「自称」何がなんでも死にたくない系TS主人公   作:ルヴレ

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十八 死にたくない

 

 

 

 イルーガは、走っていた。

 長いこと眠っていたせいで、体が重たい。

 

 まるで全て自分が悪かったかのように言って、裏切ったかのように振る舞っていた。最初に聞いた時は、なぜそんなことを言うのだと、呆気に取られた。だが、今は違う。彼女があんなことを言ったのは、全て自分のためだった。確信があった。

 

 昨日、なぜ海に行きたいのか聞けば、昨日彼女は内緒だと言って笑った。その理由は最後まで明かされなかった。

 だが、それが彼女なりの、無意識のSOSだとしたら。

 イルーガは全速力で、駆け抜ける。

 

 生きたいと言うくせに、人を見捨てられなくて、人を殺したくないギメイラを助けるために。

 

 

 

 

 

 

 ✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 朝になった。ぐるぐると巻きつけたロープを、服の中に入れていたナイフで切り取る。

 非常に、複雑な気持ちである。

 

 盗賊時代に時々使用していた煙幕とローブを鞄の中に入れて、大きく深呼吸をした。

 

「もう、覚悟を決めないとな」

 

 昨日に、覚悟は決めたつもりだ。本当はヤフォダとも話したかったが、覚悟が緩んでしまいそうだから、やめておいた。

 解毒剤を飲み、外に干された濡れた服から目を逸らし、外へと出た。

 

 朝早く、偵察せずにピラミダへと向かう。二日も仕事をサボるのは初めてだが、今日は正確にはサボりではない。

 もっと大事で、重要なことを話しに来ただけだ。

 

 ピラミダのライトキーパーの本部に行けば、既にイルーガとマスターライトキーパーのニキータさんが話しているようだった。

 俺は遠慮なく、中へと入った。

 

「ニキータさん、おはようございます」

「ギメイラ? どうした、何かあったのか?」

「どうしても話したいことがあって、来たんです」

「ふむ、少し待ってくれ。後で話そう」

 

 いや、後に話す必要などない。ニキータさんは、イルーガが夜と早朝に何をしていたのか、本格的に聞き取りをするつもりなんだろう。

 それなら、そんな話をする必要は、もう完全になくなる。

 俺は首を横に振った。

 

「メイラ?」

「どうしても今、話したいんです」

「……分かった。お茶を淹れよう」

「いえ、要りません」

 

 無礼に断って、俺は席に着きもせず、立ったまま語ることにした。座ったら、間に合わないかもしれないし、逃げる時に一秒でも遅れたくないから、というのは半分建前で、半分は──座ってしまえば、この覚悟がふやけて崩れそうな気がしたからだ。

 イルーガが不安そうにこちらを見てくる。何かを察してる目だ。やめてくれよ、そんな目。今更、優しくされたら困る。

 俺が全てを正直に話すと思っているのだろうか? しかし残念ながら、そんなことはしない。

 俺は、「悪い奴」だからな。

 

「それにしても、本当に面白かったよ」

「面白かった?」

 

 イルーガの声が、僅かに掠れた。俺は、聞こえないふりをした。

 

「滑稽で、馬鹿馬鹿しかった」

 

 案外スルスルと罵倒の言葉は口から出て来た。思ってもいないのに、達者なことだ。喉の奥が焼けるみたいに痛い。それを飲み込んで、俺は続けた。

 

「イルーガは、信じ続けてた。騙されてるのに、騙されてることにも気づかずに。何度も笑いかけたが、一度おかしいくらいに笑ってしまったよ。それなのに信じるなんて、本当にいい奴だなぁ」

「何、を」

 

 イルーガの手が、机の端をきつく掴むのが見えた。爪が白い。

 止めるな、止めちゃダメだ。分かってる、分かってるけど──ここで止まったら、全部無駄になる。

 息を吸い込んだ。

 吐き出す勢いのまま、俺は一気に捲し立てた。

 

