ナシャタウンがなんか変である。ワンピースを買って数日後の出来事だった。
やけになんかみんな浮かれてるし、商人から色々仕入れてるし。事件の匂いである。
「なんなんだ、この空気……。もしやとんでもない裏ルートでも流行ってるのか?」
「ふふ、メイラは確か、初めてでしたね」
「初めてって?」
「祈月の夜です」
キゲツの夜? なんだそれ。
結局、破けた服を縫い直して身につけている俺は、報告書を書きながら首を傾げた。
「月が最もテイワットに近づく日に行われる、ナドクライのお祭りです。予定では、明日だったはずです」
「そんなのあるのか! 屋台も出る!?」
「はい、毎年出てますよ」
「わぁ……」
俺は興奮してインクの瓶を倒しかけ、慌てて元に戻した。
日本にいる頃、祭りで屋台の食べ物を食い尽くしてたっけ。ナドクライに祭りがあるなんて、全然知らなかった。俺が不思議そうにしてても、みんな黙ったままだったし。俺を揶揄ってたのか。
絶対、行ってやる。たくさん美味しいものを食べる! 何が出るんだろ。かき氷とかは出ないだろうけど、飴細工とか売ってるかな。
そこまで思考を巡らせて、俺は肝心なことに気づいて、ペンを走らせる手を止めた。
「祈月の夜ってさ、夜にやるんだよな」
「そうですね。……あ」
イルーガも、気づいてしまったらしかった。そう、俺は夜になると強制的に眠気が襲いかかり、寝てしまうのだ。
祈月の夜には、参加できない。重い息を吐き出した。いつのまにかできていたインク溜まりにも、また一つため息を吐く。
「屋台なら、夕方からやっているところもあると思います」
「ほ、本当! じゃあ、ちょっとなら行けるかなぁ」
なーんだ、落ち込んで損した。
ちょっとだけなら、行けそうだ。俺は調子良く笑顔になって、すらすらとペンをまた走らせる。しばらく、ペンが紙をかする音だけが空間を支配していた。
そんなところで、俺はふと思いついた。このままじゃ、俺ぼっちじゃん。
「イルーガって、誰かと行く予定はあるか?」
「いえ、ありません」
「えっと、じゃあ俺と一緒に行ってくれたりとか……。い、嫌だったら断れよ! 俺、すぐ帰らないと寝ちゃうし、好きな奴とかいるなら俺に遠慮なく誘えばいいし」
俺はなんか気恥ずかしくなって、ペラペラと捲し立てた。ぼっちを嫌がって誘ってる奴みたいで、我ながらイタい。言い訳つけちゃうところとか、コミュ症丸出しだ。
イルーガは、何度も瞬きを繰り返している。まさか誘われるとは、思ってなかったのだろうか。
俺としばらく意味もなく見つめ合い、イルーガはようやく目尻を下げた。
「もちろんです。僕から誘おうと思ってました」
「そ、そう? よかった」
なんだ、絶対断られるやつだと思った。
俺は安堵して、最後まで書き切った報告書を提出した。
✳︎✳︎✳︎
さて、翌日。ライトキーパーとしての仕事を終え、祈月の夜の当日となったわけだが、まだ空は青色だ。あと少しでうっすらと赤くなるだろう……そんな時間帯だった。
そして俺は今、究極の二択を迫られていた。
「どっちの服がいいんだ? これ着ないともったいないよな……。でも着てくのは着てくので、浮かれてる奴みたいだしな」
いつも通りの古びた服か、ヤフォダが悪戯でこの前買ってきたワンピースか。
クローゼットなんてものはないので、箱にしまっておいた服を取り出してしばらく睨み合う。
あ、でも逆に考えて、これを機にこのワンピースをたくさん着ることにより、いつも通りの姿として植え付けられるのでは? そうしたら、モラももったいなくないし、俺好みの美少女も爆誕。メリットしかない。
俺は僅かな逡巡の後、ワンピースを手に取って身につけてみた。最初に着る時、上から着るのか下から着るのか分からず手間取ったのだが、二回目だから流石に覚えている。
さらに、今日の俺はこれだけじゃない。
俺の大好きなポニーテール(の際に生まれるうなじ)。これに再挑戦する。前はパイナップルになったが、またヤフォダに習い直した俺は一味違うぞ。
鏡がないからはっきりはわからないが、ガラス片に映った髪の毛はきちんと纏まっている。上手くいったようだ。
俺は気合いを入れて、外に出てみた。人っ子一人いないだろうと勝手に思っていたが、時折祭りに向かう人は見かける。
イルーガとは、いつも通りの場所で集合だ。イルーガが先に着いて待っているのが見えた。俺は手を振りながら、イルーガに駆け寄った。
「イルーガ!」
