「自称」何がなんでも死にたくない系TS主人公   作:ルヴレ

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十七 最期の

 

 

 海を見に行きたい、と彼女は言った。てっきり、美味しい食べ物を思う存分食べたい、だとかそんなことを言われるのかと思っていたから、イルーガは拍子抜けした。

 時刻は、もうすぐで昼になる頃だ。お腹が空いているだろうに、全くそんなことも言わない。

 

 イルーガは、仕事を休みたくなんてなかったが、休暇届を出した。彼女が、変だったからだ。

 昨日、死体を見た時から、彼女は変だった。自分の正体に勘づいてしまったのだと分かったが、彼女は気づいていないふりをしていた。

 どうして教えてくれなかったのだ、とイルーガを責めることなく、まるで何も見ていないかのように。

 

「昼食は食べないんですか?」

「……イルーガは、もうご飯食べた?」

「はい。さっき作ったスープが残っていますが、メイラもどうですか?」

「せっかくだから、貰おうかな」

 

 ギメイラは、大人しく口角だけを上げて笑った。

 元気のないその姿に、イルーガまでも口数が減る。メイラを家へと案内し、スープを温め直していればふとギメイラが呟いた。

 

「俺、イルーガの作るスープ飲んで泣いた時、あっただろ」

「そんなこともありましたね」

 

 スープを器によそいながら、思い出に耽る。

 ギメイラにスープを手渡せば、ゆっくりとギメイラはスプーンを口に運んで、味わうように飲み干した。

 

「俺あの時、生きてんだなって思った。人間として、生きてんだなって。これまで食べたこともないくらい、美味くて、あったかくて、それで気づいたら、泣いてた」

 

 ありがと、とギメイラは言った。

 イルーガは、何かに縫い付けられたかのように、何も言えなくなった。懐かしむように目元を和らげて、ゆっくりとスープを飲む彼女の姿から、目を離せなくなった。

 

 なんだろう、と思う。わからない。なんだろう。

 

 

 

 彼女は珍しく時間をかけてスープを一杯飲んだ。そして最初の彼女の要望通り、海に行くことにした。

 とはいえ、ナドクライは海に囲まれた地域だ。海なんてそう珍しいものではないが、だからこそわざわざ見に行く機会なんてない。

 

「海に行って、何がしたいんですか?」

「……内緒」

 

 へへ、といつも通りに悪戯っぽく笑って来た。ようやくいつもの彼女が戻ってきた気がして、イルーガは安堵した。

 

 ナドクライでは少ない、砂浜がある海にやってきた。

 海に着き次第、彼女は海に向かって走り出す。岩に足を取られないかハラハラとしたが、なんとか海岸まで辿り着いたようだ。

 イルーガは彼女を追って、波のすぐそばまで近づいた。

 

 波の音に耳を澄ませ、穏やかな波風を浴びる。体の力が緩んでいく。そういえば最近、ずっと張り詰めたままだった。夜の間も、彼女が暴れていないか心配で、深くは眠りにつけなかった。

 地平線を眺めていたイルーガに、ふと悲鳴が届いた。

 

「ぎぇっ」

 

 可愛げのない叫び声を上げている。

 地平線から目を離せば、ギメイラが靴を脱いで浅瀬で水に浸かっていた。

 

「冷たい!」

「風邪引きますよ!?」

「足だけだし、大丈夫だって……うわっ!」

 

 つるっ、とギメイラが足を滑らせて転倒した。

 ばしゃーん、と水飛沫が立つ。イルーガは慌てて海に飛び込んで、ギメイラを引っ張った。

 幸い、浅いところでこけたお陰で溺れてはいなかった。

 

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だけど、ごめん。イルーガまで濡れたな」

「僕のことなんていいですよ」

 

 ギメイラは、またごめん、としおらしく呟いた。珍しく反省している、とイルーガが油断をしていたらギメイラはニヤリと笑った。

 

「くらえっ、ハイドロポンプ!」

「わっ」

 

 水をかけられる。すでに濡れているからこれ以上濡れても問題ないな、とか思ってるな、とイルーガは思った。あとハイドロポンプってなんだ。ギメイラは時々わけがわからないことを言う。

 

 イルーガも、その辺の水を掬って軽く彼女にかけた。ぴゃっ、とよくわからない悲鳴を上げられた。

 

「よくもやったな! くらえ! 今度はみずしゅりけんだ!」

 