「俺がヒルチャールであることに気づかされて、自分を責めて、必死に俺を庇って。俺が楽しんでいることすら知らずに、良いように使われているお前は本当に面白かった」

「なんだと?」

 

 ニキータさんの声が低くなる。空気が変わった。

 イルーガは、何も言わなかった。ただ、俺を見ていた。信じたくないものを見るみたいな目で。

 ──その顔を見た瞬間、心臓が抉られるみたいに痛んで、俺は視線を逸らした。逸らさないと、嫌なフリを続けられなかった。

 ニキータさんは眉を顰めて、声を張り上げ、俺の手首を掴もうとした。

 その瞬間に、煙幕を地面に投げる。逃げるのだけは、自信があった。

 

「何も知らないままじゃ可哀想だから、最後に教えてやろうと思ったんだ。

 ヒルチャールの正体は俺だ。イルーガ、お前を利用してたんだよ。じゃあな、これまで楽しかったよ」

 

 皮肉な感じで、いかにも嫌な感じで、俺は言った。声が震えなかったのだけは、褒めてやりたい。

 白い煙の向こうで、イルーガが一歩、踏み出そうとするのが見えた気がした。その足が、床を蹴る前にそのまま、大きく跳躍する。振り返らなかった。振り返ったら、イルーガの顔をもう一度見てしまうから。見てしまえばきっと、足を止めてしまうから。

 

 

 煙幕には、睡眠作用のある薬が入っている。俺は解毒剤を先に飲んでいたから寝ることはないが、あの場にいたライトキーパーは眠っていることだろう。

 スリをしていた時に使っていた、緊急用の道具だ。短時間しか効かないし、夜になる前に起きてしまうだろうが、時間稼ぎにはなる。

 

 まさか、こんなことに使うとは思わなかった。

 

 

 さぁ、どうしてこんな暴挙に出たのか。理由はただひとつしかない。

 イルーガの疑いを晴らすためだ。俺は馬鹿だから、こんな方法しか思いつかなかった。あいつはこれから、隊長とかになれるくらいの実力があるんだ。万が一でも俺のせいでその未来が潰えたら、俺は自分を許せない。

 もっと賢い方法とか、あったんだろうけど、俺ではこれが精一杯だ。

 

 昨日イルーガを誘った時から、今日こんなことをする覚悟は決めていた。

 

 俺が向かっている先は、海だ。

 昨日急に海に行きたいなんて言い出したのも、ただの思いつきなんかじゃない。

 

 俺は一気に海の深い場所まで飛び込む。

 そして体に力を入れて、沈んだ。

 

 水が気道に入り込み、息が出来なくなる。苦しい。空気を求めて勝手に息を吸うものの、酸素はない。死ぬ……死んでしまう。

 しばらく、もがき続けて、やっぱり、と思い結局海面から顔を出した。

 

「ひゅ……はぁ……はぁ……」

 

 死ねなかった。

 

 不死の呪いにかかっているカーンルイア人なんだから、当然か。

 

 ……そうだ。俺が海に行きたいと言った理由は、死に場を探していたから。それだけの理由だ。

 

 でも、やっぱダメか。張り付いた髪を退けようとして、なぜかできない。どうしてだろうと思えば、ガタガタと体が震えていた。

 寒いもんな、そりゃ震えるわ。……寒いから、だよな? そうだよな。

 

「でもヒルチャールは泳げないはずだ。夜になれば死ねる可能性がある」

 

 俺が海を選んだ理由は、ヒルチャールが泳げないからだ。夜になった途端に俺を殺すことができる可能性がある。

 もし夜の間荒野の呪いにかかっているなら、夜の間限定で死ねる可能性も……なくはない、と思う。それも望み薄だと思うが。

 というのも、フリンズさんが俺を殺そうとしなかったのは、無意味だからって理由だと思うのだ。死なない相手を殺そうとしても、意味がない。それなら見張っておいた方がいい。そう考えたんだろう。

