「自称」何がなんでも死にたくない系TS主人公   作:ルヴレ

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十六 嘲笑

 

 

 黒い闇の中にいた。どこまでもどこまでも闇は続いていて、光ひとつなかった。

 俺は怖くて、誰か助けが欲しくて、もがいて、手を伸ばした。

 誰か、誰か助けてくれ。ひとりにしないで。息ができない。首がしまって呼吸が止まる。それなのに、死ねない。ああそうだ、俺には死の概念がない。

 

 闇の中を駆ける。何かにぶつかる。

 そして暴れ続け、俺を阻んでいたものが歪んで壊れた。無事に外に出て月光を浴びた俺は、闇の中から解放される。

 しかし、衝動は止まることなく、人の匂いを嗅ぎつけた。まるで獲物を狙う動物のように、音もなく油断している背後に近づく。

 そして気づけばナイフを———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイラっ!」

 

 イルーガの声がする。

 なんだ? 幻聴、か? まだ眠いのに。

 

 俺は目を擦りながら、瞬きをする。目を開けば、イルーガの青い目と目が合う。なんか、デジャヴ感じるな。そうだ、昨日フリンズさんと話して、そのまますぐ寝たんだっけ。

 イルーガは、見たこともないほどに顔を真っ青にして、唇を震わせている。それで、一気に目が覚めた。

 なんだ? なんでこんな顔をしている? 

 

「どうした?」

「すみません」

 

 イルーガは、いきなり頭を下げて謝ってきた。

 いきなり謝罪をされても、なぜ謝罪されたのかなんてわからない。俺は困って眉を下げた。

 

「僕が、僕がもっといい方法を思いついていたら……っ! 僕の、僕のせいでっ」

「方法?」

 

 意味がわからない。

 困ってぐるぐると部屋を見回す。綺麗に並べられた薬の瓶は綺麗に整列し、少ない服がしっかりと畳んだまま置いてある。あれ? おかしいな、いつもと違って荒れてない。

 ……まさか。

 

 俺は、ドアへと目をやった。

 ドアが、壊れていた。金具が捻じ曲がり、歪んでいる。慌ててドアを閉めようとしてみたら、閉まらない。どう足掻いても、開きっぱなしになってしまう。

 

 じゃ、じゃあ。昨日、ドアは開いてたって、ことか? 俺はごくりと唾を飲み込んで、わなわなと唇を震わせた。

 

 これでもし、ヒルチャールによって人が死んでいたら。

 

 ヒルチャールの正体は、俺、ということになってしまう。

 

 

 俺は勢いよく起き上がって、気付けばイルーガを置いて家の外に出ていた。

 家のドアの前にヒルチャールの足跡は、ない。だが、少し歩いたところには、ヒルチャールの足跡がついていた。

 

「……あ」

 

 足跡には血が、付着していた。

 

 血が勢いよく流れていく。頭に血が昇って、顔が赤くなっていくのを強く感じる。

 嫌な予感に、肌が粟立っていた。

 

「メイラ! それ以上先は——!」

「う……」

 

 イルーガに止められたが、既に俺の視界には入ってしまっていた。

 

 無惨に殺された、商人の死体が。

 

 その周りには、ヒルチャールの足跡があって、商人はナイフで切り刻まれた跡があった。

 

 ヒルチャールに殺されてる。殺されてる。まず、喉を突き、声を出せなくさせて、目を潰して視界を奪い、最後に心臓を抉る。さぞかし苦痛にもがいて亡くなっただろう。

 

「…………は……」

 

 なぜか口角が上がった。

 勝手に、上がって止まらない。どうしてか、絶望感と罪悪感に心が埋め尽くされているというのに。

 泣きたくて、叫びたくてたまらないのに、俺の口から漏れ出たのは、嗚咽でもなく、悲鳴でもなく。

 

「はは……ははは」

 

 何が面白いんだろう。全然、楽しいことなんかないのに。

 

「はは……ははははは!!」

 

 何が笑えるんだ? 何に笑っているんだろう、俺は。

 ここまで感情が自分の制御下から離れるのは、初めてだった。

 目を覆って、くつくつと笑う。

 

 馬鹿馬鹿しい。何が、犯罪なんてしなくていい、だ。月を見てみたい、だ。人殺しだけは許せない、だ。

 俺はとっくに月を見ていたんだ、化け物として! 夢なんてなかった! 仇なんていなかった! 俺だったんだ……悪いのは全部、俺だ! 