 何がさっきのと違うのかわからないが、また水をかけてくる。それにイルーガはやり返していれば、しばらく経ってしまった。

 

「ふふ」

 

 二人とも疲れ果てて地上へと上がったところで、ギメイラは突然笑い出した。

 

「何やってんだか」

「子供みたいなことしちゃいましたね」

 

 イルーガもなんとなくつられて笑う。本当に、何をしているのだろう。

 

 しばらく二人で笑っていれば、ギメイラは笑い疲れたように、笑うのをやめてしまった。

 ギメイラは、しばらく黙って波を見ていた。いつもならすぐに次の話題を探すのに、今日は違った。沈黙が、やけに長く感じられる。イルーガは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。

 やがてギメイラは、大きく息を吸い込んだ。

 海の匂いを、確かめるみたいに。

 そして、濡れたままイルーガへと向き合う。

 

「ありがと、イルーガ。イルーガのおかげで俺、生きれたよ」

「生きる?」

「ほら、言ってただろ? 俺は死んでるみたいに生きてた、とか。実際、ライトキーパーに入って、イルーガに護衛してもらって、俺初めて楽しかったんだ。今日はこれ、言いたくてさ。それでわざわざ仕事、サボらせちゃったんだ。……ごめん、な」

 

 なんか、変だ。

 

 一見、ただいつも通り素直に、真っ直ぐにイルーガに礼を言っているだけのように見える。ギメイラはそういうところがあるし、最初は驚いたが本人にはなんの気もないことはわかっている。

 だが、なんだ? まるで別れを告げるような、言い方をする。

 

「なぁ、結構お前のこと、好きだよ」

 

 風が海面を巡り、やがて木々を揺らしていく。

 ギメイラは、眉を下げながら笑った。

 どうしてだ。ギメイラはこれまで、そういうことは言わなかった。それがどういう発言に見えるのか、流石に分かって言っているはずだ。

 

 イルーガは、何も言えなかった。言おうとして、口を開いて、それでも言葉にならなかった。心臓が、痛いくらいに音を立てている。これは、どういう意味だ。どう答えれば、正しいんだ。

 考えている間に、間が空きすぎた。

 

 

「……冗談だよ。つまんなかった?」

 

 冗談なら、どうしてそんなに泣きそうな顔をしているのだろう。

 

 イルーガが答えを返す前に、ギメイラは、「あ!」と叫んで分かりやすく話を逸らした。仕方なく、話に乗ると、ギメイラが叫んだ理由が分かった。

 いつのまにか、陽がかなり落ちている。

 

 彼女が化け物になる時間は、近い。

 

「俺、そろそろ帰るな」

「家まで送りましょうか?」

「大丈夫、自分でなんとかするから」

 

 何をなんとかするのか。ヒルチャールのことなのは言わなくても分かった。

 ギメイラは濡れたまま、歩き出す。惜しみもなく白い足と、腕を曝け出している。

 

 イルーガは、上着を脱いで彼女にかけた。

 

「冷えちゃいますから」

「やっぱ優しい奴だなぁ」

「……そう、なんですかね」

「そうじゃなかったらなんなんだよ」

 

 自分が馬鹿にされたかのように、ギメイラは唇を尖らせてわかりやすく怒った。全然、怖くない。

 やがてしばらく歩き、ギメイラと別れる道まで辿り着く。

 

「じゃあな」

「はい、また明日。もう仕事をズル休みは、止めてくださいね。報告書もちゃんと書いてくださいよ?」

「……そう、だな」

 

 何処か元気のない、ぎこちない返事を返しながら、ギメイラはいつも通り、軽く手を振って別れを告げた。

 そう、思ったのに。ギメイラは道を戻って来て、またイルーガに近寄った。

 

「あと、さっきの冗談だけどさ」

 

 ギメイラはイルーガに近づいて、微かに耳を赤くさせながら、小声で呟いた。

 

「やっぱ半分冗談に変更しとく。じゃ、またな」

「え?」

 

 イルーガが返す間も無く、言いたいことだけを言って、ギメイラは去ってしまった。

 しばらく、イルーガは道の真ん中でぽかんとしていた。

 

 結構お前のこと、好きだよ。

 それが半分冗談だとすれば、半分本気ということでもあり、つまり……。

 

 イルーガは道端でしゃがみ込んだ。

 

「どうしてそんなことを急に言うんですか……」

 

 初めて、ここまでギメイラが何を考えているのかが、わからなかった。




あと二話くらいで完結予定です。
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