朝。素晴らしい快晴。眩しいから布団に潜り込む。そして、ゴソゴソと薬の瓶を取り出して、ため息を吐きながらゴミ箱に放り込む……ことはせずに洗ってその辺に置いた。もったいないという理由で捨てないから、薬瓶は増え続ける一方だった。
「これも効果なし、と」
時々懐に余裕が出たら、眠気覚ましの薬を買って飲んで見ているんだが、やっぱり効果はなくすぐに眠りに落ちてしまう。
もはや呪いじゃないか?俺の体質。俺は異世界感満載な月を見てみたいってのに……。ロマンだし。
今日はライトキーパーの仕事はなし。久しぶりの休日だ。特に用事もないが、ナシャタウンで美味いものでも食べようと、俺はいつも通りの見窄らしい格好で外へと出た。流石にこの服に限界を感じてきているここ最近だが、新調するのは勿体無くて出来ていない。
「あ、ヤフォダ!」
ナシャタウンへの道を歩いていれば、反対方向から、ヤフォダを発見した。大きく手を振りながら駆け寄る。
「メイラ、今日は仕事休みか?」
「そうなんだよ。ヤフォダも休みか?」
「いや、あたいは義手を取りに行くんだ」
「へー。俺もついていっていい?」
「別にいいけど……面白いことは何もないけどな」
義手か。
片方だけになったヤフォダの腕をつい見てしまって、俺はそっと目を逸らした。
不謹慎かもしれない。いや、すごく不謹慎だろうが、俺、義手ってかっこいいと思うんだ。ロケットパンチとか飛ばせたらロマンだと思うんだ。
「メイラ、すっごいくだらないこと考えてるだろ」
「え、なんで分かったんだ!?」
「顔がニヤニヤしてる」
俺は自分の頬を抑えた。た、確かに口角が上がっている。頬を引っ張って、無理矢理下げた。
「そういえば、どこに向かってるんだ?」
「カチャカチャ・クルムカケ工房だ。もともと賞金稼ぎのために時々顔は出してたけど、義手なんてもの、作ってもらうのは始めてだな」
「クルムカケ?」
クルムカケなんて言われたら、お腹空くなぁ。工房作った人、クルムカケが好きなんだろう。俺と気が合いそうだ。
あ、そういえば昨日作った、クリーム抜きのクルムカケの余りがあったっけな。
ポケットを漁れば、クルムカケを入れた容器が見当たった。隣から怪訝な目で見られたので、俺はクルムカケをヤフォダに突き出した。
「クルムカケマスターの俺特製、激甘クルムカケだ。いる?」
「そんな怪しいもん、食えたもんじゃない!」
「そこそこ美味いのに」
すごく美味いとまでは言わないが。
俺は煎餅みたいにクルムカケを噛み砕いた。クルムカケにあるまじき音がした。
行儀悪く食べ歩きをしていれば、機械仕掛けの変わった建物が姿を現した。なんだこれ、こんなところがあったのか。名前は聞いたことがあったんだが。
「あー!それ甘い匂いがする!」
「ん?」
かなり下の方から、幼い女の子の声が聞こえた。目線を下げると、ピンク色の髪の女の子が、俺のクルムカケもどきをじっと見ている。俺は迷いなく渡そうとして、ヤフォダに防がれた。
「あたい、義手を受け取りに来たんだ」
「分かった、今持ってくるね!あれ、そこのキミは……あー!」
女の子は、俺のランプを指差して叫んだ。めちゃくちゃ怒った顔をしている。
「キミ、ライトキーパーでしょ!ランプ壊して、またアイノに修理を頼みにきたんだよね!」
「違う!誤解だ誤解!
俺はギメイラ。確かにライトキーパーだけど、付き添いできたんだ。あーっと、お手伝いかなんか?」
「違うよ。ここはアイノの工房だからね」
え?こんなに小さいのに?
俺は女の子——アイノの全身を思わず見てしまった。こんなに小さいのに、義手なんか作ってるのか?天才ってやつか。世の中、レベルが違う人ばかりである。
アイノはせかせかと工房の中へと走ると、金属製の義手を持ってきた。
ヤフォダは説明を受けて義手をつけているが、俺は暇だから、辺りをうろちょろとした。たくさんの機械が並んでいるが、その中にふと見知ったものを見つけた。
「これは、望遠鏡か?」
間違いなく、望遠鏡だった。覗いてみようとしたが、太陽光を見て失明はしたくなかったので、やめておくことにした。義務教育の勝利だ。
でも、望遠鏡か。……これで月見れたりしないかな。いや、まだ夜に起きれないから、これ手に入れたところでって話なんだが。
「あ、メイラねーちん、それが気になるの?」
「ちょっとだけ」
「なんだメイラ。星でも見たいのか?夜は寝ちゃうのに」
「俺は星じゃなくて、月が見たいんだよ」
そういえば、ヤフォダには初めて言ったな、と今更気づいた。ヤフォダは、物珍しげに俺を見ている。
「へー、三度の飯より四度の飯とか言ってたメイラが?」
「イルーガと話してる時に、急に思ったんだよ」
「……へー」
意味ありげに、ヤフォダは生返事を返してきた。なんだよその反応。そんなに俺がロマン持ってるのが変なのか?
