「もっと早く打ち明けとけばよかった」
俺は勢いよくジュースを飲み干した。ニキータさんや、フリンズさんが苦笑を溢す。
「昼はライトキーパーの不死のヒルチャールなんて、対処は限られますからね」
「ああ、それにしても、意識を保てたようで何よりだ」
ニキータさんは、酒を飲みながら優しく笑った。
ヒルチャールの件は、そこら辺のヒルチャールに罪が押しつけられ、解決済みのものとして、終わった。元からヒルチャールの容姿について知っている者は少なかったし、意外にも簡単に誤魔化せてしまった。
そして俺は、あんなことを言ったにも関わらず、未だライトキーパーに所属している。それどころか、夜の間は戦力になるので、調査分隊の「闇夜の鶯」に入れられる予定だ。イルーガも、そこに入る予定である。
入ったのがライトキーパーで良かったと、心から思う。
「おや、ギメイラじゃないか」
しみじみとしていると、背後から久しぶりに聞いた声がした。秘聞の館のネフェルさんだ。そのさらに後ろを見れば、ヤフォダがめちゃくちゃ怒った顔でズカズカとこっちに歩み寄ってくる。
「バカギメイラ!」
ばしーん、とすごい音を立てて殴られた。よりにもよって、金属製の義手の方で。い、いてぇ。
「あたいに秘密にしてたことは知ってる! 姐さんから全部聞いたからな!」
「えっ、いつ知ったんだ!?」
あれから気まずくて、ヤフォダとはしばらく会っていなかったが、まさか知っているとは。俺から話そうと思ってたのに。ネフェルさんは、妖艶に笑んだ。
「あたしから買った薬は効いたみたいだね」
「え? なんのこと? あ、もしかして眠気覚ましのことですか?」
「そうさ。あんたが眠気覚ましだと思って買った、意識を引き出す薬のことだよ」
「え?」
てっきり夜の間起きれてたのは、奇跡だと思ったんだが、全然奇跡じゃなく、ネフェルさんに計画されて起こったことだったらしい。
「うちの従業員が、あんたのせいでしばらく使い物にならなくなったら困るからね。少しだけ手を貸してやったのさ。薬が効いたようで何よりだよ」
「……だからあんな高かったのかよ!」
夢を見たという実績があった、あの薬。実はそれはもう、とんでもないモラがかかっていた。これ詐欺じゃないよなと疑心暗鬼になりながら素直に購入してたのだが、それが功を成したらしい。人生、何が起こるかわからないものである。
怪しい買い物をしていたとバレたせいか、イルーガから一瞬ジロリと見られた。気づいてないふりをして、またジュースを勢いよく飲んだ。
「メイラ、あたいの腕のこと忘れたわけじゃないよな?」
どかっ、と勢いよく目の前の椅子に腰掛けてきたヤフォダは、ふんと鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
そう、俺がヤフォダに近づかなかった一番の理由は、これだ。謝るタイミングを、掴めなかったのである。しかし、本人が言ってきた今が好機!
「すみませんっしたぁ!」
DOGEZA——土下座——。
それはもう立派な土下座だった。地面に頭を擦り付けて、姿勢をなるべく低く。
日本人の意地を見せる時——。
「何してんだよ! そ、そんなに謝るなよ! 頼むからもう頭を上げてくれ、あたいが変な目で見られる」
「あ、ごめん」
あっさりと引き下がって、普通に椅子に座った。横から深いため息が聞こえた。
「メイラ、あたいはあんたを許さない」
「……うん」
ヤフォダは、怒っていますと書いてある顔で、ぷいと顔を背けた。
そうだ、俺はそう言われる覚悟で謝ったんだ。むしろ、許されない方がいい。怒っていて欲しいんだ。
「だからメイラ、生きて償えよ。生きて、生きて、生き続けるんだ。またあたいを置いて死のうとしたら、許さないからな」
ふ、と笑いが漏れた。
やっぱヤフォダ、お前もいい奴だなぁ。
俺が許さないでいて欲しいって思ってるって、分かってて言ってるんだろう。仇は結局撃てないままだった。だって元凶は俺だったし。
「ごめん、ごめんな」
「謝ったって許さないからな。……だからこれ以上は謝るなよ」
何悪い人風に言ってるんだよいい奴のくせして!