「……メイラですか?」
「そうに決まってるだろ。えへへ、見違えたか?」
くるっと一周ターンをする。ふわりとスカートが広がった。じ、とイルーガはしばらく固まって考え込んでいた。
「はい。似合ってますよ。可愛いです」
「そ、そう? でも確かに、それほどでもある」
可愛い……可愛いか……へー、可愛い。そうか、可愛い。ふーん……。
な、なんか照れてきた。似合ってるとは言ってくれると思ってたが、可愛いか。
いやいや、そ、そりゃこんな美少女、俺だったら彼女にしたいし? 可愛いのは当然だ。
「は、早く、屋台に行くぞ。夜になる前に一個でもいいから、食べてやる」
俺は、イルーガの腕を引いて、息巻いた。その勢いのままナシャタウンに入り、俺は思わず足を止めてしまった。
祈月の夜のナシャタウンは、一風変わった雰囲気だった。
あちらこちらに屋台が出されていて、飾りで装飾されている。猫耳とかを、髪につけている人もいる。結構自由な雰囲気だ。
「あ、イルーガ! あのキャンディ食べたい!」
「ムーンキャンディのことですか?」
「そう、それだ! すみませーん。キャンディください!」
俺はキャンディを売っている人に、話しかけた。
「何味がよろしいですか?」
「どんな味があるんだ?」
「リンゴ、ホワイトベリー、ソマルの実味が人気です」
「クルムカケ味は?」
「ありますよ」
「あるのかよ!」
冗談で言ったが、案外なんでもあるらしい。
別にクルムカケ味にしたいなんて言っていないのだが、店の人は俺の注文は確定したものとして、イルーガの方を見た。
「僕は、ホワイトベリー味でお願いします」
「はい、少々お待ちください」
店の人は、置いてあるキャンディの袋を、俺たちに手渡した。袋を開けてみれば、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
イルーガの方からは甘酸っぱい匂いがした。
クルムカケにはまだ少し苦手意識がある。恐る恐る、一つ口に含んでみた。
クッキーみたいな、香ばしい香りが口に広がった。すぐに溶けたと思えば、クリームみたいなソースが中から出てくる。
天にも昇りそうな気持ちだ。口角が上がりすぎて、頰が垂れて落ちてきそうである。俺は自分の頰を抑えた。
「イルーガ、一個いるか?」
「いいんですか? では、僕のも一つどうぞ」
「それを待ってた」
遠慮なく、イルーガのキャンディも口に含めば、甘酸っぱい味が広がる。なんて素晴らしい日だろう。
この記念すべき日を記録に残し……。あー、でもキャンディだけじゃ思い出がなんも残らないな。せっかくだから、一つくらい手に残るものを買いたい。
あ、いいのがある。
遠くに、髪飾りが売っている店を見つけた。お、あのリボンとかいいんじゃないか? ポニーテールキャラにはリボンが似合うのだ。異論は認める。
だが、その値段を見て俺はすぐに視線を外した。高い。あれに払う金があるなら、美味いもんを食いたい。
「なんか、他に美味そうなのないかな」
「メイラ」
「ん?」
イルーガは、気分を変えようと他の食べ物を探し出した俺に、眉を下げて困ったように笑いかけた。
「欲しいものがあるなら、言ってください。いつもお世話になっていますし、プレゼントしますよ」
「世話になってるのはどう考えても俺だけど……」
「細かいことは気にしないでください。どれが欲しいんですか?」
「……これ」
イルーガの勢いに押され、さっき俺が諦めたリボンの売っている店まで連れて行かれてしまった。
もう追い詰められたものは仕方ない。俺は、素直にさっき欲しいと思ったリボンを指差した。黒いリボンだ。その中央には金色の太陽みたいな色をした石がついている。
昼にしか動けないライトキーパーの俺にピッタリだ、なんて思ってなんとなく見てたんだが。
イルーガは、値段を見ても迷わずにリボンを買って、俺に渡した。
「あ、自分で言っておいて悪いんだけどさ、俺こう言うのつけたことなくて」
俺は頰を掻いた。
「イルーガがつけてくれない?」
「僕が?」
「うん。あ、イルーガもつけれない? 嫌だったらいいんなけどさ、どうせならイルーガにつけてもらいたいなぁって」
「……いえ」
イルーガは、俺の顔を覗き込んできた。
お互い、青い目が交差し合う。なんだ、いきなり。首を傾げれば、イルーガは複雑そうな顔をした。
「体調悪かったりしませんか?」
「しないってば! 大丈夫だから、早くつけてくれ」