なんか気恥ずかしくなってきて、俺はヤフォダに背を向けて早足でナシャタウンの方へと向かった。
「ちょ、ちょっと先に行くなよ!」
「ふーんだ。眠気覚ましの薬を見つけて有名研究者になってやるもんねー」
「わかりやすく拗ねるなよ!」
そして、ヤフォダが追いかけてきたところで、さらに加速!
おっと、足元に大きい石が。気づかなかった。
……膝ヒリヒリする。転けたわ。この歳で。
アイノの視線が痛い。幼女の前で転けるとか、一生の恥。拙者切腹……まではいかないが、さらに羞恥心は増してしまった。
「ねーちん、大丈夫!?服が破れてるよ!」
「え?あれ本当だ」
確かに、ズボンの裾が破けて、かなり危ういところまで見えている。短いズボン履いてたしなー。どんな勢いでこけたんだよ、俺。
「じゃ、帰るか。あ、そういえば今日の昼ごはんまだだったな。ナシャタウンにでも行くか」
「ちょ、メイラ!正気か!?」
「え?」
正気って?俺は常に正気で冷静のクールキャラなんだけど。
ヤフォダは、義手で俺のズボンの裾をピシリと指差した。なんだよ、下着はギリッギリ見えてないだろうが。あ、嘘。ちょっと見えてるかも。
「そんな服で外に出るのは、流石にダメだ!あたいが服を買ってきてやる。だから、モラを預けてくれ」
「え、いいの?手数料要る?」
「んー、じゃあ今日の昼ごはん奢ってくれ」
「高いのは遠慮してくれよ」
ま、確かにこれじゃ変態にしか見えないな。俺はヤフォダに、服を買えるくらいのモラを渡した。ちゃんと何円渡したかは覚えている。これで、ちょろまかしても、すぐ分かるからな。
それにしても、ヤフォダがやけに生き生きとしてたような?気のせいか。
気のせいと信じて、俺はヤフォダを待った。
……この時、信じなければよかったと、今は心底思う。そうしなければ、俺はこんなに惨めな目に遭うことはなかったのだ。二度とこんなことはしたくないけど、でも俺の性格のせいでせざるを得ない。そんなことを思うハメには、ならなかった。
「なんで……なんで……」
俺はさめざめと泣いた。
まるで俺を馬鹿にするように、鳥が遠くで泣き喚いている。
「似合ってるぞ」
こんなのは嫌がらせである。いや、ヤフォダの顔を見ればわかる。これはいじりである。ニヤニヤしてるもん。俺のこと笑ってるもん。
あー、足がスースーする。
一歩前に進むだけで、やたらとふわふわしたスカートが足首に触れてゾワっとした。
「どんな服を買ってきて、とは言わなかったもんな。あたい、前からメイラにはスカートが似合うと思ってたんだ」
「へ、返品だ!返品しよう」
そう、俺は今スカート……確かワンピース?みたいなやつを着せられていた。すっごいフリフリな白いワンピースだ。アニメのヒロインが、夏祭りとかで着ていきそうなやつである。
嵌められた。そうだ、確かにどんな服を買ってこいとは指定していなかった。ズボンを買ってくるものだと、てっきり……。
しかも、いつのまにか俺が作ったパイナップルとは違う、綺麗なポニーテールにさせられている。
俺、男なんだよ!誰がなんと言おうと男なんだ!