 もちろんフリンズさんは優しい人だから、俺のことを閉じ込めるつもりはないみたいだった。あのままフリンズさんの提案を受け入れていれば、俺は平穏に生きれていたに違いない。

 

 でも、もしかしたらまた人を襲うかもしれない。イルーガが疑われたままになるかもしれない。

 そう思ったら、やっぱり呑気に生きることなんて、俺にはできなかったんだ。

 生きるべきでないと、思ってしまったのだ。

 俺にとって、殺すことは何より嫌いなことだから。

 

 

 

 時間は、あっという間に過ぎていった。

 まさか海で自殺をしようと思っているなど、考えつく人などいなかったのだろう。

 ライトキーパーは、俺のことを見つけられなかった。

 

 空が黄金色に光る。下は赤。上は紫色。どんどんと、闇が青色を飲み込んでいく。同時に、猛烈な眠気が俺を襲った。いつも通りのことだった。

 いつも通り、思っていたよりもずっとずっと穏やかに、呆気なく死が歩み寄ってくる。なんだ、こんなもんか。

 どうしてこんなものを恐れていたんだろう。意外に、死ねるもんだ。そんな、難しくないじゃんか。

 

 眠くなるのと同時に、海の深い場所へと歩みを進める。そして眠くなり、勝手に瞼が落ちてくるのと同時に、俺はまた体に力を込めた。

 

 勝手に体が沈み、底知れない苦しみを与えてくる。海の中から、金色が薄まって行くのを眺めていた。

 死ぬんだ、俺。なんだ。

 

 

 目を閉じる。

 何度死を覚悟しただろう。もう、考えるのはやめにしよう。いい人生だったとか、嫌な人生だったとか、もう全部、何もかも考えたくない……。

 

 体が沈む。暗闇に包まれる。

 

 

 

 とうとう、死んだ。

 そう思ったその時だった。

 

 何かに、手を掴まれた。俺は驚いて目を開く。引っ張った人の顔は見えない。でも、なんとなく予想はついてしまった。

 呆気なく引っ張り出されて、俺は酸素を吸い込んで呼吸をした。大きく咳き込みながら、何度も息を吸う。吸ってしまった。

 

「どう……して」

 

 途切れ途切れになりながら、肩を掴む。

 

「どうして助けた! 俺は裏切ったって言ったよな! イルーガを利用してたんだって!」

「そんなに分かりやすい嘘で、僕を騙せると思ってたんですか?」

「う、うるさいっ! 放っておいてくれ、俺は今から死ぬんだ! 人殺しを殺すんだ! ヤフォダの腕の仇を討つんだよ!」

 

 イルーガを突き飛ばす。いや、突き飛ばそうとした。イルーガは俺を睨みつけ、手を掴んで離さない。

 こんなに怒った顔は、初めて見た。

 

「本当は、死にたくないくせに! どうして死のうとするんですか!」

 

 ひゅっ、と息が止まった。

 ガタガタとまた震え始める手首を、イルーガが強く握る。

 

「そ、そんなことないよ。今の見てなかったのか?」

「じゃあ、どうしてこんなに震えてるんですか? 死ぬのが怖いんじゃないんですか」

「そんなの、寒いからに決まってんだろ」

「本当に、それだけですかっ!」

 

 イルーガに怒鳴られて、俺は口を結んだ。

 音を立てて何度も息を吸い込む。

 

「それだけだよ! それだけに決まってる!」

 

 イルーガは珍しく、眉を吊り上げた。完全に、怒らせてしまった。罪悪感は感じるが、それ以上の自罰が心の大半を占めていた。

 

「僕は……」

 

 絞り出すような声で、イルーガは怒った顔のまま、俺の肩を掴んで揺さぶった。

 

「僕は、君の作った甘すぎるクルムカケのせいで、普通のクルムカケが物足りなくなりました」

「え?」

 

 全く考えていなかったことを言われて、俺は体の力を緩めてしまった。

 