「……それなら、よかったです。僕がおかしいんですかね」
イルーガは心配症だなぁ。
俺は、イルーガにリボンを手渡した。イルーガは、少し悩んだ様子で、しばらく試行錯誤してから、俺の髪にリボンをつけた。
「出来ました」
「やった! ありがと!」
俺は、自分の手で触れてリボンが付けられているかを確認した。自分の目には見えないが、綺麗につけられているのだろう。
俺が自分でつければとんでもない角度になっていたに違いない。
満足して微笑めば、なんだか少し眠くなってきた。瞼が少し落ちてくる。空を見れば、夕焼けが空を覆って赤く染め上げていた。
もう、帰らないとまずいだろうな。
「ん……ごめん、イルーガ。眠いや」
「謝らないでください! 大丈夫ですか? 歩けますか?」
「うん、まだ大丈夫だ」
俺は名残惜しく思いながら、自分の家へと向かった。イルーガは送り届けてくれるつもりなのか、一緒に俺の家へと向かってくれている。優しい奴だよなぁ、イルーガ。
俺は、ぼんやりとしながら空を見上げた。月は、まだ見えなかった。
ナシャタウンの賑わった雰囲気が、次第に遠ざかっていく。
なんで、寝ちゃうんだろうな。と久しぶりに思う。もうちょっとくらい、楽しませてくれてもいいのに。神様がもし見てるんだとしたら、とんだ意地悪だ。
「楽しかったよ。イルーガを誘ってよかった。イルーガは、俺なんかで、よかった?」
「僕も、メイラと回れてよかったです」
一言一言噛み締めるように、イルーガは言った。俺は嬉しくなって、ふにゃりと笑った。
そんなふうに、緩んでいても。
俺の気配察知能力は、決して弱くなることはなかった。
「イルーガ! ワイルドハントだ! 左に居る!」
眠気は弱まらないが、強い気配を左から感じた。暗くなりかけているせいで、視界が良好ではない。
イルーガが体をこわばらせたのを、横で感じた。俺を庇うように、後ろへと隠す。
「メイラ、武器は持っていますか?」
「運悪く、この格好だ。持ってない」
左端で、ワイルドハントがこちらへと襲いかかってくるのが見えた。右に避けると、ワイルドハントは派手に攻撃を外したが、ねちっこくこちらを付け狙ってくる。イルーガと顔を見合わせた。逃げるしかない。
しかし、走ろうとしたのに、足がひどく重かった。瞼が、どんどんと落ちてくる。クソっ、タイミングが悪い!
「メイラ!」
イルーガは、ひょいと俺を小脇に抱えて走り出した。足が宙にぶらんと浮く。
ま、マジかよ。人のこと言えないけど、小柄なのに筋力あるなぁ。
だが一旦、助かった。これで無事家まで帰れ——。
廃墟が見えて油断した時、俺は肌が突き刺されるような感覚を、肌に感じた。
不味い。
何が不味いのかも理解できなかった。だが俺は、直感のまま、ありったけの力でイルーガを突き飛ばした。
「ぐ……あ……」
痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!!!
なんだ、どこに食らった! 焼けつくようだ、心臓が、焼けて、熱くて、燃えていて、痛い、熱い熱い熱い……!
荒い息のまま自分の心臓を見れば——心臓に、ワイルドハントの腕が、突き刺さっていた。
「ああ……」
死ん、だ? 死んでいる? 俺は今、死んだ? 死んだのか?
意識が、遠ざかっていく。こんなにも痛いのに、眠くて眠くて仕方がない。
眠い……な。ああ……眠い。イルーガ、無事かな……。俺のことなんて、気にしないで逃げてくれるかな……。
ヤフォダ、元気かな。今日、会えなかったな。片腕の仇取ってやるって、思ってたんだけど、果たせそうにないか。
月も見たかったなぁ。でもイルーガが死なないなら、案外満足かも。あんなに生きるために必死で盗んでたのに。
「メイラっ!」
そうだ、イルーガがいるんだ。このワイルドハント、足止めできないかな。ナイフ……ほんとはポケットに入れてるから、ちょっとくらいなら時間稼ぎができるかもしれない。
手を動かし——うごか、———。動かないや。
血が回ってない。もう、いよいよ死ぬのか? これまで何度も死にかけたけど、流石に心臓刺されたら死ぬだろうな。
遺書とか買いとけばよかった。あ、でも今なら口頭でちょっとだけ言えるかな。
そうだな……ひとつ、もし言い残せるなら、言いたいことがある。この世界、最初は俺に冷たくて、厳しくて、世界中のみんなを恨みかけたけど、でも俺、今は。
「みんな、すきだ」
だいすきだ。