 この、人殺しが! 

 

「正気に戻ってください!」

「もう俺はとっくに正気だ」

「全然、そうじゃないですよね!?」

「ごめん、死体とか慣れてないからさ、怖くて変になりかけた」

 

 空笑いをした。イルーガは俺の嘘に気づいただろうに、指摘することはなかった。

 へらへらとさっきの狂ったような笑いを消して、俺はなるべく明るく振る舞った。

 

「朝から最悪なものを見たなー。よし、偵察、行こう」

「……はい」

 

 まるで二人とも、何もなかったように振る舞った。

 

「ワイルドハント三体、纏まってるな」

「近づき過ぎたら、見つかりますよ」

「分かってるってば」

 

 いつも通り、当たり前のことのように、偵察をした。そうして報告書には、真実を書き込んだ。

 ワイルドハントの数、種類、位置……そして、ヒルチャールによって、人が死んでいたことも。

 

 仕事を終えて、俺たちはしばらく無言だった。食事もせず、家に帰ろうとしたところで、俺は一つ思い出す。そうだ、俺の家は今、ドアが壊れていて使いものにならない。

 

 仕方がない。自分を縛り付けておくしかないか? なんかドMみたいで嫌なんだが、仕方ない。元から、こうすればよかったんだ。でも、イルーガにはできなかった。イルーガは優しい奴だから、そんなこと、できなかったんだ。

 

 イルーガには、本当に迷惑をかけた。申し訳ない。謝りたい。でも謝るわけにはいかないんだ。万が一の時のために。

 

 

 

 

 

 

 次の日は、当然のようにやって来た。

 いくら来ないでくれと頼んでも、どう願っても、朝はやって来る。

 朝目覚めた瞬間から、残念なことに昨日のことを忘れるなんてことはなく、鮮明に、焼き付けられたように覚えていた。

 

 起きたくないと思いつつ、瞼を持ち上げる。

 

「なんとかなった、のか」

 

 自分の手足を見れば、昨日のまま雑に縛り付けられている。

 そして拘束を解こうとして……ん? 

 

「やべっ」

 

 解けない。ぜんっぜん解けない。

 あれー? どんなやり方したんだっけな。適当にやったから自分でもわからないな。

 と、とりあえずナイフだ。ナイフを使ってロープの紐を斬ろう。

 

 えーっと、で、そのナイフはどうやって取ればいいんだ? 

 はぁ。

 

「おーい、ギメイラ? だったか? ライトキーパーの、エーグルだ。ちょっと用があって来たんだが」

 

 そんなふうに困っていたら誰かがやって来た。知らない声だ。てっきり、イルーガが来たと思ったんだが、声からして知らない人のようだ。

 

「わ、悪いんだが中に入ってくれないか? ちょっと困ったことがあって……」

 

 すごく、めちゃくちゃ言いにくいが、ライトキーパーの人なら手伝ってくれるだろう。

 困惑しながら、エーグルは家の中に入り、そして叫んだ。

 

「うわぁっ!」

「これ、解いてくれたりしません?」

「なんでこんなことに!? 誰かにやられたのか!?」

「いや、自分でやりました」

「えっ」

「え?」

 

 エーグルは、若干、いいや。すごく引いた顔をして、俺から離れていく。

 

「もしかしてそういう特殊な趣味を——」

「違う! 違う違う! 誤解だ誤解! 絡まっただけだよ!」

 

 そんな趣味なんてない! 

