黒い闇の中にいた。どこまでもどこまでも闇は続いていて、光ひとつなかった。
俺は怖くて、誰か助けが欲しくて、もがいて、手を伸ばした。
誰か、誰か助けてくれ。ひとりにしないで。息ができない。首がしまって呼吸が止まる。それなのに、死ねない。ああそうだ、俺には死の概念がない。
闇の中を駆ける。何かにぶつかる。助けを呼びながら殴り、蹴り、一人で暴れた。そしてやがて、突然目の前が真っ白になり———。
「なんなんだよ夢かよ!」
寝起き最悪である。嫌な夢を見てしまった。というか、夢を見ること自体、この世界では初めてだ。俺は、横に置いていた瓶を眺め見た。今回のは、少なからず効いていたってことでいいのか? 眠りが浅かったし。またヤフォダに頼もうっと。
おっと、それどころじゃないな。
やれやれだぜ。てっきり死ぬかと思ったが、なんか運良く生きちまった。俺である。
えーっと、なんで生きてんの?
これは最初に目覚めた時に思ったことである。あ、ここ地獄なのか、とか思ったけど違ったし。
心臓刺されてたよな、俺? ゾンビだったりする?
ま、俺は生きているわけで。あれから一か月くらい経つが、傷はほとんど塞がっている。治るの早いって? なんか俺の体質なのか、傷治るの結構早いんだよな。丈夫なんだろう。
さて、そんなこんなでほとんど傷は塞がったし、今日からは職務復帰ってやつだ。
俺は気合いを入れて部屋を見渡して、ゲンナリした。
最近、俺は寝相が悪い。いや、寝相が悪いなんてレベルじゃない。絶対、寝てる間ほっつき歩いて暴れてる。
だって、部屋がぐっちゃぐちゃなんだぞ? しかもアイノに直してもらったばかりのドア、めちゃくちゃ丈夫な鉄製にしてもらったはずなんだが、あちらこちらボコボコだ。
ヤフォダにアドバイスしてもらって、新しく作ってもらったのに……。
「なんなんだよ……」
俺はぶつくさ呟きながら、物を片して、頭にリボンをつけた……ところで、ドアの前に気配がしたので、ドアを開く。いや、開こうとする。なんか開かない。
「イルーガ! 開けてくれってば」
「す、みませ、ん」
ようやく開くようになったドアを開ければ、なぜか途切れ途切れで息も絶え絶えなイルーガが、謝ってきた。
俺が心臓を刺されてから、なぜか毎日家まで来てくれる。お見舞いだとか言って、ほとんど治ってもなんか食い物持ってきてくれたし。心配性な奴である。
俺としては集合しないでいいから助かるんだが、イルーガの負担が大きくなってしまって申し訳ない。ということでお礼の品を渡すとしよう。
「いつもありがとな。お礼に昨日作った、俺特製激甘クルムカケをやろう」
「ありがとうございます……? あと動いちゃダメって言いましたよね?」
「やめてくれ、おかんモードになるなイルーガ」
疑問系でお礼を言われた。ついでにお小言も貰ってしまった。だって暇なんだよ。カードゲームでも買ってみようかな、とか思ったけど高いし。
「さて、早速仕事するか」
「君は、もう少し休んでいてもいいんですよ?」
「いやいや、もう十分休んだし」
心配性がすぎるってば。もう治ったし、なんなら見せてやる——のは流石にできないが。
俺はナイフとランプを確認してから、イルーガの心配をよそにいつも通り偵察をすることにした。
正直、特に異変もなくいつも通りに終えてしまった。ちえっ、久しぶりの仕事なのにヒルチャールの形跡ひとつすらない。
どうやらヒルチャールは最近姿を現していないらしく、被害もないらしい。
ということをイルーガは鍋で食材を煮詰めながら、言った。イルーガのスープの味は、俺の大好物だ。
「そういえば、なんか変な夢見たんだよ」
「どんな夢ですか?」
みじん切りにはしなくなったが、不恰好な人参をイルーガに手渡した。人参が鍋へと次々と浮いていく。
「なんか真っ暗闇の中閉じ込められるって夢でさ。夢の中でひとりにしないで、とか急にヒステリックになって叫んで暴れてて、それで気づいたら朝になってた。初めて見た夢がコレとか、運悪いなぁ」
「えっ、夢を見たことがなかったんですか?」
「ない。今日は眠りが浅かったんだよ。ヤフォダがくれた薬のおかげかな」
「なんの薬ですか」
イルーガは、真剣な顔でこちらに詰め寄ってきた。な、なんだよ、そんな気になることか?