「ヤフォダぁぁぁ!!」
「うわっ! なんだよ急に! 離れろ!」
俺はヤフォダに飛びついた。
ヤフォダはそう口では言うが、俺を引き剥がすことは、しなかった。
ヤフォダを存分に揶揄い、やがてもう少しで夜になる頃になった。流石に夜にナシャタウンに居るわけにはいかない。俺の正体がヒルチャールであることは、一部の人しか知らないし。だが、いつかはもういっそオープンにしてしまうつもりだ。
「イルーガ、月って赤くならないんだな。レインボーカラーとかあると思ってたんだけど」
「普通の色でがっかりしましたか?」
「いや、逆にそれでよかったかも」
帰り道、イルーガと二人で歩く。
そういえばあれからバタバタしていて、イルーガと改めて話はあまりできていなかった。
……いやぁ、今思い出せば恥ずかしい姿を晒したものである。やだやだとか幼女みたいに喚き散らかしてしまった。ヤフォダにやれば、一生いじられ続けるだろう。
「あの時、なんで気づいたんだ? 俺が海に居るって」
「前日の君は、様子が変でしたから。わざわざ僕を海に連れて行ったのにも、理由があるんだろうと思ったんです」
「……ただ、死に場を探してただけだったんだけどな」
無意識に、自殺を止めてもらうのを待っていたんだろう。最期くらいちゃんと礼を言いたい、としか思ってなかったんだけどな。
しんみりとした雰囲気になりかけたところで、俺は後ろ手に腕を組み、にやりと笑いながら、イルーガの前に出た。
「な、イルーガ。結構好きなの、半分冗談って言ったけど、半分冗談も消させてくれ」
上目でイルーガを見ながら、俺は言ってやった。イルーガが、足を止める。動揺してるか? 作戦成功か?
「僕もですよ」
イルーガは、これまで以上に優しく笑っていた。僕を揶揄ってます!? とか言われると思っていたから、逆に俺が驚いてしまって、足を止めた。
「僕も、好きですよ」
…………。
好き。へぇ。そう、なるほど。なるほどなぁ。うん、あー、うん。
好き、ねぇ。へー。
「顔が真っ赤ですよ」
「暑いな今日俺のぼせたよあー暑い! じゃあまた明日!」
俺はこれ以上イルーガの言葉を聞いていられる気がしなくて、走って自分の家まで逃げた。なんであいつあんな恥ずかしいことが言えるんだよ!
俺は結構とか言ってぼかしたのに!
はぁ。
家に着くまえに、体が変化していくのを感じる。空を見れば、月がひとつ浮かんでいた。
やっぱり、つまらない色のままだ。
俺、守り続けるからな。
声には出さないで、頭の中で誓った。なんの変哲もない月にだけ、覚悟を打ち明ける。
お前の、お前たちの住むナドクライをこの先、何があろうとも、何百年も経って体が朽ちて動かなくなるその時まで、俺は守るよ。
そうして生きて、罪を償うんだ。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
商人は逃げていた。もっと高い馬車を使えば良かった。ナドクライという、治安の悪い地を甘く見ていた。
背に迫るのは、大量の魔物。アビスの気配を纏いながら、こちらへと襲いかかってくる。しかし、あと少しだ。あと少しで、ナシャタウンにたどり着く。
商人は馬を走らせる。
刹那、襲い来るのは魔物の放った魔術。大きく馬車から突き飛ばされて、商人は地面に無様に転がり落ちた。
あまりの鈍痛に、商人は一度大きく息を吸い込んでしまい、何度も咳き込んだ。
足を捻挫してしまったのか、折ってしまったのか。医者でないからわからないが、ひどい痛みだった。
もうダメだ、死んでしまう。
そう思ったその時、一人の人間らしき影が月の光を遮った。
「ああ、助かった! どうか助けてくれ!」
商人は顔を上げる。
そして、すぐに口をつぐんだ。
身長こそ人間らしかったものの、黒く染まった手足、仮面。顔半分はボロボロになり、まるで形を保っていない。左手は力が入らないのか、ぶらんと力無く垂れ下がっていた。
化け物だ。
ああ、そうだ。これは、ヒルチャールだ。
商人は死を覚悟して目を閉じた。
頭を抱えて、うずくまる。しかし死は訪れない。商人は何秒もしてから、ようやく顔を上げた。
そして、絶句した。
「魔物が、死んでる?」
ヒルチャールはナイフを逆手に構えて、魔物の死体の前に立っていた。商人を追っていた魔物は一匹残らず、絶命していた。
商人は忍び足でヒルチャールに近づくが、商人を殺す様子はない。
「助けてくれたのか?」
ヒルチャールは、しんとしたまま何も返さなかった。もしかしたら話せないのかもしれない。いつ、気が変わるかわからない。商人は馬を再び集めて、また馬車に飛び乗る。
ヒルチャールは、静かに月を眺めていた。その目が見えているのか、もう見えていないのか、あまりにボロボロで商人にはわからない。
しかし、見ているかもしれない、と思った。
ずっと月を見ていた。何の変哲もない、普通の月を、何度も。
何十年も、何百年も、ずっと。長い間、どれだけ体が朽ちようとも、精神が磨耗しようとも、ずっと、眺め続けていた。
拙い話でしたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
これで一旦完結にします。気が向けば、この後の話や魔神任務の話も書くかもしれません。推しのコロンビーナを時系列の関係上、出せなかったことが心残りですので。
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