教師が、小さく笑った。

 

「式の最中、職員席でも話題になっていましたよ。あれだけ生徒が騒いだ新任紹介は、私も初めて見ました」

 

「我は名前を告げただけだがな」

 

「立っているだけで目立つ人は、本当にいるんですね」

 

 感心したように眺められる。

 

 視線を向けられることは慣れているので、そのまま受け流した。

 

 別の教員からは「明日には学園中へ噂が回っているだろう」と言われ、タカミチも否定しなかった。

 

「女子中等部の話は広まるのが早いですからね。しばらくは廊下を歩くだけでも大変だと思います」

 

「騒ぐだけなら好きにさせればよい。授業中まで同じなら静かにさせる」

 

「そこは先生の腕の見せどころですね」

 

「言われるまでもない」

 

 タカミチは穏やかに笑い、こちらの机へ積まれた教材へ目を向けた。

 

「最初の授業は一年生ですね。新入生はまだ緊張しているでしょうし、今日は先生の紹介だけで相当盛り上がったので、明日はいつも以上に落ち着かないかもしれません」

 

「ならば、まず落ち着かせるところから始めればよかろう」

 

「ウヌグ先生なら、教室へ入っただけで静かにはなりそうです」

 

「今日の様子を見て、その結論に至る理由が分からんな」

 

「歓声が収まった後は、全員先生の話を聞いていたでしょう。あれだけ騒いでいた生徒を、声を荒らげずに黙らせるのは簡単ではありませんよ」

 

 意識してやったつもりはなかった。

 

 ただ、こちらが話し始めるから黙れと視線を向けただけだ。

 

「大袈裟な話だ」

 

「本人がそう思っているなら、それでいいのかもしれませんね」

 

 タカミチの口調には、既に昨日より少しだけ気安さが混じっていた。

 

 能力も経歴も、見れば分かる。

 

 しかし人間同士の距離は、知っただけで勝手に縮まるものではない。昨日屋台で飯を食い、今日もこうして言葉を交わした分だけ、互いにどこまで軽口を許すかが形になり始めている。

 

 それは悪くない感覚だった。

 

 英語科の主任から新しい資料を渡され、会話を切り上げて机へ戻る。

 

 教科書を開けば、最初に扱う内容は簡単な挨拶と自己紹介だった。知識としては考えるまでもないが、生徒にとってはこれが入口になる。

 

 自分が理解していることと、相手へ理解させることは違う。

 

 説明へ使える情報を全て出せばいいわけではない。何を先に教え、どこまでを一度に覚えさせ、何を後へ回すのか。相手の理解へ合わせて順番を組む必要がある。

 

「……なるほど」

 

 教科書の内容ではなく、教えるという仕事そのものへ少し興味が湧いてきた。

 

 王として人を導く時は、国全体がどこへ向かうべきかを示せばよかった。学校では、一つの言葉をどう発音するか、なぜこの順番で並べるのかというところから始めなければならない。

 

 規模は遥かに小さい。

 

 だから簡単だとは限らない。

 

 

 

     ◆

 

 

 

 夕方になり、初日の仕事を終えて宿舎へ戻った。

 

 肩に掛けていた背広を黄金の波紋へ戻し、昨日と同じ白い上衣へ着替える。夕食を済ませて机へ向かうと、そこには学校から持ち帰った英語の教材と、部屋に用意されていた魔法教本が並んでいた。

 

 手は自然と魔法教本へ伸びかけた。

 

 昨夜読んだ基礎だけでも、この世界の魔法体系には興味深い部分が多い。知っている魔術とは発想の出発点から違う術式もあり、実際に試してみたいものも幾つか見つかっていた。

 

 だが、明日の朝には最初の授業がある。

 

 魔法の方は、今夜触らなければ困るものではない。

 

「…………」

 

 少し迷った末、魔法教本を横へ退けて英語の指導資料を開いた。

 

「先にこちらだな」

 

 教師という仕事を引き受けた以上、最低限の準備くらいはする。

 

 国の存亡を預かっていた頃と比べれば、考えるべき範囲は随分と狭い。明日向き合うのは国民でも兵士でもなく、一教室分の学生だけだった。

 

 だからこそ、今度はその程度のことへ時間を使えばいい。

 

 どこかの国を背負う必要もなければ、誰かの人生を導く責任まで勝手に抱える必要もない。授業が上手くいかなければ原因を考え、次に直せば済む。

 

 そんな生活も、思っていたより悪くなさそうだった。

 

 教科書の最初のページを捲り、明日の授業をどう始めるか考えてみる。

 

 入学式の騒ぎを思い返す限り、まずはこちらを見て騒ぐ連中を静かにするところから始める必要がありそうだ。

 

「教師、か」

 

 改めて口にしてみると、少しだけ笑いが漏れた。

 

 王の次に選ばれた役目としては、随分とささやかで、だからこそ新鮮だった。




ギルガメッシュ・ウヌグ

本作主人公。金髪赤眼のやたら目立つ男。

元は現代日本人だったが、死後にギルガメッシュとして転生。
ウルクの王として126年を生き、エルキドゥとの出会いと別れ、不死探求の旅を経て生涯を全うした――と思ったら、今度は『魔法先生ネギま!』の世界へ再転生した。

英雄王としての自負心やプライド、尊大な口調、堂々とした立ち居振る舞いは健在。
ただし王としての役目は前世でやり切っているため、今世で王になったり誰かを統治したりする気はない。

元々が一般人だったため、肩の荷が下りた現在は意外と生活感がある。
美味い飯は普通に喜ぶし、仕事を引き受けたなら真面目にやる。

王の財宝、千里眼、全知なるや全能の星などを保有。
相手の正体や能力、隠している事情まで大抵は一目で分かるが、分かったからといって全部口に出すほど無粋ではない。

現在は麻帆良女子中等部の英語教師兼魔法先生。
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