俺は疑問に思いつつも、「ほら、眠気覚ましの薬だよ。月見たいって言っただろ? ネフェルさんから買ったんだ」
と話したが、それだけでは満足してなさそうな顔だった。家へと戻り、薬の瓶をイルーガに手渡す。
イルーガは、やけに食い入るように薬の瓶を眺めている。
「本当にこれ、普通の薬なんですか? 見たこともない文字ですけど」
「カーンルイア? よくわかんないけど、そんなのがなんとかだとか言ってたような」
「よくそんな怪しいものを飲めますね」
「俺は勇気があるからな」
いつも通りに返しつつ、イルーガの様子を伺う。
なんかイルーガ、最近様子が変なような。こちらを見てないのをいいことに、顔をじろじろ眺めていれば、目の下に隈があった。寝れてないのだろうか。
……それにしても関係ないけど、顔二次元みたいだな。俺がこの顔だったらさぞかしモテてただろうに——。
くだらない思考に移行しかけたところで、鍋の音にようやく気づいた。
「イルーガ! 鍋が煮えてる!」
「わっ、見てませんでした!」
イルーガは、火を弱めて鍋をかき混ぜた。
俺と半分ずつ出し合って買ったスープ皿に、スープをよそう。俺はイルーガにも渡してから、スプーンで具を掬って、口に放り込んだ。
うん、やっぱ美味い。
「イルーガは悪夢とか見てないか?」
遠回しに寝不足の原因を探ってみる。
イルーガは、「み、見てません」と言いながらわかりやすく目を逸らした。見てるな、コレは間違いなく。
それなら、やることはひとつだよな。
「寝れてないなら一緒に昼寝でもするか? あ、でもベッド一個しかないわ。二人寝れるかな」
「遠慮しておきます。それと、そういうところは直した方がいいと思います」
「え?」
そういうところって?
俺は大袈裟に肩をすくめてみせた。
「じゃあ、膝枕でもしてやろうか?」
え、とイルーガは固まった。そんな顔をされるとは思わなかったので、俺も固まってしまった。しばらく、謎の見つめ合いが起こった。イルーガは、どんどんと眉を吊り上げていく。
「僕を、揶揄ってますよね!?」
「えへへ」
「えへへ、じゃありません!」
すっかりと怒らせてしまった。ジョークだってば、ジョーク。
結局、イルーガは怒って帰る時まで口を聞いてくれなかったので、イルーガを休ませる作戦は失敗した。
イルーガ帰ってから、俺は鍋を家の中にしまい、そのままベッドに横になった。
寝たふりをする。そして、イルーガがまた近寄ってくる気配がした。家の前に何かを置いて、離れていく。
気配感知に優れた俺が、イルーガが何をしているのか気づかないわけがなかった。
何日か経った頃、イルーガが家の前に岩を置いて、夜間に俺を閉じ込めているのには気づいていた。だが、イルーガの目的がわからない。
まるで、俺が夜の間何かをしているみたいだ。
——俺は夜の間、自分が何をしているのかはわからない。しかし、最近寝相が妙に悪いのだ。いいや、寝相なんて代物じゃない。化け物が暴れた後みたいなんだ。
夜の間の俺は、暴れてしまっているのか? だからイルーガは俺を閉じ込めている? そこまでの脅威になるのか?
いやいや、たかが、俺だ。俺は弱い。
そもそも、どうして俺に言わない。何か、やましいことでもあるのか?
「……人殺しは、してない。よな?」
自分で言っておいて、そんなことはわからないだろうなと思う。夜の間は完全に意識がないのだから。
夕日が窓の隙間から差し込む。
俺は嫌な汗が全身を流れていくのを感じていたが、眠気には抗えない。
日が沈み、最後の足掻きのように赤く光ったのを最後に、俺の意識は、落ちた。