「あたいに奢るって約束だったよな。ナシャタウンに行くぞ」
「む、無理だ!ちょ、ちょっと待て。服を買い直そう。ほら、みんなも俺の女装姿なんて見たくないと思うんだよ」
「いや、あんた女だろ」
「う、うるさい!」
結局、説得は上手くいかず、ヤフォダに連れられて、俺はナシャタウンへと連れられてしまった。
知り合いの視線が痛い。あれ、珍しいな、みたいな目線とやけにニヤけてるやつの視線が。なんだ、ニヤけてる奴らは。そんな似合ってないかよ。
「メイラ、何食べるんだ?」
「…………ナドクライ・ホットドッグ二本」
テンション低く、俺はホットドッグを注文した。背後から揶揄うような噂話が聞こえる。
「メイラ、珍しいな。何かあったのか?」
「ボーイフレンドでもできたんだろ」
「できてねーし!」
俺は頭を抱えて、叫んでから、遠い目でそのへんを見た。これではまるで、図星だから叫んだかのようにも見える。
ふと、店にある金属に、自分の姿が映った。目隠しばっかつけているせいで、青い目が妙に違和感がある。結構幼い顔立ちをしていた。150センチギリギリあるかないかの瀬戸際なくらいの、身長。人形が着てるみたいな白いワンピース。ポニーテールのうなじ。
……へー。ふーん。
「まずい、ヤフォダ」
「どうしたんだ?」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「めちゃくちゃ俺可愛いわ」
呆れた顔をされた。
でも、本当に俺好みなんだよ。男のままだったら、彼女にしたいくらいである。彼女なんてできたこともなかったが。
運ばれてきたホットドッグに齧り付く。ケチャップが服につかないように、気をつけなければならないのだけが、面倒だ。
「そういえば、さっき月を見たいとか言ってたけど、あてはあるのか?夜はどうしても起きれないって聞いたけど」
「眠気覚ましの薬を探してるところなんだが、いいのが見つからないんだよ」
「じゃあ、姐さんに聞いてみるのはどうだ?」
「確かにここまで見つからないとなると、それもありだな」
ヤフォダは美味しそうに、ケーキを頬張った。俺は軽くなった財布の中身を見る。ま、まだ大丈夫だ。ちょっと減ったところで……。うん、それに給料日は近い。
「よし、じゃあ食べ終わったら秘聞の館に行こう!」
「分かった。あたいに任せてくれ」
自身ありげな顔で、ヤフォダはにっこりと笑った。
「ってことで姐さん!知らないか?」
「知ってはいるけど、そもそもその子にモラが払えるようには見えないね」
「えーっと、ちょっとだけなら払えますけど」
「そもそも」
ネフェルさんは、ソファの上で足を組んで、目を細めて俺を見た。緑色の目の中に、俺の顔が映る。
「夜だけ異常に眠くなる、ね。そんな体質、聞いたこともない。呪いか何かじゃないかい?」
「そうかもしれないです」
いやー、前からその線は考えてたんだよ。
俺はこくこくと頷いた。ネフェルさんは、俺の反応が予想外だったのか、「へぇ」と呟いて神妙な顔になった。
「だって、基本的に道のど真ん中で寝ても、気づいたら自分の部屋のベッドで寝てるし。夢遊病ってやつか、呪いかどっちかかな、と」
「基本的?自分の部屋で寝てなかった時があったんだね」
「そうなんです。一回……ちょっと、首絞められて気絶しかけた時があって、その時は自分の家にはいなかったんですよ」
「その後、あんたの首を絞めた人はどうなった?」
俺は間違って息を変なふうに吸ってしまって、咳き込んだ。頭の中に光景がフラッシュバックする。それでもなんとか言葉を絞り出した。
「……亡くなり、ました」
「へぇ、あんたは他にその話をしたかい?」
「してない、ですけど」
「賢明な判断だね」
ぎら、とネフェルさんの目が光った気がした。
賢明?嫌われるのが怖くて黙ってただけなんだけど……賢明なのか?この話は、黙ったままの方がいいってことだよな?まぁ、そのつもりだけどさ。
よくわからないなりに噛み砕いていれば、さらにネフェルさんの瞳は鈍い輝きを増していく。
「なるほど、気づいてないんだね」
「え?」
気づいてないって、何が?
俺は首を傾げたが、ネフェルさんは意地悪に笑うばかりだ。えぇ、なんで笑われてるんだ?
緑の宝石のような目は、まるで目を逸らすなと言わんばかりに俺を常に視界に捉えている。緊張からか手汗が滲んだ。息がしにくい雰囲気がある。
「ケチャップがついたままだよ」
「えっ」
「ヤフォダもだ。顔にクリームがついてる」
「ええっ」
お互い顔を見合わせた。確かについている。昔服を加工して作ったハンカチもどきで、顔を拭う。
な、なんだ。真剣な顔してたから、なんか大事なことでも言うのかと思った。
「今日はもう帰りな。モラに余裕が出たら薬を買いにおいで」
「はーい」
確かに、絶対金が足らない。俺は肩を落として、ネフェルさんとヤフォダに手を振り、秘聞の館から出た。
「あたしは誰にも味方はしないからね」
「え?姐さん、どういうことだ?」
「いいや、なんでも」
ネフェルは、立ち上がって緩く口角を上げた。