「すぐに君が値切るせいで、君が値切る前提でモラを使うようになってしまいました」

「……なんで、そんなこと」

「人参が細かくないスープに、違和感を抱くようになってしまったんです。君のせいですよ」

 

 言葉が、もう出なかった。全部反論しようと思っていたのに、そんな、ただの思い出話なんてされるなんて思わなかったんだ。

 イルーガは顔を歪めた。俺の肩に加わった力が、痛いくらいだった。

 

「僕は……僕は、君に死んでほしくない! 生きて欲しいんです。死なないで……どうか、生きてください! 君も、生きたいですよね、本当は!」

 

 縋り付くように、必死な顔で言われた。

 こんな顔をしているのは、初めて見た。

 

「俺、生きてて、人を殺すのに?」

「僕はそんなこと聞いてません。生きたいんですか? それとも本当に、死にたいんですか?」

 

 ……そうだよ。

 そうだ、俺はずっと変わらない。

 俺は結んだ唇を緩めた。これ以上自分に甘くなってはいけないと、硬くさせた唇を。

 イルーガの背に手を回す。胸に頭を押し付けた。

 

「やだ……」

 

 勝手に堰を切ったように、涙が溢れてきた。幼い子供のように、喚く。

 そうだ、そうだよ。俺ほんとは、全然全く、少しも。

 

「やだ、やだやだ……死にたくない。死にたくなんか、ないんだ」

 

 本当はまだまだ、やりたいことがあるんだ。

 ヤフォダとバカをやって、ライトキーパーの仕事をして、正しいやり方で金稼いで。イルーガの作ったスープを飲んで、祈月の夜をもっと夜遅くまで楽しんで、それで、月を見てやりたい。他にも、まだまだやりたいことばっかりで。

 

 あぁ、生きたい。生きたいよ。

 

「俺最初からずっと、死にたくなんかなかった。死ぬのが怖かった。でも今は、みんなとの思い出が消えるのが、怖い。お前と居られなくなるのが、やだ」

 

 勝手に流れてくる涙を流しっぱなしにしているせいで、視界が水中にいるようにゆらめく。

 イルーガに、思い切り抱きしめられた。

 

「悪くたってなんでもいいから、生きてください。死にたくないなら、素直にそう言ってください」

「……ごめん、ごめん——」

 

 謝罪しか、口から出てこなかった。その瞬間。

 夕陽が山の下へと落ちていった。

 

 忘れて、た。

 

 俺は絶望のあまり目を閉じる。体が勝手に変化していくのが、自分でもわかった。ヒルチャールになっているのだ。

 イルーガを、殺してしまう。ダメだ、ダメだっ! 

 

「離せ! 離せっ! おれは、俺は人殺しなんかになりたくない! 逃げろよ! 早く!」

「嫌です! もう、人殺しなんてさせませんから!」

 

 そう思ったのに、イルーガは俺を離さない。離してなんか、くれなかった。

 しばらく暴れ続けるが、俺がイルーガの力に敵うわけがなく、少しみじろぎできたくらいだった。いよいよ辺りは暗くなり、それなのにやはりイルーガは意地でも俺を離さない。

 

 諦めて目を閉じる。

 さん、に、いち。カウントダウンをするも、意識は一向に沈まない。

 

 …………。

 ———…………。

 

 あれ? 俺、寝てない? 

 

 ゆっくりと、恐る恐る目を開く。

 辺りは一面、真っ暗だった。目を凝らさないと、よく見えないくらいだ。太陽がない。完全に、沈みきっている。

 

「あ、れ?」

 

 夜だ。

 急いで空を眺めた。見計らったかのように、太陽の代わりの光源が顔を出す。太陽よりも控えめに、海を照らした。

 

「なんだ」

 

 なんなんだよ。

 せっかく見えた月は、ずっとずっと見たいと願っていた月は、虹色でも、青でも、赤でもなくて。

 

「ぜんぜん、普通じゃないか……」

 

 ただの普通の色の、月だった。

 

 




次回が、最終話予定です。
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