 不本意なので、大声で主張した。エーグルは納得していないのか、引いた顔のまま、俺のロープを切っていく。

 そうしてようやく解放されて、俺は大きく伸びをした。酷い目に遭った。

 

「そういえばどんな用でここに?」

「ん? 聞いてないのか? イルーガの代わりに護衛に来たんだ。イルーガは、お前の護衛から外されたからな」

「……何だって? 理由は?」

「俺もよくわかんないんだよな」

 

 イルーガが俺の護衛から外された? このタイミングで? 

 

 嫌な予感がした。

 

「申し訳ないんだが、変な体制で寝てたせいか、今日すごく体調が悪くて。仕事、休んでもいいか?」

「自業自得なような……。でも、分かった。報告しておくよ」

 

 少なくとも、エーグルは俺がヒルチャールであることを知らないようだ。

 俺の正体など、直接見るか、フリンズさんのようにここがカーンルイア人の墓であったことを知っている人しか、知ることができない。

 昨日の夜、見られた可能性もあるが、それなら俺が休むのは認められないはず。

 

 今疑われているのはたぶん、イルーガだ。

 イルーガはこのところ、俺を庇うために不審に見える行動をしていた。フリンズさんからも、イルーガの様子がおかしいと言われていたし、誰から見てもなにかが起きたと分かるだろう。

 

 俺は、エーグルが完全に消えたタイミングで、服を着替えた。いつも通りの服ではなく、ワンピースに身を包み、目隠しを外す。この姿を他人に見せたのは二度。特にライトキーパーで知っているのは、イルーガしかいない。

 一見では、わからないだろう。ローブとか羽織るより、こっちの方が逆に目立たないものである。

 

 

 

 俺は、ピラミダへと足を進めた。ピラミダは、ライトキーパーの本部があるところだ。イルーガはそこに住んでいる。

 かなり距離があるものの、俺は他人よりは体力がある。数時間かけて、たどり着くことができた。

 

 知らない人だな、という視線を浴びながら、俺はイルーガの家へとズカズカと進んでいく。そして、大声で呼び出そうとしたところで、偶然にもイルーガが中から出て来た。

 

「あ、イルーガ!」

「メイラ!? どうしてここに? 今は、偵察の時間じゃ」

「今日はサボりだ。なぁイルーガ、どうして俺の護衛から外れたんだ?」

「それは……僕にも、分かりません。あと、サボっちゃダメですよ! 僕が居なくても、仕事はしてください!」

 

 イルーガの言葉は一旦無視を決め込む。今日のサボりは、必要なサボりである。

 

「呼び出しとかはなかったのか?」

「明日、詳しいことを話すと言われました。今日はとりあえず後方部隊に戻れ、と」

「そっか、なるほどな」

 

 明日、か。

 そっか。

 

 俺は、イルーガに一歩近づいた。さらに一歩、また一歩。かなり近づいていく。

 そして、近距離のまま見上げた。小声で、誰にも聞こえないよう、イルーガに言う。

 

「お願いがあるんだ」

 

 キョトンとした顔をされた。俺が滅多に真剣な顔をしないからだろう。俺のいつものふざけた雰囲気がないことに、イルーガは気づいたようだった。

 

「今日、一緒に逃げてくれないか」

「逃げる?」

「うん」

 

 心臓が早鐘を打った。

 それでも、声を絞り出す。

 

「こんなこと言われても困ると思う。でも、今日だけでいい。今日の夜には戻る。もう、他にわがままなんて言わないから、だから、今日からは現実から逃げさせて。仕事、休んで俺と、逃げてくれ」

 

 イルーガは迷っているようだった。

 イルーガが仕事をサボるなんて、無理だとわかっている。これはただの、本当に、俺の最後のわがままだ。

 別に断られたっていい。

 

「仕方ないですね」

「え?」

 

 間抜けな顔をしていたのか、笑われてしまった。

 

「今日だけですからね」

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